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遠き都に日は落ちて  作者: みちふむ
第1章 東への道
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一 月夜に老狸を討つ


エピローグ


朧月夜


菜の花揺れる東の古道は土の匂いがする

桜は身を震わせ恋文を散らし

雪解けの小川に想いを流している


静かな夜の明かり

柔らかな霞

月を望む刹那はあたなと繋がっている


名を囁く南風に目を瞑り

芳しい香りは声に似て

朧の向こうに姿を想う


腕の中にいないあなたを

今夜も探している


一話 月夜に老狸を討つ


「しかし、東道あずまみちとはな」

「……龍牙は先ほどからそればかり。もう聞き飽きたよ」

「……」


 都を出た妖隊一行は東の道をひたすら進んでいた。旅路の狩衣姿の八田笙明はったしょうめいは馬に乗り、大柄な龍牙と少年の篠は歩いて進んでいた。春の田舎道は草の香りがしていた。


「なあ、今夜の宿は?俺、疲れた」

「この先の神社だ。いいから歩け」

「……」

「ねえ、笙明様。何か言ってよ。先から黙ってさ」


 すると彼は澄まし顔で篠を馬上から見下ろした。


「篠よ。あそこの田に人がいる。話を聞いて来い」

「はあ?俺ですか」

「そうだ。怪異や化け物が出ないか聞いて来い」


 篠は走って行ったが特にないと返事をもらい戻ってきた。このような調子で道を歩きながら妖を探している旅の一行達は何の情報もないまま今夜の宿である古びた神社に着いた。





「おお?妖隊でございますか?どうぞ、こちらへ」


 帝自らの結成隊の活動を各地の神社や寺は支援をしており、妖隊はこれらを拠点としていた。この日、笙明達は東山道の国境にある神社に泊まることにした。

 古い建物であったが老神主は花を植え社を美しく整備していた。これらを愛でながら三人は一息ついていた。



「はあ、しかし。妖ってその辺にいるもんじゃないんですね」

「ああ。わしも退治できるが、こう、探す羽目になるとは」

「そうだな。村人の話だけではな」


 旅の足を伸ばす三人に対し古社の神主は以前駐屯した他の妖隊の話をした。


「皆様。滅する御力はあるようですが、まず妖を探すのが難儀のようで」


 神主の話によると妖隊は村人を雇い探させたり、犬を放って探す妖隊もいると言いながら白湯を出した。他の妖隊の話を聞いた事が無かった三人は、これを基に策を練った。



「占いでございますか」

「ああ。しかし。それには少々必要なるものがある」


 笙明は占いで妖の居場所を見立てると言った。


「闇雲に探すよりも良いかもな」

「ねえ、笙明様。それには何がいるの」

「そうだな」


 笙明は水、生贄、土が欲しいと言った。


「水や土は良いとして、生贄って?」

「わしは嫌ですぞ」

「静かに聞け」


 彼は紫の包みを開き占いの道具を出してきた。初めて見る陰陽師の占い道具に二人は頭を付け覗き込んでいた。


「良いか。この盤はこの世を示しているのだ」


 彼の手法はこの盤上に、この村を小さく再現すると言う物であった。


ゆえに水も土もこの地の汚れのない物が欲しい。恐らくここの神社の物が清く相応しいだろう。そして生贄は」

「わしは嫌ですぞ」

「俺だって嫌だよ」

「静かにせよと申しただろう!」


 呆れた笙明は蛙や土竜もぐらが良いと言った。


「雀も良いぞ。大きいのは不要だ」

「蛇は」

「わしが嫌じゃ?よし篠。早速明日参ろう」


 三人はこうして策を講じ、春夜の床に着いたのだった。



◇◇◇


 翌朝。社で支度をすると言う笙明を残し、龍牙と篠は生贄を取りに村に顔を出した。 


 近くを流れていた雪解けの清い小川で蛙を捕まえた篠と龍牙は神社へ引き返そうとしていた。菜の花の道を材木を牛で引いた村人がやってきたので二人は挨拶をした。



「あんた達も妖退治か」

「ああ」

「ここにはそんなに俺達の仲間が来たの?」


 そうだ、と百姓は言った。


「神主さんの話では、皆、妖を倒したので都に戻った話だ……。しかしそんなにたくさん化け物がいるとは思えないんだがな」

「ふーん」

「そうですか。では我々はこれで」


 帰ってきた二人は笙明に生贄を渡した。笙明は自分で用意した水と土と、この生贄を用い、占いを始めた。


「これは……やはり」

「どうしたの」

「その生贄では足りんのか」

「今、読んでいる……そうか、やはり」


 笙明は三人に結果を耳打ちした。篠はこれに驚いたが、龍牙は予感がしたと言い納得した。占いの結果を見た三名は旅の道具の手入れをした後、神主が出してくれた夕餉を囲んでいた中。篠が口を開いた。


