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年下の女の子に英才教育を施したらとんでもない秀才が誕生した

作者: 丸山新

初投稿になります。

拙い文章ですが、お読み頂ければ幸いです。


※6月17日、現実世界、恋愛部門で日間ランキング入り致しました。

 



 8月の下旬のある日。


 空には大きな入道雲が浮かび、未だにしぶとく鳴き続けるセミの鳴き声が響く中、2学期の始まる始業式を一週間後に控えた俺は、夏休みをぎりぎりまで遊びきろうと、ゲームに励んでいた。



 うわあ、そこでアイテム使うか!? 勿体なっ! そこはとっとけよ!!

  


 パーティーを組んだ相手に文句を言う。


 その時、玄関のベルが鳴った。



 なにか頼んだっけなぁ、あんまり記憶ないけど。



 玄関のモニターへと向かい、通話ボタンを押す。


 すると、二十代と思われる女性がモニターに映った。モニター越しでもわかる程のかなりの美人だ。



 モデルさんだろうか? だとしたらうちになんのようで? 



 疑問に思いながらも、モニターの通話ボタンを押して、対応する。


「はい」


『昨日、隣に引っ越しました、篠崎です。ご挨拶に来ました』


「すぐに出ます」


 丁寧な言葉遣いで答えた女性に対し、だらしない格好で、出て行くわけにもいかず、急いで薄めの上着を上から羽織り、急ぎ足で玄関へ向かう。


 玄関に出ると、さっきモニターに映っていた女性と小学校低学年くらいだと思われる、小さい女の子が立っていた。


 女の子はおどおどしており、どこかでころんでしまいそうに見えた。


 女性は出て来た俺を見て、出てきたのが、大人ではなかった為か、また次の機会にしようかという躊躇いが見られたが、

 すぐに、


「篠崎香織です。ご迷惑をお掛けすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。」


 と丁寧に挨拶した。


「凛堂樹です。こちらこそよろしくお願いします」


 俺も無難に返事をしておく。


 すると、香織さんは女の子に、ほら、あなたもご挨拶しなさいと催促し、女の子は緊張した面持ちで口を開き、


「しのざきかなみです。よろしくおねがいしましゅ。」


 最後の最後で噛んでしまって、顔を真っ赤にし、俯いてしまった。

 か、かわいい。

 なごんだ雰囲気に微笑ましく思っていると、


「あれ、おにーちゃんだれか来てるの?」


 不意に、後ろからぺたぺたと歩きながら、1人の幼女が声をかけながら、歩いてきた。


 かなみちゃんとは違い、元気いっぱいな女の子で、活発に活動するアウトドア派の小学一年生で、名前を凛堂栞という。

 俺の妹だが、最近は元気がありすぎて、正直ちょっとうるさい。公園にでも行って遊んできてほしい。


 栞は香織さんとかなみちゃんに気付くと、


「このひとだれ? なまえはなんていうの?どこからきたの?もしかしておひっこししてきたの?」


 矢継ぎ早に質問を浴びせてきたので、なにから答えるべきか混乱していた所を、


「私の名前は篠崎香織よ。お隣に引っ越してきたの。こっちが娘の香奈美。あなたのお名前を教えてくれる?」


 と、助けてくれた。


「わたしのなまえはりんどうしおりです。しょうがっこういちねんせいです。」


「一年生かー。じゃあ、うちの香奈美と同い年ね。なかよくしてね。ほら、栞ちゃんにも挨拶」


 香織さんは栞ちゃんに挨拶の催促をすると、かなみちゃんはびくびくとしながらも、ぺこりと頭を下げた。


「よ、よろしくおねがいします……」


「よろしくね、かなみちゃん」


 香織さんは満足したように、うなづくと、つまらないものですが、どうぞとお菓子を俺に渡し、ご両親にもよろしく伝えてくださいと言い残すと、かなみちゃんを連れて、去っていった。


