第13話 アルフレッド12歳、もんもんとなる②
夜、『月の雫』。
閉店した店内をモップがけしていたアルは、大きなため息をついた。
そばでテーブルを拭いていたメアリーが聞きとがめた。
クリーム色の長い巻き毛に、大きな目をした少女である。
身長はちょうどアルと同程度。フィアニーと同じく黒いワンピースに白いエプロンのウェイトレス姿である。
「ちょっと、聞えよがしのため息、やめてくれない。気分が悪いわよ」
大きな目を吊り上げて、アルを睨む。
「ごめん」
アルは謝った直後にまたため息をついてしまった。
また謝る。
メアリーはプリプリとしながら行ってしまった。
アルの気持ちを落ち込ませているのは、言わずもがな、昼間の冒険である。
あれは本当にひどかった。
ひどすぎて、思い返したくもないのだが、なにをしようとしても思いだしてしまう。
なにが悪かったなどと反省するまでもない。チームワークが悪すぎるのだ。
エーテルとベルは犬猿の中だし、ティナはベルとともに戦うどころか近づきもしない。かといって、ほかのメンバーの連携がとれているかというと、そういうわけでもない。
2日前にはアル、ティナ、ダルトン、エーテル(魔法生命の蛇、フィズが死んだため、ティナはエーテルを避けなくなった)の4人で3星魔物たちと戦った。
そのときも、今日ほどではないにしてもひどかった。
勝手に突っ込むティナとダルトン。
エーテルは今まで避けられていたティナにいいところを見せようと、いつ終わるとも知れない長い呪文を唱え続けた。
そしてアルはというと、みんなのことが気になって、自分の戦いに集中できなかった。
個々の能力が高いので敵を倒せてはいるのだが、どうもスッキリとしない。
良い戦いができたという気がしない。
原因がはっきりしているからといって、ではどうすればいいのか、アルにはわからなかった。
当然といえば当然のことである。
なにしろ、アルはほかの冒険斡旋屋のように4、5人でのパーティを組んだことがなかったのだ。
昨年まではたいていは2人、多くて3人。チームワークを考える必要などなかったのである。
仕事もオルビーがきちんと選んでおり、人数の必要なものはよその斡旋屋に回していた。
アルのそんな懊悩をほかのメンバーは知るよしもない。
それどころか、チームワークの悪さなどまるっきり気にしていなかった。
エーテルもベルもあれだけ互いにやりあっても、クラングランに戻れば、スッキリとした顔になっている。
ダルトンはメイスを全力で振るうことが、教会で上司に嫌味を言われることの何倍も楽しかった。
ティナはといえば、1人で戦っていた頃に比べて、賑やかで楽しいとさえ思っていた。
さて、ブラックゴブリン退治の翌日。
悩み始めたら、とことん悩み続けるアルは、鬱屈した気分のまま朝食の片付けをしていた。
後ろではティナとエーテルが話をしている。
というよりも、エーテルが永延と魔法について話しているのを、ティナが適当に聞き流している。
エーテルはなんとかティナと仲良くなろうと必死なのである。
ティナはというと、もともと他人にあまり興味がない性格なので、エーテルのわけのわからない話を聞き流しながら、今日のおやつになにをリクエストしようかと考えていた。
そこへオルビーが飛び込んできた。
「おい、アル、ティナ、エーテル。すぐに下りてこい。すげえ、仕事がきたぞ」
えらく興奮している。
「ちょっと待って。今、洗い物が終わるから」
「馬鹿、洗い物なんかやってる場合か。そんなもんほっぽって、すぐ来い」
オルビーはアルの後ろ襟をつかむと、グイグイと引っ張っていく。
「なんだよ、もう」
ティナはすでに部屋から出ており、エーテルはマグ爺の手を引いている。
『太陽の剣』には、青年がいた。
カウンター前の椅子に落ちかない様子で座っている。
黒いボサボサの髪、不健康そうなくま、唇は青紫。
