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遠き都に日は落ちて  作者: みちふむ
第1章 東への道
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二 悲しき水鏡

二 悲しき水鏡


都を出立した八田笙明の妖退治の一行は近江を抜けて美濃へと東山道を進んでいた。春の道は菜の花が咲き南の風が心地よく身になびいていた。 

 

「あのさ。ところで二人はどっちが偉いの?」

「お前?!」


 怒ろうとした龍牙に笙明は待ったを掛けた。


「良いのだ……なあ、坊主、私はお前が一番偉いと思うがな」

「俺ですか?」


 笙明の軽口を鵜呑みにした少年は嬉しそうに持ってた枝を振った。これを見た修験僧の龍牙は二人に話し出した。



「お前は気ままで良いの。私は故郷に妻と娘がいるんだ」


 彼は自分の身の上話をした。それは酒好きが元で暴れて失敗した話や、修験僧ながら妻と子供がいるという話であった。


「隠しても仕方がない話ですので、どうか聞いていただきたい」

「そうだね。龍牙が死んだ時、俺達、家族に話をしないとならないもの」

「ほう?……やはり篠が一番強い」

「ああ、笙明殿の言う通りじゃ」


 龍牙はこの妖退治をする事で妻子の暮らしを保証してもらっていると話した。篠は石を蹴り空を見上げながら聞いていた。


「俺は幼い頃に親に捨てられて……天狗の長に育てられたんですよ」

「やはりな?わしはお前は天狗じゃないのでおかしいと思っておったんだ」

「フフフ。龍牙は面白いの」


 笙明の笑顔に篠は育ての親に恩返のためにこの旅にやってきたと話した。


「それに俺には他にできる事ないし」

「そんな事ないぞ?これからはお前を餌にして妖をおびき寄せる事もできるからな」


 篠はこんな笙明にも身の上話を求めたが馬上の彼は何も話さなかった。


「ねえ。笙明様は」

「……私の家は此度の結界の長を任されておる。誰か一人行かねば参らぬわけだ」

「そうか。笙明様も訳ありか」

「左様。我らは一族の端くれ。異端児も良いところだ……妖退治とて期待されているわけでなはい」


 彼等よりも優秀な力の持ち主達が既に先発しているため、自分達は気休め程度の後発隊と彼は思っていた。言葉を変えれば各宗派の建前上のこの妖退治。大事な者を危険な旅に差し出すわけがなく、死んでも良い厄介者として彼等はここにいるのだが、笙明は龍牙と篠の純粋な心に目を細めていた。


「でもさ。俺はやるぞ。仲間を驚かせてやるんだ」

「おう!わしもだ。わしも必ず帰ってみせる。妖をたくさん退治し、家族と暮らすのじゃ」

「頼もしい事だ」


 訳あり妖隊の三人は朗らかに足を進め大きな川までやってきた。



◇◇◇


「これが、長良川か。何という雄大な流れよ」

「広いね」

「馬もいるのに。さてどうしますかな」


 見ると小道が脇に沿ってあり、船着場まで続いていた。そこには日焼けした老船頭がいた。 


「旦那さん。お馬も一緒にどうぞ……」

「渡し船だよ。これに乗るしかないよ!早く」

「ああ。篠よ手綱を引け」


 船に乗り込む篠と笙明であったが、龍牙はここで小用し、遅れて船にやってきた。



「……もし、旦那様。もし」

「いかがした娘御」


 美しい娘は水に浸かる草陰で着物を膝までたくし上げひっそりと泣いていたので龍牙は優しく話しかけた。




「足が泥に浸かり、ここから出られぬのでございます」

「それはいかん」

「誰も助けてくれぬのです。うう、うう……」


 涙を流す気の毒な娘を見た龍牙は笙明にしばし待てと声を張り、娘を助けることにした。龍牙は草茂る湿地に入り娘を背におぶった。



「しっかりわしの背に乗れ。それ」

「はい……」


 着物姿で啜り泣く娘を背を負った龍牙に対し、娘はこっち、こっちと方向を指した。龍牙は言われるまま泥の道を進んだ。


「どこじゃ?草で見えぬわ」

「こっち。こっち」


 娘の指示で進む彼の足はどんどん深みに入って行った。それに比例するように背の重さが増してきた気がしたが、疲れであろうと龍牙は思った。


「しかし、娘御。本当にここか」

「こっち、こっち……こっち」


 あたりは霧が立ち込め、視界は真っ白になっていた。今まで聞こえていた音もなく。ただ娘の声だけが龍牙を包んでいた。


「こっち。こっち……」


 娘の顔を直接見ることができない龍牙はふと川に映える水鏡を見た。すると彼の背に乗っていたが真っ黒な鬼であった。



「……娘よ。こっちか」

「こっち、こっち」

「……己!く?」


 龍牙は背の者を落とそうとしたが首を絞めらた。


「ううう……」

「死ね……死ね……愚かな男よ」

「ううう」


 その時、一面に光が走り鬼は悲鳴を上げた。




「ぎゃあああああ!」

「……隠、滅、光、刺、退、粛、奪、命……」

「このー!とりゃ!こいつ!龍牙から降りろ」


 笙明が呪文を唱えている間に、篠が短剣を突き刺しこれを仕留めた。





◇◇◇


「はあ、はあ。死ぬかと思ったわい」

「……封、滅、戒、防。これで良いか」

「あ、見て。姿が変わった」


 血を流した鬼は、美しい娘になった。しかし娘の肉は萎むように消え骸骨となった。



「おい、何かはいたぞ」

「魔石だ。龍牙、早く拾え」

「わしか?」


 そして口から出てきた朱石を受け取った龍牙であったがこれは彼自身が浄めた。妖娘を滅した三人はようやく船に乗り込んだ。


「ええと、旦那様。ここで伝わる話をします。昔ある娘がおりまして……」


 船頭は彼らに娘の悲恋を話し聞かせた。



「娘は大変美しい娘でしてな。対岸に住む男逢いたさに通りかかった男の背に乗り川を越えようとしましたが、その男は盗賊でしたのでそのまま拐われ帰らぬ人になったということです」

「先に聞きたかったね。この話」

「いやいや。聞いていたとしても龍牙は助けたであろうよ」

「うるさい。おかげで魔石が取れたではないか」


 大きな川はゆったりと流れていた。岸辺には菜の花が咲き乱れていた。頭上の雲雀はうるさくおしゃべりをしていた。


「哀れよの」

「龍牙?」

「良いのだ。そっとしておけ……」



 船に揺れる笙明は懐から横笛を取り出した。川面は日に光り眩しく一行は目を細めた。雪解けの水を称える春のせせらぎは旅を急くなといわんばかりに穏やかに流れていた。


……ヒューー……


 船上の笙明は風の中、笛を吹いた。水辺に清く流れる調べは切なく悲しく暖かかった。異端児の三人は初春の美濃の国へと渡るのだった。







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