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君は秋の空に煌めく流星に似ていた  作者: 双葉 紡
一章 夢と現実
4/15

第3話~フィクションとリアルの相克

 スポーツを楽しんだ後は、人混みのたいぶ減った大通りを2人並んで歩く。

 理沙は、先ほどの出来事などもう忘れたかのように笑っていた。今度は、あのスポーツがやりたいだの、あのゲームがやりたいだの、ずっと話しっぱなしだった。彼女はいつも笑うか怒るかしている。

 運動して疲れたから映画館に行くと言い出した。その理論は正直、よく分からなかった。


***


 映画館は駅中心から少し歩いた商業施設の7Fにあった。訪れた館内はそこまで観客は多くなかった。上映準備のため、ライトが消え、暗闇になる。横を見ると珍しく理沙も静かにしていた。集中しているようだ。

 俺たちはインド映画を観ることになった。恋愛映画をご所望と思いきや、これがいいと彼女が言った。

──なんで、あんたと恋愛映画見なきゃなんないのよ、とのことだった。


映画のタイトルは【きっと、うまくいく】


そんなわけないと即座に心の中でツッコミを入れる。

 内容は簡単に言うとコメディだった。しかし教育問題を題材に取り上げたもので、学生の身分としては考えさせられる映画だった。

 ストーリーはこういうものだった。

 大学時代親友同士だった3人が、しばしばバカ騒ぎをやらかし、学長や秀才等から"3 idiots"(三バカ)と呼ばれ目の敵にされていた。

 大学の教育方針に疑問を持つ3人のうち1人が、しばしば学長と対立。学長は様々な策を練って彼らの仲を引き離そうとするも、ことごとく失敗。次第に3人の仲は揺るぎないものになっていく。

 そんな、はちゃめちゃな大学時代の物語を10年経った主人公が回想を織り混ぜながら、当時知らされなかった秘密に迫っていくというもの。


──工学を辞めて動物の写真家になれよ。才能を無駄にするべきじゃない。もしプロの歌手の父親が子供にクリケット選手になるように説得していたら?もしプロのクリケット選手の父親が子供に歌手になるよう説得していたら?彼らはどうなっていたと思う?僕が言っていることが分かるか?動物が好きなのになぜ機械と結婚するんだ


