調理場に思いの全てがあります
試合前日の夕食も終わろうとしていた時だった。
亮は食後のデザートとして、ジムで食べたのに続いて2個めのプリンを食べていた。今度のは凍らせていたもので、風呂と夕飯の間に半分解かしておいたものだ。
2個も食べられるのは計量をパスしたその日くらいのものだ。
先に食べ終えた大作が小声で「ごちそうさん」と言って立ち上がった。
その時、いつものようにしゃべりまくっていた明子が、立ち去ろうとする大作に声をかけた。
「おとうさん。明日の亮の試合はテレビでやるからね」
大作は関心がないかのように振り向きもせず、無言で2階に上がって行った。明子はそんな大作を気にすることもなく、別の話しをし始めている。
亮はは分かっている。試合前であろうと無かろうといつもどおりに過ごすのが明子の心遣いだと。
だから、亮もいつものように適当に相槌を打ちながら、テレビを眺めていた。
胸の中で父親のことを思い浮かべながら。
いつも親父はそうだった。俺がボクシングを始めると言った時も、店を手伝うと言った時も、何も言わなかった。店を手伝い始めた俺に、口では何も教えず、黙って自分のマネをさせ、間違っていたらやり直させた。親父はいつも、俺には関心がないように……黙っていた。
「ちょっと、亮。聞いているの?」
「えっ、何が?」
「何がじゃないでしょ。タケちゃんが、また太ったって話よ。タケちゃん、服のサイズがまたひとつ大きくなった、って言うから、もう着られる服なくなるわよ、って言ってやったのよ。そしたら、自分で作るから大丈夫だって。まったく、しょうがないわよね」
「淳史も、おやっさんもよく食べるから」と言って立ち上がり、「ごちそうさん。明日、試合だし寝るよ」
ふと、顔を向けると、笑顔で話していた明子が真剣な表情に変わっている。
「亮。おとうさんはいつも亮のことを見ているわよ。あそこで」
明子が視線を向けた先へと亮の目も向かっていく。
店の調理場。今は仕切りの引き戸が開いているから、暗がりの調理場が居間の明かりで、ぼんやりと浮かび上がっている。
「亮が自分と喜んでくれるみんなのために、全力でボクシングをしているように、おとうさんもみんなに喜んでもらえるよう、一生懸命〝からあげ〟を作っているの。だから、亮が必死にリングで闘っている時、おとうさんも必死に作っているの……からあげを。亮にとってのボクシングが【誇り】であるように、おとうさんにとっての【誇り】があそこにあるの」
亮はぼんやり目の中に映り込んでくる調理場に、子供の頃から見てきた〝からあげ〟を作る姿が浮かんで見えるようだった。
親父はいつもそこで、お客さんのために……そして、俺のためにも。運動会でも何でも、そこに親父の姿はなかったけど、お弁当にはいつもからあげがあった。店を手伝い始めた俺に何も言わなかったけど、何度もからあげを作ってみせてくれていた。親父は、いつだって俺のことを……。
「亮。だから、おとうさんは応援に行けなくても亮のこと……」
亮は、明子を見つめ、言葉をさえぎるようにうなずいた。分かっている。その思いを込めて。




