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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
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中学時代に遡ります

「なぁっ、淳史。例年どおりでいいだろ」

 納得しない男に向かって男子生徒が、説得するように言葉を送った。

 冬の夕日が差し込む教室で、5人の男子中学生と2人の女子中学生が、あどけなさの残る中学2年生の奈津子を囲んでいる。


 奈津子たちは、3年生を送る会の実行委員として、放課後に集まっていた。

 例年なら実行委員といっても、たいしたことをするわけでもない。1、2年生が歌う送別の歌を決めるのとプログラムを作るくらいである。

 プログラムといっても毎年同じようなものなので、曲名を変えるのと、教師の出し物の部分を変えれば出来上がり。あえて実行委員など決める必要もないのだが、生徒数が多かった昔は盛大にやっていたようで、その名残りといった感じだ。

 最近は1学年に1クラスになってしまい、どんな行事も寂しくなってきている。


「そうよ。歌の練習も順調だし、先生たちの何だかよくわからないコントも出来あがったみたいだし、これでOKよねっ」

 椅子に座っている奈津子は、みんなを見上げ、うなずくのを確認した。誰もが押しつけられるように選ばれたメンバーだから、やる気などあるはずもない。面倒くさいというのが正直なところだ。


「じゃあ、後は去年のプログラムの曲名と出し物のところを変えて、印刷して出来あがりねっ」

 奈津子は机の上にある去年のプログラム表を手に取った。

「やっぱり、つまらない」

 さっきからずっと下を向いていた淳史が、急に顔を上げた。

「何が?」奈津子の問いに、

「いつもと同じじゃ、つまらない」

「つまらないって。何が?」

「何って……なんだろう? どうせなら、実行委員として卒業生が喜びそうなものを、かましたいじゃないか」

 淳史の言葉に隣に立つ女子生徒がため息まじりに、「じゃあ、何がしたわけ?」


「たとえば……」淳史は少し考えると、少し興奮気味に「ほら、【天空の城ラピュタ】ってあったでしょ。ハトが羽ばたいて巣から飛び立っていって、少年がトランペットを吹くってシーン。あれ、卒業生が学校を巣立って飛び立っていくって感じでいいんじゃん。よっし、あれやろう!」

「淳史。それ、昨日テレビでやっていた再放送を思い出して、急に言い出しただろ?」

 亮がニヤニヤしながら言うと、淳史は照れ笑いでごまかしている。

「でも、面白そうな気がしない?」

 淳史がニッコリ微笑みながら、辺りを見回した。


「けっこう、面白いかも」

 男子生徒が言うと、すかさず淳史は「だーろ」と相槌を打った。何だかみんなの気持ちが動き始めている。

 奈津子は改めて思った。淳史の笑顔は感染力が強いと。


「ところでアニメのシーンなんて、どうやってやるの?」

 奈津子が淳史を見上げた。

「えーっと……」下を向いて少し考え、手を打って顔を上げた。そして、一段と興奮した様子で、みんなの周りを「こうやって、飛ぶんだよ!」と言いながら、腕をバタバタと振り走り回った。

