第8話 アルフレッド12歳、兄貴と呼ぶ③
サッズは依頼主に平然と嘘をついた。
フラゴブリンの数を水増ししたのだ。
依頼主はなぜか非常に上機嫌で(サッズが、あんなにいるとは、とか、もう少し遅かったら手遅れになるところでしたとか言っていた)手間賃として依頼料を上乗せして払ってくれた。
「ポイントはたった2つだ。存在をうやまう、判断を褒める。これさえきちんとできてれば、まあ、たいていの客とはうまくやれる。いいか、必要なときにきちんと嘘をつけるのも重要なことだぜ。冒険者というよりも大人になるうえでな」と、もの問いたげなアルにサッズは言った。
『太陽の剣』に戻った2人は『月の雫』で早めの昼食をとった。
サッズの姿を見たレグルは、彼らしくない満面の笑みを浮かべ、彼らしくもなく無言でサッズを抱きしめた。
フィアニーもサッズの顔を見るなり駆け寄ってきて抱きついた。
サッズの鼻の下がすごく伸びた。
昼食後、アルはサッズとともに『太陽の剣』の裏にある鍛錬場所に行った。
事情を知ったレグルに、しばらく手伝いはいいからサッズからいろいろ学べ、と言われたのである。
裏の空き地につくと、サッズは懐かしげに周囲を見まわした。
「ここでいろいろとやってるんだけど」
なにか不備はないだろうか、とアルは緊張した。
「俺もここでよく鍛錬したぜ」
「サッズも?」
「おう、そこに住んでたからよ」
言ってサッズは『太陽の剣』の2階を指差した。
アルとティナが住んでいる部屋である。
「俺、今そこに住んでるんだ」
「だと思った。オルビーは気に入った冒険者をそこに置きたがるんだよ。よそにとられないようによ」
そんな理由があったのか、とアルはいまさらながらに気づかされた。
「それで、スカウト技のなにを身につけたいんだ? 1から10まで身につけるなら最低5年はかかる。俺もそこまでつきあえないぜ」
「さっきゴブリンに近寄ったような動き、あれってすごく難しい?」
「どの程度できるようになるかだ。ちょっと静かに動くらいならすぐ覚えられる。音を完全に消すのは、まあそれなりに大変だな。気配を消すのはかなり難しい。それに絞るんなら、音を消すくらいまではできるようにしてやるぜ」
アルは少し考えてから首を横に振った。アルが求めているのはあくまでも戦闘技術の向上ある。
アルは先月のサーベル邸での戦いのことを話した。
その女スカウトの身のこなしのこと。
飛び道具のこと。
聞き終わるとサッズは軽く飛び跳ねた。2度、3度と跳びはねる。
腰の短剣を抜いた。
クルリとコマのように1回転しながら宙を斬る。
次に腕を風車のように回して短剣を振るう。
トンボ返りをしながら蹴りを放ったかと思えば、前方宙返りをしながら短剣で斬りつける。
それらの動きが1つの流れとして続いている。
アルは人間の体のパーツがここまでたくさん回るものだとは知らなかった。
今度は急に走りだした。
身を低くし、音もなく、かつ素早く走る。
ヒラリと宙に舞い上がると、上下逆さまになり、手を振った。
壁の的になにかが突き刺さった。
駆け寄ったアルは小型ナイフが刺さっているのを目にした。
あの女スカウトが使っていた物のように、細くて両刃で鍔がない。
「手裏剣だ。形状はいろいろだが、まあ要するに投げる小型の刃物だな。投げ方もいろいろだが、その女の場合はこうだ」
言うとサッズはベストの内側に手を入れた。
同型の手裏剣が4本、それぞれ指のあいだに挟まっている。
宙を薙ぎ払うように手を動かす。
4つの刃が一直線に飛ぶ。
すべてが的に刺さった。
「すごい」
アルは拍手した。
自分がどんなに工夫してもできなかったことを完璧やってのけたのである。
「馬鹿、照れるだろう。こんなもん、ぜんぜん大したことないっての」
「俺でも覚えられるかな?」
「投げることくらいは簡単だよ。だがよ、これは基本的にめくらましの技なんだよ。お前の場合、剣を持ちながら片手で投げるくらいできるようにならなきゃ、戦いの役にたたねえぜ。練習あるのみだ」
