第1話 アルフレッド12歳旅立つ⑤
フラオークはダジルが地面に伏せったままなのを見て満足したらしい。
再び、木の幹に背中を預け、足を投げ出した。
ダジルはあまり頭が良くなかったが、これはどういうことか考えた。
なぜ、すぐに巣に連れて帰らないのか?
音を立てないように、再びゆっくりと身を起こした。
周囲を見回す。
先の方に開けた場所がある。高い木がなく、低木がまばらに生えているだけの場所だ。
ちょうど日ざしが強くその場に差し込んでいる。
少し考えてからダジルはピンときた。
オークの野郎はあそこを通りたくないんだ。
ダジルの推測どおりフラオークは太陽が角度を変えて、日の当たりが弱くなるのを待っているところである。
これはダジルにとっても追跡しているアルにとっても幸いなことだった。
さて、一方、アルは、なんとしても追いつこうと痕跡を見逃さず、なおかつ足早に森を進んでいた。
やがて、ついに、フラオークを見つけた。
かなり距離はあるが、斜面の上にいるため、フラオークとそばで座り込んでいるダジルの姿を一望できる。
遠すぎるため、フラオークが眠っていることまではわからない。
相手がアルの存在に気づいていないことはわかった。
アルは大きく息を吸って吐いた。
落ち着いて行動するんだ、といいきかせる。
焦るな。
せっかちは良くない、確実に、間違いなく。
頭の中でつぶやきながら、背中のクロスボウを降ろした。
『人』の字のような牽引器具を取り付けて、それを足で踏んで弦を引くタイプである。
クロスボウとしては小型だが弓は十分に硬く、射程も破壊力も申し分ない代物である。
弦を引き、矢をセットする。
構えた。
フラオークはどうにかクロスボウの射程に入っている。
しかし、木の幹や枝、岩などの遮蔽物が多く、ほんのわずかでも狙いが狂えば外してしまう。
この距離ではどんな名人でもまず当てることはできないだろう。
アルは『まじない』を使うことにした。
『治癒のまじない』とともにアルが使うことができるのは、『命中のまじない』である。
『まじない』で結んだ的に必ず命中するというもの。
目を閉じて、ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと吸う。
自身の内側で煙のようにたゆたっているものが感じられてくる。
それを右手に移していく。
右手が熱くなった。
目を開ける。
右手が黄色く輝いている。
アルは右手をクロスボウにセットされた矢の上にそっと置いた。光が糸になって矢に絡まっていく様を思い描く。
糸のように細く、細く、巻きつくイメージ。
右手の光が徐々に伸びて、矢に螺旋を描きながら巻きついていった。
光の糸は矢じりにまで到達した。
さらに、先へ、先へ。
糸は宙を進んでいく。
一直線に伸びていき、木々のあいだを抜けて、フラオークの胸部につながった。
アルは目を開いて、フラオークの頭部を見た。
糸の接続先がフラオークの胸から頭部に移った。
一方のダジル。
助けがすぐそばまで来ていることなど知るはずのなく、迷っていた。
フラオークが再び眠りについてからずいぶん経つ。
もう1度、脱出を試すべきじゃないか?
さっきより静かにやればいけるんじゃないか?
それとも、もう少し待つべきか?