 かなみちゃんかーうちの栞と仲良くできたらいいなぁ……。




 この出会いがこれからの人生を大きく変えてしまうことをこの時の俺はまだ知る余地もなかった。


















 ######















 それから二週間後、2学期が始まって一週間が経った。


 部活には入っていないため、まっすぐに帰宅すると、遊んで帰ってくる栞と仕事帰りの両親のために夕食をつくる。


 今日は栞の大好物のカレーでもつくろうかね。

 料理の準備をしていると、ピンポンと玄関のベルが鳴る。



 あれ、栞が帰ってくるの早いなぁ。



 不審に思いながら玄関を開けると、そこに立っていたのは、香織さんとかなみちゃんだった。


「今、ご両親はいらっしゃいますか?」


「いえ、いないですけど、もう少ししたら母が帰ってきます」


 何をしに来たんだろうか。


「あの、今日は何のご用件で?」


「急に押し掛けてすみません。もしよければ樹くんのお母さんを待っていてもよろしいでしょうか?」


「え! で、では、こんな所ではなんですから、どうぞ上がってください」


 香織さんはすみませんと申し訳なさそうな顔をして、俺が勧めたリビングの一席に座った。

 その横にかなみちゃんが座る。


 何のおもてなしもないのは失礼に当たると思い、お菓子とお茶を用意した。


 時計を見ると、もうすぐ栞が帰ってくる時間だった。

 夕飯をそろそろ作らなくてはいけない。


「すみません。もうすこしで栞が帰ってくるので、少し料理に戻ります。なにかあれば言ってください」


 その時、ぐぅぅぅという音が鳴って、何の音だろうと見ると、かなみちゃんが顔を赤く染めうつむいていた。


 わかりやすくて、とってもかわいい。

 おなかが空いたまま待たせるのはかわいそうだな。


「もし、よければ夕食ご一緒しませんか?」


「え、いいんですか!?今日は何にも用意してなくって外食にしようと思っていたんですけど」


「ええ、大丈夫です。腕によりをかけて作りますよ。アレルギーとかあります?」


「私も香奈美もないです」


「そうですか。すぐに出来ますから、少し待っていてください」


 キッチンに戻るとカレーを作り始める。


「ただいまー」


 作り始めて5分ほど経った所に、栞が帰ってきた。

 かなみちゃんと香織さんの姿に気がつくと、駆け寄ってきて、


「え、きょうはどうしたの?なんでかなみちゃんがここにいるの?ゆうはんはなに?いつできるの?」


 と、また質問を連続で浴びせかける。


「なにかママにお話しがあって来たんだって。かなみちゃんたち、お腹すいてるから、一緒に晩御飯たべるよ、あと10分くらいで出来るから、ちょっと待ってて」


 俺もそれに答えるように全てに答えると、すぐにキッチンへと戻る。


 10分後、完成した料理をリビングに持っていき、テーブルに並べた。


「「「「いただきます」」」」


 そう言って、食事を始める。

 栞はバクバクと食べ始めるが、かなみちゃんはゆっくりと食べ始める。

 とても対照的だ。

 香織さんはというと、一口、口に運ぶと、驚いたように目を広げた。


「樹くん、これってもしかしてあさり?」


「ええ、そうですよ。お口にあいませんでしたか?」


「いいえ、そんなことはないわ。とてもおいしい。あさりってカレーに合うのね」


「そう言ってもらえて嬉しいです」



 皆があっさりと食べ終わり、食器洗いをする時に香織さんが手伝おうとしたが、お客だからと断った。


 落ち着いてから、席に座る。


「今日学校どうだった?」


「みんなとドッチボールをしてたのしかったよ」


 栞とありきたりな会話して、母さんが帰ってくるのを待つ。


「そういえばかなみちゃんの話、聞かないけど一緒に遊ばないの?」


「あ、そういえばうちのクラスにはいないね。クラスがちがうんだね。」


「そのことなのよ」


 香織さんが困った顔をして、かなみちゃんに目を向けた。


「樹くんのお母さんが帰ってくるまで時間がありそうだし、少し話すわね」


 そう前置きして話始めた。


「うちは主人と私両方とも働いているの。だから家に帰るのも毎日遅くなるし、子供は香奈美1人だけで家で待たせるわけにもいかないから、学童に行かせていたんだけど、この子は見ての通りの恥ずかしがり屋だから人と接するのが得意じゃないのに、転校生ってだけで沢山の人に話かけられるのが怖いみたいなの。だから、学童にはもう行きたくないってこの子が言いだして、それで……」


 その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいまー、あー疲れた疲れた……、あれ、誰か来てるの?」


「うん、前言ってた隣に引っ越してきた、篠崎香織さんとかなみちゃん」


 香織さんは慌てたように席を立ち、母さんに


「押し掛けるような形になってすみません。今日はお願いがあって参りました」


「いえいえ、とんでもないです。そんなにかしこまらないでください。どうぞどうぞくつろいでいってください」


 母さんは少しだけお待ち下さいと言い残し、部屋に駆け足で戻った。


 数分後、荷物を置いたお母さんが戻ってくると、皆が席に座り話し合いが始まったのだが、香織さんが衝撃的な発言を凛堂家に見舞った。


「単刀直入にお話しします。香奈美を預かってくださいませんか?」


「「は??ええええええぇぇぇぇ!!!!!」


「「いやいやいやいや、それはちょっとおかしくないですか!?」」


「厚かましいとは思いますが、どうかお願いできませんか?もちろん香奈美が学校から帰ってきてから私が帰ってくるまででいいです。休日までは結構ですので」


 そしてその後、俺達に話したかなみちゃんについて、母さんに話した。

 俺と母さんは互いに顔を見合わせた。


「ええっと、私の家も共働きなので、かなみちゃんの相手は樹と栞だけになりますよ?それでもよろしいのですか?」


「もちろん大丈夫です。挨拶といい、礼儀といいよくできた息子さんですね」


 お世辞だというのは承知の上だが、母さんは少し嬉しそうにしていた。

 俺は面と向かって言われたので、照れるしかなかった。


「おにーちゃんてれてるー」


 ちょっとうるさい、栞。


「さきほど、樹くんのつくったカレーを一緒に食べたのですが、とても美味しかったです。ですので、料理に関しても問題ないと判断しました。もちろん香奈美の世話にかかった費用はこちらが全て負担いたします。どうかお願いいたします」


 母さんは香織さんの嘆願を聞くと、こちらに向きなおった。


「私としては問題ないわ。後はあなたが決めなさい。嫌なら断ってもいいし、やるのなら全力でしなさい。私は精一杯力になるから」


 その場にいる皆がこちらに注目している。

 当然だ。俺の判断で決定するのだから。



 俺はどうするのだって?


 そんなの決まっているじゃないか。



「そのお話、お受けします」
















 ######
















 その次の日、いつものように、いの一番に帰宅した俺は家で夕飯の用意に勤しんでいた。


 そして、玄関のベルが鳴る。

 おそらく、栞とかなみちゃんだろう。


 栞には今日、かなみちゃんと一緒に帰ってくるように頼んでいたのだ。

 まあ、ほとんど初対面の年上の男一人の家になんて入りづらいだろうしな。


 実際、昨日俺が話を受けた後、何度か話かけようとしたのだが、とまどうばかりで俺と話してはくれなかった。


 ま、まあ仕方ないよね。俺、会ってまもないからね。決して俺がキモいとかそんなんじゃないからねっ!


 ドアを開けると予想通り栞とかなみちゃんで、栞は元気よく「ただいまー」と言うが、かなみちゃんは小さく「……おじゃまします」と言っただけだった。


 今日は炊飯器を使った料理なので、手が空いたのでかなみちゃんに積極的に話しかけてみようとリビングへ向かう。


 栞はどうしているかと言うと、庭先で身体を動かし始めた。

 身体を動かせるのなら、どこでもいいらしい。


 かなみちゃんは学校の図書館で借りてきたらしい本を読んでいた。

 俺もその本には見覚えがある。


「その本、好きなの?」


 彼女は声を出さず、首を縦に振ることで肯定した。


「それ、俺が小学生の時によく読んでたよ。結構面白いよね。主人公が友達のために頭を使って、助けるところとか好きだったな」


「あ、それはすごいわかります!! わたしもそのばめんがすきです。とくにりゅうにのっておしろにとびこんでいくしーんとか、そのあとのおともだちのおひめさまにむかって、『ぼくはいつまでもきみのみかたさ。どんなときでもまもってあげるよ。』っていうせりふがとてもかっこよくて、わたしもすきなんです!! ほかにも……」


 かなみちゃんのマシンガントークが続くなか僕は紳士に耳を傾け、相槌を打つことを心がけた。


 二十分後、話のネタが切れたのか、マシンガントークが途切れると同時に、我に返ったかのように彼女は顔を赤くして、またうつむいた。


「かなみちゃんが恥ずかしがることはないよ。それにかなみちゃんは二十分もずっとぶっ通しで話ていたんだよ。だから心のどこかでは誰かと話したかったんだ。自分の好きなことについて語り合いたかったんだよ」


