リス顔にピンクはやられます
「えぇ、まず木下奈津子という21歳独身、容姿最高、性格最高のボクシングジムの孫娘がライダーさんを紹介します。ちなみにこのジムは現在、選手は隣のこいつだけです」
テントの下で、亮と淳史が並んで座り、長机を挟んでライダースーツに身を包んだ茶髪の男が座っている。
机の上にはライダー仮面が置かれている。亮たちのドデカ頭はテントの片隅で寂しそうに佇んでいる。
ライダーのスーツも仮面も、テレビで放映されていた物の精巧なレプリカでよくできた物である。ただ、難点が一つある。それは、予算の関係で現在放映中のライダーではなく、放送が終了したライダーの物であるということだ。
でも、一昨年は大人気のライダーだったらしいから、「大丈夫だ」と淳史は太鼓判を押している。
「おい淳史、ジムのことも奈津子が好きですという告白も、いま要らないんですけど」
「なっ、なっ、なに言っちゃているの亮君、俺がいつ奈津子をすっ、好きだなんて」
たださえ汗が滲んでいる顔から、大粒の汗が吹きだした。淳史の夏の必需品、タオルが大活躍である。
「まぁ、いいからショーの説明を続けてよ」
亮はニヤケながら先を促した。
「んっ、んっ」わざとらしい咳払いをして「それでは続けさせていただきます。ライダーさんの紹介の後、わたくしブラックモンキーとブラックベアーのこいつが登場し子供たちにからんでいきまして、適当なところでステージに戻りますので、我々をやっつけちゃってください」
ショーの説明をする淳史に対し、20歳そこそこの茶髪男は手にしている煙草を弄びながら、適当に頷いている。
そんな姿に亮はイライラが沸き上がってきていた。だが、淳史がキレてしまわないかのほうが心配だった。
横顔から笑顔が消えている。
普段は見た目どおり温厚な淳史だが、曲がったことや間違っていることには、亮よりも先にキレてしまう。そんな熱い男であることを知っているから、引きつりだした淳史の顔にヤバさを感じていた。
とその時、救いの女神が。
「お疲れ!」
聞えてきた明るく弾んだ声に救われ、ほっと息をついた。
長い黒髪をポニーテールにし、ヒロインのようなビニール製のピンク衣裳を着た奈津子が、小さな体を弾ませながらテントに現れた。口元に見える2本の前歯は少し大きめで、小さい体とあいまって、リスのイメージがピタリとくる。
奈津子はタイツ姿の亮と淳史を見て、「似合ってるかも」と言い吹きだした。笑顔になると白い一本の八重歯が姿を現す。
奈津子もひと回りし、「どう? 安物だけどかわいい?」とピンクのフレアスカートの裾をもって、首を傾けるようにして言った。
ピッチリとした衣裳の奈津子を、下から舐めるよう見た2人は顔を見合わせ頷き合い、「いけてるー」と同時に親指を突きだした。
すると奈津子のⅤサインが迎えてくれた。
突然、淳史が両手をあげ、奈津子を襲うようなポーズで、
「我々がこの街に現れた悪、ブラックモンキーと」
亮がその姿をニヤケながら横目で見ていると、脇腹が突っつかれ「ブラックベアーだろ」と囁き声が聞こえてきた。
亮は慌てて「ブラックベアーだ」と言って、横を見ながら淳史と同じポーズを決めた。
奈津子は「ばっかじゃないの」と言いながら楽しそうに微笑んでいる。ふと彼女の視線がパイプ椅子に座っている男へと向かった。
男は携帯電話を手にし、(くだらねぇ)という感じで鼻で笑い、画面上の指を動かしている。
「木下奈津子です。司会をしますのでよろしくお願いします」
大きめの声をだし、お辞儀をする奈津子に、男はチラッと視線を送って顎を軽くつきだした。
視線はすぐに画面に戻っていく。
奈津子は、あれあれ、といった感じの苦笑いを亮たちに向けてきて、気を取り直すような明るい声で、
「こっちの準備できたけど、昨日の打ち合わせどおりでいい?」
亮は男の態度にいらつきながらも、「OK」と答えた。だが、淳史は鋭い視線を男に向けたままだ。ぷよぷよほっぺが微かに波を打っている。
亮はあえて明るく、そして、声を大きくして、「よっしゃ、淳史、取りあえずいつものやつでも」
その声に反応し、向けられた顔は恐いほどにひきつっている。
亮は小さく頷き、笑顔を作って見せた。
一瞬の沈黙。
「おっし!」
吹っ切るように声を上げた淳史の表情が緩み、手がだされた。
亮と奈津子の手が重ねられていく。
顔を見合わせ頷くと同時に、「うっしゃー!」と気合いの入った声が響き、重ねられていた手は、拳となって天に向かって突き上げられた。
男がギョッとしたような顔を向けてきたが、すぐに自分の世界に戻っていった。