 作中、主要メンバーの1人が進路で悩む友人に声をかけるシーンだ。本当は動物が好きな友人の背中を押す。そのシーンだけが、ひどく頭に残り続けた。

 コメディというわりには、ときおりシリアスなシーンが出てくる。ただ、映画のように人生がうまくいくのなら、人生に悩んでいる人間はもっと少ないだろう。

 理想の物語と現実の生活は違う。そうは分かっていても心に刺さる小さなトゲが抜けることはなかった。


***


 映画を観た後、ちょっとお洒落なレストランに入った。店内は薄暗く、客も貴婦人のような高そうな服を着ている人がほとんどで、正直、俺たちは浮いていた。

 どうしてもここがいいと理沙が喚き続けるので、こちらが折れた。

 普段、入らないような高めのレストランなので、俺はひどく緊張していたが、彼女がいつも通りなので馬鹿らしくなって、自然と緊張もほぐれた。

 俺たちは食事をしながら映画の感想を話す。と言っても、ほとんど彼女がしゃべっていた。


「あー面白かった!特に動物写真家を勧めるシーンとか良かったわ。あたしはやっぱり音楽が好きだって改めて思った」

「そうだな」


まだ、映画のワンシーンのことを考えていて、空っぽな言葉を返す。


「あんたは、やりたいことはないの?」


という理沙の問いに対して俺は即答することができなかった。微かに心が揺れるも、すぐに平静を取り戻す。


「特にやりたいことはない。普通に就職してそれなりに暮らせればそれでいい」

「なにそれ、楽しいの?」

「俺の人生だ。他人にとやかく言われる筋合いはない」

「ばっかじゃないの、嘘下手すぎ」

「どこが嘘なんだよ、俺のこと何も知らないだろ」

「そうやってなんでもかんでも頭の中で答え出して楽しい?ただ臆病なだけじゃない」

「は?誰が臆病だって?」


 やや言い返すような口調になる。1日中、慣れないことを続けていた疲労もそのぶっきらぼうな態度を後押ししていた。

 なぜ、何も知らないやつにここまで言われなければならないのか理解できない。


「じゃあ、なんでそんな怒ってんの?知ってる?あたし達、人間ってさ。興味のあるものにしか反応しないんだよ。自分でも分かってるんでしょ。どうしたいのか」

「…………」

「あんたは諦めてなんかいない。諦めた人はそんな顔しないわ」


自分の表情など正確には分からない。しかし、ひどい顔をしている自覚はあった。


「自分の人生でしょ!いつまでも人のせいにしないで自分の頭で考えなさいよ!いつまで他人の人生の採点係してるのよ。早く自分の人生を歩きなさい!」


一方的に説教をしてくる。どこの熱血教師だ。彼女も相当、気持ちが高ぶっていた。


「ガキが偉そうに言うな」

「ガキじゃないわ」

「ガキだ」

「ガキじゃない」


もう子どもの喧嘩だった。

周りがざわついているようだったが、関係なかった。


「俺は自分の人生を他のやつより冷静に見れてる。誰だってうまくいくなんて幻想だ」

「冷静?逃げてるの間違いでしょ?」

「逃げてない」

「逃げてるわ」

「もういい、黙れ」

「逃げ続けるなら残りの寿命を全部あたしによこしなさいよ!ふざけんな!つまらないプライドにこだわってるだけじゃん!」


その台詞は卑怯だ。思わず言葉を失う。


「なんとか言いなさいよ」

「ウザいんだよ!いくら夢見たって現実には歴然とした才能の有無ってのがあんだよ!分かったようなこと言うな!」


俺は完全にキレた。相手が誰とか関係ない。怒りがおさまらない。


「批判されたからなんなの?馬鹿にされたからなんなの?周りにすごいやつがいたからなんなの?関係ないでしょ!あんたは頑張ってる人を馬鹿にするようなやつのために生きてるの?そうじゃないでしょ。自分のために、好きな人のために生きてるんじゃないの?スタートラインにも立ってないくせに簡単に諦めんな」


その後も俺たちは互いに罵声を浴びせ続けた。彼女の一言ひとことが、俺の心をエグり続けた。最後は、もう知らない勝手にしろと顔面に水をぶっかけて、彼女は店から出ていった。



  俺はびしょ濡れになった服を見ながら、溜め息をついた。


──なんなんだよ、いったい。


***


 帰宅すると、家の鍵が開いていた。どうやって入ったのか謎だが、部屋に入ると寝室には鍵がかかっていた。ご丁寧にドアには絶対に開けるなと書かれた紙が貼ってある。

 ふぅと息を吐く。冷蔵庫から烏龍茶を取り出し、コップに注ぐ。ボーッとしていて、注ぎすぎてしまい、お茶がこぼれた。


「うおっ」


 焦って、変な声が出た。タオルで拭いてから、とぼとぼと歩き、テーブルにお茶を置いた。気が抜けたようにソファに腰かける。

 俺はなにをやってるんだろうと少しずつ冷静さを取り戻してきたのか、自嘲した思考が浮いてくる。

 年下の女の子に痛いところをつかれ、逆ギレするなんてらしくなかった。お茶を飲みながら、心を落ち着かせる。


───自分でも分かってんでしょ。どうしたいのか


 彼女に言われた言葉を反芻する。俺だって自分の気持ちなんか分かっている。分かりすぎるくらい分かっている。だからこそ、それが苦しかった。見ないようにした。求めても求めて得られない苦しみにまたのたうち回ることになるから。

 彼女の言う通り昔は夢を見ていた。何も知らずに真っ直ぐに夢を追いかけていた自分。毎日が楽しくて仕方がなかった。ただ、それは一瞬の煌めきでしかなかった。

 あいつが俺の前に現れた。その才能に到底追い付けないと思わされた。あいつと出会ってから全てが苦しみに変わった。

 自分でも分かってる。あいつが悪くないってことくらい。俺自身の問題だ。だから、人一倍努力を重ねた。

 でも届かなかった。届くどころかあっという間にそいつの背中は見えなくなった。そもそも背中なんて見えていなくて、元々の住む世界が違ったのかもしれないと思うようになった。

 そういえば、なんとなく理沙とあいつは似ているように思えた。自分の好きなことを夢中で追っかけて、全力で生きる。そして周りに良くも悪くも影響を与えるタイプの人種。そっくりだった。

 これ以上、考えるのは止めよう。意味がない。少し、早いが寝ることにした。だけど、全く寝付けなかった。

 俺はソファの上で、昔のことを思い出していた。確かあれは中3の2学期初めだったか。


──あの天才と出会ったのは



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