第9話 アルフレッド12歳、誓う③
結局、アルはマリーの家で夕食をごちそうにならずに、セイルやジャックともどもマリー宅を出た。
3人とも互いに話したいことがあったので、アルの家に向かった。
すでに日は落ち、周囲は暗くなっている。アルの家の建つ丘の上まで、小道を上っていく。
3人ともうまく言葉が出なかった。
ときどき、ジャックが脳天気なことを言って乾いた笑い声を響かせていたくらいである。
「そういえば、ダジルの奴が村を出ていったぜ」
重苦しい雰囲気を打ち破るための何度目かのチャレンジとして、ジャックが言った。
「あいつ、本気で冒険者になりにいったんだ」
「ダジルが」
アルは驚いた。
「ひょっとして王都に?」
ジャックが頷いた。
「無茶だろう。あいつはお前と違って本当に素人なんだぜ」
「でも、誰だって最初は素人だよ」
アルは言った。
なんだか、うれしかった。
子供の頃から何度もやりあってきた相手が、自分と同じく冒険者の道を進むなんて。
「やるなあ」
やがてアーチ状に2つの木が絡みあったトビラギの前にやってきた。
ギザギザとした葉がすでに紅葉しているが、夜の闇では見えない。
3人は、トビラギの下から伸びる短い石段の中ほどに腰かけた。
家の中には入らずに、ここで話しをするのが昔からの習慣である。
「ダズルなんかがやれると思うか?」
「ちゃんとした斡旋屋に登録すれば大丈夫じゃないかな」
言ったアルだが、自身が在籍している『太陽の剣』からして、ちゃんとしているとはいいがたい。
「仲間がいると、魔物退治もずいぶん楽だよ」
「あいつがほかの冒険者と和気あいあいとできるかね」
それを最後にダズルの話題は終わった。
また誰もが、なにか言いたいが言い出せない、歯がゆい沈黙となった。
「アル、いつまでヘストンにいるの?」
セイルがついに切り出した。
「わからない。でも、あんなマリーを放っておけないよ」
マリーの悲鳴はまだ耳に残っている。
狂気を感じさせるような悲鳴であった。
「戻ってこれない?」
セイルはアルに体ごと向き直って言った。
細い月がセイルの眼鏡に映って光っている。
「つまり、1度、クラングランから引き上げてきて、ヘストンに暮らすことってできない?」
アルは言葉に詰まった。
それは頭の中に浮かびもしなかった考えである。
突風が吹いて3人の体を一気に冷やした。
アルは眼下に見える村のまばらな灯火を見た。
クラングランの夜に比べて、なんて寂しい明かりなんだろうと思った。
「そりゃ、あんまりだぜ、セイル」
ジャックが言った。
「アルは冒険者としてクラングランでがんばってんだ。いまさら戻ってこいなんて。そんなこと、言っちゃダメだろ」
「わかってる。でも、マリーを元気にさせられるのはアルだけなんだ」
「わかってねえよ。お前はわかってねえ。マリーのことは俺とお前がどうにかすることなんだ。そうだろうが」
「そりゃあ、僕だってそうしたいよ。だけど、マリーはアルじゃないとダメなんだ。絶対にダメなんだ」
セイルの目に涙が光った。
「だから、そういうことアルの前で言うなって言ってんだよ。こいつがどんな奴か知ってるだろう。そんなこと言われたら、悩みに悩んで、自分を犠牲にしちまうんだよ。クソっ、なんだってこんなことになっちまったんだよ。ふざけんなよ」
ジャックが馬鹿野郎と叫んだ。
それから泣き出した。
アルもついにたまらなくなって涙が出てきた。
そのまま3人して泣いた。
マリーの事件が起こってから胸の中にたまっていた不条理さを吐き出すように、泣き続けた。
ひとしきり泣いたあと、ジャックは、「帰るわ」といってまだ泣きやまないセイルを引っ張って坂道を下りていった。
アルはしばらく遠ざかっていく2人の後ろ姿を見ていた。
それからいい加減に体が冷えてきたことに気づいて、立ち上がった。
見上げた空には弓のような月が輝き、星が散りばめられていた。
人工の光はクラングランに比べてずっと少ないが、その代わり夜空はずっと賑やかだ。
