第2話 アルフレッド12歳出会う⑦
クラングランという街は大きく3つの区画に分かれている。
北西部一帯。
もともと街はここから広がっていった。だから名前は『古町』。
誰も住むもののない無人の遺跡。昔ながらの古い街並み。または金持ちの邸宅。
そんなものがある。天に突き立つ2本の白と黒の塔が立つ魔法学院もこの『古町』にある。
古町の南。
要するに街の南西部一帯(イース川が境になっている)。街はまずこちらに拡張していった。だから『新町』。
中央公園(アルが荷物を盗まれた公園)。クラングラン領政府。領主の館。オルデン王国警備部隊クラングラン支部などがあるほか、商店や職人の工房。それらの人々の住まいなどが立ち並ぶ。
『太陽の剣』もこの『新町』にある。
オルデン王国建国当初は古町と新町しかなかった。そのため、外壁も両区域を囲うだけしかなかった。
しかし年月を経て、外壁の東側に住居が立ち並ぶようになった。そのためクラングラン東部は『門外町』。
北側には大きな工場や新興住宅地が立ち並ぶ。南側のはしにはスラムがある。
やがて古い外壁を壊して、新しく東部区域まで囲う外壁を築いた。現在のクラングランの姿となったのである。
さて、面倒くさいほど熱々の新婚マイケル&ケリーに案内され、アルと少女がやってきたのは、街の東部、『門外町』の新興住宅地である。
計画的に作られた住宅街で、似たような大きさと外観をした家屋が、整然と並んでいる。
家の外壁は白かベージュか茶色。ごくたまに青が交じると、とても居心地が悪そうに見える。
瓦は青に統一されている。
空から見れば、この一帯にため池でもあるかのように青い。
レンガ塀に囲まれた芝の植えられた庭。庭を横切る小道の先にある玄関。
2階からせり出したベランダ。どの家も本当に同じように見える。
手をつないでルンルンと歩くマイケルたちの後を追いながら、アルはこんなところに放り出されたら絶対に迷ってしまう、と思った。
同じ所をグルグルと回っているようにしか思えないのだ。
アルの装備は昨日と変わらない。
マントを脱ぎ、背負っていた飛び道具類を外しただけである。
補強した革ベルトを斜めにかけ、剣と短剣をさし、手足には各種革防具。首には赤いスカーフを巻いている。
隣を歩く少女は素肌に直接、赤金属の鎧を着ている。
鎧とはいっても、胸元から肋骨あたりまでを覆うだけのもので、肩から革ベルトで吊っている。
我々の世界でいう女性用下着ビスチエと形状が近い。
白金属の3倍の耐久性と3倍の比重がある赤金属製だが、金属板自体がかなり薄めになっている。
下はももの上部あたりしかない黒い革のズボン(要するにホットパンツ)。
膝丈のブーツにアルと同じような指先のないグローブ。あとは腰にウェストポーチをつけている。
肌をさらしている部分が多いのは、それだけ身体能力に自信があるということなのだろう。
それは彼女が肩にかついでいる大剣からもわかる。
力自慢の大男が持つならばともかく、華奢な少女が持っているのはあまりにも異様である。
少女は鼻歌を歌いながら機嫌良さそうに歩いている。
くだんの美容薬を食べて空腹ではなくなったためである。
マイケルの足が止まった。
その前にはベージュの家が建っている。
両隣もベージュ色なので、とてもまぎらわしい。
「ここだ。ここが僕らのスイートハウスさ」
マイケルがふんぞり返って言った。
「どうだい、とってもオシャレだろう」
「隣とどう違うの?」
少女が無邪気な顔をして聞いた。
「全部、おんなじようにしか見えないよ」
「なに言ってんだ、壁の色がぜんぜん違うだろ」
マイケルが隣と自宅を交互に指差して言った。
「よく見てみなよ。こっちの隣はうちより薄暗くて陰気な感じだ。そっちの隣は明るすぎてなんだか安っぽいだろ」
「扉も違うわ。安い『大帝ナラ』じゃなくて、ただのナラの木を使っているのよ」
それからケリーは、ふん、と鼻の穴を膨らませた。