「あの身のこなしは?」
「すぐできるようになるよ。だけどな、実戦で使えるようになるのは、それなりに時間がかかるぞ。覚えるのは手裏剣と『表の足』でいいのか?」
「『表の足』?」
「手裏剣と同じ業界用語だよ。『裏の足』ってのは俺がフラゴブリンを倒すのに使ったやつ。『表の足』ってのは今見せた身軽なやつだ。『表の足』は練習すりゃあ誰でもできるが、『裏の足』はセンスがいるな。スカウトにも『表』寄りか『裏』寄りがいるんだが、お前が戦った女は間違いなく『表』よりだ。というより『表』に特化しているタイプだな」
「じゃあ、サッズはどっちなの?」
「俺は『裏』寄りだよ」
アルはなんだか不思議だった。
サッズこそ『表の足』に特化していそうなタイプなのに。
「『裏の足』が得意な奴はだいたい盗賊あがりだ。俺は違うけどな。性格も暗くて陰湿なやつが多い。俺は違うけどな。人を殺すのをなんとも思わないやつが多いな。俺は違うけどな」
最後の項目でアルはドキリとした。
あの仕事が終わったあとにそのことで悩んだことを思い出した。
「でも、冒険者をやるなら、人を殺すこともできないといけないんでしょう」
「そんなことはねえよ。俺は人を殺すのは苦手だ」
「サッズも人を殺すの、嫌なの?」
「俺はよう。どうも赤い血を見るのが苦手なんだよ。魔物の青い血なら平気なんだけどな」
その言葉でアルはこの青年のことが大好きになった。
「そりゃあ、もちろんどうしてもってときはある。例えば、自分や仲間や依頼人の命がかかっているときとかな。ほかにどうしようもないってときはある。だがよ、やっぱり、殺さないですむなら殺したくはねえな」
サッズは言うと、またベストの内側に手を入れた。
「例えばこれだ」
サッズは人差し指と中指を伸ばしてアルの眼前にさらした。
指の延長線上でなにかが光を反射した。
「針だよ。すごく細い針だ。こいつで首の後ろの一点を刺す。それで相手は動けなくなる」
「すごい。そんなことができるの?」
「まあ、こいつは『裏の足』ができて初めて意味のある技だけどな。ほかにもやりようはいろいろあるぜ。殺さなくても、要するに相手が無抵抗になればいいわけだからよ」
アルは目の前がパッと開けたような心地がした。
サッズの言うとおりである。
殺さなくてもよい方法で対処すればいいのだ。
「俺にもできる方法ないかな。俺、それが1番覚えたい」
「それなら薬だな。1番簡単で、確実だぜ。使うたびに金はかかるけどな」
「眠り薬とか?」
「いや、眠り薬や麻痺薬は効くまでにどうしたって時間がかかる。切羽つまったときにはなかなか使えないもんだ」
サッズはうっすらと生えた顎髭を指でつまんだり、引っ張ったりしている。
「そうだな、『赤邪香』なんかがいい」
「『赤邪香』?」
「こいつは薬というより、細工物に使う光り物なんだ。元はジッパガって馬鹿でかい獣の首のまわりにある骨みたいな部分なんだが、光に当てると虹色に光るんだ。ジッパガにはすごい能力があってな。ピンチになると凄まじいガスを撒き散らすんだ。これを受けると、目と鼻に激痛が起こって、しばらくはまともに動けなくなる。筋骨隆々のマッチョマンも歴戦の勇者も凄腕の盗賊もだ。それぐらいすげえ威力なんだよ。それでガスが出るのは首にくっついた『赤邪香』からってわけんなんだよ。こいつが血に触れるとガスがでるのさ」
「じゃあ『赤邪香』をうまく使えば……」
「そうだ、兄弟。相手は顔を押さえて転がり回るはずだぜ」
「すごい」
「こいつのなにがすごいって、反応させた血の持ち主は一切、そのガスが効かないってところさ。効くのはまわりの奴らだけ」
「じゃあ、自分の血をつけてから投げればいいの?」
「いや、ガスが出るのはほんの数秒だし、すぐに拡散して消えちまうから、相手の近くでやるんだ。手の平に握りこんでおいて開くって感じだな。うん、そう考えると使いづらいな」
「いや、でも、すごくいいよ。工夫すれば絶対に役に立つよ。どこで手に入るの?」