「神主様。この辺りにはもう妖はいないみたいだね」

「そうですか。やはり怪異はいませんか」


 困り顔の三人に神主は親切に食事を進めた。


「……はい。しかし先を急ぐ旅。我らは明日、出立致します」

「いつまでも厄介になるわけには参らぬし」

「俺も先に進みたい……ふわ!眠くなっちゃった……」


 欠伸をする篠に目を細めた神主は、まだあどけない少年に早く休むように優しく言った。


「……そうですか、今夜はどうぞごゆっくり」


 食後。三人は囲炉裏を囲んで眠る事にした。旅の緊張が抜けた彼らは春の静けさに心地よく寝入っていた。





◇◇◇


 深夜。暗い部屋に光る眼が三人に近づいてきた。三人はただ静かに寝息を立てていた。


「……小さいのは柔らかい、大きいのは硬そうだ……」


 ぶつぶつ話すその者は寝顔を見比べていた。


「……若いのは肉がない……さて、どうしたものかの……」

「ふわ?あああ……」


 この時。寝ていた篠は眠そうに目を擦りながら寝言を言った。


「寒い、寒い……」

「おお?これはこれは」


 この者は篠の掛衣を直そうとしたがその顔からは髭が伸び、尾が背後から生えていた。これに篠は気がついた。


「……神主様?ど、どうしたの」

「あ。いや、寝ていなされ」

「篠……こちらへ来い」 


 彼の背後の者達がさっと起き上がった。


「この妖め」

「篠!避けろ」


 笙明はすでに消えていた火を灯台を足蹴にした。これを避けようとした神主は慌てて囲炉裏の炭に足を入れた。


「ぎゃああああ。熱い、熱い!ひいい……」


 囲炉裏の残り火を踏んだ妖は、その熱さに暴れていた。この間に篠は部屋の隅に逃げ込んでいた。


「笙明様。俺はここにいる!」

「よし行け!龍牙」

「わしか?」


 龍牙は暗闇に光る二つの目をギロリと睨み、太刀にて囲炉裏ごと妖をバッサリと斬った。


「ぎゃ!?……あああああ……」


 恐ろしい断末魔を上げさせ家具をひっくり返した龍牙だったが、やがて静まり返った。笙明はゆっくりと灯りをかざし、部屋を確認していた。


「ねえ。笙明様。これは。狸ですか」

「ああ。ずいぶん歳を取っているな」


 血だらけであるがまだ息のあった狸は、毛が抜けており歯も欠けていた。この狸は息も絶え絶えに笙明に口を開いた。



「悔しや……なぜに見抜いた」

「匂いだ」


 笙明は初めから匂いを感じていたと話した。


「そんなはずはない……匂いは消したはず」

「ああ。お前は獣の匂いを消そうして、花の匂いをつけていただろう」


 笙明の話に篠もうなづき口を開いた。


「この妖め!神主のお前から花の匂いなどおかしいだろう!あ、おい?」


 篠の話が終わら無いうちに狸は事切れた。



「しかし。神主のおじさんが狸とはね」

「なかなか尻尾を見せぬので参ったな」

「……全く。騙されるのも骨が折れる事よ」


 妖を始末した春の夜明けの居に背を向けた笙明はそっと外を見ていた。白白と朝日が登る様子に彼は目を細めていたのだった。



◇◇◇


 朝日の中。三人は仕留めた大古狸を庭に埋めようと屋内から引き摺り出してきた。


「重い……」

「笙明殿も……もっとお力を」

「く!……良し。ここで良い。しかし、太っておるな」


 すると狸の口からコロンと石が出てきた。これを篠が受け止めた。


「これが魔石か?しかし、う?臭い!?」

「ならぬ。祓うのでそこにおけ」


 赤々と燃えるような石であったが笙明が唱え祓いを済ませた。土に狸を埋めた彼らはこの神社の内部を確認した。神主が出入りしていた奥の部屋から本物であろう神主の死体と、狸の寝床を見つけた。人の髪の毛や歯などがあり篠は身震いした。



「怖」

「……東の國に行った妖隊は、案外此奴のせいで行方知らずかもな」

「ここで命潰えるとは。無念であろう」


 笙明の低い声に龍牙は数珠を振るい篠は経を唱えた。そしてこれを見た笙明は邪気を払ったのだった。


「まあ。これで一つか」

「しかし。妖を退治するよりも探すのが大変だなー」


 一行は春の風に吹かれながら東に道を進んでいた。頭上からは雲雀の声がしていた。


「そうだな。しかし、笙明殿の占いが効くとわかったのでこれで行くしかあるまい」


 ああと篠はうなづいた。


「では先の社に行きますか?そこで占いをしてまた見つければ良いんだもんね」

「……そう、だな。よし、私は先に参るぞ?は!」


 そう言うと笙明は澄ました顔で馬を走らせた。


「あ。ひどいよ」

「待ってくだされ?」


 桜の蕾も硬い弥生の春の古道。妖隊は風の中を舞うように進んでいくのだった。








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