「えーぇー、やだあ。幼稚園生のお遊戯会みたいでカッコ悪い」

「私も絶対無理!」

「はずかしいよ」

 女生陣から次々とブーイングが起こった。


「わかった。わーかったて」3人を静止させると、「ほら、谷岡と笹島は……そうだ! フルート出来るよな」

 2人の女生徒が戸惑いながもうなずくと、奈津子へと視線を向け、「それでもって、奈津子! 奈津子はピアノ出来たよな」

「まあ、おばあちゃんに教わっていたから少しなら……」

「よっし! じゃあ、これで3人が演奏して、俺がトランペットを吹く。そして4人が羽ばたく。これで決まりと」


 淳史はその後の男子のブーイングを無視して話を進めていく。

「そういえば、奈津子の家にばあちゃんが昔使っていたっていうトランペットあったろ?」

「一応、古いのなら……」

「じゅうぶん、じゅうぶん」

 嬉しそうに納得顔を浮かべる淳史に、男子生徒が、

「それより、なにより淳史。トランペットなんて吹けるのかよ」

「それは……大丈夫! 練習するから」

「練習って。卒業生を送る会まで1週間しかないんだぞ!」

「えっ……んっ、まぁ、奈津子のばあちゃんに特訓してもらうから大丈夫!」

 不安そうなみんなをよそに、堂々と宣言している。




 それから毎日、奈津子の家での練習が始まった。

 築50年を超えた古い建物だが、鉄筋で作りはしっかりしている。それでも音は外に漏れてしまっているだろうが、たいして気にする必要もない。

 ここは閑静な住宅街ではないし、人で賑合わない商店街なのだから。


 普通は夕方の買い物で、商店街というものは賑やかになるものだが、ここは人気店である【ながい】が夕方には売り切れてしまうし、それより何より、地元の人は車で駅の反対側の大型スーパーに行っている。昔あったお店が潰れてしまったのだから、それも仕方のない話しである。

 奈津子の両親がやっていた鮮魚店も……。


 奈津子と2人の女生徒は曲を合わせながら練習をし、亮たち4人の男子生徒はボケーっと胡坐をかいていた。

 下の階からは野太い声や乾いたミット音、サンドバックを叩く重低音、縄跳びのシャープな音と、活気あふれる空気が伝わってきている。練習生たちが今日も汗を流している。

 そんな中、淳史は顔を真っ赤にして、

 プッ、プッ、プー。

 視線が淳史に集中した。

「すごい! あっくん。音出たねぇ」

 艶のある黒髪が若々しく、とても60代とは思えない奈津子のおばあちゃんであるタエが、満面の笑顔で拍手をした。


「すごいって、ばあちゃん。音が出たぐらいじゃ……あと3日しかないんだよ」

 亮があきれ顔で言い放つ。

「亮ちゃん。音が出るだけでもすごいのよ」

「そうは言っても、ばあちゃん……あと3日で曲を吹かないと」

「亮ちゃん。確かに大変なことだけど、なんでも一生懸命にやるのが大事なの。〝本気〟にならないと楽しんだり、悔しんだり、人を喜ばせたりできない。本気になれば、悔しくても、嬉しくても涙が出てくるの。そして笑顔になれるのよ」

 タエは真剣な眼差しで語りかけた。そして、淳史のほうに顔を向けると、「あっくん、もう一度吹いてみて」と優しく微笑んだ。


 淳史が顔を真っ赤にしながら吹き始めた。

 その姿に、奈津子も女生徒たちと練習を再開した。

 淳史の感染力は笑顔だけではないようだ。タエの言葉が加わり、より強くなって亮たちにも感染したようだ。そこには話し合いながら〝本気〟で演技の練習を始めた亮と3人の男子生徒の姿があった。




 3月の声を聞いたが、まだまだ寒さの残る中学校の体育館には、3年生、2年生、1年生と各1クラスが順番に並んで座っている。

 その後ろには、3、40人ほどの近所の人たちも座っている。近頃は空き教室が増え、そのいくつかを近所の人たちに開放し、囲碁将棋、手芸に茶道といったサークルが行われていた。


 女性教師の進行で校長の挨拶から始まり、1、2年生による合唱、教師の出し物と進んでいく。そして、例年なら3年生代表によるお礼の挨拶で、会は終わるのだが……。

 教師の出し物の間は進行役をしていた奈津子だったが、女性教師が戻ってくると入れ替わるように舞台裏へと向かった。


「では、続きまして実行委員による特別演目〝ハトと少年〟です」

 女性教師の紹介に続き、体育館に拍手が起こった。




 舞台裏ではトランペットを抱えた制服姿の淳史に、同じく制服の奈津子と2人の女子生徒、そして白い全身タイツに身を包み、手作りのツバサに、グレーのクチバシといった4羽のハトが円陣を組んでいた。

 淳史が手を出すと次々に手が重ねられていく。そして、顔を見合わせ、

「うっしゃー!」

 気合いが舞台裏から響いた。やがて、拍手が鳴る中、幕が開いた。




 舞台上には、4人の姿がある。

 舞台端のピアノの前に奈津子が座り、その横のマイクスタンドにフルートをかまえた2人の女子生徒が立っていた。そして、淳史は舞台中央のマイクの前でトランペットを手に立っていた。