「……うん、そうだなあ」
サッズは腕を組んで考えこんだ。
「なにしろ、珍しい代物だからなあ」
「そうなの? じゃあ、すごく高いの?」
アルの高揚した気分は一気に冷めてしまった。
そんな高価なものなら自分などが手に入れることは無理だろう。
「いや、高価ってわけじゃあねえんだ。ただ、そこらで売ってるってもんでもなくてよ。クロンの東部までいけば手に入るんだが」
「クロン……」
クロン共和国はオルデンの隣国である。さらにそこから東部といえば、かなりの距離がある。
「まあ、クロンに行くようなことがあったら、どっさり土産に持ってきてやるよ。それまで待ってな」
サッズは明るく笑って言った。
そのあと、アルはサッズから『表の足』の基礎訓練を受けた。
重心の置き方、足運び、筋肉の使い方、どれも独特だった。
レイモンドから剣術以外にも格闘技の手ほどきを受けていたアルだが、それらの体の動かし方とは根本的に違っていた。
サッズの教え方がうまいのか、アルの集中力がすごいのか、気がついた時にはいつのまにか日が暮れていた。
「あっ、まずい」
アルは暗くなった空を見上げてうめいた。ティナのおやつも、エーテルたちの夕飯もすっとばしてしまった。
サッズを連れて慌てて『月の雫』に行った。
ちょうど混み始めた時間である。
フィアニーの妹のメアリーがアルを見つけて、駆け寄ってきた。
「ちょっと、なにのんきにしてるの。さっさと着替えて厨房に入ってよ」
それからわざとらしいほど顔をしかめた。
「汗臭い」
「あっ、うん、ごめん」
アルはメアリーが少し苦手であった。
「ええと、エーテルとマグ爺はまだいる?」
「もうとっくに帰ちゃったわよ」
言った後にメアリーはアルの後ろに立っているサッズに笑顔を向けた。
「あなたがサッズさんね。フィア姉の初恋の人なのよね」
「へえ、そりゃあ初耳だなあ」
サッズがわかりやすいほどに鼻の下を伸ばした。
「そういうことなら、今夜、誘っちまおうかなあ」
「あっ、私が言ったことフィア姉には内緒にしてね。絶対だよ。フィア姉、怒ると怖いんだから」
おがむようにサッズに向けて手をこすり合わせるメアリー。
それからアルを睨んだ。
「あんたも黙っててよね。言ったら承知しないから」
「なんのこと?」
メアリーの後ろから声がした。
もちろんアルでもサッズでもない。
「なにって、だからサッズさんはフィア姉の初恋の人だってことでしょ」
メアリーが言った。
そして、今の問いが背後からで、さらに女性のものだと気がついた。
ギクリとして後ろを振り返る。
「……ご、ご、ご、ごめんなさい」
メアリーは後ずさった。
しかし、すぐに耳を引っ張られ、悲鳴をあげる。
彼女はそのままフィアニーに連れていかれてしまった。
アルが後ろを見るとサッズが微笑んでいた。
「チビたちが大きくなったもんだ」
サッズが言った。
アルは急いで部屋でシャワーを浴びて着替えてくると厨房に入った。
サッズには、部屋でくったりとしていたティナとともに、2階席についてもらった。
ささやかながら歓迎パーティをするつもりだった。
しかし、どうやらレグルはサッズのために渾身の料理を作っているらしく、アルの出る幕はなかった。
むしろ、一般客への対応に追われた。
あれよあれよと時間が過ぎていき、アルはいつのまにか厨房を追い出され、2階席にいた。
すでにオルビーとサッズができあがったいた。
さらにティナまで顔を真っ赤にしてケタケタと笑っている。
料理を持ってきたり、下げていくのはもっぱらメアリー。
頭をおりにふれてさすっているのは、フィアニーの鉄拳制裁を食らったからだろう。
そのフィアニーは一般客が減ってきたところでようやくやってきた。
「どうだい、フィアニー。今夜、俺と朝まで一緒にいるかい」とサッズ。
「優しく一から手ほどきするぜ」
「思い出の中のサッズさんは素敵だったんだけどなあ」とフィアニーは言って隣のテーブルを拭いていた妹の頭をまた殴った。