「ここら辺は皆さん、『大帝ナラ』みたいだけど」
「窓だって、いいガラスを使ってるんだ。それに、中に入ってみればカーテンだとか、タイルだとか、僕たちが選び抜いた物を使っているんだよ」
2人はとてもムキになっているが、質問した少女の方はまるで興味がなさそうだった。
「じゃあ、行こうか。パッパと終わらせて、お昼を食べよう」
少女が元気に言って、はずむような足どりで庭に入っていった。
アルも後に続く。
しかし、少女が玄関扉についたところで、静止の声がかかった。
「ちょっと、ちょっと待った」
マイケルが急いで駆け寄ってきた。
「まさか、そんなものうちの中で振り回すつもりじゃないだろうね」
少女の大剣を指さして言った。
少女が大剣を振り降ろした。
マイケルの金髪が風圧で浮き上がった。
「ダメ。絶対にダメ。家に傷がついたらどうしてくれるんだ」
「大丈夫だよ、おうち新しいもの。ちょっとやそっとじゃ倒れないよ」
ちなみにこのとき少女は、壁に大剣をめり込ませたり、柱を1本2本切り倒したり、天井に穴を開けたり、だいたいそのくらいのことを想定していた。
「ちょっとでも傷つけたら、依頼料は払わないぞ」
マイケルは少女の大剣を恐れてか、アルに向かって言った。
「僕たちのスイートハウスを傷つけてみろ」
難しいことをいうなあ、とアルは思った。
戦闘をする以上、なにも傷つけずというのは無理がある。
「だいたい、もうゴブリンがいろいろやっちゃってると思うよ」
ケリーが悲鳴をあげた。
「ああ、マイケル。私たちのスイートハウスが」
「おお、ケリー。なんという悲劇なんだ。もし君がいなかったら、僕はとても耐えれなかっただろう」
「私もよ、マイケル。でも、あなたがいるわ」
「ああ、君がいる。僕たちにはそれだけで十分なのかもしれないね」
なんだかよくわからないが、2人はまたへばりついて、顔をくっつけた。
「壊してもいいってこと?」
少女が言った。
「ダメ」
2人が顔を離して睨んだ。
しょうがないなあ、と少女はつぶやいて、大剣を芝の上にほっぽりだした。
アルも剣を振るうのはよした方がいいだろうと思い、ベルトから鞘ごと外して玄関のはしに立てかけた。
アルは短剣のみ。少女は素手である。
アルはノブに手をかけた。
鍵は開いている。
ドアを開きかけて、ふと、気がついてまた閉める。
「なに、どうしたの?」
「光石忘れてた」
アルは腰のベルトにつけている小箱を開いて、中から直径1センチの黄色い石を10個取り出した。
手に乗せたまま「フォス」とつぶやく。
光石が黄色くまぶしく輝いた。
「ほら、君の分」
アルは少女に半分渡した。
少女はアルに渡された光石を見て、それからアルの顔を見た。
「どうするの、これ」
「どうするって。まくんだよ。暗いところだとやりにくいじゃないか」
魔物は闇でも目が見える。
闇の中での戦いは人間の方が一方的に不利になるのだ。
「おお」
少女がポンと手を打った。
「今までどうやってたんだい」
「あたし、暗いところでも目が見えるもの」
言って少女が目を見開いた。
緑色の瞳が光石の輝きをうつしてキラキラと輝いている。
「便利だね。照明いらず」
言いながらも、アルは昨夜、少女が黄金の光をまとっていたときのことを思い出した。
少女も自分の『まじない』のような力を持っているのだろうか。
「じゃあ、あたしから行くね。適当にまけばいいの?」
「うん、同じ所にまきすぎないようにね」
少女はドアを開けて中へと入っていった。アルも続く。
玄関である。
左手はすぐに階段。
廊下は奥のドアまで伸びている。
途中には左右それぞれにドアがある。
魔物の姿は見当たらない。
さてどこからやろう、とアルが考えているあいだにも少女はズンズンと進んで、右手のドアを開けてしまった。
とたんに、キーキーと鳴く声と、喧騒。
アルはすぐに少女を追った。
リビング・ダイニング・キッチン。
10畳ほどの居間にキッチンがくっついている。
