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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
22/74

高校時代の部活の話です

「わざわざ、大事な試合の前に寄ってもらって、ごめんね」


 淳史が亮とともにジムの前で待っていると、夏服のシャツに下は紺の制服スカートという姿で奈津子が飛び出してきた。

 きっと今日も、朝の忙しい時間の中で、家事をこなしていたのだろう。制服を覆うピンクのエプロンが、朝の慌ただしさを物語っている。


 今日は3人が通う高校のラグビー部が県大会の決勝を戦う日であった。

 そのラグビー部の選手が淳史であり亮である。淳史たちの高校は決して前評判は高くはなかったが、快進撃を続け、この日を迎えていた。

 淳史たち3年生にとったら最後の大会、気合いも半端ない。


 とはいっても、、さすがに今日は気合いや勢いだけで、どうにかなるという相手ではない。

 今までとは桁が違う。全国でも有力校にあげられるほどの高校で、県内では敵無しである。

 チームも絶好調で相手から何十点もの得点をあげ、無得点に抑える完勝でここまで進んできている。今日の試合も彼らにとっては通過点であり、目標はあくまで全国制覇だと思っているに違いない。


「ごめんね、どうぢても、ひと声かけたくて」

 奈津子は改めてそう言った後、真剣な眼差しを向けてきて、「大丈夫。絶対大丈夫だから」

 抑えた言葉が胸に響く。大丈夫、そう思えてくる。


 うってかわって、明るい笑顔で、「そんでもって、楽に行こう」と八重歯を輝かせる姿に、淳史の体に力がみなぎってきた。


「まかせとけ!」と拳を振りあげる淳史に、「おうよ!」と亮が続いた。

「うん。じゃあ、後で応援に行くから」


 奈津子に見送られ、淳史たちは学校に向かった。学校に集合して、バスで試合場に向かうことになっている。

 1年前までは、奈津子もグランドの横にあるテニス場で汗を流していた。でも、今は部活も辞めてしまっている。そうするしかなかったのだ。家事全般をこなさなくてはならなくなったから……。


 奈津子のおばあちゃんであるタエが亡くなってから、伝次郎は居間でぼんやりとテレビを眺めていることが多くなったという。

 目に力がなくなった感じで、ボクシングに対するやる気も失ったようで、ジムも休業させてしまっていた。

 それは伝次郎がスタッフや選手、練習生を無理矢理辞めさせる形で、そうなっているようだ。


 長年トレーナーを続けていたヤマさんにも、俺はもう出来ない、と告げ、無理矢理辞めてもらったらしい。

 完全に年金暮らしの隠居状態よ、と奈津子が寂しそうにつぶやいていた。


 淳史の伝次郎に対するイメージでは、ボクシング一筋といった感じで、ばあちゃんのことなんて、ほったらかしにしているように見えていたから、まさか、こんなふうになるなんて、といった感じだった。




 まぶしい日差しが降り注ぐスタンドは多くの人たちで埋まっている。


 ほとんどの客は全国優勝も狙える〝赤いラグビージャージ〟を応援していた。

 しかし、試合終了が近づく今、会場の雰囲気は変化してきていた。グランドにいる淳史たちも、その変化を感じていた。


 これまでの試合では、試合前半に圧倒的強さで大差をつけ、勝負をつけてしまっていた赤い常勝軍団を、終了間際になってもワントライ、ワンゴール、ツーペナルティゴールの16点に抑えている。

 青いラグビージャージの淳史たちは無得点でも大善戦といえる状況だ。だからなのか、淳史たちのワンプレー、ワンプレーに一般客からも声援が飛ぶようになっていた。


 ひとり、ひとりの力差は確かに大きい。だから、弾き飛ばされても、何度もぶつかっていった。1人がダメなら2人でも3人でもとタックルし、倒されても倒されても立ち上がり、力のかぎり走りまわっていた。


