12 (ユーグレナ パウダー)〇
1707年冬…アトランティス村、ハルミの研究所。
診療所の隣にあるハルミの研究所の扉を開けてナオは中に入る。
中には 緑色のシャーレが大量に積まれていて よく見ていると 中に入っているのは 大量のミドリムシだ。
その近くには 生産用の植物工場もあり 寒天培地に作物が植えられ、日夜 水耕栽培の実験が行わている。
ジガが電球を開発した事で 太陽光が 必要無くなり、植物の棚に置く事で省スペース化に成功した。
まぁ…太陽光では無くライトを使う時点で電気を消費してしまうので コスパは悪いのだが…逆に言うなら大量の電気を使える状況になってしまえば、収穫量の高い 水耕栽培のゴリ押しが出来る。
そうなれば、農地を縮小化して 別の施設を建てる事も出来るだろう。
と思っていたが、事態は別の方向に変わり始めていた。
「来たか…」
「完成したのか?」
「ああ…これだ。」
ハルミが緑色の水槽に指を差す。
水槽の中には ミドリムシがいて、他のシャーレのミドリムシと区別が付かない。
「これは 栄養価をバランス良く 強化したミドリムシだ。
これを乾燥させると ユーグレナ パウダーが出来る。
で、これをベースに味や食感を加工すれば、ソイフードが出来る。」
ソイフードは加工し易い 大豆を主成分に 味覚パウダー、食感パウダーなどの添加物を入れる事で、ほぼ どんな食事にでも 化けられる栄養価が高い 万能食品だ。
そして このユーグレナ パウダーでも大豆の代わりが出来る。
と言うか、未来の世界では ソイフードと言う名前は付いているが、大半が このミドリムシを使っていて、ソイと言う単語にミドリムシの意味が含まれる様になっている。
「ミドリムシを増やすには?」
「普通は 窒素を含んだ培養液が必要だったんだが、窒素の無いシャーレの閉鎖環境に閉じ込めて 栄養価を維持しつつ、糖0.5% 二酸化炭素6気圧の 強炭酸水と光で増殖 出来る様に進化させた。」
「こんなに早く進化 出来るのか?」
「1ヵ月で10億倍に増えるからな。
雌雄が無いクローンとは言え、世代交代もあり得ない位 早いし、環境を整えれば対応も比較的早い。
まぁ実際は こんなに時間が掛った訳だけど…。
硫黄の村の近くにある湖にいたミドリムシを見つけたお陰で 進化のスピードが各段に上った。」
「あ~オレが探索ついでに回収して来たミドリムシか…。」
「そう…多分アレは、レナが持ち込んだ ミドリムシの子孫。
窒素が入手出来ない宇宙で食糧を確保する為に かなり、強化されていたからな…。」
「食用のミドリムシが そのまま住み着いたのか…。」
「そう…で、色々な種類のミドリムシと掛け合わせて 強化した個体を回収して、それを増やして 掛け合わせての繰り返し…。
で完成したのがコレ…。」
「効率は如何なんだ?」
「面積辺りの効率だと少なく見積もっても通常の作物の数百万倍位?
