第4話 アルフレッド12歳、守る③
休憩後、3人は出発した。
1時間ほど、森の道を歩いた。
途中、3体のゴブリンが後ろから襲ってきたが、有言実行、ティナが30秒とかからずに蹴散らした。
やがて森が終わった。
岩がゴロゴロと転がり、ひょろっとした灌木がポツポツと生えた場所に出た。
地面には丈の短い草が遠慮がちに生えている。
相変わらずの曇り空。雲ごしに見える太陽は、だいぶ傾いている。
馬車の前を歩きながら、ティナが歌い出した。
コロットが一度、馬車を止めると、荷台からリュートをとってきて弾き始める。
ティナの歌は楽しげで、周囲の暗い雰囲気を明るく変えていく。
やがて、空が赤く染まり、ついには暗くなった。
「もう少し行けば『休憩広場』があるはずです。今日はそこで休みましょう」
コロットが言った。
暗闇でも目が利くティナが馬よりもかなり先行して歩く。
アルは小型のランプ(小瓶に光石を入れたもの)を首から下げて、馬車の後ろをついていく。
しばらく進むと、道の脇に半円状の窪地があった。
オルデンの道に各所に備えられている『休憩広場』である。
半円は半径20メートル程度。
はしには金属柵で蓋をされた横穴があり、馬の飼料が大量に備えられている。
横穴には他にも毛布や鍋やフライパンなども入っている。
コロットは休憩広場に馬車を乗り入れると、ベルトを外して馬たちを解放した。
ボナコン種は従順なため、つながれていなくても逃げない。
荷台から大きな木箱を下ろし、そこに飼料を入れて水と混ぜる。
さらにそれとは別の大きな金ダライを持ってきて、そこに水をはる。
馬たちが食事をしているあいだにブラシをあてる。そうしながら声をかけて、優しくねぎらっている。
「おまたせしました。私たちも食事にしましょう」
ブラッシングが終わったあとにコロットが言った。
「やった。なに食べるの?」
それまで、いかにもお腹がすいたという様子で、両手をへそにあてがって、しょんぼり座っていたティナが元気になって言った。
「せっかくですから、スープでも作りましょうか。あとは、まあ、あるものを食べるということで」
「やった、スープ、スープ。熱々のスープって美味しいよね。なにか手伝う?」
「ではおふたりは食べる場所を作っていただきましょうか」
アルとティナは荷台から木箱をいくつか出して、テーブルと椅子を作った。
ティナは昼間のことなど忘れたようだった。
アルの方はそうはいかず、まだ少しひっかかっている。
ティナはウキウキと、アルは黙々と作業をした。
その間にコロットはテキパキと動きまわった。
『休憩広場』には石を並べただけだが、簡単な炉がある。
そこに火石を入れて、水を入れた鍋をかける。
洗い場も用意されている。
深い縦穴を掘って、そこを砂利で埋めただけではあるが、水石さえ持っていれば洗い物ができる。
コロットはそこで凍らせていた野菜や肉を解凍し、適度な大きさに切った。
食べることが好きなので料理も得意で、手ぎわがいい。湯が沸くまでに、食材の下ごしらえを終えていた。
ティナが覗き込んでいる鍋の中に、調味料を入れていく。
食材を入れ終わり、後は煮こむだけというところまで持っていくと、鍋をかき混ぜる役をティナに変わって、自身はフライパンを使って炒め物を始めた。
アルは手伝えることはなにかないかと見ているのだが、コロットの動きにはあまりにも無駄がない。
母が病床に伏せってからは、アルが家事をこなしていたので料理も十分できる。
しかし、そのアルをしても、下手に手を出すと逆に足手まといになりそうだった。
コロットが調理を終えた。
皿や椀に素早く盛り付けていく。
アルとティナは運び役である。
ソースを絡めた野菜炒めは、素晴らしく良い匂いがする。
鶏肉のスープにはとろみがついており、麺も入っていた。
さらにコロットはそれらを作る間に、凍らせたパンをあぶってトーストを作っていた。