「……そうなの、かな」


「だから、これからは毎日何が楽しかったとか、悲しかったとか、嬉しかったこととか、なんでもいいから話してくれないかな? それとも僕のことはまだ信用できない?」


 かなみちゃんは首を横に振った。


 よかった。心の中で安堵する。

 ここで否定されたら、終わりだったからな。


「じゃあ、お願いするね。これからもよろしくね」


「お、おねがいします!!」


 かなみちゃんはにこりと笑った。

 めちゃくちゃかわいい。

















 ######















 それから一週間程、かなみちゃんは俺に対して今日何があったかについて話してくれるようになった。

 でも、ある日俺は違和感に気がついた。


「それでね! きょうよんだ、このほんのおもしろいところはね! うまやりゅうさんたちとおともだちになってね……」


「……あのさ、かなみちゃん」


 俺は口を挟んだ。


「いつも本のことを話しているけど、学校では本を読む以外にはなにもしていないの?」


 そう言うやいなや、彼女のさっきまでの気はどこへいってしまったのか。

 すっかり輝いていた表情がどんやりとしたものに変わってしまっていた。


「学校、楽しい?」


「………うん」


 明るく笑ってみせているが、こんなの誰が見ても分かる。


「嘘なんでしょ?」


 かなみちゃんはぎくりと肩を揺らした。


「なんでそんなことになっているのか俺に教えてくれない? 絶対に力になるから」


 つっかえながらも彼女はちゃんと話してくれた。


 簡単に言えば、かなみちゃんは元々話すのが元々得意ではなかった。

 一応、元々の小学校では友達がいたらしいがそれも保育園からの友達だけ。さらに今は離ればなれになっている。

 それに加えて、小学校一年生からしてみれば、転校生の彼女は注目の的。

 当然、苦手そうな人からも話しかけられる。

 まあ、そういうことだった。

 というか、前に香織さんが言っていたことだった。


 つまり、かなみちゃんにとって、学校が楽しくなるようにしなければならないということだ。

 ずっとこのままという訳にもいかないからな。


「かなみちゃんは、今の学校でも友達を作りたいってことだよね」


「………は、はい。で、でもわたしからはなしかけるなんて、そんなことできなくて・・・」


 まあ、最初からそれはハードル高いよな。


「じゃあ、向こうから話しかけてもらうように頑張ってみる?」


「そんなことわたしには」「できるよ」


「簡単なことだよ。ほら、クラスとかでさ、なんか凄い特技とか持っている人って、クラスの皆から話しかけてもらってない?」


「うん」


「だから、かなみちゃんもあんな風にして、なにか自慢できる特技を身に付ければいいんだよ」


「えぇぇぇぇ! そんなこといわれても、わたしにはむりだよー」


「いやいや、できるって。絶対に。かなみちゃんはまだ小学校一年生。可能性は大きいし、未来も大きい。今から頑張れば、絶対に上手くいくって。なにはともあれ、今から頑張ろう。なにかイベントとかない?」


「さんすうのてすとがあります」


「じゃあ、まずはそれで満点を取ろう」


「そんなのむりですって」「まあまあ、一回だけでも頑張ってみようよ。だまされたと思ってさ」


「は、はあ……。いっかいだけですからね」


「うん、それでもいいから頑張ろう」


 そんなわけで、かなみちゃんは数学のテストで百点を取るために勉強することになった。

 算数の勉強は地味だ。

 正直なところ、勉強といっても本番でミスらないように似たような問題を何度も反復して自然に答えが導きだせるように訓練するくらいだ。

 それに数学のように複雑な公式もない小一の算数だ。正直に言えば、インパクトが足りないと感じていた。

 百点とる人、いっぱいいるだろうしな。



 そこで、運動会で活躍した方が早いだろうなと考えて、朝のランに誘おうと考えた。

 運動会があるのはおよそ一カ月半後だ。(なぜそれを知っているのかというと、栞を見に行く予定だからだ)

 でも、最初から運動会で頑張れなんて言っても、無理だと思ってしまって練習すらしないだろう。だから、それとなく誘ったほうがよさそうだ。


「かなみちゃんさ、」「はい」


「朝、栞と俺とで走らない?毎朝、栞と俺で走ってるんだ。かなみちゃんもどう?」


「え! いや、わたしそんなに速く走れないし」「大丈夫だよ、そんなに速く走らないし、それペースはちゃんと合わせるから」


「おかあさんにきいてみます」


「うん、お願いね」

















 ######


















 翌日の早朝。


 迎えに来た香織さんに朝は自分で早起きするという条件で、許可をもらったかなみちゃんは、家の前で立っていた。


「……お、おはようございます」


「おっはよー、かなみちゃん!!」


 栞は朝からうるさいな。まぁ元気なのは結構なことなんだけど。


「おはよう、かなみちゃん」


「それじゃあ、さっそくいこうか」


 そう言ってかなみちゃんのペースで走り始めた。

 今は大体五時半くらいだ。

 走れる時間としては六時半くらいまでなので、一時間走ることができる。

 その間にかなみちゃんに教えられることを叩き込む。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 五分後、かなみちゃんの息が切れ始めた。

