第59話 アルフレッド18歳は戦う⑧
ドロッター、ルカ、リリィの3人がやってきたのはクラングラン西にあるメル村である。
村から1キロほど離れた雑木林にオークが住み着いたので退治してほしい、という依頼である。オークの数は5~10体。
郊外ではもっとも多いタイプの依頼である(街中ではゴブリン退治、街の外ではオーク退治が魔物退治の主流)。
今まではアルたち上級冒険者組の誰かに加勢してもらったり、ハイデンのバーンパーティに応援を頼んだりしていた。
雑木林は木立もまばらだし、牧草地帯にポツンと孤立している。
これなら確かに隠れているのはせいぜい10体くらいだろう。
いや、思い込みはよくない、とドロッターは首を振った。
もしかしたらその倍ひそんでいるかもしれない。
オークを舐めるな、とドロッターは自分にいい聞かせた。
ドロッターはベスト型の革鎧に腰に剣を差している。
反対腰には短剣。左手にはガントレット(指先まで覆う金属籠手)をはめている。
ルカは厚手の革服の上からプロテクターをつけており、背中にクロスボウと矢筒を背負っている。
矢筒は両腰にもある。顔には大きな茶色いゴーグルをはめている。
リリィもルカに似た防具で、革服の上から胸などをプロテクターで部分的に覆っている。ゴーグルはつけておらず、腰には刺突用の武器レイピアを差している。
「初めてバーンさんたちとオークとやったときは10体でも苦戦したぜ」
ドロッターが言った。
「ヒット&アウェイ作戦でいくか?」
「はい、慎重におびき出しながら数を減らしましょう」
ルカが言った。
「調子に乗ってるってわけじゃないみたいだな」
ドロッターは少しホッとした。
最近はマーキンと組むことが多く、ルカと冒険仕事に出ていないのだ。
彼女たちと冒険仕事に出るのはかれこれ4ヵ月ぶりくらいだろうか。
「できることとできないことはちゃんと知っているつもりですよ」
「じゃあ、俺が囮役だな」
「ダメですよ。ドロッターさんはあくまでもつきそいなんですから。リリィがやります」
ドロッターは心配な気持ちでリリィを見た。
女性にしては背が高い方で、ドロッターよりもわずかに高い。
相変わらず茫漠とした、なにを考えているのかわからない顔をしているが、日々の鍛錬のせいだろうか、そこに精悍さのようなものが加わっている。
一緒に鍛錬をしているので、リリィが十分に力をつけていることは知っている。
だが、彼女のレイピアではオークを相手にするのは厳しいのではないか?
いくら囮とはいっても、戦うことになる場合もあるのだ。
「大丈夫。ちゃんとやるから」
リリィが言った。
ともかく、お手並み拝見といこうか、とドロッターは諦めた。
ルカの頑固さは身に染みてわかっている。
リリィが林に向かった。
気配を感じさせない静かな足取りである。エルバスから習ったスカウト技術は彼女が1番達者だ。
リリィが雑木林に近づいてもオークは飛び出してこなかった。
リリィはそのまま林に入った。
「おい、なにやってんだ、あいつ」
駆けだそうとするドロッターをルカが止めた。
「大丈夫ですよ」
すぐにリリィが木々のあいだから飛び出してきた。
長い足を大きく伸ばし、走ってくる。
その後ろに3体のオークがついてくる。
豚の頭部に筋骨隆々の大きな体。
服を着ているかのように焦げ茶色の体毛が生えている。フラオークだ。
ドロッターは舌打ちして駆け出した。
3体もくるとは予想外だ。
リリィの足は素晴らしく速かった。ぐんぐんとオークを引き離す。
その間にルカがクロスボウの矢を放った。リリィを追いかけるオークの1体、それも額に命中。倒れた。
リリィがくるりと反転した。
レイピアを抜くとオークと対峙する。
「無茶するな」
ドロッターは走りながら叫んだ。
オークの太い腕が振り上げられ、リリィを襲う。