鍋やフライパン、食器類などは床にぶちまけられており、足の踏み場もない。
魔物たちはその乱雑な場所にいた。
3体。
パッと見には人間の子供に見える。
体長は約1メートル。緑色のカサカサとした乾いた肌。
頭髪の無いつるっとした大きな頭部に三角錐の角1本。
まぶたの無い目は魔物特有の赤い光を放っている。鼻は無く、唇も無い。
口は筋のような1本線がはしからはしに伸びている。
長く鋭い爪。
すでに少女はフラゴブリンたちに向かっていた。
助走をつけて、殴る。
フラゴブリンは吹っ飛び、流し台の金属のシンクに頭から突っ込んだ。
2体のフラゴブリンが両側から少女をひっかこうとするが、それを垂直に跳躍してかわし、着地によって1体を踏みつけにした。
残る1体は少女を恐れ、アルへと向かってくる。
アルは身を低くして短剣を構えた。
フラゴブリンが大きな口をパックリと開いて頭から飛んでくる。
真っ赤な口腔に並ぶギザギザの歯。
アルは横に跳んでかわした。
魔物はそのまま頭から床に突っ込んだ。
それによりタイルが何枚か割れたが、アルは見なかったことにした。
起き上がろうとするフラゴブリンのうなじに短剣を突き刺さす。
ギュっという断末魔を上げて魔物は絶命した。
そのあいだに、少女は踏んでいたフラゴブリンの頭部をブーツの踵で踏みつぶしていた。
「つぎ、つぎ」
少女が言って部屋を出ていった。
アルは少女を追いかけようとしたものの、シンクに突っ込んだ1体(少女が殴った個体)が死んだことを確認していないことに気づき、見にいった。
シンクが体液で真っ青なっていた。
首があらぬ方に曲がり、顔の中央が深く陥没している。
少女のパワーにアルはゾッとした。
その頃、少女は向かいの部屋に入っていた。
光石はすべてまいてしまったので、部屋は暗いままである。
しかし、少女には関係がない。
彼女の目には部屋の様子がはっきりと見えている。
正方形の間取り。
床には赤いカーペット。向かい合わせのソファ。
ゴブリンはソファにそれぞれ1体ずつ寝そべっていた。
魔物には睡眠という習慣がないので、寝ていたわけではない。
少女が入った途端に起き上がった。
2体が同時に跳びかかってきた。
体をピンと伸ばし、大きく口を開いて飛んできた。
少女は1体を右手で払った。
バチンと大きな音がして、フラゴブリンは壁に突っ込んだ。
少女が顔をしかめた。
残る1体が左腕に噛み付いたのだ。
少女は慌てることもなくフラゴブリンの下顎をつかみ、握力にまかせて口を開かせて、外した。
そのまま首をつかみ、まるでタオルでもしぼるようにフラゴブリンの短い首をねじった。
ギュッと断末魔をあげて絶命。
壁に激突したフラゴブリンはまだ生きている。
少女は近づくと、彼女の足に噛みつこうと這いよってきたフラゴブリンの顔を蹴った。
それでこのフラゴブリンも死んだ。
アルと少女は、ほとんど同時にそれぞれの部屋から出た。
廊下でばったりである。
「そっちに、いた?」
アルが聞くと、少女は指を2本立てた。
その腕からだらだらと血が流れ、床に滴っている。
「か、噛まれたの? 大丈夫かい」
あまりにも少女が平然としていたので気がつくのが遅れた。
「これくらい平気だよ」
少女はなんでもなさそうに、血だらけの腕を舐めた。
少女の口のまわりが真っ赤になった。
「ダメだって、ちゃんとしないと」
アルは『癒やしのまじない』を使うことにした。
「ちょっと待ってて」
目を閉じ、体の力を抜き、ゆっくりと呼吸をする。
体中に煙のようなものが詰まっているイメージ。
その煙を右手の平に集めていく。
右手の平が熱くなってきた。
「大丈夫だってば。ほら、もう止まっちゃったよ」
少女の声でアルは目を開いた。
集中力が切れたせいで、右手の光はすぐに消えた。
少女がペロリと血だらけの腕を舐めた。傷跡がきれいにふさがっていた。
不思議な思いで少女の顔と腕を見比べるアル。
少女が笑った。
