13 (コンドーム潜水艦)〇
1708年春…。
地面を ただ平らにしただけの舗装されていない道路をナオはバギーに乗って進む。
最近 オレが乗り回している 新車のバギーは、箱型の車を思わせる形状の3輪バギーだ。
操作は バギーと同じT字ハンドルになっており、前にドライバーが1人、後ろに2人座れる3人乗りになっている。
バギーの後ろにはリアキャリアが設置されて、横向きに寝かされたガスタンクが2本固定されている。
その下には けん引用のアタッチメントも見える。
エンジンは 安全性の問題から レシプロエンジンから、改良されたロータリーエンジンに変更され、一度に出せる出力は上がり、けん引出来る重量が各段に増えた。
が その分燃費が悪化…その燃費を克服する為に150気圧のガスタンクを200気圧まで上げている。
これは 素材の性能の向上により、ガスタンクの耐圧性が上がったからだ。
タイヤは大きく 荒れた路面でも簡単に踏破出来るオフロード仕様で、サスペンションが搭載されたお陰でスピードを出しても尻が痛まなく乗り心地が良い。
何と言うか道路を舗装せずにバギー側で対応した感じだ。
で、オレは後ろにクオリアを乗せて愛車を転がしつつ、港の村にいるロジャーの元へ向かったのだった。
港の村…。
港の村の住民のおおよそ半数が トニー王国に侵攻して来た元イギリス人で、この村の主要な産業は 海水から生成出来るナトリウム系の素材や珪砂の供給、海洋生物の捕獲…つまり漁業になる。
海岸からスタートしたトニー王国は 根本の技術に ここの素材が使われている事が多く、ここが崩れると一気に 国が機能不全になる危険性がある重要な拠点だ。
ここの住民の食事は、工場村から供給されているフリーズドライ食品の他に、ウサギなどの家畜、それに海の魚を食べている。
アトランティス村が川魚を食べているのに対して こちらは海魚がメインで、各村に魚を供給している。
ただ、食料が安定供給されている今となっては、海魚は趣向品要素が大きい高級な食べ物で、供給数は少数にとどまっている。
オレはバギーを走らせながら 海岸を見る。
海岸にあった 2隻のイギリスの最新船は解体されて素材になり、住民達は ガラス繊維で造られたモーターボートで漁に出ている。
モーターボートの動力は 酸水素ガスを使ったロータリーエンジンで、船の中には ブラウン管を改造して作った 海中用のソナーがあり、魚の場所が分かるので比較的 仕事がラクだ。
ただ、それでも死の海域の複雑な海流の前では 移動が難しく、まともに移動出来るのは海岸から数km程度で 海の調査が非常に困難になっている。
ただ分かった事もある。
死の海域が 一番大人しくなる時期は 月の潮汐力が一番弱まる 半月付近だと言う事で、イギリス軍の侵攻も そのピンポイントの時間を狙って この島に上陸して来た。
なので 今は、半月の前後 数日を この海域の探索に当てている。
「そう言えば、シーランド王国は 死の海域を避けて進んでいたよな…アレって空母でも危険なのか?」
オレは後ろに乗っているクオリアに聞く。
シーランド王国は 未来の世界にある海上国家で、主に空母を使った海運業がメインの国だ。
「いや…アレは 大圏航路を使っているからだ」
「 大圏航路?」
「そう…地球の高さ…つまり、緯度を維持して進む方法が、等角航路。
この時代の主流の航路で 操船が容易だと言うのがメリットだ。
ただ遠回りしている分、時間が掛る。
で、大圏航路は 目的地までの最短距離を取るルート。
ただ、地球が球体の為 地図上では曲線の進路と取る事になり、自分の船の位置を常に把握して針路を取らないと いけないから 難易度が各段に跳ね上がる。
死の海域は 等角航路で進む船が通る海域だから、GPSと自動航行が 普及すると わざわざ危険を冒して ここの針路を取る事も無くなる。」
「なるほど…トニー王国に船が無かったのは?」
「大量の物資を運ばなくても 輸送機で十分だったからな。
ただ そのせいで、死の海域を船で通過する技術は 無くなってしまったんだが…。」
「あ~だから 海域のデータすら残って無かったからな。」
「そう…着いたようだな。」
「ああ…」
オレ達はバギーから おりて、バック走行が出来ないバギーを引っ張って指定の場所に止め、ロジャーが待っている冒険者ギルドの中に入った。
「待っていたぞ…」
