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君は秋の空に煌めく流星に似ていた  作者: 双葉 紡
一章 夢と現実
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第2話~女の心と猫の目

「デートに行くわよ!」


 ご飯を食べ終わり、一息つこうとした矢先、彼女はそんなことを言い出した。やりたいことその2が【デートをすること】らしい。

 俺は、げんなりしながら靴を履き替える。誰が好き好んで、他人と夏の真っ昼間からデートなどせねばならないのか。

 もう夏休みも2週目に入る。7月下旬、夏も本番という感じだ。照り付ける太陽で身体が溶けてしまうのではないか。

 そんなことを考えながらも、渋々付き合うことにした。彼女を放置すれば、色んなところで被害者が続出することは目に見えていたからだ。

 もはや保護者の気分だ。飼い主と言っても遠くない気がする。紐などつけても食いちぎりそうだが。

 

 流されるままにルンルン気分で前を歩く少女についていく。デートのプランは既に決めていると言う。

 地下鉄の改札を出て、最初に目に写ったのは、人の波。左を見ても右を見ても人、人、人。

 すでに帰りたい。

 彼女は近くのファミリーレストランに突撃していた。

 どうも満席らしい。夏休みのランチタイムだ。家族連れやカップルも多い。

 それにも関わらず、彼女は無理やり相席をしようとして、他のお客さんを困らせていた。

 代わりにすみませんと謝罪をし、丁度空いた席に入る。店員も苦笑いで案内してくれた。

 そもそも飯は先ほど食べたばかりだ。与えたご飯の量が少なかったのだろうか。


「なんか失礼なこと考えてない?」

「別に」


 適当にはぐらかす。妙なところで鋭いやつだ。

 彼女はメニューの裏を開き、一番お高いパフェを注文した。まるでどこに何があるか分かっているレベルだった。下調べでもしたのかもしれない。

 店員を待たせないように俺も慌てて、自分もチーズケーキとコーヒーを頼む。


「じゃあ、あたしから自己紹介するわね」


 そう言って彼女は自己紹介を始めた。何もかもが唐突だ。


「歳は15。牡羊座のO型。好きなものは、音楽。特にロック。激しいやつね。聴くのも好きだし、歌うのも好き。

 あとは甘いものも好きかな。特にアイスとかパフェとか大好き。苺のショートケーキなんか最高よね!

 男性のタイプはイケメン。あと決断力と行動力のある人ね。あ、それと優しい人。

 逆に嫌いなタイプは優柔不断で、うじうじ考えるやつ。あとね……」


しばらく終わりそうにないので、話し半分で聞く。ファミレスのチーズケーキ、意外と美味しい。


「ねぇ、ちょっと聞いてんの?」

「聞いてる」

「じゃあ、あたしが中学の時に好きだったバンドは?」

「………」

「ほら、聞いてないじゃない」


 そんなこと言ってた記憶はない。たぶん言ってない。さすがに聞き逃すほど、ボケてはいない。


「まぁいいわ。じゃあ次、あんた」


 急に話をふってくる。何を話すか考えているとすぐに口を挟んでくる彼女。


「別にお見合いじゃないんだからテキトーでいいよ」


 そうだな。言われてその通りだと思った。だから思ったことをそのまま伝える。


「高校3年。1人暮らし」

「うんうん、それで?」

「終わりだが」

「はあ?」

「自己紹介おわり」


 パフェを食べる手をとめて、ぷるぷると震えている。冷たいものを食べて、寒くなったのだろうか。それに、けっこう空調も利いているしな。


「もっと色々あんでしょーが!」


 手をテーブルに思いきり叩きつけ、強烈な咆哮を店内に響き渡らせる。

 他の客も、店員も何事かとこちらを見ている。

 俺は席を立ち、なにもないですよと手を振り、謝罪も込めて頭を下げる動作をする。

 なおも、興奮気味な彼女。


「パフェ溶け始めてる」


 彼女は、驚いたようにパフェを確認して、なんで早く言わないのかと騒ぎつつもまた食べ始めた。

 やっと静かになった。幼稚園児を世話してる気分だった。保育士も大変だ。

 

 その後も理沙は一方的に話し続けた。話をまとめると、生前は病気がちで身体が弱かったので、ほとんど病院のベットの上で過ごしていたそうだ。

 だから普通の女の子のようにお洒落したり、遊んだりするのが夢だったらしい。

 その後、楽器屋に行きたいと言い出したので、スマホのナビを頼りに彼女を案内することになった。


***


 暗めの店内を淡いオレンジ色の光が頼りなさげに照らしていた。店内ではジャズの音楽が流れている。あまり詳しくないので曲名などは分からない。客はまばらで、試し弾きをしている人がいれば、店員に何やら相談をしている人もいた。

 店内を楽しそうに物色する理沙。あっという間にいなくなった彼女はギターの置いてあるコーナーにいた。

 ギターを眺める彼女の瞳は玩具売場で無垢な瞳を輝かせる子供のようにキラキラしていた。

 振り返り、こちらを向く瞳が何を訴えているのかは、鈍い俺でも分かった。


「ありがとうございましたー」


 店員の明るい声を背に、横を歩く少女を見る。気持ち悪いくらいニマニマとした表情でギターを抱き締めていた。


「ありがとっ」


 破顔した表情を浮かべ、お礼を言ってくる少女。生前もギターをよく弾いては、自分で曲を作っていたらしい。

 楽しそうに話す彼女は、それはもうご機嫌だった。

 予想以上に高い買い物だったが、バイトもしてるし、たまにはいいかと思う。娘のいる父親とはこんな気持ちなんだろうか?と俺は、意味の分からないことを考えていた。


***


 途中、理沙が本屋に行きたいというので、この近くでは一番の品揃えを誇る大型書店を訪れた。

 夏休みということもあって、やはり客は多かった。絵本コーナーには子供が、専門書のコーナーにはスーツを着た男性が多く、恋愛小説コーナーにはカップルや文学少々らしき女の子がいる。

