第4話~天地、夏冬、雪と墨
「やっぱスゲーな悠太!」
俺の隣ではしゃぐ友人。中3の2学期が始まって間もない頃、小学生の頃からずっと描いていただけあって、俺の漫画を描く技術は格段に向上していた。
「これ、漫画家になれんじゃね?」
変わらず興奮する友人。
俺もそろそろ出版社に応募してみようと考えていた。
「やっぱファンタジーで行くかな」
「いや、バトル漫画も面白いし、最近はラブコメとかも人気あんじゃん?悠太ならなんでも描けそうだよな」
俺と友人が盛り上がっていると、周りのクラスメイトが何事かとわらわら集まってくる。ちなみに男子ばかり。
「悠太の漫画がめっちゃおもしれーんだよ!読んでみろよ」
許可もとらずに漫画を回し読みし始めるクラスメイト達。確かに面白いな、すげぇとか聞こえてくる。俺は気分が最高に良かった。
昔、遊んだ子にも読んでもらいたかったけど、住所とか分かんないし、デビューして漫画に隠しメッセージとか入れるのもいいかもな。俺はわくわくして、どんどん妄想を膨らませた。
始業のチャイムが鳴り、担任が入ってくる。
やべっ、席つけっ、と蜘蛛の子散らすようにクラスメイト達は席に戻っていった。
「じゃあ、今日も出席確認するぞ」
呼ばれたクラスメイト達が、適当だったり、無駄に元気が良かったり、真面目そうな声だったり色んな返事をしていく。
「みんな、いるな。それと今日は大事なお知らせがある」
え?なになに?とざわつくクラス。俺も何かあるのかと気になった。
「ごほん、じゃあ、入ってきてくれ」
そう扉に向かって声をかける教師。転校生?美少女きたか!違うわイケメンよ!などと騒がしいクラスメイト達は、期待の眼差しで扉を見る。
勢いよく扉が開き、軽快なステップで黒板の前に立つのは、中性的な顔立ちをしたやつだった。
滑るように綺麗な文字を板書していく。
「はじめまして向井樹です!みんな気軽に、いつきって呼んでください。よろしくね」
女子連中が、キャー可愛い系イケメンきたー!とうるさかった。男子連中は敗北感と嫉妬の眼差しを彼に向けていた。
これが、俺と樹の出会いだった。
***
樹は、サラサラした肩にかかるほどの黒髪と大きな瞳が特徴的な可愛い男の子だった。背も低いので、女の子にも見える。明るく気さくな性格でクラスメイトともすぐに馴染んだ。昔から数日も経てば、みんなの愛する弟ポジションの地位を揺るぎないものにしていた。
父親が転勤ばかりの仕事らしく、転校もしょっちゅうだと言う話だった。しかし、それを暗く話すこともなく、色んな場所に友達ができるからいいよねと笑っていた。本心からそう言っているように思えた。
席が近かったこともあって、すぐに意気投合した。かなり裕福な家庭で育ってきたらしく、親も厳しいこともあって、漫画も読んだことないし、友達と放課後に遊んだこともないらしい。正直、めちゃくちゃ驚いた。こんなやつが実在するんだなと思った。
中学時代、ちょっぴり悪かった自分は教室を抜け出し、樹を遊びに連れて回った。弟ができた気分で、すごく楽しかった。
2人で色んな遊びをやったが、樹がなかでも心を打たれたのは漫画だった。俺も漫画が大好きだったから、漫画を持ってきては学校で貸してやった。樹は親にバレないように大抵、学校で読んでいた。
それから少し経ったある日、俺が描いた漫画を見せると、樹はとても驚いていた。すごいすごいと褒めてくれた。
樹に初めて自分の漫画を読ませてから1ヶ月くらい経った。いつものように遊んでいた時、樹が恥ずかしそうに話を切り出した。
「悠太…………僕も悠太の真似して漫画を描いてみたんだ。読んでもらえたら嬉しいな」
──こんな短期間で?
樹から原稿を手渡され、ペラペラとめくる。どんどん読むスピードが上がっていった。手が止まらなかった。
俺は素直に驚いた。絵はさすがに俺の方が上手だったが作品のバランスはとれていたし、構図も悪くなかった。何よりストーリーがめちゃくちゃ面白かった。
「ど、どうかな?」
不安そうに見つめてくる樹。
「めっちゃ面白かった」
素直に感想を伝えた。樹は、ホッとしたような表情を浮かべ、良かったとこぼす。
その時、俺の中で何か良くない感情が芽生えた感覚があった。
***
それから、お互いの漫画を読んで、色んな話をした。
──悠太の漫画すごく面白いよ?