テーブル席に座るロジャーが手を上げて言い、オレとクオリアがロジャーの対面に座る。
「久しぶり…早速だが、何が欲しい?」
長ったらしい挨拶が嫌いなオレは単刀直入に聞く。
「まずはコレを見てくれ。」
「これは 海図か?」
地図は この海岸の周辺の海流などが描いている。
「そうだ。
季節による海流の流れも含めて、ここ数年で 調べてみたんだが、これを見て分かる通り、この周辺の海域は どのコースを辿っても 最終的に ここの海岸に辿りつく様になっている。
ただ どこかで それと同じだけの量の海水が外に流れているはずなんだが…。」
奴隷やクラウド達が流れ着いたのは偶然じゃなくて必然だったと言う事か…。
「それは まだ見つからないのか…。
つまり、ここを抜けるには 波に逆らって逆走するだけの推力が必要がある訳か…」
「そうだ。
なんで 港に大型の造船ドックと製造施設を一式作りたい。
あの小型船も良い性能を出しているが、波の影響を受けやすいからな…」
現在のモーターボートは、利便性を考えて荷台に乗せてバギーで けん引出来る大きさに限られている。
これ以上、大きな船を造ろうとするなら、大規模な造船ドックを作るしかない。
「船を造るのか…確かに失業対策としては有効か?」
「ああ…船を造ってそれを動かすには 大量に人材が必要だからな」
船の製造には 年単位での時間が掛かり、その後 定期的な メンテナンスにも必要だ。
ある程度の人員を長期間 雇う事も出来るだろう。
「クオリア…どの位の人員と時間が掛る?」
「製造工場や造船ドックの建設に半年、その後は120m級が1~2ヵ月に1隻のペースで船を造れる。」
「はっや…しかも120m?
もっと小さいのから やって行った方が…。」
「いや…手間自体は 大きくても さほど変わらないし、余剰スペースが多い方が拡張性も高く出来る。
運用して見て 試行錯誤するなら こちらの方が有利だろう。」
「クオリアはダイエット方式か…」
「そう…」
最適解の見つけ方には 大きく分けて2種類ある。
1つは 必要最低限の装備を取り付けた製品を作って運用し、そのデータを元に大型化して行く方式だ。
この方法だと トータルコストでは高くなるが、製品を売って開発資金と市場を開拓しながら データを集め、大型化して行く事になる。
ただ、必要最低限の装備を選定する為の作業に膨大な時間が掛かってしまうと言う欠点があり、スタートダッシュは非常に遅い。
そして、もう1つは 大は小を兼ねる理論で 必要と思われる物を全て乗せて、運用して見て 後から不要な物を削って行くダイエット方式だ。
こちらは 無駄に高性能で初期費用が高くなるが、大きく作ってある為、対応がし易く、買い手さえいれば トータルで安く済む。
クオリアの場合、後者のダイエット方式にするつもりだ。
「とは言っても 船の設計するには 時間が掛かるだろう?」
ロジャーが クオリアに言う。
「いや…これだ。」
多分、頭のブレインキューブを使ったARアプリで 正確な設計図を作っていたのだろう…。
クオリアは ペンを持って 紙の上からプリンターの様にペンを左右に動かして正確に設計図を紙に出力して行く。
「これは…船?」
「う~ん 一応船…かな。」
ロジャーの言葉に オレは苦笑いしつつ そう答えた。
6ヵ月後…1708年秋…。
港の村の横に建てられた 15m位の巨大な造船工場が出来ている。
これは全部、コンテナのパーツで作った建造物だ。
今では この大規模工場が この村のシンボルになっている。
中に入ると直径9mサイズの円盤が低速で回転しており、中心には 大型のモーターが取り付けられている。
作業員がせっせと投入して行くガラス糸が、円盤の回転により糸が編まれて行き、1回転する度にガラス繊維の筒が伸びて行く。
ガラス繊維の筒は ローラーで外側に丸められ、コンパクトに まとめられていく。
「それにしても…こんな作り方があるとはな。」
普通、船の骨組みを作って その上から装甲板を溶接して貼り付けて行くやり方が 一般的だ。
だが、ガラス繊維が布の為 装甲を丸める事が出来る。
これなら荷台にもギリギリ積めるサイズになるだろう。
「施設の見た目から コンドーム工法と呼ばれている方法だ。
スペトラやコロニーなんかの筒の部分は この方法で造られている。」
「うわっ確かに、そう見えるな…」
オレは 苦笑いを浮かべながら言う。
