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アルフレッド英雄譚  作者: 昨夜名月
第1章 アルフレッド冒険する
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第1話 アルフレッド12歳旅立つ③

 アルの家から早足で歩いてきたダジルは、峠へと続く坂道を上っていた。

 ちょうど午前中にエピカが破魔結界はまけっかいを張り直した辺りである。


 晴天だった空はいつのまにか曇ってきている。風も冷たくなった。

 突風が、木々のあいだから葉っぱをいくつか巻き込みながらぶつかってきて、ダジルのマントをばたつかせた。


 ダジルの胸中は複雑だった。念願かなってアルに勝ったという喜び。

 しかし、アルが万全ではなかったという棘が刺さっていて素直に喜べない。

 アルに勝てたら冒険者を志すという誓い。それをどうしたらいいかわからなかった。


「アルの奴、本当にクラングランに行っちゃうのか」

 ダジルの後を頭の後ろで手を組んで歩くレックが言った。

「なんかつまんねえ」


「冒険者になりたいってずっと言ってたからね。本物の冒険者にも稽古をつけてもらってたみたいだし」

 トールが言った。


 2人が並んで歩いていると、レックの体の大きさとトールの小ささがお互いにきわだってしまう。


「ああ、あのデカイやつ。ひどいかっこうだったよな。冒険者って、もうからないのか?」

「そりゃあ、人によるよ。一流の冒険者ならお金もたくさん入るさ」


「『不死身カーラッド』とか? 不死身なのに死んじゃったけどな」

 言ってレックは笑った。

「親父が新聞を持って大騒ぎしてたの覚えてるぜ」


「カーラッドは一流よりももっと上さ。『カーラッドの冒険』シリーズを1つも置いてない家なんてないんじゃない?」

「うちには『カーラッドと3人の魔女』があったぜ。絵本だったけど」

「うちは全巻そろってた。大人向けの本だよ。昔、よくダジルに読まされた」

「カーラッド好きだもんなあ」

「アルは読んだことないんだってさ。1巻も。あっ、そうか、あったよ、置いてない家が。あいつの家にはカーラッドの絵本も本もなにもないんだ。だから、カーラッドについて、なんにも知らないんだぜ」

「冒険者になりたいのにか。そんなことあるのか」

「アルの両親が嫌いだったんだってさ、カーラッドのこと」

「嘘だろう。あいつの父親、冒険者だったんだろ」

「だからじゃないの。名の知れない平凡な冒険者だから嫉妬したんだよ。きっと」

「そりゃあ、かっこわりいな」

「でも、結局、カーラッドと一緒に戦ったはずだよ。ほら、アルタードラゴンを倒すために、カーラッドが音頭をとって、冒険者を集めたろ。あのときに、アルの父親もいたんだよ。そこで、カーラッドと一緒に死んじゃったけどね」