家に入り、明かりをつけたアルは、空気がよどんでおらず、埃も積もっていないことに驚いた。
半年留守にしたというのに、1週間も家を空けていないような様子だった。
マリーが頻繁にやってきて、窓を開けて掃除をしていたのである。アルもすぐにそれに気がついた。
アルは居間のテーブルにつくと、頬杖をついた。
ぼんやりと台所に目を向ける。1つの光景が目に浮かんだ。
今よりも幼いマリーがエプロンをつけてフライパンを振るう光景。
窓からさし込む朝日が彼女の輪郭を淡くぼかしていた。
振り返ったマリーがフライパン片手にアルを怒鳴りつける。
「早く顔を洗ってきなさいよ。寝ぼすけ」
2年前に母が病に倒れたときのことである。
あのとき、アルは本当に打ちのめされていた。
父はすでになく、師匠のレイモンドは去り、母が不治の病にかかってしまった。
母の看病をしながらも、いろいろなことが嫌になり、鍛錬をもやめてしまっていた。
そんなある日の朝、居間に起きていったらマリーが朝食を作っていたのである。
次の日も、その次の日もマリーは家にやってきて朝食を作ってくれた。
マリーはそれが当然だといわんばかりの態度だった。
マリーはアルを慰めることもしなかったし、叱咤することもなかった。
だがアルはやめていた鍛錬をまた始めた。うちのめされたままでいることが、ひどく情けなく感じたのだ。
あのとき、マリーがそばにいてくれなかったら、今、こうして冒険者をやっている自分はなかっただろう。
アルはそう思う。
今度は自分がマリーのそばにいる番ではないか?
なにができるかはわからないが、彼女が元気になるまで、そばにいるべきではないか?
玄関ドアを叩く音が聞こえた。
アルは物思いから覚めて、立ち上がった。玄関へ行く。
「こんばんわ、アル坊」
来訪者はエピカだった。
教導師の教服である青地に白をあしらったスモッグを着ている。
しわだらけの顔がほころんでいた。
「エピカ」
アルは老女に抱きついた。
アルにとっては肉親のような存在である。
「村に戻ってきたのに顔を見せないなんて、なんと薄情になったことでしょう。やはり都会は恐ろしいところです」
「ごめん」
「冗談ですよ。マリーのところに行ってんたんでしょう。ケルトンから聞きましたよ」
見るとエピカのすぐ後ろにケルトンがいた。布のかかった大きなバスケットを持っている。
「大切な話があってね。おじゃましてもかまわないかな」
「もちろん。さあ、2人とも上がって」
アルは2人を居間に招き入れた。
ケルトンがテーブルの上にバスケットを置いた。
布を取ると、切り分けたバケットパンとフライドチキン、サラダが皿に盛り付けてあった。
「夕食、まだだろう。まず、食べてくれ」
アルはそれで自分が空腹だということを思いだした。
意識した直後に腹が大きな音をたてて鳴った。
「料理を勉強しているそうですね。感心ですよ。剣術なんかよりも、よほど有用な技術です」
エピカが言った。
アルはエピカとケルトンに向かいから見られながら、夕食をとった。
マリーの母ロゼリアの料理は心がほっとする。
アルが食べているあいだ、エピカはアルに代わって彼の近況をケルトンに話していた。
アルはマリーやジャック、セイルとともにエピカにも隔週で手紙を送っているのである。
食べ終わったアルがエピカとケルトンの話に加わり、しばらくしたところで、ケルトンがまじめな顔になって来訪の要件を切り出した。
「アル、マリーのことをどう思ってる?」
いきなりの質問だった。
もちろんケルトンとしては、異性として特別な好意はあるのか、ということを聞いていたのだが、色恋沙汰に疎いアルにはまるで通じなかった。
むしろアルはマリーがあんなことになっているときだし、なんとしてでも彼女の力になりたいと思っていた。
それは親友としての気持ちである。
「どうって、大事だよ。すごく。俺、マリーが元気になるなら、どんなことでもするよ」