その言葉が一番嬉しくて、一番傷ついた。
友人の描く作品は、全部が面白くて息をつくのも忘れるほどのものだった。すべてにおいて負けている。それはどうしようもないほどに分かりやすい答えだった。
口では、面白いと言いながら、内心はものすごく悔しかったからたくさん描きまくった。寝ずに描きまくった。寝坊して学校に遅刻することもあった。それでも、彼が呼吸するように描く世界の十分の一にも届かなかった。
この時、俺は知る。世の中にはどうあがいても越えられない才能の壁というものがあるのだと。
***
それから2ヶ月経ち、俺たちは自分達の漫画を出版社に送ることになった。
結果が出るまで、毎日緊張して眠れない日々が続いた。胃が痛かった。
それと同時に1つの懸念をしていた。そしてそれは現実になった。
「悠太……僕、受賞しちゃった」
喜びよりも聞きたくないと思う自分が確かに存在していた。
「そっか……良かったな」
無理やり絞り出した声と笑顔だった。
「あの、悠太はどうだった?」
俺は答えることができず、小さく首をふるだけだった。
なんとか樹に追い付けるように更に睡眠時間を減らし、漫画を描いた。描いたが、受賞にはかすりもしなかった。
描けば描くほど自分には才能がないのだと自覚する。自分が凡人だという意識を塗り固める作業でしかなかった
ある冬の日、ほとんど描けなくなった俺は川に沿って行き先も決めずに歩いた。あてどもなく歩き続けた。
「くそ…………」
涙も出なかった。空はくすんだ雲が広がり、吹き付ける風がひどく冷たかった。
その時期、樹は既に漫画の連載が決まっていた。
***
冬が明け、別れの季節になった。
俺は県内の高校に、樹は漫画家としてのデビューが決まっていたので東京の高校に進学することになった。親とかなり揉めたらしいが、有名大学に進学することを条件に一人暮らしを許してもらったらしい。
樹が東京に旅立つ日、クラスメイトで見送ることになっていたが、俺は行かなかった。
そして俺は筆を置いた。
自分と未来に期待することを止めた瞬間だった。
***
翌日、身体が大きく揺れた。
「おーきーろー」
理沙が、思いっきり身体を揺すっていた。
知らないうちに眠っていたらしい。寝る前に昔のことを考えてたら、夢も似たような内容だった。疲労感が残っている。
そして彼女とも昨日の今日で、顔を合わせるのは気まずかった。
しかし彼女は、そんな様子もなく、いつも通りの賑やかなテンションだった。
「お腹すいたわ。何か作りなさい」
なぜ命令形なのか。仕方ないので、2人分の朝食を作ることにする。
ベーコンエッグとサラダ、コーンスープにトースト。洋風にした。洋風というか手抜きした。
彼女は、いっただきまーすと大きな声で挨拶した後、パクパクとご飯を食べ始めた。能天気で本当に羨ましかった。
「好きなものがあるなら、思いっきりやればいいじゃない。周りを気にするんじゃなくて、自分の思いを貫けばいいのよ」
食事中、急にぐいっと顔を上げ、昨日の続きを始める少女。しかしそこには怒気など含まれておらず、逆に優しさを感じた。
「頭で考えるんじゃなくて、心に聞きなさい。理性と感情は別なんだから我慢しなくていいの」
一言ひとこと語りかけるように話してくる。それが悔しくも心地よかった。
「そう簡単に人は変われない。知ってる。あたしもそうだから。でも、だからって諦めていい理由になんかならない。ちょっとずつでいいじゃない。周りなんて対してあんたを見てないんだしさ。気楽にいこっ」
彼女は食事をしながら、話し続ける。よく考えたら中学生の女の子に高校生の男子が諭されてる図だよな、と冷静に考え出して少し恥ずかしくなってくる。安心している自分に、だ。
「間違ったっていいじゃん。別に取り返せばいいんだし。」
「…………」
「あたしは知ってる。あんたは、やればできるやつだって」
理沙はすべてを見抜いているような発言をする。
俺はそれに対して何か言うことができず、黙って聞いていた。
彼女も食べ終え、言いたいことは伝え終わったのか、ごちそうさまと手を合わせ、食器をキッチンにもっていった。洗い物まで始めている。普段は家事など絶対にしない。どこかで頭を打ったのか、雷に撃たれたのか。
失礼なことを考えながら改める。気を使われているんだ。
彼女は俺が立ち直ってないと感じたのか、ふぅと溜め息をつき、でかけるからと言い残して外出してしていった。
まじで情けない。年下の少女に心配されて、気を使わせてるこの状況。
そんなこと言っても、ずっと抑え込んできた気持ちだ。きっかけ1つで簡単に変わるものでもない。現実は物語ではない。
彼女の言葉はひとぐ痛みを伴う。
言葉もそうだが、存在自体がそうだ。
いつも自分に正直に生きる彼女は眩しく照りつける太陽のようだった。それ故に自分がいかに空っぽの人間であるか、否応なしに意識させられてしまう。
傍若無人で奇想天外。まっすぐで、真剣で、そして一生懸命だった。
しかし、先ほどの彼女の言葉には隠れた慈愛のようなものを感じた。
改めて彼女について考える。
彼女の破天荒な性格を考えると、やりたいことリストというわりには、普通と言えるものばかり。本当にやりたいことなんだろうか。
あの性格だから我慢しているとまでは言わないが、何か違和感がある。
生前は、ほとんどは病室のベットの上だったそうなので、当たり前の生活に憧れていたのかもしれない。それは納得がいく。しかし、本当にそれだけなのか。
考えても答えが出ないとは分かっていても一度考え出すと思考が止められなかった。
俺がなんとなく無駄に使っている毎日。それを彼女は強く欲していた。当たり前の毎日を当たり前のように享受できない人間もいるのだと、今更ながら思った。
彼女はいつでも手を抜かない。タイムリミットというものがあろうとなかろうと彼女は1日1日を全力で生き抜いていく気がする。不思議とそう思えた。
それにたいして、俺はどうだろう。考える間もなく、答えが分かる。
健康な肉体と、ある程度の自由を与えられつつも、それを有意義に使う核の部分がない。
昔は楽しかった、毎日が冒険だった。当時の俺にはそれがあったのだろう。
いつの間にかその核をなくしてしまった。なくしたことにも気づかずに、ただ流されていた。
誤魔化してばかりで、前に進めない自分がものすごく嫌なものに思えた。
──簡単には変われない。だからちょっとずつでいいじゃない。
彼女の言葉が響く。こんな俺でも、もう少しで何か大切なものが掴めそうな気がした。