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遠き都に日は落ちて  作者: みちふむ
第1章 東への道
7/11

七 鬼若池の怪魚

「あーあ。腹が減ったな」

「先ほど喰ったばかりだろう」

「ねえ、龍牙。育ち盛りは腹が減るって知ってる?」


 春まだ早い東山道を東へ向かう一行は、蕗の薹が囁く野辺を歩いていた。頭上の雲雀のはそんな少年篠をからかうように賑やかにさえずっていた。

 修験僧の龍牙は黒い上衣に大きな身体で太刀を携え大手を振って歩いていた。その前を進む天狗の弟子である齢十の篠は、枝を振り蝶を追いながら進んでいた。


 隣を歩く美少女の澪はそれを楽しそうに愛でていた。母が残した薄桃色の着物の娘はさすが鷺の化身とあって歩く姿は踊るようにしなやかであった。馬上からこれを望む笙明は途に香る白梅に機嫌を良くしていた。そんな一行は前方に集落を見つけていた。


「澪よ。あの集落はなんだ」

「龍牙様。恐らくあれは鬼若池です」


 住んでいた村から出た事がないと話す澪は旅人の話を仲間に語った。


「あそこには大きな池があって、そこで獲れる魚や貝で暮らしているんです」

「ふーん。それって大きな池なのかな」

「篠よ。澪は行った事が無いと申しておるだろう。それよりも澪。妖の気配はないか」


 龍牙の声に澪は遠くの空を望んだ。


「……どうでしょう。まだわからないわ」


 こんな仲間を引き連れて笙明達は鬼若村にやって来た。そこに出て来た老人に篠が話しかけた。妖退治に来たと話す彼らは、長老の住む屋敷に案内された。頭巾を被っていた長老は出て行けと話した。


「帰れ!この村から出て行け!」

「でも、あの、俺達は」


 あまりの叱責に驚く篠だったが長老は目を大きく剥いていた。


「妖などおらん!池には一切近づくな!」


 丁寧に挨拶したつもりの篠であったがこの騒ぎを聞きつけ村人達は集まり農具を持り彼らを追い立てた。話をさせてもらえぬまま笙明達は村はずれの崩れかけた御堂で休んでいた。


「俺、もう疲れた」

「わしもじゃ」

「今夜はここで休むぞ、澪」

「はい。私は夕餉の支度をします」


 そう言って澪は外の火処で持参した鍋で汁を作り出した。これを篠も手伝っていた。崩れかけた御堂を背に二人は春の寂れた庭で湯気を見つめていた。


「蕗の薹、干したきのこ。そしてこれは干した小魚よ」


 持参した食材で楽し気に調理する澪のそばで篠は鍋の柄杓を代わっていた。


「いい匂いだ……あれ。お前は」


 そこには白眼が爛々と光る少年が立っていた。篠よりも年少の裸足の少年は薄汚れた着物で篠につかみかかってきた。


「お前!本当に妖を退治できるのか」

「離せよ?なんだお前」

「……いいから答えろ!」


 この怒鳴り声に御堂から龍牙が出て来た。


「これ!止めよ!離れろ」

「くそ……う、ううう」


 少年は急に泣き崩れた。ここに来た笙明はじっと少年を見据えながら問いただした。


「お主は誰だ。何故此処に参った」

「……お、俺の姉さんが、姉さんが」


 泣き崩れた少年を見た笙明は彼を御堂に招いた。少年は澪が作った汁を食べると落ち着いたのか静かに話し出した。


「俺の村の池が、前の春から濁るようになって魚が獲れなくなったんだ」


 そこで長老は池の神に生贄を出そうと言い、最初は獲れた魚を捧げていたと彼は溢した。


「でもそれでは足りない、と長老の夢枕に出たので俺達は山で採れた物も出したけど、それでは足りないと言われて」

「長老は妖などいないと言ったぞ」


 篠の鋭い声に少年は拳を作り怒りを抑えて首を横に振った。


「そう言わないと。俺達の魚が売れなくなるから……そういう決まりなんだ」


 これを見た龍牙は話を続けた。


「それもそうだが、してお前達は他には何を差し出したのだ」

「……鳥、犬……そ、そして」


 声を震わす少年に笙明はすっ目と細めた。


「人か。お前達は人を生贄にしたのか」


 笙明の低い声に少年はくっと口を結んでいた。


「最初は……婆だったんだ。でも、それが返って怒りを買って」


 肩を震わせた少年は今度の生贄は姉になってしまったと嗚咽した。


「ね、姉さんが……俺の」

「そうか。して、我らにその池の主を退治してくれと申すのだな」

「そう、です」

「そうか」


 ここで笙明はすっと立ち上がり、庭に向かった。


「それで?」

「え」

「……お主は姉様が生贄になるというのに。何もせず我らに力を貸せと申すのだな」

「え?笙明様」

「静まれ!篠」

「……でも、でも俺にはどうすることもできない。みんなに逆らえば俺が殺される」


 膝の着物をぎゅうと掴んだ彼の足には生々しい傷跡が見受けられた。これに眉を潜めた笙明は彼の次の言葉を待った。


「俺は……お願いします!どうか助けてください。俺のできる事はなんでもします」

「ほう?何でも」

「はい。何でもします」

「そうか、何でもか……」


 月を見て微笑む彼であったが、少年にこれを了承したのだった。



◇◇◇


 翌朝。一行は出直してきた少年から詳しい池の話を聞いた。この池にいる生物は村人から池神と崇められいたが、近年の奇行に村の年寄り達も不思議がっているという事であった。