何せ季節 関係無く、1日で2倍、1ヵ月で5億倍に増えるからな。
年2回しか収穫出来ない作物とは違って毎日が収獲日だ。」
「農作業は 採算が合わなくて 絶滅か?」
未来の世界では 食料の大半がソイフードに変わっており、栽培する農作物は 窒素が大量に存在する地球でしか育てられず、天然物と言われ、高額な値段で取引されている。
そして それに伴い、人類が育てて来た作物は 保存用の種だけを残して ほぼ絶滅している。
「少なくとも、農場を広げなくても良くは なるな。
それに味を決める香辛料は まだ必要だ。
その内、ミドリムシから成分抽出と合成で作る事も出来るんだけど…」
「それじゃあ、最初は 食品加工 工場に送って見て、調理方法や生産ラインの研究をしてくれ。
そこで上手く行けば 順次切り替えと言う事で…報告は こまめに頼む。」
「分かった。」
1ヵ月後…。
直径6mのガラスのシャーレの中央に 回転するプロペラをがある。
中には 不純物を徹底的に排除し、糖を0.5%入れた純水が入っている。
作業員が大さじ一杯のミドリムシをシャーレの中に入れる。
食用のミドリムシは 窒素無しで 栄養価や増殖速度などを強化して行った結果、通常環境だと ちょっとした微生物でも全滅する位に弱く、徹底的に不純物を取り除く必要がある。
とは言え、この性質は 強化ミドリムシが川に流失したとしても、生態系を破壊するレベルの増殖が出来ない為、こちらの方が都合が良い。
シャーレのガラスのフタを乗せて密閉し、プロペラのスイッチを入れてゆっくりとした回転でミドリムシ水溶液をかき混ぜる。
その後、精留塔で空気を冷却して作ったドライアイスをボンベに詰めた物をシャーレの下から流し、二酸化炭素と水を混ぜつつ、6気圧の強炭酸水になる様に調整する。
後はその上からライトを照らし続ければ、1ヵ月後には この大さじ一杯のミドリムシが5億倍に増えて この水が濃い緑色になる。
ミドリムシの性質上、一定密度になると増えなくなるので、容器からミドリムシが溢れる事もない。
これを実験をしながら シャーレのサイズを どんどんと大きくして行くと、大型の工場位の面積で 20万人分の食料が作れる。
農耕出来るスペースが無い スペースコロニーでは必須の食料だ。
更に1ヵ月後…。
緑色に染まったミドリムシ水溶液をフィルタを通して水分を取り除き、次の種ミドリムシを回収。
残りは圧縮、熱による乾燥をする事で粉状にする。
この粉に水を与えると 粘土みたいな粘性のある素材に変わり、添加物を練り込んで行く。
人の味覚は 砂糖、酢、食塩、胆汁酸、魚の5種類で構成されていて、これに厳密には 舌の痛みだが、唐辛子を入れた6種類の調合割合で決まり、これら6項目をレーダーチャートのグラフで表現した物を味覚パラメーターと呼ぶ。
更に 食感は 水酸化ナトリウムと二酸化炭素を反応させて作った 炭酸ナトリウムを入れる量で決まり、色は 赤、黄色パプリカ、クチナシの実、紫キャベツの着色料を入れれば再現が可能だ。
で、本物の食べ物から この項目の割合を抜き出してしまえば、どんな食べ物でも再現可能になる。
極端な話、この12種類の生産に特化すれば、これ以外の食材を栽培する必要が無い…。
まぁ…宇宙船内は 密閉空間で換気も難しい為、香りのパラメーターを組み込んでいなく、完全再現とは 行かないのだろうけど…。
そんな感じで適切な割合で調味料を混ぜ込んだ食材は、鋳造用の型に入れられ、次々と食べ物が生産されて行く。
これも大半の作業が自動化出来るだろうから、いずれ 食料の価格破壊が起きるだろうな。
食料生産部が 設備が整いつつ色々な食べ物の再現にチャレンジしている中、オレは そう思った。
そして試食品の試験。
「皆…試食品を持って来たよ。
はい、この紙に感想を書いてね」
冒険者ギルドの中で、食料生産部の従業員が大量のガラス繊維の袋に入れられた食品を持って来て言う。
「おっ来た来た…。」
「オレもオレも…」
次々と試食品が配られ、アンケート用紙に感想が書かれて行く。
「あっ普通に美味いな」
「ちょっと違和感があるかな…それでも美味いけど」
この中には 天然物と人工物の両方が入っており、質問に対する6段階の評価と感想を書いてもらっている。
「さてさて…結果は…と。」
皆が食事をしている中、オレはアンケートの集計を紙にまとめて行く。
ふむ…天然物、人工物の評価が6対4に分かれ、人工物に違和感を感じる物もいたが、5対5が普通の所 4割を騙せた。
まだ若干の違和感がある見たいだが、これは パラメーターの精度が 上手く行って いないからだろう。
ただ 望む味に調整出来る都合上、改良を重ねて行けば 絶対に天然物より美味くなる事は 確実だ。
これは今後の研究課題だろうな。
分析結果や感想を書類に書き、オレはデータを食料生産部の従業員に渡すのだった。