 やはり、運動はあまり得意ではなさそうだ。


 一方、栞は俺と毎朝走っているせいか、かなみちゃんのペースに合わせているせいか、余裕がかなりあるようだ。


 その後も十分程走り続けて、かなみちゃんが限界に達したと感じたあたりで、近くにあった公園で休憩をとることにした。


「だいじょうぶー?」


「ハァ、だい、ハァ、じょう、ぶ、ハァ、です……」


「かなみちゃんは日頃からあんまり運動したりしないの?」


 かなみちゃんに水を渡しながら、質問する。


 彼女はそれを少し飲んでから、答えた。


「あ、ありがとうございます。……あまりしないです。たいいくのじゅぎょうでするくらいです」


「やっぱりそうか。ま、擦り傷が気づいたら治ってるのといっしょで、毎朝走ってたらそのうち体力ついてるよ」


「……はい」


「それとさ、ちょっと見てて気になったことをちょっと言っていくから、次から言った通りに走ってみて」


 そう言って、疲れにくいフォームやリズムが崩れにくい呼吸方を丁寧に教えた。

 かなみちゃんは飲みこみが早いのか、ただ素直なのか、直ぐに言われた通りにフォームを変えていた。


「いい感じだね、このまま頑張っていこう」


「はい!」


















 ######
















 そうして一カ月半が過ぎた。


 今日は運動会だ。


 うちは父さんも母さんも休みが取れたようで、栞の雄姿を見に来ている。

 かなみちゃんの家は香織さんだけがくるそうだ。


 一年生は全員走るそうだから、栞もかなみちゃんも走ることになっている。

 ちなみにかなみちゃんは前の算数のテストで無事に満点を取ることに成功した。

 だが、懸念していた通りインパクトは弱かったようで、特に反応もなかったようだが、かなみちゃんの自信をつけるには充分だったようだ。


 俺は母さんと父さんとで陣取っていた場所で栞とかなみちゃんの出番を待っていた。


『次は一年生によるリレーです。応援に来られた方々は精一杯の声援をよろしくお願いいたします。』


 プログラムの紹介が終わると、列が動き出し、競技が始まった。


 どうやら栞はアンカーのようで、出番はまだ先のようだが、かなみちゃんは最初に走るようだ。


 あまり運動が得意ではなさそうな、かなみちゃんにいつの間にか押しつけられていたんだろう。

 でも、今のかなみちゃんなら……。


















 ******















 私は人としゃべることが苦手だった。


 転校する前の友達はみんな昔から知っている人で、私に優しかった。

 たぶん合わせてくれていたんだと思う。


 でも、転校した今、いつも助けてくれた友達はもういなくて、代わりに全然知らない人ばかりが集まってきていて、本の世界に逃げ込むことしかできなかった。


 どうしようと思っていた時、家にいさせてくれた樹さんというお兄さんがいた。

 最初はこの人とどう接すればいいか悩んでいたけれど、向こうから話かけてくれるおかげで、私は自然な形で話すことが出来て、とても楽だった。

 樹さんはいつも優しく語りかけてくれて、私のつたない話にもちゃんと付き合ってくれた。


 でも、相変わらず学校では話せる人がいなくて、登校するのが憂欝だった。


 そんな中、彼だけは気にかけてくれて、私にも友達が出来るようにと協力してくれた。


 その過程で算数のテストで満点を取れたのはとてもうれしかった。

 私でも頑張れば、出来ると少しだけだけど実感できたからだ。


 しかし、以外と満点の人は多くて話かけられることはなかった。


 そのことを樹さんに話したら、「まあ、そうだろうな。でも、かなみちゃんの自信、ついただろ?」と言われて、ああ、最初からそれが狙いだったんだと分かった。


 そして少し前から始めたランニング。

 最初、私は何をやってもダメな自分を変えようと参加していた。

 樹さんもそれが目的で誘ったんだと思っていたけれど、少し違っていた。


 それに気がついたのは昨日の夜だった。

 いつも通り樹さんと話していた時、不意に彼が「明日は運動会だね。走り始めてからだいぶ速くなっているから、明日は活躍できるかもね」と言ってきたのだ。


 そう言われると、さすがに私でも察しがついた。

 最初からこの人は運動会に向けて、私をランニングに誘ったのだと。

 今、思えば、彼はランニングをしていたのに休憩の合間に短距離走のポイントやスタートダッシュの注意点等を教えていた。

 だから私は樹さんの期待に応えないわけにはいかない!

 あんなにも協力してくれたんだ。絶対に活躍してみせる!!




 ―――そして、今・・・・―――



『用意!』


 その声と他の人達と同様に後ろに足を置く。

 だが、私は後ろ脚のかかとを地面に付けずに浮かしている。

 これによって反応した時の足を動かすまでの時間を少し短縮できる。

 これは樹さんに教わったことだ。


『どん!』


 一番早くスタートを切れた。

 そのまま腕を、正確には上腕を前へ前へと大きく降り、足全体を上手く使って加速する。

 樹さんの教えを絶対に活かす。


 栞ちゃんにはまだまだ及ばないまでも、かなりの体力はつけた。

 だから失速する心配もない。


 周りの景色が後ろに凄まじい勢いで流れ、風に乗っているかのように疾走する。

 風に乗っているようでとても心地がよい。


「そのまま、がんばってー!かなみー!!」


 どこからかお母さんの声援が聞こえる。さらに、


「「「「かなみちゃーん。がんばれー」」」」


 クラスの人達からも大きな声で応援してくれている。


 もう二人目の走者が目の前だ。


 走ることがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

 声援を受けることがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。


 最高の気分でバトンを渡す。

 これで、私の出番は終わり。


 今走っている人を力一杯応援する。


 クラスのことに関心なんてなかったのにこの時は絶対に勝ってほしいと心から願っていた。


 でも、残念ながら結果は二位で、栞ちゃんのクラスが優勝した。


 アンカーだった栞ちゃんが最下位からスタートして、一気に全員を抜いてゴールしてしまったのだ。


 やっぱり栞ちゃんは凄いなと改めて感じさせられた。


 リレーが終わった後、クラスの人達が近づいてきた。

 どうしたんだろうと思っていると、


「しのざきさん、あしはやいねー。びっくりしちゃったよ」

「しのざきさんがりーどをひろげてくれたおかげで、二位になれたよ、ありがとう」


 と言ってきてくれて、もう胸がいっぱいだった。

 思わず目から涙がこぼれ落ちる。


 そうしたら周りの人達が心配してくれて、……。こんなにうれしかったことはなかった。


 でも、こうしてはいられない。樹さんにお礼をしなきゃ。そう思って、彼の姿を探すと栞ちゃんと一緒に歩いているのが見えた。


 駆け寄って、お礼をする。


「いつきさん!ありがとうございました!!おかげさまでおともだちができそうです!!」


「そりゃ、良かった。かなみちゃんが頑張った成果だね」


「いいえ。いつきさんがいなかったら、わたしはずっとあのままでした。だからかわれたのはあなたのおかげです、ほんとうにありがとうございました」


「え、もしかして、これから遊びにきてくれないの?」


 おどけた態度でそんなことを言う彼はとても面白くて、つい笑ってしまった。


「いいえ、そんなことはぜったいにありえません。これからもよろしくおねがいしますね?おにいちゃん?」


「お、おう」


 すると珍しく今まで黙っていた栞ちゃんが急に出て来た。


「しおりはかなしーなー。わたしはかなみちゃんのともだちじゃなかったんだー」


 唇を尖らせて言う。


「ごめんね。もちろんともだちだよ。しおりちゃんもよろしくね?」


「ふっふーん。わかっているならいいんだよー。こちらこそあらためてよろしくね?」


「うん!」


 こうして私の最高の思い出に残る運動会は幕をおろした。






















 *******



















 暖かな春の風が吹き込む。


 桜が満開に咲き誇り、訪れた春を祝福するような素晴らしいコンディションの中、俺は大学生になった。


 大学の入学式が終わった後、家で栞と香奈美ちゃんとゲームをする予定だ。


 家に帰るともう二人はゲームで対戦をしていた。

 二人もあれから大きくなり、今は小学校六年生だ。


 栞は俺がもともとやっていた剣道をしており、全国大会のジュニアで優勝する程の実力者になっている。

 一方、香奈美ちゃんは栞とは並ばないまでもかなりの運動能力を身に付け、学力は全国で一番難しいとされる学校の過去問を全て満点を取る程にまで成長した。


 いやいや、ちょっと二人ともやばすぎでしょ!