トールとレックが必ず助けを呼んでくれているはず。
態度は粗野だが繊細な心の持ち主のダジルはひどく迷った。
どうすりゃあ、いいんだ、俺は。
フラオークに向かって、金色の光り輝く糸が伸びてきたのはそんなときだった。
糸は音もなくフラオークの毛むくじゃらの胸につながった。
ダジルはアルの『まじない』を見たことがなかったので、それがなにかわからなかった。
糸がフラオークの頭、ちょうど頭頂部に移る。
ダジルは糸を目で追った。
光の糸がまっすぐに伸びた先に、誰かがいる。
クロスボウを構えている。
あれは、アルフレッド。
ダジルは立ち上がっていた。
だが、足がもつれ、転ぶ。
その音でフラオークが起きた。
ダジルに向かってくる。
ダジルは見た。
光の糸は大きく屈折しながらもまだ、フラオークの頭頂部につながったままだ。
アルが引き金を引いたのはそのときだった。
クロスボウから解き放たれた矢は、宙に伸びた光の糸に乗っていく。
木の幹。
糸は直前で折れ曲がり、迂回している。
矢も同様に折れ曲がって飛んだ。
木の脇を回りこんで、今まさにダジルへと襲いかかろうとしていたフラオークに向かって飛ぶ。
豚頭の頭頂部に吸い寄せられ、突き刺さった。
魔物の青い体液が飛び散る。
フラオークの動きが止まった。
ダジルは震えながら、豚頭の魔物を見た。
矢が頭頂部に垂直に突き刺さっている。真っ赤な目の光が弱くなっていく。
ダジルは立った。1歩、2歩、と離れていく。
「ダジル、無事かい」
アルが斜面を駆け下りてきた。
ダジルはアルを見た。
信じられない気持ちだった。
フラオークを一撃で倒したことよりも、彼があのライオネルと同じような冒険者の匂いを漂わせていることが。
ダジル自身も冒険者としては遜色のないかっこうをしているのに、なぜ自分よりも背が低く体も小さなアルがこんなに様になっているのか。
「なんでてめえが来るんだよ」
ダジルは怒鳴った。ほとんど八つ当たりである。
アルは答えなかった。
立ったまま動きを止めている魔物を確認し、ダジルの折れてない方の腕を肩に回した。
「いける?」
「いらねえことすんなよ。1人で歩ける」
アルを振り払おうとするダジルだったが、アルの力は思いのほか強く、外れなかった。
「文句はあとで聞くから」
2人は歩き出した。
アルはダジルを背負った方が良いのではないかと思った。
彼の体はひどく熱く、足どりもおぼつかない。アルが体を離せば一気に崩れてしまうだろう。
ダジルはダジルで、アルの手を借りていることを情けなく思った。
だが、自分が1人で村まで戻ることができないこともわかっている。
屈辱と怪我の苦痛に耐えながら1歩、1歩踏み出していく。
「なんだよ、あれはよ」
ダジルは気をまぎらわせるために言った。
「なんで、あんなことができんだよ」
「母さんの血筋だよ。君の怪我も治したいんだけど、今日はもう使えないんだ」
「いらねえよ」
ダジルは吐き捨ててから、つぶやいた。
「ずりいよ。てめえばっかり」
アルがなんのことかと聞こうとしたそのときだった。
背後で大きな雄叫びが聞こえた。
脳天に矢を突き刺したまま、フラオークが吠えたのだ。
それは大きく、長い雄叫びだった。そして倒れた。
「つめが甘いんだ、俺は」
アルが毒づいた。
きちんと死を確認しなかった自分への罵倒である。
「仲間を呼んだんだ。ダジル、ここからは背負っていくよ」
アルはダジルの返事も聞かずに、彼を背負った。
ダジルの方が体が大きいので、後ろから見るとアルの体が完全に隠れてしまっている。
アルは走った。
斜面を駆け上る。
常日頃、鍛錬に鍛錬をつんでいるアルだったが、さすがに重い。
それでも、さきほどまでよりも段違いに速くなった。
ダジルは自分を背負って走ることができるアルに驚いた。
いったい毎日、どれほど体を鍛えているのか。
フラオークの吠え声が遠くで聞こえた。
今度はアルたちが追跡される番である。アルはさらに足を速めた。
アルの呼吸がひどく乱れてきた。
それはそうだろう。自分よりも重い人間を背負って、山の中を走っているのである。