「昔はそんな事なかったんです。でも去年からおかしくて」


 昨年の都の事変が原因と思っている三人は続きを聞いた。


「そして生贄は満月の夜です。その日に生贄は祭壇に行くんです」

「龍牙。満月って、いつ?」

「三日後ではないか篠」

「そうです、旦那様……」


 彼の姉は儀式に向かうため家で支度をしていると彼は俯いた。


「……では少年。我らは退治をするので生贄はお前の姉様では都合が悪い。生贄は我らが行う」


 身代わりを立てると云う笙明に篠と龍牙は彼に向かった。


「誰にするのですが」

「まさか澪に」

「……さてどうするかな」


 悪戯に笑う笙明に仲間達は首を傾げるのであった。その後、彼らは村人に知られずに池の周囲を調べ妖の正体を探っていた。鬱蒼と茂った水草にかこまれた濁った池は春だと云うのに悪臭がしていた。


「これはひどい有様だ。まるで地獄の沼だ」

「……変ね。ここは美味しい貝が獲れる池だったのに」


 鼻をつまむ龍牙にさすがの澪を袖で口を覆った。こんな最中であったが付き添っていた少年はこの池には山から川の水が入っていたのだが、岩で堰き止められて清い水が入らなくなっていると岩を指した。


「それでは滞るばかりだわ。それに魚が獲れなくて困るでしょう」

「ああ。だから長老様は木を切って都に売りに行ったりしていたんだ」

「……」

「どうなさったの?笙明様」

「いや……」


 考え込んでいる笙明であったが一行は祭壇を確認し御堂へ戻ってきた。すると澪は空を見上げた。


「笙明様。あのからすの話によりますと怪魚は近寄るもの全て丸呑みだとか」

「恐ろしや?して、これも妖であろうか」


 澪と龍牙の話を聞いた笙明は澪が拾ってきた桃の枝を受け取り目を細めた。


「ほお。良い香りだ……まあ。時期から言ってそうであろう。それも今夜でわかる事だ」

「ではそろそろ用意ですね。私は」

「あい待て。澪よ」


 笙明の声に澪は立ち止まり彼を振り返った。


「そなたは決して人前で姿を変えてはならぬぞ」

「わかっております」


 そして行こうとした澪を彼はまた呼び止めた。


「澪よ。なるべく今の姿も見せぬように」

「はい」

「私のそばを離れるで無いぞ」

「……はい。笙明様」


 微笑んだ澪は翻すように外に出た。こんな彼女を彼は心配そうに見ていたが、龍牙が見ていたので彼は顔を背けた。そして今夜の妖退治に備えたのだった。


◇◇◇


 この夜は雲が多く月は見えなかった。そんな暗い池の畔の白装束の娘は腕を後ろ手に縛られて生贄の祭壇に座らせられていた。人が見てはならぬこの場であったので、村人達は念仏を唱えると去って行った。


「……姉さん。姉さん!」

「まあ?お前。ここに来てはいけないよ」

「いいんだ。早く!代わりがいるから」


 密かに近づき姉を立たせた弟の背後から白装束姿の小柄な者が代わりに祭壇に座った。この者はやはり腕を後ろ手に結び下を向いていた。

 やがて夜更け。この場に池の水が波打って到達し始めた。生贄が池を見るとそこには水紋ができており、それはみるみる大きく祭壇に向かってきたのだった。そしてぬっと水面から巨大な黒い口が生贄を一飲みしてしまった。


「行け。龍牙」

「またですか」


 これを逆方向から監視していた笙明達は岸を走り出した。



 怪魚は潜ったままでブクブクと泡が池から上がるだけであったが、突然ザザーと顔を出した。


「やったか」

「あ、笙明殿。あれを」


 二人の前では少年が池に飛び込み馬と同体のほどの怪魚に向かっていた。そんな水の戦いの中、飲み込まれた篠は見たらなかった。しかし怪魚は苦しそうに暴れておりついに池の水が朱に染まっている事を澪は発見した。


「見て。あそこよ」

「おお?篠か」


 龍牙の見た先では月夜に刃が光っており、飲まれた篠が腹の中から切り裂き闘っているのが見て取れた。さらに水の中の少年はどす黒い怪魚の背鰭を掴みしがみついていた。これを見た笙明は仲間に指示した。