「アル坊。どんなことでもするだなんて、簡単には口に出してはいけませんよ」
エピカが言った。
「そういうときはできるだけのことをする、というのです」
「でも、本当にどんなことでもしたいんだ。俺、マリーに元気になってほしい」
「ありがとう、アル。君の気持ちは本当にうれしい。だが、私が聞きたいのは、つまり、好意はあるのかということなんだ。マリーのことが好きなのかい?」
「そんなの決まってるよ」
アルは即答した。
エピカが口を開きかけ、結局、口を閉じた。
彼女はアルがマリーに対して、どういった種類の好意を抱いているのかを理解しており、それがケルトンの確認した好意とは別種類のものだとわかっていた。
きちんと訂正しなかったのは、その方がアルにとってもマリーにとっても良い方にいくと思ってのことである。
はたしてケルトンは、ほっとした顔になった。
「よかった。それなら、安心して頼める。アル、マリーと婚約してくれないか?」
アルはケルトンがなにを言っているのか理解できなかった。
婚約という言葉はアルには耳慣れない言葉だった。
30秒ほど間をおいてから、ケルトンがもう1度言った。
「婚約。つまり将来結婚するという約束をかわして欲しいんだ」
「結婚の約束……」
アルは言葉をゆっくりと噛み締め、それがほかの意味合いや、なにかを揶揄する言葉ではないかを考えた。
そしてついに理解した。
「結婚するの? 俺とマリーが?」
なんだかピンとこず、人ごとのような口調だった。
「もちろん、今すぐというわけじゃない。将来的にということだよ。君がクラングランに住み続けたいというのなら、2人でそっちに住んでもらってかまわない。つまり、マリーは今、とても不安定になっているんだ。こういうときは、強い目標があった方がいい。未来を見つめて、がむしゃらに走り続けることが必要なんだ。君の花嫁になるというはっきりとした目標があれば、きっと今回のことを克服できるはずだ」
言うとケルトンは立ち上がり、床に膝と両手をついた。
「頼む、アル。マリーの婚約者になってくれ」
アルはこれまで自分の結婚のことなど考えてもみなかった。
大人になったらいつか結婚するんだろうな、くらいの漠然とした考えしかもっていなかった。
それをいきなり目の前につきつけられ、決断を迫られた。
アルがもう少し男女のことがらに対して成熟していたら、返答につまったことだろう。
結婚についても、恋愛についても、まるで考えたことがないアルだからこそ、実にあっさりと返答してしまった。
「うん、わかった。俺、マリーと結婚する」
アルを説得するためにやってきたはずのエピカだったが、さすがに口を挟んだ。
「自分の言っていることをちゃんと理解しているんですか、アル坊。祭りの踊り相手を承諾するのとはわけが違うんですよ」
「わかってるよ、そんなこと。でも、それでマリーが元気になるなら、俺、ええと、婚約するよ」
「本当にいいのかい、アル」
ケルトンが顔を上げた。
「ただの口約束じゃなくて、正式な婚約者になってもらんだが。そうなると、簡単に取り消すわけには……」
そう言われると不安になるのがアルである。
もう少し考えた方が良かったんだろうか、と思い始める。
そこに助け舟をだしたのがエピカである。
「口約束に毛の生えた程度のものだと思ってもらって構いませんよ。人の気持ちというのは時が経てば変わっていくものですからね。アルもマリーもまだ若いんです。ほかに好きな相手ができるかもしれません。そんなときに2人を縛り付けるいましめであってはいけません」
「しかし、マリーの性格からして、むしろ……」
「ケルトン。それ以上をアルに求めるのなら、この話はなしです。マリーにとって大切なのは明日に向かって突き進むための希望です。将来2人がどうなるにしても、そのときは互いにもっと強い人間になっていることでしょう」
エピカはアルに向き直った。まっすぐに見つめる。
「そうは言ってもアル。婚約者になるからには、きちんとマリーに接しなくてはなりませんよ。今までのような幼なじみのままではマリーが納得しません」