 お兄ちゃんは肩身が狭いです。


 容姿もすばらしく成長しており、栞は運動に適したスレンダーな体型で目鼻立ちも整っていて、香奈美ちゃんは母親譲りの美しさで、一部分がその年にしては少し・・大きい。


「ただいまー」


「おかえりー」「おかえりなさい」


 もう準備できてるよーと急かす栞にはいはいと言いながら、すぐに準備する。


 ゲームをある程度進めた所で予想通りの質問がきた。


「大学、どんなかんじだった?」


「んー、まだわからんなー」


「一日目でそんなに分かるわけがないでしょ、栞」


「えーそんなこと言ったって、さっきまで香奈美もお兄ちゃんのこと気にしてたじゃん。変なm」「わぁぁぁぁ、聞こえない聞こえなーい」


 なんでそんなに慌ててるの?可愛いけど。


「ごほん、まあそれはさておき。お兄ちゃんの入学祝いで栞とケーキを買ってきましたー!!」


 おー、と一同でパチパチと手を叩いた。

 テーブルには確かにケーキが置いてあり、切り分けて三人で食べた。


「そういやー、二人は中学受験する予定はないんだよな?」


「栞は公立でいいかなって思ってるよ」


「私はどうするのかまだ決まっていません。父は受験させたいようなのですが……」


「まあ香奈美ちゃんならどこの中学にも合格できるしね。まあ、親としてはいいところに入れたいだろうし……」


「でも、最後は自分の意思で決めます。もう、あの頃の私とは違いますから!」


「なら、俺から言うことは何もないよ。後悔だけはしないようにね」


「はい!」


 この日はこれでお開きとなった。



















 ******

















 新しい学年が始まって、一週間余りが過ぎた。

 私は朝の日課であるお兄ちゃんと栞との素振りとランニングを終えて、朝食も取り、学校へ行く準備をしていた。


 素振りはもともとお兄ちゃんが幼稚園に行っていた頃からやっていた日課で、私と栞が小学一年の頃に一緒に走る前に一人でやっていたらしい。

 聞いた話では栞が生まれる前までは、お兄ちゃんは剣道をやっていたらしく、辞めてからも毎日振るようにしているようだ。


 その光景を偶然見た私と栞も混ざってやることになり、それが今でも続いている。

 お兄ちゃんがたまにアドバイスをくれたりして、かなり上達したと思う。


 栞の場合はこの日課によって剣道に興味を持ち、打ち込むようになった。

 その彼女曰く、“お兄ちゃんのアドバイスで一番成長できていると思う。木刀を振っていたら、その体勢で攻められたらどう反応する?って聞かれたりとか結構頭使ってやってたからかなー”とのこと。


 おにいちゃんは本当に天才だと思う。

 そう言うと、いつも彼は笑いながら否定するが、本人の才能もさることながら、教えることに関しては超一流。

 本当に何をやればそうなるのかと聞きたいくらいだ。


 その天才の彼の支援のおかげで、栞は小六にして高校の教育課程をほぼ終了レベルの学力を持ちながら、剣道の全国大会のジュニアで優勝するほどの怪物に。


 自分で言うのもなんだが、私はもう高校課程を完全に終了し、大学レベルの研究過程のレベルにまで到達し、体力も栞に続いて学内で二位を取り、全国大会の決勝戦で相手を一蹴した栞相手に十回戦えば2、3回勝てるまでになった。

 正直言って、昔の私と比べると完全に別人である。


 お兄ちゃんも私達の成長にはもはや苦笑いをしていた。


 持って行く物の確認を終えたので、玄関へと踏み出す。


「いってきまーす」


「いってらっしゃい」


 挨拶をすると、お母さんは手を振って返してくれる。


 とても気持ちのいい朝だ。

 良い気分で集合場所へと向かう。

 集合場所というのは、集団登校のためのものだ。

 朝は集団登校で私が班長となっている。

 もう一つの班の班長が栞だ。


 彼女の姿を見かけると、向こうから話しかけてくれる。


「やっほー、香奈美」


「さっきぶりだね、栞」


 ずっとかかと歩きをしながら、彼女はやってくる。昔、お兄ちゃんにこうするといいぐらいに体力がつくと言われてから思い出してはやっているらしい。はっ! わたしもやろ。


 班員が全員集まったところで、学校へ歩き始めた。

 集団登校といっても、同じ班の中や合流した班と話しながらの登校なのだが。


「あ、そういえば香奈美は中学どうするか決めたの?」


「あ、それは……」


 すると栞は怪しいものを見る目つきでこちらを見つめる。


「香奈美さあ……」


「うん」


「ほんとはどうするかもう決めてるんでしょ?」


 驚いた。栞がそんなことに気づくタイプとは思っていなかった。


「…違うよ。まだ決めてない」


 動揺を隠しながら、言葉を返すと、彼女はニヤついていた。


「ほらー。ほんの一瞬動揺したね。他の人には隠せても私には通用しないよー。適当に言ったら当たったからちょっとびっくりしたわー。」


 しまったカマかけだったか。だが、いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。この機会に話しておいた方がいいだろう。


「ほらほら。さっさと白状した方が楽だぞー」


 へらへらとしながら、催促する彼女にため息をついた。


「まだ親にも話していないんだけどね。ちょっとアメリカに留学しようかなって思ってて…」「りゅうがく!!」


「いやいやそれは流石に予想外だわー。っていうか何でそんな大事なこと栞に相談しないの!?」


「それは・・・悪かったって思ってるよ」


「次からは要相談ね」


「うん」


「で、なんで留学しようと思ったの?」


「それは、・・・・・と・・・・・・・・にいき・・から」

 恥ずかしいのでとても小さい声で言うと、栞は驚いた顔をする。


「え!? ・・・聞き間違いかなー、もう一回言ってくれる?」


「お兄ちゃんと一緒の大学院に行きたいから!」


 すると栞は呆れた顔をした。


「え、それが留学になんの関係があるの?」


「お兄ちゃんは電子工学の研究をしたいって昔からずっと言ってたから、たぶん大学院に入るでしょ? それで私が16歳の時、お兄ちゃんは順当にいけば大学院生の一回生。

 海外の大学では飛び級があって、それで過去に留学して16歳で大学の単位を全て取得して日本の大学院に編入した人がいるんだよ。だから私も滅茶苦茶頑張れば行けるんじゃないかなーって思って」


