いい汗が飛び散っています
木下ジムのリング上では亮の汗が飛び散り、リングサイドからはヤマさんの声が激しく飛んでいる。
そんな様子を淳史は、ジムのすみのほうで見ていた。
スパーリングをやると聞いて、いてもたってもいられなくなり、夕方の配達帰りに直行で覗きにきていたのだ。
きっと、奈津子も早引きしてきたのだろう、ヤマさんと一緒にリングサイドから「あと、1分!」と声をかけている。
手には首からぶら下げたストップウォッチを持っている。
「亮! もっと体を振って、足をつかって前に出ろ! よーし、いいぞ!」
ヤマさんの激に応えるように、ヘッドギアーをつけた亮が、同じくヘッドギアーを付けた相手を強烈なパンチと動きで圧倒していた。
淳史の斜め前には伝次郎が立っており、隣に立つ靴屋の老店主と言葉を交わしながら、前を見つめている。
「なかなかいいフットワークするんだね。試合だと一直線に相手に向かって倒すって感じだけど」
老店主が言うと、伝次郎は、
「あぁ、確かに亮の魅力は突進力とパンチ力だけど。本来、柔らかい足首と柔軟な筋肉から生まれる天性のスピードとバネがあるんだよ。エンジンでいえば、排気量はとてつもないんだけどね。でも、試合だとどうしても力が入って前へ前へだけになっちゃうんだよ。もし、〝あの時〟のように天性の才が爆発すれば、エンジンが全開になるんだが」
伝次郎の言葉を聞いて、ある光景が淳史の頭に浮かんできた。伝次郎が亮をボクシングに誘うきっかけになったという、あの時が――