確かに直径9m長さ120mの超巨大コンドームに見えなくもない。
「ただ その後 ネーミングが問題と言う事で風船工法 呼ばれるようになった。」
「まっそうなるよな…。」
筒の先端を溶接して繋ぎ合わせて袋になった超巨大コンドームは、流石にクレーンが必要な重量なので、モーターでワイヤーを巻き取り、上下させられる方式のクレーン車を作って吊り上げる。
何でも かんでも軽い方が良いと、ガラス繊維や炭素繊維で造って来たが、この重さをクレーンで上げると、その車の軽さから前に傾いてしまう現象が発生する。
なので、カウンターウェイトの為に クレーン車の後ろには、大量の砂袋が積まれて重量を維持している。
それを荷台に乗せて ロープで しっかりと固定…。
オレは バギーを押して後退させて 荷台を接続し、運転席に乗り込む。
クオリアが後の席に乗せて 1番出力が出せるが、一番スピードが出ない1速の状態で ゆっくりとスロットルを回し、少しずつだが 荷台が動き始める。
「よし…」
2速に切り替えてオレが運転するバギーは 10tの荷物を引っ張って 海岸に向かう。
時速は 安全性も考えて20km位か…。
これ以上の速度も出せる事は出せるが、荷台側にブレーキが付いていない為、今度は 止まれなくなる。
周りを見ると 最近 個人でバギーを買って乗り回している人が多くなって来た事もあり、オレ達を追い抜かして行くバギーの姿が見える。
とは言え まだ道路は ガラガラ…。
そもそも 生活に必要な施設は全部、村の中に設置しているので、輸送部隊以外が村間を移動する理由が無い。
多分、バギーを運転する事 自体が目的の人なのだろう…。
オレ達は 海岸に到着する。
海岸には 海面に浮かぶ 浮き桟橋 が並んで足場を造っており、簡易的な浮きドックになっている。
「よし、降ろせ~」
クレーン車がオレ達が持って来た超巨大コンドームを吊り上げて、浮きドックに降ろす…。
軽量のガラス繊維でも この状態では浮かばないので、モーターボートで近づいてクレーンで吊り上げたままのでの作業だ。
取り付けるのは精留塔に空気を送った加圧器で、周囲の空気を超巨大コンドームの中に入れて行く。
そうすると…。
「うわっ…なるほど こりゃコンドームだわ」
内圧の上昇でガラス繊維の筒が膨らみ、巻き取られていたガラス繊維の筒が動き始め、膨張して行く。
モーターボートに乗っている別の作業員が 先端を引っ張りつつ後退する事で、外圧に強い綺麗な円形になる。
そして その筒がどんどん筒のサイズが長くなって行く事で、直径9m長さ120mの巨根が出来た。
続いて、大量のモーターボートで巨根を取り囲み、表面に融かしたガラスを塗って 外装を固める。
そして手の届く範囲を塗り終わると巨根を回転させて またガラスを塗る…その繰り返しだ。
その後 空気を1気圧に戻して 空気を送り込んでいる船尾から船内に入って内側からガラス塗料を塗る。
終わったらフリーズドライのドライコンテナで学んで作った 気密扉を付けたコンテナハウスを入れて行く。
続いて 上と下のコンテナを行き来 出来る 階段の設置。
ソナーや船の制御に必要な大型機材を入れて、一番 最後に鋳造の限界に近い3mのスクリューと舵を内蔵した動力区画をスクリューキャップ方式の本体と繋いで気密を確保する。
で、最後は ハッチの建設…。
船体の上部の真ん中に2m位の穴を開けて 気密扉を取り付け、その後ろには換気口と吸気口の煙突を設置する。
後は それをガラス繊維の装甲で覆い、上部は周りを見る為にガラス張りで、その上に 気密ハッチを付ければ完成だ。
「注文は 船だったってのに潜水艦を作っちまうんだからな。」
オレがクオリアに言う。
「でも これなら、波も怖くない。
短時間なら海中に潜れるからな。」
「通常は船として使って、緊急時には潜るって事か…。」
「そう…しかも 船体が破壊されたとしても、コンテナハウスの中に いれば そのまま、浮上して海面に出れるから、脱出カプセルとしても機能する。」
「なるほど…よく考えられている。」
「ただ現代の潜水艦と比べると静粛性が無いに等しい。
戦場に出れば 簡単に撃墜されるだろうな。」
「まっ戦う時には 改良されて性能が良くなっているだろうし…」
オレは 舵やスクリューを動かして動作の確認をしている潜水艦を見ながらクオリアに そう言った。