リリィはそれを身軽にかわし、オークの懐に飛び込んだ。
跳び上がりながらレイピアを突き出して、目に深々と突き刺した。
顔の中をかき混ぜるようにレイピアを抜く。オークがどうっと倒れた。
そのときにはルカがもう1体のオークを仕留めていた。
「まずはこんな感じですね」
ルカが言った。
「お前、マジか」
ドロッターは驚いてそれしかえ言えなかった。
ルカが射手として優れていることは知っている。
だが、この遠距離から急所を射抜くなど尋常ではない。
「だいぶ『レベル1B』ができるようになったんですよ。とっても便利ですよ」
レベル1Bはリナが教えてくれた『レベル2』に入るための訓練のひとつである。
時間感覚を高速化する。
一瞬を長く感じられるようになる訓練である。
そうこうするうちにリリィはまた林へ入ってしまった。またすぐに出てくる。今度は2体。
ルカは即座に1体を仕留めた。
リリィも反転し、今度は喉を貫いて倒した。
「これであと半分ですね」
「10体とは限らないぜ」
「10体ですよ。もし多いようなら、リリィが戻ってきますから。少し移動しますね」
言うとルカは歩き出した。
リリィとジェスチャーで連絡を取り合っているようだ。
こいつらいつの間にこんなに強くなったんだ、とドロッターは思った。
その気持ちを見抜いたようにルカが笑った。
「すごいでしょう、リリィ。オーク相手にあの立ち回りですよ。やっぱりスカウトの才能があるんでしょうね」
いや、すごいのはお前だよ、とドロッターは思った。
リリィがここのところ急成長しているのは知っている。やたらと身軽で、鍛錬で立ち会っても厄介な相手になった。するりするりとかわされてしまうのだ。
アルも彼女の身ごなしを絶賛していたくらいだ。
「リリィも『レベル1B』ができるようになってきたんですよ」
ドロッターは頭をかいた。
まずい。
知らないうちにずいぶん差がついてしまった。最近、事務仕事ばかりで依頼仕事をルカとリリィに振ってばかりいたせいかもしれない。
リリィがまたオークを釣ってきた。
今度は多い。5体全部が出てきた。
「逃げるぞ」
ドロッターは言った。
隣のルカがクロスボウを構えているのを目にして、怒鳴った。
「ルカ、なにやってんだ」
「大丈夫ですよ」
言いながらルカはすでに一矢を放ち、次のセットをしている。
当然のようにオークが1体減った。
ドロッターは剣を抜いた。
4体のオークが猛スピードで近づいてくる。……いや、3体になった。
リリィが戻ってきた。
ドロッターの横で反転。
ルカがさらにもう1体倒す。
残り2体。
「リリィ、いけるよね」
「はい、姉さん」
2体のオークにリリィが向かう。
ドロッターは身構えたまま彼女の動きを見た。
オークを挑発するように近距離で攻撃をかわすリリィ。
オークの暴風のような攻撃を次々とかわす。
その間にまた1体ルカが射抜いた。
残り1体になったところでリリィが攻撃に転じた。
オークの膝を蹴って跳ぶと、開いた口にレイピアを突き刺した。
後頭部からレイピアの先が飛び出す。
体を蹴って、飛び離れるリリィ。
まるでアルのような立ち回りだ。
「ほら、問題なかったでしょう」
ルカが言った。
彼女は結局、7体のオークを1人で倒してしまった。
「ああ、悪かった」
ドロッターは言った。
2人にはまだ余裕があるように見える。例えオークが20体でも倒すことができただろう。
「前のバーンパーティより強くなったんじゃないか?」
「そんなことないと思いますよ。リスクとコストを度外視すれば、父さんたち相当強かったと思います」
ルカが言った。
「あと、やはり私たちだけだと、パーティバランスが悪いですね。魔法使いか教導師がいれば、もう少し作戦の幅が広がるんですが」
