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アルフレッド英雄譚  作者: 昨夜名月
第1章 アルフレッド冒険する
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第3話 アルフレッド12歳暮らす⑦

 ようやくカーラッドの息子を囲むひと時が終わって、アルが解放されたのは午後3時を回った頃である。


 グッタリとして歩くアルと鼻歌を歌いながら上機嫌に歩くティナ。

 またしても見事に対照的である。


『太陽の剣』に戻ってきた。


 アルはさすがに今日は終わりだろう、と思った。

 肉体的にも精神的にもきつい。


「アルフレッド」


 ドアを開けたとたんに、大声で呼ばれた。


「はいっ」と反射的に大きな声で返事をした。


 オルビーが店のまん中でアルを指さして立っている。


「なんなの?」

「次は上客だ、気合入れていけ」


 特にポーズに意味はないらしい。


「今日はもう勘弁してよ」


「おいおいおい、疲れたってのか?」

 オルビーがパンパンと手を叩きながら言った。

「それとも嫌気がさしたのか?」


「どっちもだよ」

「どっちもか。そりゃあ、難儀だな。だがよ、アル、それでいいのか?」

 オルビーが声を落とし、寂しげな顔で言った。

「あいつなら、どうかな。カーラッドなら、引き受けた依頼はきちんとこなすんじゃないかな。例え、体がボロボロでも、心が沈み込んでいても。カーラッドなら、逃げたり、泣きごとを言ったりしないんじゃないかな」


 弱点を的確につかれ、アルは言葉につまった。

 

 父さんなら、これくらいなんでもないのかな?


「これで終わりなんだよ、アル。この依頼で、今日は終わりだ。あと1件だけ、がんばってくれないか。お前だけが頼りなんだよ。頼むよ」

 今度は泣き落としてである。


 アルは人に頼まれると嫌とは言えない性格である。

 オルビーの今にもすがりつきそうな目に、首を横に振ることができなかった。


「ねえねえ、早く次いこうよ。次はなにが食べられるのかなあ」

 ティナが後ろでのんきに言った。


「……わかったよ。行くよ」

 アルはため息とともに言った。


「行ってくれるか。それでこそカーラッドの息子だ。お前は最高だ、アル。俺はお前のことを誇りに思うぜ」

 オルビーがいきなり元気になって、アルの頭を抱いて大笑いした。

「安心しろ、次は簡単な仕事だ。金持ちの屋敷の庭にいるモンツリーを1体倒すだけ。2にせいだが、まあ、どうってこたあないよな。そのあとは、夕食をごちそうしてくれるぜ、きっと」


「やった、お金持ちのごちそうだ」

 ティナが大喜びした。



 依頼人(主人の使い)に案内されて屋敷に向かうあいだ、ティナはよだれを垂らさんばかりの顔であった。

 しかし、『古町ふるまち』の貴族の屋敷が多く建っているあたりに来ると、急に不機嫌そうな顔になった。


 やがて屋敷についた。

 高い石の塀に囲まれた一角である。

 鋼鉄の門前には白銀の甲冑姿に槍を立てた門番2人が立っている。


「ここ、貴族の屋敷?」

 ティナが言った。


「はい、我が主、バルビア様は前デアス子爵ドロティス様のご令嬢でございます」

 召使の男が言った。


 オルデン王国では爵位は領土に付随しており、王から領土を受領すると同時に爵位を受けることになる。

 もはや完全な世襲制となっているが、領土を持つものが死ぬと、一度、領土は王に返還され、そののち、王から後継ぎに領土が与えられるのである。


 またオルデン王国において貴族とは『爵位を持つ者とその子供』までを対象にしている。

 一度貴族となったものは終生貴族であり続ける。


 今回の依頼人のバルビア嬢は現デアス子爵の姉に当たるが、先代が爵位を帯びた際に貴族となっているため、代替わりした今でも貴族なのである。


「あたし、帰る」

 ティナがクルリときびすを返した。


 アルは驚いた。

 さっきまでよだれを垂らさんばかりの顔で(いや少しよだれが垂れていてのをアルは知っている)楽しみにしていたというのに。


「帰るって、なんで」

 アルはティナの肩をつかんで止めた。


「ここまで来といてさ」


「あたし、貴族嫌いなの。それだけ」

 ティナは振り返らずに言った。


 感情豊かな彼女にしては声の調子が平たんである。


「嫌いって。そんな」

 いまさらそんなことを言わないでほしい、とアルは思った。


 今までの人生で貴族などと関わったことがない彼は、はっきりいって心細かった。


「困るよ」


 ティナが肩にかついでいた大剣でアルの手を挟んだ。


 アルは悲鳴をあげて、手を引っ込めた。

 