「うわー。香奈美のお兄ちゃん好き好きがこんなに影響してるとはねー……。まあなるほどね。だからお兄ちゃんに言えないわけか。お兄ちゃんに言いずらいし、それに理由を知ったら絶対にもっと考えろとか言いそうだし……。香織さんには言ったの?」


「まだ言ってない」


「そういうことは早めに言ったほうがいいと思うよ」


「………うん。わかってる」


 そこで学校に着いたので栞とは別れた。


 靴箱で靴を履き替え、教室に向かう。


「香奈美ちゃん、おはよう!」


「おはよう」


 教室に入るとすぐに誰かしらが声をかけてくれる。

 昔では考えられないことだ。


「今日のその髪型かわいいね」


「うん、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 今日の髪型は丁寧に髪を梳いて後ろで纏めたものだ。

 お兄ちゃんもこんな風に褒めてくれたらなあ。


「篠崎おはよ!」


「おはよう」


 友達としゃべっていたら、男子たちもよって来た。

 同年代の男子ははっきり言って少し苦手だ。

 なぜならばどうやら私はモテるらしく、いつの間にか告白をたくさん受けるようになった。

 当然お兄ちゃん以外は眼中になかったので、全て断ったがしつこく迫ってくる人もいるのが現状だ。

 正直に言えば、少し困っている。


「香奈美ちゃん、モテモテだねー」


「そんなことないよ」


 本当に大変なのだが、その大変さがあまり伝わっていないようだ。


「はい、席についてー。朝の学級会始めるよー」


 先生が入ってきて、皆が席に着いた。


















 ######



















 その日は授業を受けて、友達とドラマどうだった?というような世間話をして終わった。


 この学校からはあまり私立の学校に行く人が少ないせいか、勉強を熱心にしている人はほぼいない。もう公立に行くものだと思っているようで将来のことについて考えている人はあまりいないだろう。


 でも、私は自分のやりたいことのために、両親には相談しなければならない。もういつまでもお兄ちゃんに頼りっきりでは居られない。


 だから今日、家に帰って話そう。

 そう決めた。


 家に帰って、荷物を置くとすぐに篠崎家に足を運ぶ。


「お帰り」


 戸を開けると、お兄ちゃんがすぐに気づいて出迎えてくれる。

 どうやら栞はまだ帰っていなさそうだ。


「ただいま」


 そう言って、家に入る。

 テーブルのいつも通りの定位置に座った。


「ちょっとお茶入れるね。煎茶とほうじ茶どっちがいい?」


「じゃあ、煎茶でおねがいします」


 彼は立ち上がって、キッチンに向かった。

 その間に私は今日出た宿題を開く。

 彼が戻ってきて“熱いから気をつけてね”と言って、お茶を運んでくる。そして香ばしい香りと彼の優しい眼差しに見守られながら、静かに課題をこなしていく。


 この時が一番、お兄ちゃんのことを“ああ、・・・・やっぱり・・好きだなぁ”と感じられる。この雰囲気とこの時間が私は好きだ。


 彼の顔立ちは目立たないだけで、充分イケメンの部類だ。

 特に笑うとその顔の良さがより映える。

 そんな顔で見られると、胸の奥にしまっていた気持ちが、まだ言わないと決めていた気持ちが、彼のことを愛しているという気持ちが溢れ出てきてしまいそうで……。


 でも、今言っても意味がない。


 彼は18歳で私が11歳。

 年の差を考えると、恋愛対象には絶対に入っていないだろう。

 そう考えると胸の奥が鈍く痛む。

 好きになった方が負けというのはよく言ったものだ。

 本当に好きな人相手にはどんなことをしてでも、結ばれたいと思ってしまう。


 元々はあまり得意ではなかった人だったが、優しく見守ってくれる人だと気づいてからは頼ってばかりになっていて、それでも嫌な顔一つせず接してくれる彼にいつの間にか惹かれてしまう自分がいた。

 だからこそ少しでも彼に近づけるようになりたい。

 そう思っている。


「……なみちゃん、香奈美ちゃん、おーい」


「ひゃっ!」


 私はぼーっとしていたようで、気が付くと目の前にお兄ちゃんの顔があった。

 あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になる。


「どうしたの?今日はもう疲れたの?」


「いえ、大丈夫です。心配をお掛けしてすみません」


「そんなことはないけど、もしかして悩み事とかあるの?」


「大丈夫です」


「それならいいけど……」


 その後も私は度々集中を切らし、あまり勉強が捗ることはなかった。

 お兄ちゃんも私のことをしきりに気にしていたが、しつこく聞いてくることはなかった。


 昔とは違ってお兄ちゃんに悪いので、いつも夕食を作ってもらうのを遠慮しているため、最近では家の晩御飯は私が作っている。(料理スキルの向上という目的もあるが・・)