長くもつはずがない。
とうとう、アルの足が止まった。
地面を向いて、乱れた呼吸を正そうと、何度も深呼吸している。
「いいからよ、置いてけ」
ついにたまらなくなりダジルは言った。
「てめえ、1人で逃げちまえ」
「嫌だ」
アルはまた走りだした。
顔を真っ赤に染めて、汗を吹き出しながら走った。
しかし、ついに追手がきた。
騒がしい吠え声がいくつも重なって背後から聞こえてくる。
木々のあいだから茶色の影がいくつも見える。
「ダジル」
アルは枯れたような声で叫んだ。
「何体いる?」
ダジルは迫り来る魔物の数を数えた。
「3体だ」
アルは再び足を止めた。
ダジルを降ろす。
「1人で行って。なんとか、足止めしてみる」
「馬鹿か、できるわけねえだろうが」
「いいから行けって。戦えないんなら、いても足手まといだ」
「この、この、この野郎。足手まといとか言いやがって」
ダジルは背中の剣を抜いた。
「俺だってやれるんだぞ」
「行けってば」
「うるせえ、もう歩けねえよ」
ダジルは剣を杖にして体を支えた。
走れなくはないが10歩といかないうちに倒れることだろう。
アルは助走をつけて跳躍すると、木の枝につかまり、クルリと体を回して枝に登った。
そこで腰の剣を抜く。
落下の速度を借りて剣を振り下ろせば、深手を負わせることができるだろうと思ったのだ。
問題はフラオークがアルの下を通ってくれるかである。
杞憂だった。
フラオークたちは木の枝に立つアルなど気にもせずにやってくる。
アルは先頭のフラオークが通るタイミングをみはからい、飛び降りた。
筋肉で盛り上がった毛むくじゃらの肩に向かって、剣を振り下ろす。
狙い通り剣は深く食い込んだ。
フラオークの胸板を蹴って、剣を引き抜きつつ、飛び離れる。
地面に激突するが、背中をうまく丸めて、衝撃をやわらげ、跳ね起きた。
一太刀浴びせたフラオークは膝を地面について、傷をおさえている。
しかし、別のフラオークがアルに殴りかかってきた。
アルはそれをかわした。
少し離れた場所でふらつきながらアルの戦いを見るダジル。
アルが次々と襲いくるフラオークの拳をかわしているの見て、称賛の念がわいた。
同時に嫉妬もした。やはりアルは特別なんだと思った。
なにせ、カーラッドの息子である。
「あれあれ。がんばってますねえ」
いきなり近くで声がした。
いつのまにか、ダジルのすぐ隣に青いスモッグを着て、頭を青い布で覆っている老女が立っていた。
「もう少し、様子を見てみましょうか」
ニコニコと人の良さ気な笑みを浮かべている。
金属製の柄の長いハンマーを杖のようにして腰を曲げて立っている。
エピカである。
「なに言ってんだ。早く助けろよ」
ダジルは怒鳴った。
アルはフラオークの攻撃をかわしてはいる。かろうじて、である。
目に見えてアルの動きは鈍くなってきている。いつフラオークの大きな拳に殴られてもおかしくはない。
ダジルは歯を食いしばり、杖代わりの剣を握る手が白くなるほど力を込めていた。
「ええ、ええ、もちろん助けますよ。可愛いアル坊を誰が見捨てるものですか。大丈夫、私は復元の御力が使えますから。生きてさえいれば、治してあげますよ」
「早く助けろよ」
言った直後にダジルはうめいた。
フラオークのパンチが入ったのだ。
アルは両手でガードしたものの、大きく吹っ飛ばされた。
キャッとエピカが少女のような悲鳴をあげた。
「あれは痛いわ。どうしましょう」
ダジルはエピカを睨んだ。
「助けろよ」
エピカは動こうとしない。
笑顔を絶やさないまま仰向けに転がるアルを見ている。
ガードした腕にぶつけたのだろう。
鼻血がドクドクとあふれだし、顔が真っ赤に染まっている。
倒れたアルに2体のフラオークが近づいた。
蹴飛ばす。
アルはそれをかわすが、完全にはかわしきれず、吹っ飛ぶ。
アルはなんとか起き上がった。
フラオークが握った両手を槌のように振り下ろす。
アルは転がるようにかわした。
だが、もう1体のオークに蹴られ、また吹っ飛ぶ。
「もういい。クソババア」