「お前、知らないうちにずいぶんたくましくなったなあ」
「『勇者アルフレッド』の弟子ですから。あんまり不甲斐ないと先生の名前に傷がつきます」
気張ってるな、とドロッターは思った。だから、かたくなに自分たちだけでやると聞かなかったのだろう。
「もうちょっと肩の力抜こうぜ。先生は先生。俺たちは俺たち、だろ」
「弟子として、『太陽の剣』の後輩冒険者として、舐められたらダメだと思います」
ルカはあくまでもかたくなだった。
これはアルかバーンに言ってもらわないとダメそうだ。
ドロッターは肩をすくめると、マナ玉の回収に向かった。
ルカは自身の右腕に触れた。
まだ弱い。
クロスボウをセットするのが遅い。もっと速く撃てるようにならないと……。
「姉さん……」
リリィがちょいちょいとルカの袖を引いた。
「なに?」
リリィは林とは反対側を見ている。
そちらには特になにも見当たらないが。
「どうかしたの?」
「誰かに見られてる」
ルカは驚いたが、リリィの視線と同じ方を見るようなことはしなかった。
「スカウト?」
「うん、すごく気配を消すのがうまいよ。ずっと気付かなかった」
リナの訓練以後、リリィのスカウト技能はかなり高くなっている。
戦闘術の『表の足』もそうだが、『裏の足』も成長著しい。気配を探るのがうまいのだ。おかげで魔物との戦いがずいぶんと楽になった。
「なんのつもりか知らないけど、気付かない振りをしとこうか」
アル絡みのことかもしれない。
いや、それほどのスカウトの達者なら、きっとそうだろう。
ルカは、先生が帰ってきたら相談しよう、と思った。
それから空を見上げて想いを馳せる。
彼女たちの師はウルヘルムではいったいどれほどのことをしたのだろうか。
ルカとリリィから500メートルほど離れた場所で、深緑色のマントに身を包んだ者が立っている。
マントフードの下から、じっと彼女たちの様子を見ている。
マリーである。
バレちゃったか。
マリーはマナ玉を拾い始めた2人の女性を眺めながら小さく息をついた。
水神優位の状態になれば、数キロ先まで見ることができるが、わざわざそれをするのもなんなので(水神優位だと精神が攻撃的になる)通常状態で気配を消して観察していたのだ。
どうも彼らの能力を甘く見ていたらしい。
まあ、別にいいけどね。
特に悪意があってのことではない。
ただ、アルの弟子がどれほどのものか見たかったのだ。
彼女たちはマリーが思っていたよりもずっと立派だった。
たった2人で10体ものオークをテキパキと倒してしまったのだ。
マリーはなんだか誇らしかった。
あのルカって娘、なんかいいな、などと小柄な射手を惚れ惚れと眺める。
冷静沈着で職人という感じがする。
彼女がオークを次から次へと射殺すさまは、胸がすくようだった。いいものを見せてもらったという気分である。
彼女たちの戦いに夢中になったせいで、つい油断して気配を探られてしまった。
欲をいえばドロッターの戦いも見たかった。
マリーは踵を返すと、クラングランへ向けて歩き出した。
あれが冒険者。
アルのいる世界。
アルと隣り合わせになって戦う自分の姿を想像した。
マリエッタならば、それこそ想像することすらできなかったが、今のマリーならば実現できる。
水神の力を持つマリーならば十分アルの役に立つことができるだろう。
それは胸がわき立つような考えだった。
いけないいけない、と首を振る。
そんなことを考えてはダメだ。
自分はきちんと別れるために来たのだ。幼馴染としてきちんと別れて、アルを楽にするために来たのだ。
私は大丈夫。元気にやっているから、アルも幸福になってね。
そう言うために来たのだから。
胸に冷え冷えとしたものが広がる。
いいんだ。私は1人で生きていくから。
だから、最後に笑顔を見せてよね、アル。