 今日はその日であるために早くに帰宅した。

 簡単なお雑煮と味噌汁を作る。


 少し時間が経つと、お母さんが帰ってきた。

 料理がちょうど出来上がったので、一緒に食べる。

 言うタイミングは今しかないだろう。


「今日はお父さん帰ってくるの早いんだよね?」


「ええ、そうよ」


「お父さんが帰ってきたら、相談したいことがあるの。それにお母さんも聞いてほしい」


「わかったわ、後で詳しく聞くけどその顔を見るに結構大事のようね」


 言葉は返さず無言で頷く。

 その後はとくに会話もなく食事を終えた。


 食器洗いをしていた時に、お父さんが帰ってきた。


「お父さん頼み事があるの」


 まっすぐにそう告げた。


「え、香奈美がパパに頼み事? ちょっと待っててくれる? すぐに聞くから」


 駆け足で上の階に上がり、駆け下りてくる。

 スーツに身を包んだ姿はもうなく、部屋着に着替えていた。

 急いでいたせいか、少し息が荒い。

 ちょっと気持ち悪いがもう話そう。


「実はね……」


 私は話し始めた。



















 ******
















 先程からかなりの大雨が降り続けている。

 大きな雨粒が窓を激しく叩きつける。


 そんな中、俺は、


「…………、っしゃぁ!」


「……、うわっ、えっ、ちょっ、タンマぁぁ、うわぁぁぁぁ!!」


 家で栞とゲームで激しく対戦をしていた。結果は俺の圧勝。栞はミスリードに弱くあっさりと引っかかる。昔からそこが弱いと言っているが治ることはなかった。

 それが彼女の性質なのだろう。


「ねぇねぇ、もう一回やろ! もう一回だけ!」


「おまえさっきからそれ言ってるじゃん。こんな子供騙しに引っかかるようじゃ俺にはかてないぞ」


「え~、そんな相手を疑って見れないよ」


「全部疑えって言ってるわけじゃないって。お前が疑わなさすぎるから少しは疑えっていうことだよ」


「……努力します」


「よろしい」


 そう俺が言ったときにお風呂が沸いた時の音がなった。


「ほら栞さっさと入ってこいよ」


 不満そうな顔をしながらも、しぶしぶ彼女は洗面所へと向かった。


 栞がお風呂に入っている間に、課題のレポートを少しでも進めようとPCを起動したところで玄関のチャイムがなった。



 母さんか父さんが鍵を忘れて、家に帰ってきたのかと思って、モニターを見ると目を疑った。


 そこに写っていたのは頭から水を被ったかのようにびしょびしょに濡れた香奈美ちゃんだった。うつむいており表情は見えない。


 飛ぶように玄関へ行き、ドアを開けるとモニターに写っていた通りの惨状だった。すぐに家に招きいれる。


「……おじゃまします」


 今にも消えてしまいそうな声で、彼女は呟いた。


「そんな格好じゃあ風邪ひくよ、これタオルだからこれで身体拭いて。それからお風呂に・・・ってああそうか、今栞が入ってる。どうしたもんかなあ」


 と、そこで終始うつむいていた香奈美ちゃんが初めて顔を上げた。

 彼女の顔は青白くなっていて、目元は赤く腫れていた。


「ご迷惑を掛けてすみません。そこまでしていただかなくても大丈夫です」


 どこが大丈夫なんだろうか? そうはとてもみえない。そういえば、今日の香奈美ちゃんは様子がおかしかった。なんで俺に相談してくれなかったんだろう。そんなにも俺は頼りなかったのか。


「どこが大丈夫なのかな? そんな格好した香奈美ちゃんを放っておけるわけないだろ!」そうやってさっきみたいに何も相談してくれないの? そんなにも俺は頼りなくみえるの!?」


 様々な思いが心の内からあふれ出し、気がつけば口から出てしまっていた。


「ち、違います。私はそんなこと、全然思っていません! お兄ちゃんはとても頼りになります!相談しなかったのはそんな理由ではありません!」


「じゃあ、教えてくれよ。絶対に力になるから」


「本当……ですか?」


「ああ」


「絶対に反対しませんか?」


「反対しない。香奈美ちゃんの意思を尊重する」


 そう言い切った。

 すると彼女が言い始めた。


「実は留学をしようと考えていて、それを親に話したんです。それを両親に猛反対されて、喧嘩してしまったんです。それで今ここに」


「留学!? …………ああ、ならご両親が反対する気持ちもわかるなあ。でなんで留学したいの?」


 晴天の霹靂だ。

 正直口から胃が飛び出るほどに驚いたが、それを表情には出さなかった。この会話の流れを崩したくなかったからだ。


 留学したいということだけを聞いても駄目だ。

 理由が一番大切だ。


 すると彼女は身悶えするようにして、恥ずかしそうに目を逸らす。


「あ、あのですね」


 なぜか歯切れが悪い。


「あの、もとはと言えばたまたまネットで、アメリカに留学して飛び級制度によって16歳で大学の単位を全て取って日本に帰宅したっていう記事をみつけたからなんですが、……。それでその……私も一応お兄ちゃんの下で頑張って大学でやる内容を勉強しているので、行けるんじゃないかなぁって思いまして……」


「なんか理由が弱くないかな?ご両親にもそういう説明をしたの?」


「……はい」


 今にも消え入りそうな声だった。


「そんな弱い理由じゃ、ご両親も反対して当然だよ。本当にそれだけ?」


「……はい」


 彼女はそう言うが、何か本心を隠しているように感じた。


「また俺に何も言ってくれないの?絶対にそれだけじゃないよね?」


「………はい」


「言ってくれる?」


「いえ、その…お兄ちゃんには言いづらいことなのですが………」


「それでも言って」


「絶対に言わなきゃだめですか?」


「駄目だ」


「わかりました」



 俺がしつこく要求すると、香奈美ちゃんはそう言うと覚悟を決めたような顔つきをした。





「お兄ちゃん! 私はあなたのことが好きです! 付き合ってください!」






 ………ん?あ、え?






「……………………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」






「もちろん恋愛対象として私を見れないのはわかります! 留学している間、あなたに会えないのはつらいですが、乗り越えてみせます! ですが、留学して同じ大学院に入って一緒に研究して、絶対に振り向かせてみせます! だから………」「ちょっ、ちょっ、ストップストップ。ちょっと落ち着かさせて」




 はあーふぅー。






 腹式の深呼吸をしたら少し落ち着いた気がする。腹式の深呼吸は副交感神経を刺激し、落ち着きやすくなるらしい。


 脳内を頑張って整理する。


 えーっと、まず俺こと凛堂樹は香奈美ちゃんこと篠崎香奈美に告白されました。

 次に、香奈美ちゃんは同じ俺と同じ大学院に入りたいがために、アメリカに留学をして飛び級で単位を取得する。

 それで香奈美ちゃんは帰国と同時に俺と同じ大学院に入ると。


 正直なところ、驚きをきんじえない。香奈美ちゃんに惚れられていたなんて……。

 だが、彼女のように可愛い女子に告白されて、素直に嬉しいという気持ちもあるが……。

 結局の所、彼女が留学をするのは俺を振り向かせるため。

 ということは、………俺が理由!?



 うわー、マジですか・・・。



「あれ、香奈美?」


 どう答えるべきか迷っていると後ろから声がした。

 振り向くと栞が立っていた。


「二人してどうしたの?」



「えーとだな・・」「お兄ちゃんに告白しました!」



 返答に困っていると香奈美ちゃんが言ってしまった。


「え、香奈美告ったの!? 返事は?」


「まだ、聞かせてもらってないです」


「えちょっ、栞、おまえ香奈美ちゃんが俺のこと好きなの知ってたの?」


「いやいやいやいや、あんなあからさまな態度取られて、気づかないのお兄ちゃんだけでしょ。逆に何で気づかなかったのか、不思議なくらいなんだけど」


「マジか……」


 栞は呆れた顔をこちらに向けた。そんな顔しないで……。


「で、お兄ちゃんは女に告られても何も言わないチキンなの?」


「うっ!」


 痛いところをついてくるな。だが、まったく否定できない。ここは香奈美の行動に対して、ちゃんと答えるべきだろう。



「香奈美ちゃん」


「はい」


「俺は確かに香奈美ちゃんの言う通り、恋愛対象として見る事はできてない。でも、香奈美ちゃんに告白されて嬉しかったんだ。だからもう少し一緒に過ごしたら君のことを恋愛的に好きになるかもしれない。でも、今はまだ君にそんな感情を抱けていないんだ。だから、君のことが好きになったらこちらから告白させてもらうよ。