たっぷりとバターが塗ってある。
テーブルに並んだ湯気をたてる料理を前にしてティナの目がキラキラというか、むしろギラギラと輝いた。
「さあ、早く食べよう」
ティナが言った。
コロットは服の襟元から上着の下になっていた正円のネックレスを取り出した。
太陽神のアミュレットである。
「その前に、祈りだけ捧げさせてください」
コロットは両手を胸の前で組み、目を閉じて、太陽神に祈りを捧げた。
アルもそれに習う。
母は太陽教の熱心な信徒だったし、司祭のエピカにもことあるごとに世話になっているので、アル自身の信心も高い。
食事の前には必ず、感謝の祈りを捧げる習慣が染み付いている。
コロットの料理はどれも美味しかった。
ティナは幸せそうな顔をして、せっせとスプーンを口に運んでいく。
短時間に、それも屋外でこれだけの料理を作ってしまうなんて、すごいとアルは感心した。
しかし、コロットにそれを言うと、彼は手を振って笑った。
「こんな場所で、こんなふうに食べているから、そう思えるだけすよ。料理屋で食べたら、ひどい味だと思うかもしれませんよ」
「そんなことないよ。コロットさんの料理、すごく美味しいよ」
ティナが言って、空の椀をコロットにさし出した。
「だから、おかわり食べたいな」
「どうぞどうぞ、せっかくですから、全部平らげてしまってください」
それにティナが大喜び。
2杯目はさっきよりもずっと早く平らげてしまった。
いつものようにのんびりと食べていたアルは必死で食べる速度を上げた。
このままでは全部ティナに食べられてしまう。
「コロットさん、行商なんかやめて、料理屋を開いたらいいのに。きっともうかるよ」
ティナがベトベトの口でにっこり笑っていった。
アルも同感だった。『月の雫』のレグルには及ばないが、かなりの腕であることがわかる。
料理屋をやっても十分食べていけるだろう。
「いやいや、そういうものでもありませんよ。ゼロからレシピを考えて最高の料理を作るのと、残り物からそれなりのものを作るのは別の才能ですからね。私のは、まあ、無難にまとめてみたというところでして」
笑いながらも、コロットは自分の料理の腕を褒められてうれしそうである。
「なんで行商人なんかやってるの?」
ティナが言った。
「料理屋さんの方が楽しそうだけどな」
「確かに、美味しいものを毎日作るというのはロマンあふれる職業でしょうねえ」
コロットはウットリとした顔で鍋の中のスープをかきまぜながら言った。
「そうだよね。あたしも料理屋って楽しそうだと思うんだ。美味しそうなものって見ているだけでも幸せだもん」
絶対に見ているだけじゃすまないはずだ、と、アルは思った。
ティナが料理屋で働いたらつまみ食いばかりしていそうな気がする。
「しかし、しかし、なかなかどうして、行商もロマンあふれる仕事なのですよ。特に今回のような待ち望まれた場所へ行くのは利益以上の価値があると思いますよ。誰かに喜んでもらえると、自分の仕事を誇らし思えますからね。これはとても大切なことなのです」
コロットはティナ、そしてアルに視線を移して言った。
「体には食べ物と水が必要ですが、心にも栄養が必要なのです。自尊心を満たすのは食べ物を食べるのと同じくらい重要なことですよ」
ティナは、ふ~ん、となんだかよくわからないというような声を出した。
アルも実はあまりピンとこなかった。
食後はたき火を囲みながらコロットがリュートを弾き、ティナが歌った。
アルは手拍子を打ちながら、自分もなにか楽器ができたら楽しそうだと思った。
幼馴染のセイルのようにフルートでも習おうか。
夜もふけてきた。
アルとティナは交代で見張りをすることになった。
『休憩広場』のまわりには光石を灯している。
『臭い』(実際には嗅覚というより気配)で人間を見つける魔物にとっては明るかろうが暗かろうが違いはない。
