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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
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音色とは素晴らしい色です

 係員は扉に手を掛けたまま、戸惑いの表情を浮かべている。


 奈津子たち3人は扉から少し離れた所に立っていた。伝次郎とヤマさんは、もう一歩離れて、腕を組んで状況を見守っている。

「亮、大丈夫かな?」

 淳史が不安いっぱいの顔を亮に向けた。これから試合をするのが、どちらか分からないという表情だ。

「何言ってんだよ。昨日も言ったろ。堤防のおばあさんの話。淳史の演奏に喜んで応援してくている人がいるってこと」

「そうよ、淳史」奈津子の声が続いた。


 奈津子は昨日の計量の帰りに、突然亮から、入場には淳史も一緒にという話を持ちかけられていた。そして、入場の仕方についても。

「どうかなぁ?」と聞かれた時、2つ返事で賛成した。運転中でなければ、拍手を送りたかったくらいだ。


 奈津子たちの声を聞いても、淳史の表情は変わらない。

 奈津子は両腕を伸ばすと、掌で淳史の頬を挟んだ。

「淳史! 大丈夫」

 まっすぐ見つめてそう言うと、ニッコリ微笑んでみせた。

 淳史の表情は硬いままだが、挟まれた顔でうなずいてくれた。


「よーし、淳史! いつものやるぞ」

 亮がグローブをはめた手を出し、奈津子が続いた。

「おーしっ、やるか」

 吹っ切れたのか、吹き飛ばそうとしたのか、淳史の張り上げた声も続いた。


 3人の手が重なった。


 奈津子は視線を背後へと送る。腕組みの2人はこっちを見られてもという表情だ。それでも、近づいてきて、手が重ねられた。

 うなずき合った3人が「うっしゃー」と雄叫びを上げ、やや遅れて2人の男の戸惑い混じりの声が続いた。


 さあ、出陣。扉へと向かう。


 奈津子は胸元にいつもあるネックレスを、Tシャツの内側から外へと出した。そして、ネックレスの先にあるリングを握りしめた。






 明子が見つめる先は、沈黙が続ている。

「どうしたんだろうな」

 ざわめきの中、隣に座る武史の不安げな声が聞えてきた。


 亮……。


 明子が胸の中でそうつぶやいた時―――バンッ

 扉が開き、大きな男がライトに照らし出された。

「何で……」

 隣の武史から戸惑いと困惑の入り混じった声が漏れてくる。明子も驚いたが、それ以上に武史が驚いているようだ。


 確かに淳史は、車を止めたら、控室を覗いてくるとは言っていた。でも、まさか、一緒に入場してくるなんて……。

 淳史の頬が膨らみ、トランペットから音が鳴り響いた。

 胸をつく高らかな音が響きわたる。

 音色が明子の体を駆け抜け、会場を包み込んでいく。


 拍手喝采の中、膝辺りまである青くて長いハッピをまとった淳史が、トランペットを奏でながらゆっくりと歩き出した。

 続いて亮が前の大きな背中から生み出される音のエールを、噛みしめるように口を結び続いている。

 次に口を真一文字に結んだ伝次郎とヤマさん、そして、列の最後方には前を歩く男たちを見つめる奈津子の姿がある。その目は潤んでいるのか、何だか輝いている。

 お揃いのハッピに身を包み、誰もが勇ましい姿で歩いている。


 あのハッピはデビュー戦で惨敗し、2戦目から入場時に身に着けるようになった。

 その2戦目の後の内輪だけの祝勝会で、奈津子が明子に漏らしたことがあった。

 奈津子は入場の時に武史が作った揃いの青いハッピを着ると聞いて、頑なに抵抗したらしい。どうやら、ハッピを着た姿が中途半端な祭りのようで相当嫌だったようだ。恥ずかしくて仕方がなかったとぼやいていた。

 特に、後ろにデカデカと書かれた赤字の〝立見魂〟がダサくて何より嫌だったようだ。でも今は前を歩く4人の立見魂とともに、胸を張って堂々と歩いている。


 明子たち一団も同じハッピに身を包み、どんな声援にも負けない声を張り上げていた。背中にはデカデカと刻まれた立見魂を背負いながら。




 ――青い集団から少し離れた席には笑顔で手を叩く老婆の姿があった。


 青年よ! 大歓声に包まれた、あんたのトランペットも最高だよ。人生の楽しみを増やしてくれたあんたに感謝だよ。

「ありがとう」


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