桟橋に戻ります
奈津子は亮ともに、ゆっくりと桟橋の上を歩き、大きな背中の後ろで立ち止った。
暫くすると音色がやみ、奈津子の耳元をささやかな波音が通り過ぎていく。
「淳史」
亮が静かに問いかけると、淳史の背中がピクリと動き、振り返った。
「なんで……」
淳史の亮へと向かった視線が、奈津子のほうへと動くと、戸惑いからか慌てた様子で、
「なっ、なんで、奈津子泣いちまってんだよ」
「淳史、がんばったんだね。この曲、吹けるようになったんだね」
涙で声がかすれてしまう。
「いや、なんていうか、ほら」、淳史は照れからか、遠慮がちに、「せっかく、ばあちゃんにトランペット貰ったのに中途半端にやめちゃったから」
さらに視線を下に向け、ぼそりとつぶやくように、「亮が一生懸命ボクシングしているのを見ていたら、なんとなく始めたくなっちゃって」
奈津子には、淳史の気持ちが溢れるほどに伝わってくる。だって、ちっちゃい頃からいつも一緒だったんだから。同じ思い出がたくさんあるんだから。
「練習したね。いっぱい、いっぱい練習したんだね」
涙が流れるのに、顔は自然と微笑んでいく。隣の亮も、淳史がどれだけがんばったのか、しっかり感じている。だから、亮の目だって潤んでいる。
きっと奈津子たちの思いが伝わったのだろう。そして、あの時を知る3人の曲への想いも重なったのだろう。淳史の目からも涙がこぼれ落ちそうだった。
突然、淳史はトランペットを横に置き、海へ――ボッシャン!
大きな水しぶきが上がった。淳史の涙が海へと溶け込んでいく。
奈津子は驚きながら視線を向けると、淳史は亮に向かって叫んだ。
「亮、こいよ! 気持ちいいぞ」
「ちょっと、淳史何やって――」
奈津子が淳史に向かって、声を張り上げていると、それをさえぎるように――パッシャン!
「ちょっと、2人とも!」
奈津子の声など聞こえないかのように、海ではしゃぎ合っている。何だかこっちまで楽しくなってきて、奈津子にも笑顔が広がっていた。
「あっ」奈津子は大切なことに気付いた。
すぐに亮に向かって声を張り上げた。「亮! 大変、計量に遅れちゃう!」
――砂浜を歩く老婆が振り返った。
海で、はしゃぐ2人と桟橋の笑顔を眺め、「青春だね、若者たち」
彼女は楽しげに弾みながら歩き去っていった。