 ティナは行ってしまった。


「ティナ」


 頼むから、戻ってきてくれ、とアルは心の中で叫んだ。


 恐る恐る振り返ると、鋼鉄の門が開かれ、壮麗な庭と華麗な屋敷が目に入った。


「さあ、お入りください。主人が待ちわびております」


 広すぎるほど広い庭を召使について歩いく。

 桃色の花々が咲き乱れ、噴水がわき上がり、美男子の石像がたたずむ庭である。


 屋敷はバルビア嬢の趣味なのか、ピンク色をしている。

 もともと古めかしい石造りの建物だったらしいのだが、そこにあとからピンク色のペンキを塗ったようである。

 それがまた、とても似合わない。

 なにしろ屋敷そのものは古めかしくもおもむきのある作りである。髭の似合う紳士がピンクのドレスを着ているような、そういう滑稽さである。



 アルはピンク色に塗られた外壁をいたたまれない気持ちでながめた。


 そのまま屋敷に入るのかと思われたが、召使は途中で曲がった。


 屋敷を左手に庭を進んでいく。


 やがて、石畳の敷かれた広場に出た。

 ちょうど屋敷の2階にバルコニーがあり、広場を見下ろすようになっている。

 主人が整列した家臣に命令を下す場所である。


「こちらでお待ちください。魔物を連れて参ります」

 召使が言って庭の奥の方へ行ってしまった。


 連れて来るってどういうことだろう、とアルは思った。


 見ると、ポツンポツンと屋敷に張り付くように甲冑姿の兵士が立っている。


 なぜ彼らが魔物を退治しないのだろうか、とアルは不思議に思った。

 これだけの兵士がいればモンツリー1体なんて問題にもならないだろう。


 アルが所在なくたたずんでいると、バルコニーに面する窓が開いて、人が出てきた。


 色鮮やかなドレスを着た女性たちである。片手には房のついた扇を持ち、片手にはオペラグラスを持っている。


 アルを見て、開いた扇を口元に当て、ヒソヒソと話している。


 屋敷の主人バルビアらしき女性はすぐにわかった。

 中央に陣取ったピンク色のドレスを着た大きな女性がきっとそうだ。


 とにかく横幅が広くて丸い。頭もでかい。

 金髪が豪華にグルグルと波打っているためにそう見えるのだろうか。

 いや、絶対に頭もでかい。そのくせ、目と鼻は小さい。口はやっぱりでかい。



 アルの看破したとおり、その太ったピンク色のドレスの女性こそが、館の主バルビアだった。

 35歳独身である。

 バルビアは月に1、2度友人たちを招いて、パーティを開く。


 その際に冒険者と魔物が戦う出しものを披露する(魔物は召使が卵や幼体を入手して育てている)。



 バルビアは、楽しみにしていたカーラッドの息子が、まだほんの子供だったので、ガッカリとした。

 たくましい肉体の美青年を期待していたのである。


 前回まで呼んでいた『ハイデン』の冒険者アントニオは、線の細い美少年であった。


 細身の剣を振り回し、魔物と戦う様はまるで演劇のひと幕のようであった。

 ただ、アントニオはあまりにも弱かった。

 最弱のフラゴブリンすら圧倒できなかった。

 仕方がないので、召使いたちに弱らせてから戦わさせていた。

 しかし、毎回同じような魔物とのゆるい戦いではさすがに飽きてしまった。


 新しい冒険者を探していたところに、侍女がカーラッドの息子の噂を聞きつけてきたので、さっそく依頼しというわけである。


「ずいぶん幼いように見えるけど、大丈夫なのでしょうか?」

 黄色いドレスを着たアンナが言った。


「もちろん、大丈夫に決まっていますわ。ねえ、バルビア様」

 紫のドレスを着たリディアである。

 クスクスと上品ぶって笑う。

「なにしろ、あの『不死身カーラッド』の息子ですもの」


「ええ、もちろん。あのカーラッドの息子なら、幼くとも無様な戦いをするはずがありませんわ。わたくしがカーラッドとお会いしたときのことは皆様に話したかしら?」


 バルビアの言葉に、客たちが、まあ、とか、すてき、とか驚いた。


「バルビア様、ぜひ、その話を詳しくお聞かせくださいませんか?」

 青いドレスのマリーネが言った。


「かまいませんとも。けれど、今は彼の息子の活躍を見守るときですわ。ほら、今回は2にせいの魔物ですのよ」


 バルビアが太い指で扇を閉じて、庭の一角を指した。


 白銀の甲冑姿の男たちが何本もの槍で黒っぽい木をつついてる。