「あたし、丈夫なんだ」
「そういう問題かな?」
アルは首をかしげた。
いろいろとおかしなところのある少女である。
ふたりは廊下の奥の部屋へ進んだ。
ドアを開き、すかさず光石をまく。
入ってすぐに鏡のはまった洗面台がある。
部屋は横長で、突き当たりに向かい合うドアが2枚。
洗面台の隣には桶にハンドルがついた洗濯機(手動)。
その隣にはローラーに挟んでしぼる脱水機(手動)。
洗面所兼脱衣場らしい。
となると、ドアの片側は風呂ということになるだろう。
アルに続いて部屋に入った少女は鏡にうっつた自分を見て、うわっ、と声をもらした。
それはそうだろう、口まわりが血で真っ赤に染まっているのだから。
しかし、少女はウエストポーチから銀のクシを取り出すと、乱れた髪をとかし始めた。
口の汚れなど気にもしていないようだ。
アルは少女がいきなり髪をとかしはじめたのを見て、これだから女の子は、と思った。
幼馴染のマリエッタも服の汚れだとか髪の乱れだとかをそんな場合でもないのに、やたらと気にする。
そしてそれを注意しようものなら、凄まじい勢いで怒るのだ。
アルは1人で奥を調べることにした。
考えてみれば、少女ばかりに戦わせて、アルはろくに戦っていない。
今のところ少女が4体倒したのに対してアルは1体だけである。
競争をしているわけではないが、戦果に差がありすぎるのは情けない。
アルは片手に短剣、片手に光石をそれぞれ握り、奥のドアを開けた。
光石を転がす。
風呂場だった。
ピンク色のタイルが壁と天井に貼り付けてある。
床には半円形の金属のバスタブが埋まっている。壁にかかったシャワーヘッド。タオルかけ。
フラゴブリンは空のバスタブに座っていた。
ギャッと声をあげて飛びかかってくる。
アルは空中で魔物の喉をかききった。
青い体液が飛び散り、アルの顔を真っ青に濡らした。
体液も死骸と同じく時間が経てば溶けてしまうのだが、それはそれとしてヌルヌルしていて気持ちが悪い。
洗面所では少女がまだ髪をとかしていた。
ふん、ふん、と鼻歌を歌っている。
少女の鼻歌に反応して、洗面台の下が青く光っている。
光っているのは楕円形の物体で、にじむような青い燐光を放っている。
青くなければ鶏卵と形も大きさもそっくりである。表面には星のような形のへこみがある。
1星魔物の卵である。
1星の魔物がかえるのだが、なにが出てくるかはかえってみないとわからない(だいたいは近くにいる魔物と同じ魔物になる)。
光っているのは卵だけではなかった。
洗濯機の中からも青い光がにじんでいるし、洗濯物を入れる籠の裏も光っている。
アルはまず一番近くにある洗濯籠をどかした。
小人がいた。
走り途中のような不自然なかっこうで固まっている。
アルは小人を短剣で叩いた。
小人はクッタリと床にのびた。
体長は約15センチ。フラゴブリンをそのまま小さくした姿である。
卵からかえったばかりのフラゴブリンの幼体である。
洗濯機の桶の蓋を開くと、そこにも幼体がいた。
こちらは這いつくばったまま固まっている。
短剣で叩いて潰す。
弱い魔物はすぐに成長してしまうので幼体も卵もきちんと始末しなくてはならない。
最後に少女の足の脇から洗面台の下に手を入れて、卵を取る。
グニャグニャとしていて柔らかい。
短剣で割るとドロッとした青いものがでてきた。
魔物というのは不思議なことに臭いがまったくしない。
体液もそうだし、体臭自体もまるでない。
このドロッとした卵の中身も無臭だった。
少女がまだ楽しげに髪をとかしていたので、アルはもう1つのドアを調べることにした。
ドアを開けると、隙間から強い光が部屋に入り込んだ。
屋外。6畳ほどの四角いスペースにレンガ造りの小さな建物が建っている。
トイレである。
トイレにつながる石畳のほかは砂。
その砂の上に茶色いトラジマの猫が丸くなっていた。
アルが出ていくと、猫はさっと走ってトイレの裏に隠れてしまった。