 理沙は漫画のコーナーに向かう。

 俺はそのコーナーには入らずに近くにあった小説を手に取り、ペラペラと捲る。


「あんたはどんな漫画が好き?」


 急にふられた質問に少し考える。あんまり読まないから分からないと答えると、少し悲しそうな顔をして、すぐにムッとした表情をした。

 何か言いたげだが、言葉を飲み込んだらしい。

 正直、なぜ彼女が怒っているのか検討もつかなかった。


***


「なんで全然当たらないのよ!機械壊れてるんじゃないの?」


 別に機械は壊れていない。お前が振り遅れているだけだ。

 俺たちは書店に立ち寄った後に、レジャースポーツ施設に来ていた。バッティングセンターでホームランを打ちたいと言い出したので、連れてくればこの有り様だ。

 やりたいことリストが多くないかと突っ込むと、デートの一部だと容易く切り捨てられた。


「全体的に振り遅れてる。もっと早めに振ってみろ」


 仕方ないので、アドバイスをしてやるが、結果は変わらず。

 バットを握るのも初めてのようで、バットを振っているのか、バットに振り回されているのかよく分からないことになっている。

 ぐぬぬと歯噛みし、悔し涙を浮かべながら、彼女は納得がいかないという表情を浮かべ、バットを手渡してきた。

 俺はホームラン級の当たりを連発する。けっこうスポーツは得意だ。


「なかなかやるわね………あたしの次に良いセンスしてるわ」


 特撮ヒーローものの悪役でも、もう少しセンスの良い捨て台詞を吐きそうだなと思った。


***


 次は負けないわよ!とボーリングを始める

が、これまたガーターばかり。どうやら理沙は、全体的に運動が苦手なようだ。

 ボールに身体が引っ張られているから、ぶれないようにまっすぐ腕を振り抜けと、俺は簡単なアドバイスする。

 すると、理沙の投げたボールは吸い込まれるように先頭のピンに当たり、はじけて、ドミノのように倒れた。まさかのストライクだった。投げた本人自身が固まっている。


「見た?」

「ああ」

「今のってストライクよね?あたしって天才なのかも」


 調子に乗った理沙は、こちらに向かって走ってきて手を振り上げる。

 俺は、条件反射的に手を上げてしまい、ハイタッチを交わすこととなった。

 うふふと未だに喜びを隠さない少女。

 俺は内心、ちょっと恥ずかしかった。


 俺は気を取り直して理沙と交代する。スコアは200を越えた。なかなか調子が良さそうだ。

 唖然とする少女。


「なんでよ!こんなのイカサマよ、そうに違いないわ」


理不尽過ぎる言い分だった。


「次はバスケで勝負よ」

「なんで勝負になってるんだ」


***


 最後はバスケットをした。予想通り、勝負にならない。彼女は半泣きだった。

 仕方がないので、手加減してやるかと手を抜いてやると、理沙は怒り出す。


「バカにしないでよっ」


 俺は頭をかきながら、息を吐く。じゃあ、ちゃんとやってやろうじゃないかと大人げなくやる気を出す。

 理沙は慣れないドリブルをしながら突っ込んできた。

 すぐに俺はコースに回り込み、彼女の行動を制限する。それでも無理やり抜いてこようとしたので、身体が接触し、彼女がバランスを崩した。


「おいっ」


 2人の足が交差し、彼女が前のめりに倒れそうになるのをとっさにかばって下敷きになる。


「うっ…………」


 鈍い衝撃を全身が襲い、一瞬呼吸が難しくなる。しかし、幸いなことに少しかすり傷ができたくらいで大したことはなさそうだった。


「え?だ、大丈夫なの?」


 とても慌てた様子で、被さったまま容態を聞いてくる彼女。大したことはないことを伝えるとホッとした様子を見せる。


「それより早く下りてくれないか?少し重い」


 俺の言葉に、今の状況を冷静に把握していく彼女の顔を赤らめる。

 すぐに身体を離して自分の身体を両手で隠す仕草をした。


「バカっ!変態っ!痴漢っ!それに重くないでしょ!ほっんと失礼ね!」


 助けたのに罵倒される。でも、お陰で怪我はなさそうだった。

 ふうふうと肩を上下させながら威嚇する猫のように意識をピンと張る少女は、しばらくして落ち着きを取り戻していく。


「で、でもよく考えたら、あたしが無茶したからよね。ごめん」

「そうかもな。でも怪我も大したことないし気にするな」


 子供を守るのは、大人の役目だ。実際は3歳しか変わらないが。気持ち的にそんな感覚だった。感謝される謂れはないし、俺がむきになったのも問題がある。




──ありがと


消えるような小さな声で彼女は、そう呟いた。俺にはそう聞こえたが、気のせいかもしれない。


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