ゼランディン、25歳。歴史学者である。
よれたシャツに、緑のズボンをサスペンダーで吊っている。その上から上着ではなく、フード付きのマントをまとっている。
「こちら、ゼランディンさんだ。学者先生だぞ。『神々の試練』について研究していらっしゃるそうだ」
オルビーに紹介され、ゼランディンが立ち上がった。
その体がフラリと揺れる。ゼランディンがカウンターに手をやって体を支えた。
「失礼。立ちくらみをしてしまいました」
ゼランディンはあらためて、アルたち1人1人を見ていった。明らかに不満そうな顔をしている。
「こちらに所属している冒険者はこれですべてですか?」
「いやいや、そんなことはありませんよ。クラングラン教会の副司祭に、ヴァルサ公爵令息もいます。それに、こいつらを甘く見ちゃあいけませんよ。そっちの赤毛の女の子は『英雄の血族』ですし、そっちのちびっ子はトゥリスきっての天才と呼ばれています。そしてなにより、そこの黒髪のそいつ。彼こそは正真正銘、カーラッドの息子なのです」
ゼランディンのアルたちを見る目がキラキラと輝いた。特にティナを見る目にはひときわ熱いものがあった。
「そうか、君がカーラッドの息子ですか。私がここに来たのも、やはり英雄の息子にこそ、この偉業を託すべきだと思ったからなのです」
ゼランディンがアルの両肩を強く叩いた。
「よろしくお願いしますよ。カーラッド・ジュニア」
「よ、よろしく」
ゼランディンは次にエーテルの前に行った。
「確かに、その年で黒い衣装をまとっているなど、ただ者ではありませんね。ひと目でそれに気づかないとは、なんたる不覚。どうかよろしく、お願いしますよ。天才少女」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
エーテルはペコリと頭を下げてから、例の人に圧倒的不快感を与える邪悪な笑みを浮かべた。
しかし、ゼランディンはエーテルの顔など見てはいなかった。
アルやエーテルに向けた笑顔とはうって変わった満面の笑みを浮かべて、ティナの前に立つ。
黄緑色のワンピースに黄色い上着という姿のティナを上から下までながめ、満足そうに何度も頷いた。
「『英雄の血族』とのことですが、いったい誰の子孫なのですか」
「ウッドリンだよ。とっても力持ちのウッドリン」
「おお、『怪力無双ウッドリン』でしたか。ということは、あなたに受け継がれたのも、怪力ということでしょうか?」
「そうだよ」
言うとティナはゼランディンの腰に両手を当てた。
そのままひょいっと彼を持ち上げる。
「おお、素晴らしい。素晴らしいですよ」
大喜びのゼランディン。
ティナは褒められてうれしくなった。
サービスのつもりで、ゼランでィンを頭上にかかげ上げた。
ゼランディンは嬌声を上げて喜んでいる。
「なるほど。その細腕からは思いもよらない怪力です。堪能させていただきましたよ。『英雄の血族』の力を」
地上に下りたゼランディンは、ティナの腕や足や胸や腰、頭など遠慮なくペタペタと触った。
ティナは髪の毛に触れられたときには、顔をしかめたが、それ以外は気にした様子もなく、されるがままになっている。
「実にいい。実にいいですよ」
アルは、なんだか変な人だなあ、と思った。
それにしてもすごい依頼とはいったいなんだろうか。
「よし、それでは本題に入るとしましょうか」
ゼランディンはカウンター前に戻ると言った。
先ほどの不満顔など嘘のようである。
「みなさん、神々と英雄の時代については、当然、ご存知ですね。今から2千年以上昔。この世界に太陽神以外にも神がいた時代のことです。『太陽神ヴァイ』、『海神ゴーン』、『大地母神エーテシャン』、『月女神ウルス』、『時神アステ』、『夜神クローラ』。この6神によって、世界は維持されていました。神々は人間たちを慈しみ、人間たちは神々を敬い、それはまさに地上の楽園であったと言われています。やがて、神々は寵愛した人間に、特別な力を与えるようになりました。彼らは『英雄』と呼ばれ、人々を神々に代わって導く役目を負ったのです」