 それと君が本当に留学をすると決めたのなら、俺は喜んで背中を押すよ。だから、自分でもう一度両親と話し合ってよ。俺も同席するからさ」



「……そうですか。やはり恋愛対象としては見てくれていなかったということは悲しいですが、ようするに一緒に過ごせば私に心は傾くかもしれないということですね。わかりました。もう一度両親と話し合いをします。それと……これからは熱烈にアタックさせていただきますね!」



 香奈美ちゃんは笑顔でそう言った。





「よく言った香奈美!おまえはえらいぞ!!」「よかったわね、香奈美、言質取ったじゃない!」「樹、あんたはヘタレね。もっとしっかり答えなさいよ。それに対して香奈美ちゃんはよく言ったね。樹には勿体ないくらいだよ」



 気がつくと、後ろに香奈美パパと香織さん、それに母さんがニヤついて立っていた。




 香奈美ちゃんとしては、やはり自分の告白を見られたというのがこの上なく恥ずかしいのだろう。

 彼女は“えっえぇぇ!”と明らかにうろたえていて、やはり可愛らしかった。


「香奈美はホントに馬鹿ね。私は恋する乙女の味方よ。アメリカに行って見違えるくらいに美人になって樹君を射止めてみせなさい」


 そう言って、香織さんは香奈美ちゃんの頭を撫でた。




「……樹君」




 底冷えしそうな声を発したのは香奈美パパだ。


「は、はい!」


 ビビりながらも答える。


「うちの香奈美を泣かせたら、どうなるか……わかるね?」


「は、はい! それはもう重々承知しています。そんなことは絶対にしませんし、させません!」


「そうか、では頼んだよ。それで香奈美もうこちらとしては反対することは何もない。向こうで精一杯励んできなさい。頑張るんだよ」




「はい!」




 香奈美ちゃんはとびっきりの笑顔を見せて笑った。


















 ######


















 香奈美ちゃんがアメリカに飛び立つ日は、とても空が晴れ渡っていて香奈美ちゃんの出航を祝っているようにも感じられた。


 香奈美ちゃんはアメリカに9月の中学校入学と同時に入学となったため、準備期間のため8月中旬に出発することになった。もちろん決めたのが4月だった為に急ピッチで進められたが、なんとかギリギリ間に合わせた。



 一番の要因は香奈美ちゃんの能力の高さだろう。普通はネイティブの人とある程度話せるように訓練するのに時間がかかったりするらしいのだが、彼女は難なくクリア……というより元から英語を話すことなど既に出来ていた。



 もっとも時間がかかったのが、留学する場所だった。もちろん香奈美ちゃんのいう中学校から飛び級が可能な学校に程近い所で絞ったのだが、かなり多く選ぶのに手間取っていた。

 最終的にはやっぱり治安の良さで決定した。




 空港の中はお盆前の時期というのもあってか混雑していた。

 俺の隣をキャリーバックを引きずりながら歩いている香奈美ちゃんは少し緊張気味だ。


「だ、大丈夫大丈夫、私はできる私はできる」


「香奈美ちゃんならできるから心配ないって」


 なだめると少しおさまるが、まだ緊張しているのが見て取れる。

 まあ、無理もない。初めての海外に留学。緊張しない方がおかしな話か。




 入場ゲートの前までやってくると香奈美ちゃんは深く腹式の深呼吸をした。



「お兄ちゃ……いや、樹くん!これからしばらく会えないので、抱きしめてもらってもいいですか?」




 普段なら言わないことを香奈美ちゃんは、いや香奈美は言ってきた。これからあまり会えないというのは確かだし、断る理由もない。彼女の好きにさせたいという気持ちもあり、なんの抵抗もなく彼女を抱き寄せた。



 すると外野の香織さんと香奈美パパ、栞が一斉に囃したてる。それらを無視して抱き続けて後、体を離した。彼女は名残惜しそうな表情を一瞬見せてから寂しそうな顔をした。



「では、そろそろ行きますね。樹くん、元気でね! メール送るから返信してね」



「ああ、香奈美こそ元気でな。メールは絶対見るし、時間あればSkypeしてこいよ。楽しみにしてるから。なんかあったらすぐに俺に言ってくれよ。飛んで行ってでも助けるから」



「ありがとう。行ってきます!」



 やがてゲートを通って、こちらに手を振りながら彼女の姿は遠ざかっていき見えなくなった。




 皆でテラスに上がって、香奈美を乗せた飛行機を見送った。




「お兄ちゃん」




 見送った後、栞がこちらを見て言った。




「ん?」




「お兄ちゃんはどうするの?」



「香奈美に追いつかれないように、必死こいて頑張るよ」




「私も」




 空はどこまでも青く澄みわたっていた。





いかがだったでしょうか。

自分的には文章力があればもっと書けたのに、と悔いる気持ちが大きいです。

もしかすると連載で内容をより深く、そして続きまで書くかもしれません。(この作品の評価と作者のモチベーション次第です)


できれば、感想を書いていただけると、作者としては一番嬉しいです。次作を作る際に役立つので是非お願い致します。



また、この小説では中学校から飛び級で大学の単位をとれるという風に書きましたが、現在そのような制度はありません。(調べても出てこなかったです)


始めての投稿作品をお読み下さり、本当にありがとうございました。


※6月19日、日間ランキング入りと週間ランキング入りをしました。出来れば続編や連載編を書きたいと思います。(そのためにも是非感想を……)




ちなみにこの作品の連載版を書くとすれば、この小説での空白の期間ーー主に樹の高校生活(昔通っていた剣道場の幼馴染のとラブコメ)や香奈美の小学校での様子(成り上がりや秀才への軌跡)、それと少し栞の運動バカっぷりを考えています。


それとこの作品の続き、香奈美が帰国した後の話なんかも……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 小さな女の子と親しくしていたら好かれるというシチュエーションはありがちですが、こんなに親身になってくれたら好きになるのも納得だと思わせる樹の無自覚な優しさが温かい作品でした。 また、彼から…
[一言] 完全に個人的な好みではあるのですが、視点も変わるしそれなりに長いので、数話に割っていただけると読みやすいです。 スクロールが大変……
[良い点] 途中まではまぁまぁ良かったかな?と思えなくも無い。 [気になる点] その天才の彼の支援のおかげで、栞は小六にして高校の教育課程をほぼ終了レベルの学力を持ちながら、剣道の全国大会のジュニアで…
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