「!岸に上げるのだ。早く!」

「無理じゃ?」

「いえ。龍牙。この縄を使うのよ」


この間に澪は用意してあった縄を持ち龍牙に手渡した。


「はい!これをあの子に渡して」

「またわしか」

「つべこべいうな。行け」


 そして龍牙は水に入ると勇ましく泳ぎ進み少年に縄を渡した。少年は尖った竹で怪魚に数点突き刺し、そこを起点に縄で縛っていた。


「では引くわよ!龍牙も戻って」

「はあ、はあ」

「行くぞ。それ」


 澪はこの縄を一度近くの木の樹に通しせば弱い力でも引ける事を知っていたので、必死に笙明と共に力一杯引いていた。


「私もやります」


 人質娘と龍牙の四人になり必死で魚を引いた。


「……まだか、龍牙よ」

「ここは……わしが……」


 しかしここで急に引く力は弱まった。よく見ると怪魚から篠が出ており仕留めているところであった。


「はあ、はあ、はあ。やったな。お前」

「はあ、は、は……篠こそ。はあ、はあ」


 少年と篠は池の辺まで引き上げられた怪魚のそばで笑っていた。


「篠。妖の塊は何処か」




 怪魚は潜ったままでブクブクと泡が池から上がるだけであったが、突然ザザーと顔を出した。


「やったか」

「あ、笙明殿。あれを」


 二人の前では少年が池に飛び込み馬と同体のほどの怪魚に向かっていた。そんな水の戦いの中、飲み込まれた篠は見たらなかった。しかし怪魚は苦しそうに暴れておりついに池の水が朱に染まっている事を澪は発見した。


「見て。あそこよ」

「おお?篠か」


 龍牙の見た先では月夜に刃が光っており、飲まれた篠が腹の中から切り裂き闘っているのが見て取れた。さらに水の中の少年はどす黒い怪魚の背鰭を掴みしがみついていた。これを見た笙明は仲間に指示した。


「!岸に上げるのだ。早く!」

「無理じゃ?」

「いえ。龍牙。この縄を使うのよ」


この間に澪は用意してあった縄を持ち龍牙に手渡した。


「はい!これをあの子に渡して」

「またわしか」

「つべこべいうな。行け」


 そして龍牙は水に入ると勇ましく泳ぎ進み少年に縄を渡した。少年は尖った竹で怪魚に数点突き刺し、そこを起点に縄で縛っていた。


「では引くわよ!龍牙も戻って」

「はあ、はあ」

「行くぞ。それ」


 澪はこの縄を一度近くの木の樹に通しせば弱い力でも引ける事を知っていたので、必死に笙明と共に力一杯引いていた。


「私もやります」


 人質娘と龍牙の四人になり必死で魚を引いた。


「……まだか、龍牙よ」

「ここは……わしが……」


 しかしここで急に引く力は弱まった。よく見ると怪魚から篠が出ており仕留めているところであった。


「はあ、はあ、はあ。やったな。お前」

「はあ、は、は……篠こそ。はあ、はあ」


 少年と篠は池の辺まで引き上げられた怪魚のそばで笑っていた。


「篠。妖の塊は何処か」



「でも息をしてないよ」

「……人にあらず……この姿。すでに鬼となっていたのだ。人としての命は尽きておったのだろう」


 いつの間にか出ていた満月は彼らを眩しく照らしていた。



◇◇◇


 翌朝。村人が見たのは生贄台で眠っていた人質娘と池に浮かんだ怪魚だった。そして彼らは鬼の姿で死んでいる長老を祠で見つけたが、村人達は娘は何も知らぬというので家に帰しこの件を不問としたのだった。


「それにしても。あの魚の中は臭かったな」

「ああ。今のお前も臭いぞ篠」

「口に出すな。あれは鯉だな」


 その日の夕刻。篠が見つけた妖の塊を除霊した笙明はそう呟き揺れる馬上で遠くを見ていた。一行は退治した直後、素早く村を出て今は外れまで来ていた。


「あの爺さん……何で取り憑かれたちゃったのかな」

「もしかして塊を持った魚を食べたんじゃないかな」

「澪の話通りかもしれん。出てきた塊は小さきかけらだ」

「恐ろしや?これからは魚はよく噛んで食わねば」


 龍牙の話に一同はハハハと笑った。


「しかし。あの姉弟は大丈夫かな」

「案ずるな篠」

「……笙明様は何かお考えですか?」


 気にしている澪に笙明はふうと息を吐いた。彼は憂いを帯びた顔でじっと夕焼けを見ていた。


「……あの弟が申しておっただろう?何でもすると」

「確かにそうだけど」


 心配している篠に龍牙はガハハと笑った。


「実はな。笙明殿はあの小僧に池の水を止めている岩の退け方を教えておいたのだ。これをすればあの姉弟もあの村で暮らしていけるだろう」

「珍しい……助けるなんて」

「まあ。篠。笙明様は誰にでも心優しいお方なのよ。ねえ、笙明様」


「……」

「お心深く。それは慈悲があって……澪は大好きなのよ」

「澪よ。それくらいで勘弁してやってくれぬか」

「?」


 頬を染めた笙明を見た龍牙はそういって彼女に微笑んだ。この時篠の腹がぐううと鳴ったので仲間は声に出して笑った。

 南風が背を押す東への道。一行は妖を求めて今日も旅を続けるのであった。


第七完

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