「しかし、神々は人間が次世代へと命をついないでいく存在であるということを軽視していました。つまり、『英雄』の子や孫も同様の力を受け継いでいくという事実をです。数百年も経つと『英雄』の力を持つものは、数千にものぼったといいます」
「彼らは互いに優劣を競い合い、争い、殺し合いました。優れた『英雄』こそが人々を導くべきだ、という思想が社会に根付いていたのです。世界は荒廃していきました。見かねた神々は、『英雄』たちをふるいにかける方法を考えました。本当に優れた者以外に英雄の資格はあらず。『英雄』たる資格を授けるための試練の場を設けたのです」
「それこそが、いわゆる『神々の試練』です。危険な怪物たちが待ち構え、幾多の罠が張り巡らされた迷宮。その最深部に到達すれば、神が降臨して、その身に『英雄』の印を刻みこむ。そして『英雄』の印を持つものは、神の代理として、絶対の権力を持つことができる」
ゼランディンは朗々(ろうろう)と歌うように話した。
その目は異様なほど輝いており、神々の試練のくだりを話すときなどは、体を震わせていた。
「これこそが『神々の試練』なのです」
「それで、そのあとどうなったの? 『英雄』の数は減っちゃったの?」
ティナが言った。
ゼランディンは大きく頷いた。
「『英雄』の子孫とはいえ、その血の濃さはまちまち。しかし、試練を果たすことにより得られる栄華を夢見て、実力不十分な者たちも多数、試練へと挑んだのです。また、試練を避けていた血を持つ者たちは、自然と力を失っていったと言われています」
「こうして世界は『英雄』たちによって治められるいくつかの国々に分かれていきました。しかし、『英雄』たちの争いは戦争にとって代わっただけでした。いつ果てるとも知らぬ戦乱の日々。やがて神々はそれに幕を引くために、『最後の英雄』を生み出しました。アルトロンです」
「神々の寵愛を一身に受けた最強の『英雄』。アルトロンはすべての『英雄』を討ち果たし、世界を1つにまとめました。こうしてできあがったのが『エルデス帝国』です。神々は無敵で不死身の『英雄』に後事を託すと、世界から去っていきました。世界から神は消えてしまったのです。神々がいなくなったことにより、アルトロンをのぞく『英雄の血族』はすべて、その力を失いました。同時に、『神々の試練』も役目を終えて、ひっそりと眠りにつきました。『神々と英雄の時代』は終わり、『大帝時代』が始まるのです」
陶然とした様子のゼランディン。
本当はそろそろ本題に入りたいのだが、ティナが緑色の瞳を輝かせて聞いているのを見て、もう少しだけ歴史の話を続けてもいいだろう、と思った。
「さて大帝となり、唯一無二の支配者となったアルトロン。彼は神々が後事を託しただけあって、高潔で公正で慈悲深い人物でした。彼はすべての人間が幸福に暮らせる世界とするために、尽力していきます。言語を完全に統一し(エルデス語、魔法語でもある)、飢えをなくすために世界中から集めた植物や動物たちの品種改良を行い、劣化することのない金属を作り(アルターメタル)、糸も、ガラスも、紙も、あらゆるものを改良していきました」
「完全無欠の指導者による平和な日々。文明は日進月歩で進化して、300年ほどの年月で、人々の生活はまるっきり様変わりしてしまいました。時計や活版印刷機、高性能はた織り機などの機械はこの300年の最後の50年に生み出されたと言われています。ところで、みなさん『蒸気機関』という技術をご存知ですかね?」
アルはどこかで聞いたことがあると思った。
きっとエーテルの授業だろうが、それがどういうものなのかはまるで覚えていなかった。
答えたのはやはりエーテルだった。