こちらが魔物を発見できない分、暗い方が不利になる。
見張りはティナが前半で、アルが後半となった。
「なにかあったら、大声で叫んでよ」
アルは毛布にくるまりながら言った。
「なんて叫ぶの?」
「なんでもいいよ。魔物だ、とか」
「じゃあ、『魔物だよ』って言うね」
「どっちでも。じゃあ、おやすみ。1時になったら起こしてね」
「は~い」
ティナはコロットから預かった懐中時計をかかげて言った。
アルの母の形見の物よりもずいぶんと大きく、直径が15センチ近くある。
現在、時間は午後9時。朝5時に起床なので、それぞれ4時間ずつ眠ることになる。
アルは、疲れているので即座に寝られるだろうと思っていた。
ところが、寝付けない。
野宿は慣れている。それなのに目を閉じても不思議なほど眠くならない。
初めての護衛の仕事に気が張っているせいだった。
何度も寝返りを打つが、一向に眠くならない。
だんだん、焦ってきた。そして、焦れば焦るほどますます眠れなくなる。
ティナが鼻歌を歌い始めた。
うるさいなあ、とアルは思った。
なんだってこんなときに鼻歌なんて歌うんだ。
鼻歌はしばらくして、小さくなり、やがて止まった。
代わりに寝息が聞こえてきた。
「寝るなよ」
アルは毛布から飛び出した。
窪地のふちに腰かけ、足を垂らしているティナに大声で言った。
彼女は目を閉じてうつむいている。
「ティナ、起きて」
ティナが目を開けた。それから、またコクリコクリと舟をこぐ。
アルは近くまで寄って、ティナの足をつかむと引っ張った。
ティナが慌ててずり落ちまいと、踏ん張った。
「なにするの」
眠そうな声で言った。
「眠っちゃダメでしょ。ちゃんと見張ってよ」
「わかってるよ」
そうは言ったもののティナの目はどんどん細くなっていき、閉じてしまった。
「ティナ」
「もう、わかってるってば」
立ち上がってあくびを噛み殺しながら、体を曲げたり伸ばしたりするティナ。
アルは不安だったが毛布に戻った。
少しでも寝ておかないと見張りの途中で眠ってしまいそうだ。
目を閉じて、しばらくするとようやく眠気が訪れた。
このまま眠りの世界へ旅立てそうだ。
ズシンと地面になにかが落ちるような音が響いた。
アルの眠気は吹き飛んだ。
毛布をはねのけて、そばにある剣をつかみ、抜く。
『休憩広場』の外でティナが戦っていた。
右に左に動き回りながら、大剣を地面に向かって振り下ろしている。
青いしぶきが薄明かりの中、いたるところで吹き上がっている。
トカゲ型の魔物のようであった。
ようであったというのは、すべてティナが大剣で倒したあとだったからである。
残っているのは無残なほど破壊された、断片だけだった。
「叫べって言ったじゃないか」
アルは涼しい顔をしているティナに言った。
「これくらいで起こしたら悪いと思って」
ティナなりに気をつかってのことである。
しかし、アルは寝付けなかった苛立ちも手伝って、反感を持った。
決めておいたことはちゃんと守ってくれよ、と舌打ちしたい気分だった。
「今ので目が覚めちゃった。もうちょっと、がんばるぞ」
ティナが両手をギュッと握って言った。
結局、アルはティナが見張りの交代を告げるまで寝付けなかった。
無念の思いで毛布から出て、装備品を身につけて、『休憩広場』の外に出る。
「なんだか、眠くないなあ」とか言っていたティナだったが、毛布に包まるとすぐに寝息をたてはじめた。
皮肉なことに、アルは見張りを始めた途端に眠くなった。
ほっぺたを叩いて、なんとか眠らないようにする。
意味もなく『休憩広場』の外側を歩き回ったり、剣を振ってみたりする。
魔物でも出てくれば目も覚めただろうが、幸いというべきか、不運なことにというべきか、一向に出てくる様子がない。
アルはあくびを噛み殺し、閉じそうになる目を見開いて、長い夜を明かした。