「弱いのに無理するからだ」


 今までレックとトールの会話を無視して黙々と歩いていたダジルが足を止めた。

 怒り顔で振り向く。


「弱くなんかねえよ。あいつの親父はなあ、あいつの親父はなあ」

 そこから言葉が出てこない。


 レックもトールもいきなりのダジルの怒りに意表をつかれ、助け舟を出せなかった。


 ダジルはもう少し、言いたいことがあったのだが、うまく言葉にできずにそのまま黙った。


「おい、あれ」

 レックが大声を出した。

 目を大きく開き、斜め前方を見ている。

「兄貴、あれ、あれ」

 道を外れた木々の中を指さす。

 まん丸な顔がどんどん強張っていく。


 レックの指さす方を見ると、木かげに豚頭の怪物が見えた。全身茶色。魔物である。


 ダジルは無意識に1歩下がっていた。


「オークだ。ヘストンの近くに巣くってるって聞いたことある」

 トールが言った。


 オークか、とダジルはつぶやいた。


 アルが午前中に戦ったというやつ。遠目にも魔物の体が人間よりも大きく頑強なのがわかる。


 ダジルはひるむ心を鼓舞して言った。

「あいつを倒せば俺の方が強いってことだよな」


 レックが目を丸くした。トールですらとっさに言葉が出ない。


「そうだろ。アルはオークと先に戦った。俺はアルを倒した後にオークを倒す。どっちもオークを倒したんなら、さっきの勝負も言い訳なしだ」

「そりゃあ、そうだけどさ」


 トールがダジルを見て、オークを見て、またダジルを見た。

 首をブンブンと振り回す。

「無理だ、無理だ、絶対無理だ。馬鹿なこと言うのはやめてくれ、兄貴」


 レックもコクコクと頷いた。

「あんなの倒せない」


 ダジルは背中の剣を抜いた。

 白銀の刃。

 両手持ちの両刃の剣である。アルの持っている剣よりも20センチほど長い。


 抜身の剣を手に、ダジルは木々の中に入っていった。


「よせってば」

 トールがダジルにすがりつくが、乱暴に払われて転がった。

「死んじゃうぞ」


「アルフレッドに倒せて、俺に倒せないわけないだろ」


 ダジルは足の震えをおさえるために、叫び声をあげた。


 フラオークがダジルを見た。

 今まで結界のそばにいたために人間の匂いに気づかなかったのだ。


 ダジルが草を絡みつかせながら走った。


「せめて、こっちで戦えよ。ダジル」

 トールが叫んだ。


 結界が張られた道のそばで戦えば、逃げることもできる。

 それに魔物は太陽光を苦手とするので、動きも鈍るはずである。


 フラオークはダジルが近づいてきても、動かなかった。

 腕をだらんと下げ、赤く光る目でダジルを見ている。

 だが、ダジルが5メートルほどまで近づいたとたん、それまでの愚鈍な様子から一転。素早く足元の朽ちかけた木を拾い、構えた。


 ダジルは雄叫びをあげながら、剣を大上段に振りあげ、フラオークに斬りかかった。


 フラオークがダジルの剣を木で払う。

 ダジルが倒れないようにふんばっているところに、容赦なく殴打を加える。


 ダジルの剣は吹き飛び、彼の顔は木の枝によって血だらけになった。

 手の骨にもヒビが入ったようだ。


「ダジル、逃げろ」

 道からレックとトールが叫ぶ。

 2人ともダジルがズタボロにされているのを見ていることしかできない。


 フラオークが、2人に目を向けた。


 ひいいっ、と抱きあっておびえる2人に向けて、木を槍のように投げた。

 木は途中、ほかの木に当たったおかげで、2人のそばで止まった。

 

 レックは半泣きになり、トールは唾を飲んだ。


「相手は俺だ」

 ダジルは叫びながら、剣を振り回した。


 まともに剣を習ったことがないので、それは本当に振り回しているだけだった。


 魔物の胸や腹に当たりはしたが、体毛におおわれたたくましい肉体はほとんど傷ついていない。


「俺は、アルに勝ったんだ」


 フラオークがダジルの腕をつかんだ。

 それを無造作にねじる。

 骨の折れる音。


 ダジルの悲鳴が響いた。

 

 さらにフラオークはダジルの頭を拳で殴った。

 ダジルが吹っ飛び、転がったまま動かなくなった。

 気を失ったのである。

 

 フラオークは赤く光る目で道の人間2人を見た。

 こいつを助けにこないのか、と言いたげである。


 2人の少年は震えた。

 ダジルには悪いがとても助けに行けない。


 しばらく、2人を見ていたフラオークは、さらなる獲物を諦めたらしく、転がるダジルの片足を持つと引きずって歩き出した。


 奥まったところへと歩いていく。

 ダジルは死体のように動かない。

 