 黒っぽい木がウネウネとした根っこを動かしてやってくる。


「2にせい魔物、モンツリーですわ」

 バルビアが声高らかに言った。


 女性たちがオペラグラスを目に当てる。悲鳴が聞こえた。


「やだ、気持ち悪い」

 アンナが言った。

 上品な柔らかな声音ではなく、飾らない地の声である。


 バルビアは、これだから車輪鍛冶の娘は、と心の中でさげすんだ。


 アンナの父は大きな車輪鍛冶の工房を経営する富豪である。

 貴族ではない。


 そもそもバルビアが招待している友人たちに貴族はいない。

 彼女は自分よりも下だと思える相手としか親しくしないのである。


 バルビアはものうげに豪華な青金属製のオペラグラスをモンツリーに向けた。


 ボツボツとこぶのある黒い幹。

 まるで蛇のようにのたうつ根っこ。

 葉っぱのない枝は幾重にも重なり、巻かれている。

 よく見ると、こぶだらけの幹に、顔のようなものがある。

 シワだらけの老人のような顔で、口がわずかに開閉している。


 確かに気持ちが悪い、とバルビアは思った。


 視線をカーラッドの息子に向ける。

 黒髪の少年は戸惑ったような顔で、追い立てられてくるモンツリーを見ている。

 なかなか可愛らしい。

 彼がモンツリーの醜悪な枝に絡みつかれ、苦しむさまを想像し、それはそれで悪くない、とバルビアは思った。



 一方、バルビアに不快な想像をされているとはつゆも知らないアル。


 どうやらこれは貴族の娯楽らしい、と気づいてはいる。


 腹が立つというよりも困っていた。

 見世物の戦闘などしたことがないので、どうしていいのかわからない。


 やがて、モンツリーがすぐ近くまでやってきた。


 甲冑の男たちがガシャガシャと大きな音をたたてて下がる。


 アルは剣を抜いた。

 とにかく、魔物が来た以上は戦わなくてはならない。

 まさか、手加減するように訓練した魔物ではないだろう。


 近づいてきていたモンツリーが止まった。

 枝たちが動き出した。

 まるで大蛇が鎌首をもたげたようである。


 アルに向かっていっせいに伸びた。

 

 槍のように一直線に飛んでくる枝。

 ムチのようにしなって伸びてくる枝。

 棍棒のように振り下ろされる枝。


 アルは一定の距離を保ちながらそれらの攻撃をかわした。


 モンツリーとは何度か戦ったことがある。


 モンツリーは攻撃しているときは移動しないし、移動しているときは攻撃できない。

 そのため、攻撃の最中は避けることに徹し、移動を始めたら接近してダメージを与えるという方法が確実で安全である。


 なにか、派手な立ち回りをして、観衆を楽しませた方が良いのだろうか、と雰囲気にのまれやすいアルは思った。


 例えば、相手の攻撃をかわしながら近づいて、一太刀浴びせるといようなことを。


 モンツリーの伸びに伸びて動き回っていた枝が、幹の上に戻っていった。


 攻撃を終えて移動を始めるつもりのようだ。


 根が動き出すと同時に、アルは突進した。


 右手には剣を、左手には火石ファイアストーンを握っている。

 モンツリーは見た目どおり火に弱い。幹の中ほどにある口のような穴に、火石ファイアストーンを放り込むというのが一般的な倒し方である。


 きっと受けが悪いだろうなあ、とアルは観衆のことを思ったが、だからといってわざと危険な目に合うのも馬鹿馬鹿しい。


 アルは一気にモンツリーとの距離を詰めると、這いまわる根っこを蹴って、幹に登った。


「ファティア」と唱え、即座に火石ファイアストーンを幹の穴に放り込んだ。


 そして逃げる。

 

 モンツリーは動きを止めて、攻撃体勢に入った。

 枝を振り回す。


 あとはひたすらモンツリーが燃えるのを待つだけ。

 モンツリーの移動速度は遅いので、走って逃げまわってもよいのだが、ここで眠りかけていたアルのサービス精神が目覚めた。


 わざと近めの距離で枝をかわす。

 かわした後に、枝に斬りつける。


 アル本人としてはがんばって派手な立ち回りをしているつもりであったが、はたから見ると大したことはない。



 だが、バルコニーから見ているバルビアほか婦人方は、前任の美少年冒険者アントニオと弱ったフラゴブリンのぬるい戦いに慣れており、アルとモンツリーの立ち回りはまさに度肝を抜くほどの迫力であった。