「水が湯気になると膨らむという性質を使って、大きなものや重いものを動かす方法ではなかったでしょうか」
「さすがは天才少女。もう少し付け加えるならば、水を温めることにより発生する湯気、これを蒸気というのですが、これを利用して機械を動かそうという発想ですね。『エルデス帝国』の歴史が300年を刻もうというときに、この『蒸気機関』という技術が開発されました。これがさらなる文明の進歩に役立つだろうと、有頂天になる研究者たち」
「しかし、『大帝アルトロン』は『蒸気機関』の研究を禁止します。そればかりではありません。アルトロンは布告を出します。人の手を離れても活動を続ける機械の開発を禁止したのです。そのおかげで、1700年後の今をもっても、機械の頂点は懐中時計というわけなのです」
「人々は反発しなかったのか? しなかったのです。なぜならば、アルトロンが機械の道を閉ざすと同時に、別の道を現してみせたのだから。さあ、天才少女。あなたならばご存知ですよね。言ってください、声高らかに」
一同の視線がエーテルに集まった。
エーテルはコホン、とひとつ咳払いした。
「魔法です」
「そのとおり。魔法です。『大帝アルトロン』は自身が神々から与えられた力を、人々にも与えようと魔法を創りだしたのです」
ティナが首をかしげた。
「それじゃあ、あたしの力も魔法みたいなものなの?」
それに答えたのはエーテルだった。
「英雄たちは生命力エナを常人の何倍もの量を保有していました。その子孫たるティナ様もです。ティナ様はエナを使うことにより超常的な怪力を出しているのです。もちろん、アルトロンも同様。ただ、『英雄の血族』でもない人間がエナを使うのは非常に困難です。そこでアルトロンはマナという力を利用することにしたのです。月光を受けてマナを生成することができる植物トレントからマナ玉を取り出す。そしてそれを体内に取り入れることにより、マナを身内に取り込み、エナの代わりとする。これが初期の魔法の原型だったと言われています。これはあくまでも憶測ですが、アルトロンは300年のあいだに自身の力を解明しようと、研究を続けていたのではないでしょうか。その過程でマナとそれを利用する方法を確立していたのではないでしょうか」
「恐らくそうでしょう。そうでなくては、魔法などという荒唐無稽な技術をいきなり生み出せるわけがありません」
ゼランディンが何度も頷いた。
エーテルを対等の知性を持つものとして認めた様子である。
そして、彼の頭の中にはもはや、冒険斡旋屋に依頼にきた理由はすっかり抜け落ちてしまっていた。
聴衆たちに自身の知識を披露することに夢中になっている。
「魔法が人々に与えた恩恵はあまりにも大きかった。機械の発展を禁じられた不満など吹き飛ばしてしまったことでしょう。やがて、マナ玉を利用して大帝石を作成することに成功します。火石、水石、熱石、冷石、光石。現在の生活の基盤となっているこれらの石たちは、エルデス帝国をさらに繁栄させていきました」
「そして、おそらくは繁栄しすぎたのでしょう。やがて発展しすぎた魔法は、アルトロンの手に負えないところまでいってしまったのです。ついにアルトロンは決断します。かつて機械の開発を禁じたように、魔法の開発を禁じたのです。エルデス歴800年頃のことでした。しかし、これに人々は大きく反発しました。アルトロンこそが文明の発展を遮る者だと、糾弾する声が各地であがり、そして人々は神の代理人を殺したのです」
「無敵で不死身のアルトロンが死んじゃったの? どうやって倒したの?」
ティナが大声を出した。
よほど驚いたのだろう。