 試合時間もわずかになり、観客から、よくやった、といった感じの同情の拍手が聞えてきた。

 淳史たちの高校の応援団からも、強い相手に善戦し、よく頑張った、という空気が伝わってくる。まるで負けが決まったかのように。


 でも、淳史たちの胸には、そんな気持ちなどまったくない。仲間の目から光も消えていない。そして、もう1人、同じ気持ちの人がいるはずだ。


 レフェリーの短い笛の音が響いた。

 残り15メートルほどでトライというところまで、攻め込んでいた相手チームがノックオンという反則をしたための笛であった。


 試合が止まり、淳史たちは自陣のゴール前に集まった。ここまで戦ってきて体はボロボロであったが、目だけはみんな輝いている。


 視線を上げて、観客席に向けると、そこにもあきらめない姿がある。奈津子が組んだ手を握りしめ、真直ぐな視線を向けてくる。まだ大丈夫、大丈夫よ、そんな声が聞えてくるようだ。


 キャプテンである淳史は、みんなの顔を見渡しニヤッと笑い、「みんないい顔してやがる」

 そして、顔を引き締めると「みんな、このボールを絶対つなげ!」

 淳史は視線を亮に向けた。みんなの視線も動く。亮は気持ちを受け止めるように、しっかりとうなずいた。

 言葉に出さずとも、みんなに思いは伝わっている。


「よーし、いくぞ!」

 天を仰ぎ淳史は叫んだ。

「ウオーオー!」

 両拳を握りしめた男たちの雄叫びが続いた。




 淳史を中心にしたフォワード陣はボロボロの体で、相手の強力フォワードと対していた。

 体格で大きく上回る相手がスクラムを少しずつ押しにかかるが、淳史は必死に〝激〟を飛ばし、みんなも応えてくれて、なんとか踏み止まり、少しずつ足元のボールを後ろに下げていた。

 そして、出されたボールはバックス陣へと回された。相手の鋭いタックルが次々と襲いかかってくる。

 しかし、傷だらけの仲間が気力で、必死にタックルに耐え、思いのこもったボールをつないでいる。


 口に出して言ったわけではないが、大会の初戦から、誰もが思っていたはずだ。


 亮につなごう! 


 そうすれば何とかなる。それが淳史たちの団結力の源だ。


「亮! 行け」

 激しいタックルで倒れる寸前の仲間が、必死の形相で亮へとボールを送った。3年間一緒に汗と涙を流してきた3年生の意地のパスが亮に――

 

 サイドライン際を走り込んできた亮が、しっかりとボールを受け止めた。


「行け! 亮」

 淳史は叫んだ。


 ボールを握りしめた亮がスピードに乗っていく。

 だが、マークされ何度もつぶされてきた亮の動きは重く見える。気持ちだけで前に向かっている感じだ。


 淳史たちも体勢を作り直し、亮を追いかけるように走り出していた。

 相手は亮につなぐことを読んでいたのか、束になって襲いかかろうとしている。

 動きの重い亮の足にタックルが――


「亮!」


 淳史は大歓声を打ち消すような声が聞えた気がした。

 走りながらも視線を向けると、奈津子が立ち上がっている。奈津子の心からの叫びが淳史の胸、いや、亮の胸にもきっと。


 亮の動きが変わった。サイドステップで突っ込んできた相手を舞うようにかわした。ライン際から中に切り込み、相手の間をすり抜けていく。3年間をともにしてきた淳史でも見たことのない、鋭い踏み込みと柔らかい動きで次々と相手選手をかわしていく。


 そして、亮は誰もいない別の世界を独走し、ゴールラインを越えて飛び込んだ。


 スタンドは目の前で起こった出来事に度肝を抜かれたのか、一瞬沈黙した後、大歓声に包まれた。


 その後、ゴールキックも決まり、喜ぶ選手たちに淳史は声を飛ばした。「次、いくぞ!」

 泥だらけの選手たちから「おっしゃ!」と力強い声が返ってきて、試合は再開された。


 しかし、相手チームが大きく外にボールを蹴り出した瞬間、レフェリーの長い長い笛が鳴り響いた。

 淳史は崩れ落ちた。目からは涙が溢れてくる。スタンドからは大きな拍手が聞えてくる。




 ――ある寂れた商店街のボロボロジムの奥からテレビの音がしていた。

 孫娘に地方放送の番組を絶対見るように念を押され、寝転がりながら、なんとなく眺めている。

 ぼんやり眺めていた男だったが、その目はしだいに輝いていき、あるシーンを見た瞬間には、背中を駆け抜けた衝撃に目を見開いて立ち上がっていた。そして、暫くの間、茫然と立ちつくしていた。


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