夏の野外で全身タイツはきついです
夏が暑いのは当たり前だ。しかし、この暑さは尋常じゃない。真夏の太陽が主役は俺だとばかりに、嫌になるくらいハリキっている。
今日は立見総合公園で夏祭りが行われている。
テキ屋といわれる業者のほか、町内ごとに屋台などの出店もある。そして、祭りには町内の商店街に暮らす永井亮と池田淳史の姿もあった。
例年だと商店街は合同で屋台を出していたが、今年は祭りの日程が決まると突然、淳史が「俺たち青年会で何かやって、祭りを盛り上げようぜ」と言いだし、あれよあれよという間に【ヒーローショー】ということになってしまった。
淳史にいわせると、祭り=子供、子供=ヒーローということらしい。
完全に自分目線の思いこみだが、あまり興味のない亮が適当に生返事を繰り返しているうちに、こんな状況になっていた。
ちなみに、青年会は亮と敦、そして、もうひとりいるだけである。
「あぁ、あちぃ」
亮の口から吐息のように言葉が漏れた。
日よけの白いイベントテントの下にいるのだが、熱が四方八方から襲いかかってくる。しかも、あろうことか全身黒タイツ姿なのだ。
亮は額に汗をにじませながら、長机を挟んで向かいに座る淳史に声をかけた。
「ところでさあ、何で熊なんだよ」
「あれ? 猿のほうがよかった?」
おどけた調子で切り返してきた淳史も、暑さで顔を真っ赤にしている。大きな体を無理矢理ねじこんだ茶色の全身タイツははちきれそうで、脇や首元は汗で黒ずんだシミができている。
坊主頭でやつれて見えるほどの細面の亮に対し、丸顔童顔の淳史は熊のような体をしている。2人ともに21歳なのだが、暑さでパイプ椅子にぐったり沈み込んでいる。
「そういうことじゃなくて。なんでスーパーヒーローの敵が熊と猿なわけ」
亮の気だるげな問いに、タオルで顔を拭きながら淳史が、
「しょうがないっしょ。この前も説明したように予算がなくてライダーさんしか呼べないの。だから、敵役は俺たちがやるしかないの」
2人の間にある長机の上には、2つの大きな頭がズシリと鎮座している。
「だから、そういう問題じゃなくて、敵が熊と猿って……おかしすぎるだろ。しかも、ピッチリ全身タイツにかわいい顔のデカ頭はないでしょ。悪者というよりヘンテコキャラクターだよ」
「それもしょうがないの。予算がなくて昔に商店街の宣伝で使った熊と猿の着ぐるみしかなかったんだから。しかも頭しかないから、タイツは安売りの殿堂さんでやっとそれらしいの見つけてきたわけだし」
亮は自分の体へと視線を向け、想像してみた。ピッタリとした全身タイツに、ドデカイ頭を乗せた姿を。
そのアンバランスなヘンテコ姿に思わず溜息が漏れた――こんなんで大丈夫かよ。
「なあ、これってやっぱおかしすぎるよ。それよりなにより、こんな可愛い顔をした敵をやっつけるんじゃ、子どもたちだって応援もしにくいだろうが。あと、来てもらうライダーの人も嫌がるんじゃないの。ちゃんと、その辺りを説明してあんの?」
「あぁ、それな。敵については、ノン説明」
「おいおい、マジか。絶対怒りだすぞ」
「大丈夫、大丈夫。ライダーの人はとりあえず何でもやってくれるって話だし、子供たちは、この立見商店街青年会から選抜された俺たちの演技でカバーすれば問題なし」
淳史は力こぶを作り、胸を張っている。ピチピチではちきれそうなタイツから苦情が聞えてきそうだ。
「選抜されたって……青年会っていっても3人しかいないし。しかももうひとりは奈津子だし……」
亮と淳史、そして、同い年の木下奈津子が暮らす立見商店街は、すっかりシャッターが目立つようになっていた。そこで亮の家はカラ揚げ専門店、淳史の家は洋品店、奈津子の家は亮が通うボクシングジムを経営している。
「ところでさあ、どうみても配役はお前が熊で、俺が猿だろ」
体つきもそうだが、顔も猿顔の亮に対し、淳史は愛嬌のあるクマさん顔をしている。
「しょうがないべぇー、特大のタイツが茶色しか売ってなかったんだから」
特大であってもピッチピッチに引き伸ばされている。
「淳史、ひと言いっていい? 太りすぎ!」
「うっせいー、俺をそんじゃそこらのおデブちゃんと一緒にするなよ。なぜなら俺は4500オーバーで生まれた、生まれもってのデブ。そこいらのおデブちゃんらとは違う。親から代々受け継がれし〝老舗の歴史的デブ〟なのだ」
両方の拳を脇腹につけ胸を張り、ビシリと決めたドヤ顔をしている。
「よくわかんないけど、要するにずっとおデブちゃんってことね」
亮のそんな言葉など、耳に入っていないかのように胸を張り続けている。
ポーズを崩した淳史は、「まっ、そういうことでやるしかないんだから頑張りましょうや」と大汗を滲ませながら、「そろそろ主役のライダーさんを呼んでくるから」とテントを出ていった。
テントのすぐ近くにライダーが待機しているワゴン車がある。普段は淳史の父親武史が、商品の運搬などで使っている車である。
今、車からはエンジン音がしている。助手席側のドアを淳史が開けると、亮の視界には耳にイヤフォンをし、倒した座席に身を沈める男の姿が映った。
排気ガスを撒き散らしながら、冷房のきいた車内で音楽でも聞いていたのだろう。
この男と今日、ヒーローショーをすることになる。