 道ばたでは、レックとトールがパニックになっていた。

 ダジルが魔物に連れ去られようとしている。

 魔物に捕まったら、待っているのは徹底的な拷問。

 長い時間をかけて痛めつけられ、殺されるのだ。


「ど、どうする」

 レックが肉のだぶつく丸い顔に汗をダラダラと垂らしながら言った。


「どうするったって、僕らでどうにかできるわけないよ」

 トールが血の気のない顔で言った。


「だ、誰かを呼んでこないと。早く」

「エピカだ。村に、戻って。エピカを呼ぶんだ」

「いや、巣に連れ去られたらエピカだけじゃ無理だよ。もっと人数がいる」

「アルは?」


「それでも足りないよ。いいかい、巣にはたくさんのオークがいるんだ。1人、2人じゃダメだよ」

 トールは頭をかきむしった。神経質に体を揺らす。

「ダジルの父親に話そう。それが一番いいよ」


「ハイブまで戻るの時間かかるぞ」

「だから別行動だ。僕はヘストンに行ってエピカに話すから、君はハイブに戻ってダジルの父親に話してくれ」


 2人は同時に反対方向へ向けて走り出した。


 トールは坂道を駆け下りてヘストンへと戻る。


 レックは道を進んでヘストンの隣村で3人の故郷、ハイブ村まで戻る。



 当然、先についたのはトールである。

 彼はまず、村の中央にある赤い屋根の教会に飛び込んだ。


 エピカの姿は礼拝堂にも診療所にもなかった。

 診療所のドアには『ハイブ村へ行く』というメモが貼り付けてあった。


 トールはすぐに別の場所に向かった。村外れの丘を駆け足で上っていく。



 丘の上。

 アルの家ではようやく昼食の片付けを終えて、お茶を飲んでいるところだった。

 居間に戻した丸テーブルに全員ついて、雑談をしている。

 話のネタは当然、クラングランについてだった。


 クラングランはとにかく都会である。4人とも行ったことのある街といえば、山を下りたところにあるサイラの街くらいである。


 オルデン王国で王都についで大きいクラングランなど、イメージがわかない。


「白と黒の塔があるんだぜ」

 ジャックが訳知り顔で言った。

「魔法学院の塔だ」


「イース川のボートが有名よ。歌にもあるじゃない。いろんな色のボートが並んでいるのよ」

 マリーがテーブルに両肘をついて手に顎を乗せて夢見るように言った。

「夜には明かりを灯すのよ。きっと素敵だわ」


「音楽家たちが演奏する店もあるんだよ。そういうところ、憧れるよね」

 フルートを吹くのが趣味のセイルが言った。


 3人ともアルがクラングラン行きを決めてから、それについての話題は避けていた。寂しかったのだ。

 その反動で今は次から次へと言葉が出てきた。


「遊びに来てよ。いろいろ案内するからさ」

 アルが言った。


 そのとき、裏口が開いた。


「アル、助けて」

 トールが飛び込んできた。

 全力で走ってきたために息を切らせている。


「どうした。なにがあったの?」


「ダジルが、オークに、捕まった」

 息も絶え絶えに言った。汗が滝のように流れている。

「エピカは留守だし、アルしか……。レックはハイブに助けを呼びに行った」


 そこまで言うと、トールはその場に崩れるように腰を下ろした。

 下を向いて息を整える。


「なんだって、そんなことになったんだよ」

 ジャックが言った。

「結界の張り直しに失敗したのか」

 あのババア、歳だからなあ、とつぶやく。


「オークが道の外にいたんだよ。それで、ダジルったら、オークを倒せばさっきの勝負の言い訳はなしだ、なんて言って」

 トールが顔を上げて、マリーを睨んだ。


「マリーのせいだぞ。あんなこと言わなくていいじゃないかよ。今までずっと負けてきて、やっと勝てたんだから、気分いいままにしておいたらいいじゃないか」


 マリーが小さく震えた。今にも泣き出しそうな顔である。


「マリーのせいじゃない」

 アルが言った。

「俺のせいだよ。俺が……」


 セイルに先ほど言われたことが胸に突き刺さった。

 アルの余計な真似がダジルに無謀な行動をとらせたのだ。


 アルはトールをまっすぐに見ると言った。

「だから、俺が責任をとる。必ずダジルを助ける」


 アルはすばやく支度をした。

 午前中と同じ、厚手のシャツの上から胸に金属板のついた革のベルトをつけ、籠手こて、グローブ、脚絆きゃはんをつける。左腰には剣を、右腰には短剣を下げる。

 飛び道具はクロスボウにするか、短弓にするか迷った。


 異世界パルミスでは火薬が使われていない。

 はるか昔に開発はされたが、なんやかんやと事情があって、すたれたのだ。そのため、鉄砲は開発もされていない。


 異世界パルミスにおいて最強の飛び道具はクロスボウなのである。ただし、弓に比べて速射ができないのが難点である。その点、短弓なら速射ができる。


 結局、背負っていくのはクロスボウにした。

 エピカにも指摘されたことだが、アルは戦士としては非力である。それをおぎなうにはクロスボウの威力しかなかった。


「私も行くわ。クロスボウなら撃てるもの」

 マリーが言った。

「昔はアルよりうまかったんだから」


「僕も行く。遠くからクロスボウを撃つくらいしかできないけど」

 セイルが眼鏡をずり上げて言った。


「じゃあ、お、俺も行くかあ。俺も使い方、一応、習ったし」

 ジャックが言った。

 しぶしぶといった感じがにじみでている。


 アルは首を横に振った。

「俺1人で行くよ。その方が早いから」


 マリーがアルを睨んだ。

「足手まといだっていうの」


「ごめん」


 迎え撃つのならば人の手は多い方がいいが、追いかけるとなると話は別だ。

 日頃鍛えているアルの足に幼馴染たちがついてこれるわけがない。



 トールから詳しい場所を聞くと、アルは家を飛び出した。

 坂道を猛スピードで駆けおり、そのまま村を突っ切っていく。

 途中、村人たちが声をかけようとするも、言葉を発したときにはすでにアルの背中は遠くにあるしまつ。

 

 峠へと続く坂道になっても、アルのスピードは落ちない。


 師匠のレイからきっちりと走り方を教わり、日々鍛えた成果である。


 ほどなくして、ダジルがフラオークを見つけた場所についた。

 腐りかけた木の幹が道のすぐそばに投げ出されていた。

 

 アルは木々の中に足を踏み入れた。

 注意深く下草や木々の様子を探る。


 ダジルがフラオークと戦った場所を見つけた。

 そこから、フラオークのあとを追う。

 ダジルを引きずっているために、はっきりと地面に跡がついていた。


 アルは地面の跡を見失わないように、しかし、急いでそれを追った。


 幸いオークは足場のしっかりとした場所を歩いているため、追いかけるのは難しくなかった。


 太陽光を避けるためだろう樹木の根から根へと渡り歩くように進んでいる。


 待ってろよ、とアルは心の中でダジルに言った。


 必ず助けだすから。

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