「残念ですが、当時の人々がどういった方法で、アルトロンを殺したのかは今をもっても謎のままです。ただ、魔法の力がそれだけ強力になっていたということでしょうね。アルトロンという枷を外された文明は、そこからすさまじい速度で発展していきます。人々は魔法で創りだした生命を使役し、あらゆる労働を魔法生命に行わせるようになりました。さらにすべての物質、食物も建築資材も水も魔法によって生み出し、非魔法物質を排除していくようになったのです。魔法物質以外は不潔と考えるようになったのですね。都市も道具も本すらも魔法によって作られていきました」
「そして人々はついに魔法によって人間をも創りだしてしまうのです。その人型魔法生命は高い知性をもち、ほかの魔法生命たちを人に代わり使役し、社会を維持していきました。そして、エルデス歴987年。1体の人型魔法生命により、『大変換』が起こるのです。その『人型魔法生命エンド』は、魔法の起点となる5本の『無限の塔』を暴走させ、魔法生命の性質を変えてしまったのです」
「もともと人造の生命である魔法生命たちは生物すべてが本来持っている生命力エナを持っていません。人間が強い感情を発する際にあふれるエナを取り込んでマナにかえて原動力にしていたのです。当時の人々は、魔法生命に絶対の忠誠と奉仕をうながすために、人の喜びや幸福感からエナを得るという本能を組み込んでいました。それが『大変換』により反転したのです。そう人間に苦痛を与えてエナを得るように変わったのです」
「ひょっとして、それが魔物の正体なの?」
ティナが言った。
「そうです。それこそが魔物なのですよ。当時の人間たちは本当に便利な存在を作ったものですよ。人間の喜びをマナに変え、必要があれば増えることができる。さらに死ねばマナ玉となり、魔法の素となる。まあ、その勝手の良さこそが、『大変換』により大きなあだとなったのですが。世界中の魔法生命が一夜にして、人を狩るように変わりました。魔法生命に頼りきっていた人々は、すでに自ら魔法を使うことができなくなっていました。つまり、反旗をひるがえした魔法生命たちに対抗するすべはなかったのです」
「こうしてエルデス帝国は崩壊しました。非魔法物質をなくして、魔法物質だけで構成されていた文明は、それを維持する魔法生命たちの変質により、消失していきました。『大帝時代後期』の痕跡が世界からきれいに消えてしまったのはそのせいなのです。そして歴史は『大帝時代』から『諸人の時代』へと移っていきます。ただ、その間には、人間が魔物たちに怯えて暮らす、『混迷期』という暗黒の時代が200年に渡り続いたのですが」
ゼランディンが話を終えるとティナが、おお、と拍手した。
つられてアルもエーテルも拍手した。
ゼランディンは高揚した顔のまま、崩れるように椅子に腰掛けた。
「すごいね。あたし、そんなことになってたなんて、ぜんぜん知らなかったよ」
ティナが言ってアルを振り返った。
「ねえ、アル」
アルは食事のときなどにエーテルから授業をしてもらっていたため、概要くらいは知っていた。
しかし、さすがは歴史学者というだけあって、ゼランディンの話は詳細がきちんと明らかになっており、そういうことだったのか、と思うところが多々あった。
エーテルもそれは同様だった。広範な知識を持つエーテルだが、歴史を専門に学んでいるゼランディンに比べれば、その分野では素人同然である。なるほど、と頷くところもあった。
1人、ゼランディンの長い話にうんざりしていたのはオルビーである。
せっかくの大仕事を前に、長々と歴史の講釈を聞かされてイライラとしていた。
しかも、ゼランディンは自分の仕事は終わったとばかりに椅子に座り、3人の少年少女の反応を楽しんでいた。
「学者先生、学者先生。大切なことを忘れていらっしゃいませんか?」
オルビーが言った。
「歴史の講義に来たわけじゃないでしょう」
「おっと、そうでした」
ゼランディンは立ち上がった。
しかし、体がフラリと大きく揺れて、そのまま転んだ。
ぶつけた膝をさする。
「大丈夫、ただの立ちくらみです」
しかし、膝がかなり痛むのか、顔をしかめたまま、いっこうに話を始めない。
