6-15
「・・・・・・・・・・・・」
マナはひどく落ち込んでいた。幼い頃から一緒だったパートナーであるシロを目の前で失い、さらに仲間からも置いて行かれたマナは、その悲しみとやるせなさに打ちひしがれていた。
「(わたし、どうすればいいんだろう・・・・・)」
ネロは「ここから動くな」と言っていたが、それでも彼らのことが心配だ。転生者の恐ろしさは今までに何度も見てきたし、ゲイボルグは未だにトラウマから抜け出せて居なさそうだった。だが、それ以上に心配な人物がいた。
「(トーヤくん・・・・・・・)」
トーヤはあろうことか、たった一人であの「魔王」黒鉄の注意を引いているのだ。そんな彼にうまく合流できるか、合流できても力になれるのかは解らない。
だとしても。マナはそう思わずには居られなかった。
「ごめんね、シロちゃん・・・・・ごめんなさい、ネロさん・・・・・・・・・」
彼女単体では非力もいいところなのに、ネロの言いつけを破ってその場を離れてしまった。転生者を連日相手取り、常に生命倫理について考えさせられていたマナは、知らず知らずのうちに疲労をためていた。もはや今の彼女に正常に判断する力は無かった。
「畜生ッ!!何でもありかよッ!?」
トーヤは毒づきながらひたすらに剣を振るって、襲い来るフラガラッハを弾いていた。既に剣が限界を迎え始めて居るようなので、表面を凍らせることで補強している。さらに「射程延長」を起動し、より離れた地点から迎撃する。幸いにもフラガラッハ自体の攻撃力はさほど高くはない様ではあるが、兎に角しつこかった。
「“フレイムスロワー”」
「うおっ?!」
ゴウッ!!と黒鉄の右手から放たれる光線を、「脚力強化」を限界まで掛けて回避する。キュン!!と空気を切り裂く音がするが、6振りの純白の剣がすかさず追尾する。
「凍らせて防いでみるか?やってみろ。それを許すほど俺は甘くない」
黒鉄が挑発するのに合わせる様に、フラガラッハが四方から襲いかかる。
「全方位から時間差で攻撃することで下手な回避を許さない。一つに集中すれば他のものに攻撃される。故に絶えず全てのフラガラッハの動きを見切らなければならない。そこに」
再び、黒鉄が炎を放つ。
「俺の魔法でその体勢を崩す事で、お前の勝機を着実に潰す。ご自慢の機動力で全てを裁き切れているのは流石だが、お前の魔力はそれに対応できるのか?」
「クッ!!」
黒鉄が魔法を放つ瞬間に無理矢理離脱し、フラガラッハの包囲網から抜け出る。しかしそれでもなお剣達は追ってくる。
「しつけぇんだよ!!粘着質なストーカーか!!」
「何とでも言えば良い。その間にもお前の魔力は着実に削がれていく。そこに、ただ一発、ぶち込めば良い」
「グアッ!!」
黒鉄は左手に握った拳銃の引き金を引いた。ドォン!!と火薬が炸裂する音が鳴り、トーヤの右肩に風穴が空く。そして撃たれてひるんだ瞬間、フラガラッハがトーヤの脇腹や左肩など様々な所に突き刺さった。
「ガァアアアアアアッ!?」
刃が貫く時の勢いでトーヤは倒れ込んだ。その拍子にコートの裏に隠していた「最初の一本」が封じられた氷塊が転がり出てしまった。
「しまっ・・・・・・・!!」
「こんな所に隠してやがったのか」
カランカラン・・・・・・と転がり出たそれに近寄ると、黒鉄がゴシャアッ!!と踏み砕いた。閉じ込められていたフラガラッハが解放され、ジャララン!と鎖がもつれる音が鳴る。そして黒鉄は純白の剣を拾い、その表面にこびりついた氷片を払った。
「フン。大方フラガラッハを封じることはできたは良いが、その扱いに困っていた所だろう。だから氷を使えるお前がそれをずっと持っていて封じ続けていたって訳だ。だが、それが裏目に出たみたいだな」