今度こそアルは困惑した。
幼なじみではない接し方とはいったいなんだろう、と思った。
「きちんとって、どうすればいいの?」
「そうですね。礼儀と尊敬と愛情を持って、まあ要するに大人の女性として接するということです。さらに、なにかを要求されたら、それが自尊心を損ねない程度のことであるなら、うやうやしく従うのです。スキンシップも大切ですよ。手を握ってほしいと言われたら、すかさず手を取り、肩を抱いてほしいと言われたら、肩に手を回す。ただし、相手が嫌がるようなことをしてはいけませんよ。求められるまでは、触られても触らないのが重要です。ときには反発することも大切です。唯々諾々と従うだけでは、増長していきますからね。自分に対して相手が礼儀と尊敬と愛情のどれかを欠いていると思ったのならば、毅然とした態度をとるべきなのです。挨拶のあとに、必ず相手を褒めるか、自分がどれほど会いたかったかを伝えるのです。これは多少、大げさにいっても構いません。『綺麗だ』、『似合ってる』、『会いたかった』、は基本です。ほかの女性の話は絶対にしてはいけません。もしする必要があるのならば簡潔に、事実だけをのべることです。恋人がほかの女性の名前を口にしただけで自尊心を刺激されるのが女性というものです。また、いくら男でも信頼を示しすぎるような発言は控えるべきです。要するに、自分が1番大切に思っているのは君なのだ、ということを常に言葉や態度にあらわしておくこです。まだまだありますが、まあ、このくらいをおさえておけば大丈夫でしょう」
アルは気が遠くなりそうな思いで、エピカの長い話を聞いていた。
婚約者になるのがこんなにも大変なことだとは思いもよらなかった。
石のように固まるアル。ケルトンが咳払いした。
「今夜、さっそくマリーに話すよ。明日、11時に我が家へ来てくれるかい。そこで簡単な式をしようと思うんだが」
その言葉でアルは我に返った。
「あっ、うん。婚約式なんてものものあるの?」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ、エピカに立ち会ってもらって、婚約するという約束を交わすだけさ。1時間もかからないよ。ジャックとセイルに来てもらってもいい。ほかにも呼びたい人がいるなら……」
「身内だけでやりなさい。あなたがた夫婦と、アルとマリー、それにわたくしだけで。それと、婚約については秘密にすることです」
エピカが言った。反論を許さぬ強い口調である。
「わかりましたね」
アルとケルトンが、はい、と答えた。
アルはもとより、ケルトンも若い頃からなにかにつけて面倒を見てくれたエピカには逆らえない。
それからケルトンは空になった皿をバスケットに戻し、もう1度、アルに礼と明日の確認をして、帰っていった。
エピカはというと夜風が老いた体にしみる、といってアルの家に泊まることになった。
アルは正直ほっとした。
クラングランでの生活に慣れたアルには、この広い家で1人でいるのが落ち着かなかった。
それに今日はいろいろなことがあって不安だった。
エピカは勝手知ったる他人の家とばかりに、地下室からワインの瓶を持ってきた。
グラスを2つテーブルに置く。
「あなたも飲みなさい。せっかく私を独り占めできるのですから、酒でも飲んで、言いたいことを言いなさい。言葉にして吐き出さなくては、いつまでも胸の中にとどこおり続ける想いというものもありますからね」
ワインのコルクを抜いて、赤い液体を自分のグラスとアルのグラスに注いだ。
「まあ、ともかく乾杯しましょう。あなたも私もこうして再会できたのですから」
しばらくは雑談をした。
エピカがアルにティナやオルビーやエーテルのことを聞いてきたので、それについて答えた。
アルはまた、父親がカーラッドであることを黙っていたのはどうしてか聞いた。
「あなたの両親が秘密にしていたことを私が言えるわけないでしょう」とエピカは笑った。