 やがて、奈津子たちの演奏による静かなメロディーが流れ、舞台袖から両手を精一杯に広げ、真剣な眼差しでハトたちが羽ばたいてきた。


 体育館に笑いが起こった。


 4羽のハトはメロディーに合わせ、それぞれ優雅に舞台上を、やがて舞台を下りて、3年生の周りを舞った。

 その真剣にハトを演じる彼らに体育館は笑いと、そして拍手に包まれていった。温かい笑いと拍手の中、4羽のハトは舞台に戻り、淳史の周りに集まった。


 奈津子がそっとピアノから指をはなし、メロディーは止まった。そして、トランペットをかまえる淳史へと視線を送った。

 体育館からざわめきが消えていく。

 静まりかえる中、淳史がマウスピースに唇を近づけた。


 パッ、パッ、パッパラッパ、パアッ、パパ、パラパッパ――


 たどたどしい音が10数秒流れた。

 音楽にもなっていない音の連なりに戸惑いのざわめきが起こり始めた。


 淳史は真っ赤な顔で立ちすくんでいる。

 重い空気の中、ざわめきがこだまする。

 奈津子、いや、淳史にも、亮にも、他の生徒たちにも重い空気が胸の中に流れ込み、気持ちが下へと向かってしまう。


 亮が淳史に顔を寄せて、何かを囁いた。きっと、やれることはやった、と労りの声をかけたのだと思う。

 淳史は何も答えず、視線を下に向けている。

 亮が奈津子に視線を向けてきて、目で何かを促してきた。奈津子はそれを感じ、軽くうなずきで応え、鍵盤に指を置いた。


 再びピアノの音が鳴り、フルートの音も重なって、メロディーが流れ始めた。

 鍵盤を押す指も、流れていく音も重い。音に合わせて立ち去ろうとする4羽のハトは、羽をもがれ地をはいつくばるような足取りだ。

 その後に続く淳史は――動いていない。


 中央に佇んだままだった。亮たちは気付かずに視線を落したまま、奈津子たちとは反対側の舞台袖に向かっている。

 淳史を見つめる奈津子の視界がくもってくる。

 心が痛い、苦しい。その姿を見ていることの辛さからにげるように、奈津子は瞼を閉じた。たまっていた涙がこぼれ落ちていく。

 そして、指は止まってしまった。

 暗闇の世界にざわめきが広がっていく。メロディーが消えた体育館には冷たいざわめきだけが広がっている。


 淳史のもとに行ってあげなくちゃ。淳史のもとに――舞台にひとり取り残されている淳史を思い、奈津子は瞼に力を込めた。

 そして、視線を淳史へと――「淳史……」


 舞台の中央で、淳史は真っ直ぐと前を見つめている。そして、

「パアッパアーラ、パアーラ、パアー、パッパッ」

 口でトランペットの音を出しながら、メロディーを歌い始めていた。

 奥に見える亮たちが、舞台袖手前で足を止め、唖然とその姿を見つめている。体育館の人々は一段と戸惑っているのか、ざわめきが強くなっている気がする。

 微かに笑い声が漏れ聞こえてもきていた。


 淳史は顔をしかめ、真っ赤になりながら歌っている。いや、トランペットを奏でている。

 奈津子の足が自然と踏み出されていく。他の女生徒も続き、亮たちも同じ気持ちだったのか、淳史に近づいていた。


 亮たちは淳史の後ろに立つと、精一杯翼を振った。奈津子たちも横に並んで、腕をしなやかにはためかせた。

 決して上手い歌でも、すばらしいパフォーマンスでもない。でも、一生懸命だった。本気だった。

 だから――体育館の雰囲気は変わっていた。


 淳史が奏でるメロディーが終わった時、体育館は拍手と歓声を送る人々の笑顔でいっぱいになっていた。

 舞台上では飛びあがって喜び合う笑顔と涙があふれていた。




 ――そして、体育館の入り口には満面の笑顔と涙を輝かせる一人の女性の姿があった。

「あっくん。そして、みんな本当にがんばったね」


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