「あ・・・・・ガァッ・・・・・・・」
トーヤに突き刺したフラガラッハがヌチャァーー・・・と粘着質な音を立ててゆっくりと抜かれる。わざとゆっくり引くことで苦痛を与えているのだろう。
だが、トーヤはその1振りの刃をおもむろにつかむ。そして、
「ぐ、ぐううううううう!!」
「なっ!?」
なんと魔力を送り込んで凍てつかせ、自分の体に固定してしまったのだ。パキパキパキ・・・・と乾いた音とともにフラガラッハが青白く輝く氷に覆われる。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・これで・・・・・ようやく1本封じられた・・・・!!」
「フラガラッハをテメェの体に縫い付やがった・・・・・お前、正気か!?」
「正気じゃねぇよ!!」
トーヤは喘鳴をあげながら、よろよろと立ち上がる。
「テメェみてぇな何考えているかわかんねー奴に、常識振りかざしたってしょうがねぇだろ!!」
「!!」
トーヤの叫び声を聞いた黒鉄は目尻をピクピクと引きつらせる。
「ほう・・・・・成る程。お前からすれば俺は狂人って訳だな。・・・・・ならば身を以て知れ!」
険しい顔つきで黒鉄はトーヤの方に手にしたフラガラッハの切っ先を向ける。それに合わせる様に一斉に5振りの剣がトーヤに殺到する。
マナは黒鉄の城の中を駆けていた。彼女の足が城の床を捉える度にじゃっじゃっじゃっと音が鳴る。彼女が走っているところは床や壁一面が凍てついており、所によってはモンスターが氷漬けになっていた。
「すごく寒い・・・・・・・トーヤくん、本当にヘルさんの力を手に入れたんだ・・・・・モンスターさんが全然いないと思ったら、みんな倒しゃったんだね」
周りをよく見ると何らかのトラップが発動したような跡がそこかしこに点在している。モンスターが氷漬けになっていることと合わせると、よほどの激しい戦闘が行われていたと言うことだろう。そしてそれは、ここをトーヤが通っていたことを意味する。
「そうだ、トーヤくんからもらってたんだ。いい加減これを使うのに慣れないとなぁ・・・・」
マナは「通信端末」を取り出して、ネロが解析した内容をもう一度読み返していた。相変わらず「完璧主義者」の側面が掘り下げられていて、それ以外の有益な情報がまともに載っていない。
「うーん・・・・・・・冒険者さんがどんな感じなのかわかんないけど、これがすごいって言うのはなんとなくわかる・・・・・けど」
表示されている「ステータス」がすさまじいのや「スキル」が至れり尽くせりなのは桁数や字面から見て取れる。だが、マナはある事を疑問に思っていた。
「この“同盟国さえも傘下に下らせるために容赦なく牙を剥く”っていう事は、せっかく仲良くなった国とわざわざ仲を悪くしてるって事だよね?なんでそんなことをするんだろう?」
彼女の言うとおり、この情報は「一度同盟を結んだ国を裏切る」事になっている。相手との間に何かしらの確執が生まれたなどの事情があるならば兎も角、総合的に考えて手を組める部分では協力したり利害関係を一致させる方が遙かにメリットがある。しかし彼女の手元にある情報には「まるでそういった事情を度外視して侵略を行っている」ような書き方だ。
「この辺の罠も止まってるみたいだし・・・・・・この転生者さんは何を考えているんだろう・・・」
と思考を巡らせていると、何やら開けた場所に出た。
「あれ、ここは・・・・・・・・・・・」
独り言を口にしていたマナだが、目の前に広がっていた光景を目の当たりにし、思わず口をつぐんだ。
目の前で6振りの剣が突き刺さったトーヤが倒れていた。
「トーヤ・・・・・・くん・・・・・・・・・・・」
「フン、こいつの仲間か」
