出陣です
「じゃあ、行ってくる」
靴を履き終えた亮が、台所で後片付けをしている明子に大声を投げかけた。明子がすぐに居間を通って駆け寄ってきた。
「ほれ、亮!」そう言うと亮を後ろ向きにさせ、背中を叩くと力を込めて押し出した。
小さい頃から、いつも変わらない。幼稚園の発表会の時も、運動会の時も、部活の試合の時も、明子は気持ちを込めるように亮の背中を軽く叩き、そして、前と押し出してくれていた。
亮は大人になった今でも、試合に行く時はいつも、そうされることが何だか子供っぽくて気恥かしく感じていた。
でも、今でもこれをされると安心し、力が沸いてくるのは変わらない。そして、もうひとつ昔と変わらないことがある。父親である大作は亮の行事に参加することも、声をかけてくることもない。
今日も大作は亮に目を向けることもなく、黙々と仕込みをしている。
子供の頃、泣きながら「運動会を見に来てよ」と頼む亮にも、「店がある」と言い、それで終わりだった。
いつも、見守ってくれるのは明子だけだった。そんな明子がいつも言っていることがある。
いつかは亮にも分かるから。
黙々と手を動かし続ける大作を横目に、亮は店を出ようとした。そこに明子の声が飛んできた。
「いってらしゃいー」
いつもと変わらない明るい声。あえて〝かるーく〟声をかけてくれる。まるで散歩に行くのを送り出すように。
でも、亮は知っている。振り返れば、そこには祈りを込めながら、力強く両手を握り合わせる姿があることを。