「ああ、いけない、カーラッド・ジュニアが……」

「わたし、もう見てられない。早く、彼を助けてあげて」

「なんて凶悪な魔物なの。怖いわ」


 もはや、客たちは上品ぶる余裕もなく地を出している。


 バルビアは、やはり下賤の生まれはどうしようもないものですのね、と心の中でいい気分でさげすんでいた。

 実はこの瞬間を味わいたいがために、彼女はこのパーティを開いているのである。


 娘たちは自分よりも、ほんのわずかではあるが美人であったり、まあ誤差の範囲といってさし支えないほどではあるが若かったりするが、しょせんは高貴な生まれの自分とは身分が違うのである。


 バルビア本人はアルの戦いぶりに満足していた。

 彼女は警護の兵士たちの訓練をよく見ていたし、剣技大会などを見るのも好きである。


 アルが余裕をもってかわしているのがわかっていた。

 ご褒美にキャンディでもあげたくなるような見た目なのに、大人顔負けの戦いぶり。


 なかなかやりますわね、カーラッド・ジュニア。


 あっ、と女性たちが息を飲んだ。

 それはバルビアも同じだった。


 突然、モンツリーが燃えあがったのだ。火はまたたく間に、モンツリーの全身に広がり、大きな炎となった。

 

 モンツリーは枝を動かして自身を叩き、火を消そうとするが、まるで追いつかない。



 炎上するモンツリーから距離をおいたところにアルは立っていた。


 剣を鞘におさめる。

 

 あとはモンツリーが死に、死骸がマナ玉になるのを待つだけである。

 その後になにもなければいいなあ、とアルは思った。



 バルコニーではバルビアが苦々しげに客たちの様子をうかがっていた。

 誰も彼も興奮して、キャイキャイと話している。


「さすがカーラッドの息子よね」

「いったい、どうやったのかしら?」

「いきなり燃えたものね」


 あなた方はここがどこだかわかっているのかしら、と叱責したい。ここまでくるとさげすんで悦にひたるという度合いをすぎている。


 バルビアは扇でピシャリと自らの手を叩いた。

 分厚い手の平が小気味よい音をたてた。


 娘たちが今は貴族ごっこをする時間だったということを思い出し、静まった。


「さすがに血は争えないようですわね」

 バルビアが言った。


 アルへの賛辞であると同時に、娘たちへのあてつけも込めている。


「バルビア様、彼を晩餐に招待なさってはいかがでしょうか」

 青いドレスのマリーネが言った。


 その言葉にほかの2人の娘が、そうですわ、わたくしもそう思いますわ、と賛意を表明。

 またしてもキャッキャと騒ぎだしそうになる。


「真の淑女はそのようなことをいたしません」

 バルビアが扇で手をピシャピシャと叩きながら言った。


 この様子はあまり淑女然としていないが、本人は気づいていない。


「例え、カーラッドの息子であろうとも、下々の者と席を同じくするようなことは決してあってはならないのです」

「ですが、バルビア様、カーラッドの姉はあの……」


 黄色いドレスのアンナの言葉はバルビアのひと睨みで止まった。


「淑女はただ、勇者に微笑みという褒美を与えれば良いのです」

 言うとバルビアは脇にはべっていた侍女に目配せをした。


 侍女がそばにやってくる。


 バルビアは扇で口元を隠しながら侍女に指示を与えた。


 侍女が去っていく。


 バルビアの与えた指示は、すぐに侍女から庭で待機していた召使に言い渡され、それからアルに伝えられた。


 要するに、バルコニーの下まで来て、バルビアを見ろということである。

 できれば膝まづいてほしい、嫌ならせめて姿勢を良くしてほしい、と召使は付け足した。


 まあ、そうしてほしいなら、とアルはバルコニーの下で片膝をついて、バルビアを見上げた。


 バルビアが扇で隠していた口元をあらわにし、本人は慈愛に満ちていると思っている笑みを浮かべた。


 それからまた口元を隠して、侍女になにごとかを伝える。

 またしても、侍女、召使、アルの順で伝言が回ってきた。


「貴殿の勇姿しかと拝見いたしました。父君を彷彿させる、臨機応変にして機知に富む戦いぶり。わたくしは感嘆にたえません」


 召使はバルビアの声音を真似てそう言うと、最後にまた付け加えた。


「深く、こうべを垂れて、謝意をしめすのです。もちろん、嫌でなければですが」


 強制をしてこないところに、アルは密かな好感を持った。


 アルは素直に従って、深く頭を下げた。


 ホッとした。

 どうやら、夕食になど招かれないようである。


 召使が、「ご協力感謝いたします」といってアルを立ち上がらせた。


 報酬もかなり上乗せして渡してくれた。


「さあ、こちらへ」とそのままきた道を戻って行く。


 やはりこれで終わりのようである。

 

 ティナがいなくて良かった、とアルは思った。

 ごちそうを楽しみにしていたティナがいたら、絶対に食い下がりそうである。

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