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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
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彼の音色は力の源です

 8月も終わりに近づいてきたが、今日も朝から太陽はパッチリ目覚め、いきいきとしている。

「亮。今日はずいぶん早いわね」

 台所から野菜をきざむ小気味よい音とともに、明子の声がした。

「試合も近いし、海まで走ってくるよ」

 亮は店への出入り口に腰掛け、シューズを履いていた。居間への上り口でもあるそこには、普段、店で履くサンダルが並んでいる。


「まったく! なんで突然、海なわけ……あっ わかった。あの子、映画かなんかの主人公が砂浜を走ってトレーニングする姿かなんか想像して、カッコイイとか思って、自分をその主人公と重ね合わせちゃっているのよ。もうー単純だから、頭の中は燃える男=砂浜を走る男みたいなイメージなのよ。植村さんが応援に来るってなったら、はりきっちゃってね」

 明子は食卓へと朝食を運びながらしゃべっており、大作は黙って新聞を広げている。黙って何かをしている大作に明子が一方的にしゃべっている。それが、いつもの永井家だ。


 一応、大作に話しているのだろうが、もちろん亮の耳にも届いている。それでも、何も返すことなく、苦笑いを浮かべながら、外へと飛び出した。




 海は轟音をあげながら白く波立っている。

 亮は白い砂浜を軽やかに走っていた。

 ある程度の距離を走った所で、スピードのギアーを切り替えた。腕を大きく振り、砂を蹴り上げる。行ける所まで目一杯ダッシュし、崩れるように砂浜に倒れ込んだ。

 今日も青い空が広がり、強い日差しが降り注いでいる。大きく息を吸うと胸いっぱいに潮の香りが広がっていく。


 夏の終わりでも、もう少し時間が経つと人でごったがえす海岸も、今は散歩の人たちが、ちらほらと見られるだけで、海では何人かのサーファーが波と闘っている。

 ふと、砂浜からのびる桟橋の先がキラッキラッと光るのが目に映った。


 何だか光が気になり、桟橋のほうに歩いていくと、堤防の先に人影がある。さらに近づくと潮風に乗って波とは別の音が、体に流れこんできた。


 桟橋に上ると、ひとりの老婆が目に止まった。白髪を後ろにまとめ、散歩の途中といった感じのラフな格好で目を瞑り、足を投げ出して堤防に腰掛けている。

 亮が真横に行くと、ちらりと視線を送ってきた。

「いいだろ、あの青年のトランペット。ここに響くんだよ」軽く胸の辺りを叩いた。

「はい」

 亮は視線の先にある大きな背中を見つめたまま答えた。

 波風を払いのけ、高らかで軽快な音が鳴っている。


「初めの頃は、ろくに音も出やしないし、やっと出始めても変な音で、まるで騒音だったんだよ。へったくそで、なかなか上達しやしない。でも、あの子は、あの子はね……」

 亮が視線を横へと流すと、老婆の目がしっかりと大きな背中を捉えている。その目が潤んでいるように見える。

「吹き続けているんだよ。毎日毎日だよ。医者はわたしらに健康のために歩け、歩けって言うけど、この歳になるとなかなか外に出るのもおっくうでね。でも嫌々散歩に出た時にあの子を見かけてからは、がんばれ、がんばれって、気持ちで目が離せなくなってね。ほんの少しずつだけど成長する姿が毎日楽しみで。それに……」

 老婆の視線が亮に向かってきた。やや日焼けたした顔に力がみなぎっている。

「今じゃ、こんな婆さんでも、ワクワクして力が沸いてくる」

 亮も全身で、気力が満ちてくるその音を感じている。


 音が海風に溶け込み消えていく。

 音が止むと老婆は「さっ、これで終わりだから」、そう言って立ち上がり、「タッタラー、タッタラー」とリズムを刻みながら楽しそうに去って行った。

 亮も後かたづけを始めた大きな背中を横目に、そっとその場を立ち去った。


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