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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
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今日の潮風は耳にも心地いいです

 奈津子の通勤の友、ピンクの軽自動車が砂埃をあげて、海岸の駐車場へと入った。駐車場といっても、海岸の手前の広々とした空地を利用したもので、とくに舗装などはされていない。

 早朝の今はサーファーの物と思われる車が数台止まっているだけだ。


「あれ? あの原付……」

 奈津子は車を駐車すると、ワンボックスカーで隠れていた原付バイクが目に止まった。

 亮は奈津子の言葉など聞えていないかのように「ほら、トレーニング行くぞ」と車を降り、海岸へ向かって歩きだしている。

 奈津子も急いで車を降り、「ちょっと待ってよ! なんで私も行くわけ」と叫びながら亮を追った。




 やや強めの風が、海から流れてきている。

「ねぇ、なんで私も砂浜を歩くわけ。せっかく出掛けるから髪もセットしてきたのに」

 風でなびく長い髪をなでた。今日は珍しく髪を下ろしている。

「出掛けるっていっても、今日は計量しに行くだけだろ」

「わかっているわよ。いつも一緒に行っているんだから。でも、記者とか来て、写真撮られることがあるかもしれないし」

「あるわけないだろ。タイトル戦でもないんだから」

「亮、知ってる? やるか、やられるかで突っ込んでいく猪突猛進イノシシファイターっていわれて意外と人気があるし、注目もされてきてるんだよ」

「なんだよ、イノシシファイターって」亮は苦笑いし「それに写真を撮られるとしても、奈津子が撮られることはないよ」

「そりゃそうだ」おどけるような照れ笑いを浮かべた後、「でも亮が注目されてきたのは本当だよ」と続けた。

「あぁ」亮はうなずいた。その表情は真剣だった。


 その後は黙って歩く亮に続くように、奈津子も砂浜に目を落としながら歩いた。

 暫くすると突然、亮が立ち止まった。

 奈津子が(どした?)という感じで顔を向けると、亮は一点を眺めるようにして見つめている。奈津子の視線もつられるように動いていった。


「亮! あれ」

 思わず飛び出した奈津子の大声に、亮は軽く顎を引き、歩き出した。一瞬、視線の先の光景に茫然としていた奈津子も慌てて後に続いた。


 桟橋の手前までやってくると亮の足が止まり、奈津子も横に並ぶ形で止まった。波風に乗り、心を熱くする音色が体全体を包んでいく。

 ふと、横にいる亮を見ると桟橋の手前に視線を向けている。そこには桟橋に座り、目を閉じる老婆の姿があった。老婆は視線を感じたのか、目を開き、亮に向かって微笑んだ。でも、それは一瞬で、すぐに目を閉じて、少し体を揺らすようにしながら音の世界に戻っている。


 亮は軽く会釈し、桟橋へと上って行く。奈津子も後に続いた。

 海に、そして、空に向かって高らかに吹き続ける大きな背中に、視界が霞み出してきた。瞬きしたら、その源がこぼれ落ちそうだ。

 奈津子はそっと胸の中央あたりに手を置き、服の下にある自分にとってのお守りを握りしめた。

「ねぇ亮、覚えている? この曲」

「あぁ」亮もこの曲に、何かを感じているのだろう。太陽の光を反射するように目が輝いている。


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