「それに、知らなくて良かったと思いませんか?」
アルは頷いた。
もし出発する前にそれを知っていたら、変に気負ってしまったことだろう。
エピカが5杯目のワインをグラスに注いだ頃、アルはつぶやいた。
「なんで、マリーなんだよ」
胸の中でずっとくすぶっていた想いである。
「なんでマリーが人殺しなんかしなきゃあいけなかったんだ。冒険者の俺じゃなくて、なんでマリーなんだ」
テーブルを叩いた。
「巡り合わせですよ。生きていれば、誰もがどうしようもない巡り合わせに苦悩するときがあるのです。それを運命といいます」
エピカは言って、テーブルを叩いたアルの手を取った。
「あなたも悩んでいるのですね。冒険者は魔物だけでなく、人と戦わなくてはならないこともあるということに気づいたのですね」
アルは、なぜエピカが自分の悩みを見すかしたのか不思議だった。
手紙にもそれを匂わすようなことは書いていないし、帰ってからも誰にも話していない。
「わかりますよ。私も冒険者をしていたのですから」
アルはその言葉にハッとした。そういえばエピカも冒険者をしていたのだ。
太陽神の教えでは殺人は『5つの悪行』の1つである。教導師のエピカにとって、『悪行』はなによりも避けねばならないことのはず。
「エピカは……、その、人を殺したことは…」
「5人です」
エピカは静かに言った。
口元に絶えず浮かんでいる優しげな笑みが消えている。
「私は今までの人生において、5人の人間を殺めています。とても、主のおわす天国へは行けませんね」
太陽教では死後、魂は太陽神のいる天国を目指して浮上していくという。
しかし、その途上、大半の魂がこびりついた汚れにより、地上へと振り落とされて、また生まれ変わる。
無事、天国についた高徳の魂は、天使へと生まれ変わり、太陽神に仕える。
逆に魂の汚れがあまりにもひどい者は、地上からさらに落ちていき、地獄へといたる。
神の威光のおよばない地獄にて永久の苦しみを受けるのである。
「それがわかっていて、どうして?」
「どうして人を殺めたか、ですか? そうしなくては仲間を守ることができなかったからです。仲間が殺されるのを黙って見ていれば、あるいは無抵抗に殺されていればひょっとしたら天国へと行けたかもしれません。太陽教徒としてはそれが正しかったのかもしれません。それでも私は、もし、もう1度、やり直すことができたのだとしても、同じ選択をするでしょう」
エピカが深いため息をついた。
「いいですか、戦うことを仕事とするのならば、いつかはこの問題に迫られることになるのですよ。それが嫌なのならば冒険者など、剣など握ってはいけないのです」
「でも、サッズは言ってたんだ。殺さなくても相手を無抵抗にできればいいって」
「もちろん、それが1番です。ただ、それができるのは余裕がある場合だけなのです。相手よりも格段にすぐれた技量があるとか、圧倒的に有利な状況にあるとか、そういった場合ならばいいでしょう。いつもそうだとは限りませんからね」
アルの気は沈んだ。
サッズによって示された光明が、消えてしまったように感じた。
「どうも、あなたはいろいろと考えすぎてしまいますね。冒険者にはあまり向いていないと思いますよ。これを機会にやくざな職業からは足を洗って、ヘストンに戻ってきませんか?」
「でも、俺……」
「冗談ですよ。いいですか、アル。命の選択など考えてできることではありません。どれほど事前に悩んでも、結局は、その場になって、ただ決めるしかなのです。殺めるか、殺めさせるか。どれほどの賢者も、聖者もそのときになって初めて向き合うことになるのです。そして、マリーは殺める方を選びました。その決断はマリーの心に大きな傷を残しました。けれど、私はマリーが生きていてくれて、うれしいですよ」
「俺だってそうだよ。マリーが生きていてくれてうれしいよ」
アルの感情は高ぶっており、声の調子が大きく外れた。