オルビーはついに待つのをやめた。
「神々の試練についてはわかったな、君たち。そしてだ、その神々の試練が……」
オルビーの声をゼランディンの絶叫がかき消した。
「ちょっと、あなた。勝手になにを口走ろうとしているんですか。許しませんよ。許しませんとも。私ですよ。私だけが、それを口にする権利があるのです。違いますか? 違いますか?」
ゼランディンは顔を真っ赤にしてカウンターに両手をついて、オルビーに唾を飛ばした。
「いや、ついつい口が滑りましたよ。なにしろ学者大先生がなかなか切り出してくれないんだもの。もちろん、あなたこそが、この栄光に満ちたニュースを伝える権利がある。ありますとも。ありますとも」
「そうです。私の大発見なのです。オルデン大学歴史研究室にその人ありと言われる、このゼランディンの大発見なのですよ。このクラングランの近くに神々の試練が隠されていることを発見したのは、このゼランディンなのです」
言ったあとにゼランディンは大きく深呼吸した。
それからアルたち3人に向き直る。
アルは目を見開いて驚きを顔にあらわした。
ティナは、おお、と軽く手を叩いていた。
エーテルは無表情だった。
しかし、ゼランディンは彼らの顔も見ずに、天井を振りあおいだ。
「心の準備はいいですか。驚きのあまり、倒れてしまわないように、どこかにつかまっていた方がいいかもしれませんよ。なにしろ、30年に1度の大発見なのですからね」
ティナが素直に本棚に手を置いた。
アルはなんだか変だなあ、と思いながらも素直に従ってマグ爺の寝そべるテーブルをつかんだ。
「私は数々の文献を調べ、ついに見つけたのです。このクラングランのすぐそばに、まだ手付かずの神々の試練が隠されていることをね」
アルはすでにそれは聞いたことなので、まだ続きがあるかと思い待っていた。
ティナは、おお、とまた拍手をした。
エーテルは無表情だった。
ティナ以外の反応が薄かったので、ゼランディンは不思議に思った。
『神々の試練』は一度、誰かが攻略してしまうと消滅してしまう。
そのため、今もなお攻略されずに現存している『神々の試練』はたった1つしかない。
それほど貴重なものがこの近くにあるかもしれないというのに、なんという鈍い反応だろう。
「『神々の試練』が見つかったのです。約20年ぶりに」
ゼランディンが叫んだ。
「前回見つかった神々の試練は、そう、あのカーラッドを英雄としたのです。はからずも、ここに『カーラッド・ジュニア』ががいる。運命的なものを感じますね」
言われて、アルはほっぺたを叩かれたような気がした。
アルは思いだした。
カーラッドも『神々の試練』を攻略して、『英雄』の紋章を手に入れたのである。
胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
「それで、どこにあるの。その、『神々の試練』は?」
「それをこれからみなさんと探しに行こうというわけですよ。道無き道をいかねばなりません。私ひとりではとてもとても」
「俺、やるよ」
アルは叫んだ。
「きっと、『神々の試練』を見つけてみせる」
そして、あわよくば挑戦してみたいと思った。
攻略したいという不遜な考えはもっていない。ただ、冒険者としての最終目標ともいうべき、『神々の試練』を体験してみたかった。
「その意気ですよ。神々が創りたもうた伝説の迷宮をともに発見しようじゃありませんか。立て、若者たちよ。集え、戦士たちよ。今こそ、勇気と知性を示すとき。幾多の困難を乗り越えて、栄光を手にしようぞ」
ゼランディンが叫んで、右手を突き上げた。
おお、とアルとティナもつきあげた。
一拍遅れて、エーテルも、おお、と少し調子外れにいって、右手を突き上げた。
「よしよし、頼むぞ。神々の試練を発見したとなったら、うちにも箔がつくからな」
オルビーが満足そうに何度も頷いた。