面倒臭そうに黒鉄は吐き捨てた彼の右手には、トーヤを貫いている純白の剣と同じものが握られていた。
「そんな・・・・・・トーヤくん!!しっかりして!!」
マナは思わずトーヤの元に駆け込んだ。脇腹や胸、腕などを刺された少年は、息も絶え絶えに横たわっている。呼吸は脆弱で、到底意識があるとは考えられなかった。
「そこをどけ。そいつにまだとどめを刺していない。女に手を挙げる趣味は無いが・・・・・・」
「!!」
この瞬間、マナは初めて人に対して「怒り」を覚えた。そばにつき立っていたトーヤの剣を抜くと、両手でぷるぷると手を震えさせながらも構えた。
「やめろおおおおおお!!私があいてだあああああああ!!」
「・・・・・・・・・・・」
今にも泣きそうな彼女の表情を見て、黒鉄はしばし何か思考を巡らせていた。やがて、左手に持っていた拳銃をドォン!!と唸らせた。
「キャッ!?」
バキン!!という音がして、握っていた剣が半ばからへし折れた。黒鉄の放った銃弾が当たり、握られた剣の柄が跳ね上がる。
「その剣はすでに限界を迎えていた。俺の“不壊の鎧”に斬りかかったことで刀身にひびが入り、それをこいつが魔力で無理矢理補強していた。お前ごときが振るったところで何にもならん______もう一度言う。そこをどけ。女に手を挙げる趣味は無いんだ」
「う・・・・・・うう・・・・・・・」
黒鉄に威圧され、マナは尻込みしていた。その手は名残惜しそうにトーヤの剣を握っていたが、刀身が半ばから折れ切れ味も失っているそれは、もはやただの鉄くずにしかならなかった。
しかしそのとき、信じられないことが起こった。
ビキィイイイイッ!!と、黒鉄の下半身が凍てついたのだ。
「え・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・!?」
突然の出来事に黒鉄とマナは息をのむ。なんと息も絶え絶えだったトーヤが上体を起こして、左手を黒鉄の方にかざしていたのだ。呼吸も微弱で見た目にも痛々しい彼だが、それでも立ち上がろうとしているのだ。
「・・・・・・・じゃ・・・・え」
やがて、微かに呻くような声が聞こえると
「そいつに、手ェ出すんじゃねぇえええええええええええええ!!」
かすれた声で、それでも確かにトーヤは叫んだ。
「こいつ・・・・・・まだ起き上がるだけの体力が・・・・・・・」
「トーヤくん!!」
マナは左手をかざしたまま黒鉄をにらみつけるトーヤに、寄り添うように抱きしめた。彼の重心はゆらゆらと不安定で、今にも倒れそうだった。
「なぜ起き上がれたのかは知らんが、まあ良い。“徹底的に”とどめを刺すだけだ」
「だめ!!もうこれ以上この人を傷つけないで!!」
マナは倒れそうになるトーヤを必死で支えながら、黒鉄に訴えかけた。だが目の前に居る「魔王トール」は純白の剣の切っ先をトーヤに向け、一切の慈悲の欠片も無く告げる。
「フラガラッハ、命令だ。“目の前のガキの息の根を止めろ”」
「嫌!!だめ!!」
そして、黒鉄はフラガラッハの柄を放す。そしてその純白の刀身は目の前の少年にとどめを刺すべく、すさまじい速度で_______飛ばなかった。
「・・・・・・・・・・・・?」
フラガラッハはまるで電池の切れた玩具のように、手を放されたその場所から動かなかった。
「なんだ、命令ミスか?もう一度言う。フラガラッハ、命令だ。“目の前のガキの息の根を止めろ”」
しかし純白の剣は、またしても黒鉄の命令を無視した。この反応に黒鉄は苛立ち、声を荒げる。
「おい、いい加減に________」
ともう一度その柄をつかもうと手を伸ばした、そのときだった。
ザシュッ!!と、黒鉄の右腕を肩から切り落とした。