ダジルは言うとヨタヨタと歩いた。
ダジルが行けば標的が分散されて、アルも魔物のリンチから脱出できるかもしれない。
フラオークたちが動きを止めた。
アルが仰向けで倒れている。グッタリとして動かない。
「くそっ、アルフレッド、てめえ、この」
ダジルは怒鳴りながら進んだ。
走ろうとするも体が大きくかしいで倒れそうになる。
「てめえは、あの人の息子だろうが。こんなところで、くたばってる場合かよ」
フラオークたちがダジルの方を向いた。真っ赤な4つの目が不気味に光っている。
「今度は俺が相手だ。この豚ども」
フラオークがダジルに向かって歩き出した。
ダジルの歯が恐怖でカチカチと音をたてる。
豚頭の魔物たちの背後。
ふらりと立ち上がるボロボロの少年。
アルはまるで女性がたわむれで恋人に抱きつくように、フラオークの背中にひっついた。
1番後ろにいたそのフラオークは背伸びをするようにグッと体を伸ばした。
そのまま前に倒れる。青い体液が水たまりをつくる。
隣りにいたフラオークが振り返って拳を打ち下ろす。
アルはフラオークの背骨をえぐった短剣を抜くと、横に跳んで転がった。
ダジルは息を飲んだ。
アルはどう見ても満身創痍である。
残り1体(最初にアルが斬りつけた1体は弱って動けない)とはいえ、無傷のフラオークに勝てるわけがない。
それでも、なぜか、ダジルは期待してしまった。
アルが魔物を倒すことを。
フラオークが両腕をグルグルと車輪のように振り回した。
単調で隙だらけ。だが、立つことすらままならないアルにはかわせないだろう。
アルがふらりと前に倒れた。
やはり彼は限界で、立っていることすら無理だったのだ。
ダジルも駆けだそうとして、ついに倒れた。
その隣をエピカがゆっくりとハンマーを杖にして歩いていく。
ガクリとフラオークの体が大きく揺れて、片膝をついた。
膝の裏から青い体液が噴き出している。
倒れるように低い姿勢で踏み込んだアルが、フラオークの股をくぐりながら、斬ったのだ。
膝をついたフラオーク。
その首の後ろにアルは短剣をねじ込んだ。
魔物の青い体液が勢いよく吹き出し、アルの手を濡らす。
ついに限界をこえ、アルの意識は遠ざかっていった。
彫像のように膝立ちのまま固まったフラオーク。
その背にくっついているアル。
フラオークは絶命し、アルも気絶している。どちらも動かない。
そこへエピカがやってきた。
アルの体を優しく魔物の背から剥がすと、その場に座り込んで、膝の上にアルの頭を乗せた。
フラオークの体液が服にかかるが、同じ色をしているので、濡れているのがまるでわからない。
「今のは、まあまあでしたよ。アルフレッド」
エピカは泥と魔物の体液と鼻血で黒光りしているアルの顔を撫でた。
スモッグを締めている金属の幅広のベルト。そこから吊っている小袋を開き、小瓶を取り出した。
中には黒色で直径3ミリ程度の玉がいくつも入っている。
瓶を傾けて、それを手の平に10粒程度出す。
それを口に入れて、飲み込んだ。
両手を首から下げた正円のアミュレットの前で組んで、祈りを捧げる。
「主よ、どうか御力を」
エピカの体がうっすらと白く光り始めた。
すぐに全身の光は弱まり、反対に、結んだ両手の平が強く光る。
両手を解くと左手はアミュレットに、右手はアルの額に触れる。
アルの体が強く黄色く光り始めた。
まるで時間を巻き戻しているかのように、アルの傷が1つ、2つと消えていく。
やがてすべての傷が消えた。
フラオークと戦う前のアルに戻ったようである。
「ちゃんと生きてるよな」
そばで見ていたダジルが言った。
アルの顔を覗き込んでいる。
「当たり前ですよ。アル坊が死んだら、誰が私の老後の面倒を見るのです」
「すでに老後だろうが」
「そんな減らず口が叩けるなら、大丈夫ですね。もう少し待っていられますか?」
「当たり前だ、クソババア。俺を誰だと思ってやがる」
「隣村のクソガキでしょう」
そんな会話をしながらもエピカの視線はアルから少しも離れない。
『復元』自体、高難度の御力である。それをしながら会話をしているのだから、エピカの能力が非常に高いことを間違いない。
まさに年の功である。
10分とかからずにアルの怪我は綺麗さっぱりなくなった。
意識が戻れば疲労もなくなり、すっきりさっぱり元気いっぱいになっていることだろう。
「おまたせしました。さあ、このクソババアの膝に頭を乗せなさい」
エピカがアルを傍らに横たえて、ダジルに言った。
「可愛げのないクソガキでもきちんと治してあげますよ」
体の痛みと疲労と発熱で意識が落ちかけたいたダジルは、ゆっくりとエピカに近づいた。
その耳に遠吠えが聞こえた。
つい先程まで嫌というほど聞いたフラオークの声である。
「あいつら、まだ来る。俺を治すのはいいから。逃げよう」
「気にしない、気にしない」
エピカは言って、ダジルを引き寄せて、膝の上に頭を乗せた。
「なんとかなりますよ」
「俺はいいって言ってんだろ。聞けよ、ババア」
エピカは聞いておらず、さきほどと同じように太陽神に祈りを捧げた。
体が白色に発光し、その光が両手に集まる。
やはり左手はアミュレットにそえたまま、右手をダジルの折れた右腕にそっと触れた。
「よく頑張りましたね。偉いわよ、ダジル」
慈愛に満ちた微笑みをダジルに向ける。
ダジルは照れくさくなって横を向いた。
ダジルの体が黄色く光る。
また吠え声が聞こえた。先ほどよりも近づいている。
「大丈夫、大丈夫。ババアがなんとかしますよ」
初めは魔物のことを思い緊張していたダジルだが、次第にうとうととしてきて、目を閉じた。
すぐに寝息をたて始める。
「きっと、あなたも立派な冒険者になれますよ」
オークの声がどんどん近づいてきた。
しかし、エピカは動じずにダジルに膝枕したまま、治療を続けた。
『復元』の御力は時間が経てば経つほど難度が上がる。
アルに比べ、怪我を負ってから時間が経っているダジルは、回復までの時間もかかった。
それでも15分ほどで彼も完全回復した。
発熱による顔のほてりもなくなり、寝息もやすらかになった。
15分。
それはオークたちがやってくるのに十分な時間であった。
ダジルをそっとアルの隣に寝かせ、周囲を見回したエピカは、赤い光が木々の影からいくつも覗いていることを見て取った。
「待たせてしまったかしら」
立ち上がった。
いつものように腰を折っておらず、背筋がピンと伸びている。
そうすると、かなり背が高いことがわかる。170センチ前後はあるだろうか。
フラオークたちが木々の影から姿を現した。彼らは仲間を倒した人間たちを警戒してか、ゆっくりと包囲を狭めてくる。
エピカはハンマーを片手で持ち上げると魔物の一体に向けて言った。
「さあ、いらっしゃい、邪悪な者たちよ」
常に笑みを絶やさないエピカだが、今はその笑みがなく、代わりに鋭いまなざしを向けている。
その言葉に触発されたわけではないだろうが、なにか雰囲気を感じ取ったようだ。
フラオークたちが一斉に寄ってきた。
前後左右、合わせて8体。
丸太や枝を手にしたフラオークもいる。
雄叫びをあげながら得物を振りあげて突進してくる。
エピカがハンマーを横に振った。
丸太を振り回していたフラオークの頭が破裂した。
さらに体ごとクルリと回って、背後の1体を粉砕。
包囲をスルリと抜け、魔物の背後をとるとその背骨をハンマーで破壊。
エピカは左手をアミュレットにそえて、主よ、と短く祈った。
体が白く発光。
その光が左手に集まる。
白く輝く手の平を横合いから襲いかかる魔物に向けた。
手の平から青い線が伸びる。
光線はフラオークの胸に大穴を開けて貫いた。
さらにそのまま背後のフラオークにまで突き刺さり、肩を吹き飛ばした。
御力の『聖なる槍』である。
残りのフラオークがエピカに背を向けて逃げ出した。
彼女のあまりの強さに恐れをなしたのだ。
エピカは高齢とは思えない俊足で追いすがり、背後からハンマーの殴打を加え、魔物たちを撃破した。
汗ひとつかかず、涼しい顔で少年たちの元へ戻る。
アルがうなされていた。今にも目を覚ましそうである。
「もう少しおやすみ」
黒髪が張り付いた額にそっと手をかざした