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君は秋の空に煌めく流星に似ていた  作者: 双葉 紡
一章 夢と現実
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第1話~可愛い闖入者


 朝からインターホンが鳴り響いた。

 俺は、意識が半覚醒した状態で、目を擦る。重たい瞼を持ち上げ、目を開けると、カーテンが半開きになっていて、太陽は既にある程度の高さまで昇っていた。

 眩しくて、少し顔を背ける。なんとか上体を起こし、軽く伸びをして、欠伸を噛む。

 夏休みに入ってから少々夜型になっていた。だから自然と朝も若干、遅い時間に起きるようになる。


 早朝とは呼べないが、時計を見ると9時過ぎだ。誰かの家を訪れるには少々早いのではないかと言いたくなる。遊び盛りの小学生でもあと2時間は待てる。

 そんな珍妙な訪問者の心当たりなど一人しかいなかった。

 再び、インターホンが鳴り響く。今度は連続性を持って、けたたましく鳴り響いた。

 勘弁して欲しい。

 そう思いつつも止めさせなければ、近所の人にも良い迷惑だ。

 のそのそと身体を起こし、ベッドを出る。

 床に置いてある荷物に少しつまづきつつ、ドアの鍵を開けた。

 ほとんど間を置かず、勢い良くドアが開く。


「遅い!」


 そこには昨日ぶりに会う幽霊少女が腕を組み、仁王のように立っていた。

 顔の造形は確実に彼女である海奈であるが、睨み付けるような瞳と飛びかかってきそうな雰囲気が相まって、まるで別人のように思える。

 それにキレイな黒髪を高い位置で括り、いわゆるツインテールと呼ばれるものになっている。服は海奈が普段着ないであろう黒を基調としたロック風だ。そして彼女の横には少し大きめのキャリーバック。

 そもそも、俺は家の場所など教えた記憶などない。


「インターホン鳴ったらすぐに出なさいよ」


 開口一番、理不尽な物言い。

 なんだ、この異常な状態は。夢であったならそれが一番助かるのだが、それは有り得ないだろう。

 理解を越えた現象に呆けていると、お邪魔しまーすと靴を脱ぎ、彼女は横を俊敏な猫のようにすり抜けていく。

 そして部屋を物色し始める彼女には、もう俺のことなど目に映っていないようだった。


「へーなかなか男子にしては綺麗にしてんのね」


 そんな聞いてもいない採点結果を伝えてくる。

 綺麗というかこの部屋はそもそも物が少ない。シンプルで使いやすい方が好きだし、客を招くようなこともない。せいぜいが、たまに親が様子を見に来る程度。

 玄関から見た正面に薄型のテレビが備え付けられ、その左横に使い慣れたデスクトップ型PCが一台。そして1人には少し大きめのソファ。インテリア要素のあるものなど置細々した物は置かない。

 1LDKの作りで、寝室の本棚には漫画がたくさん置いてあるが、綺麗に整理されていて、ここしばらく触れた記憶はない。

 昔から物欲はそれほど多い方ではなかった。あるもので済ませるタイプ。

 彼女はひとしきり部屋を調べ終わるとベットの下を覗き込む。

 猫の伸びのようなポーズをとり、ベットの下に顔を入れる。

 警戒心と言うものがないのだろう。自分も一応健全な男子なはずなのだが、本人に気にした様子はない。


「何してんだ」

「何って見て分かんない?エロ本探し」


 もう話をするのも億劫だった。

 彼女は、うーん、ないな、ここか、ここなのか、絶対あるはずなのに、とよく分からない独り言を呟いていた。


「別に今さらお前の奇行については言及はしない。しかし用件を先に言え」


 黙っていても現状が良くなるとは思えない。仕方がないので聞くだけ聞いてみる。


「あたしのやりたいことリストその1よ。男の子と同棲すること」


彼女のやりたいことその1が【同棲すること】だった。


「心配しないで。あなたの彼女さんの親には友達の家に泊まるって言ってあるし、お金もちゃんと持ってきてるから」


 何からつっこみを入れたらいいのか分からなかった。

 別に彼女の心配などしていない。頭の心配は多少しているが。そんな益体のないことを考える。

 聞けば、海奈の父親におねだりして、お小遣いもたっぷり貰ってきたらしい。

 そういえば海奈は良家のお嬢様だと以前聞いたのを思い出す。

 

 俺は親の都合で、現在一人暮らしをしているので、家には自分以外に誰もいない。

 部屋はマンションの一室だが、今時珍しくオートロック等の犬や猫を遮断する扉はない。だからこうやって変わった野良猫が迷い込む。


 俺は頭を抱える。そんな様子などお構いなしの彼女は、キャリーバックの中身を出し始める。


「こっちの部屋はあたしが使うから」


 彼女は、1LDKの一室を占拠し、勝手に部屋を改造していく。

 俺は諦めて、もう勝手にしてくれと呟いた。


***


 俺の部屋にこもった不法侵入者は放っておいて、お気に入りのソファに腰を下ろす。

 最近、売れている芸人が司会をしているローカル番組をボーッと眺める。頭にはあまり入ってこない。

 

 ふと、考えが浮かぶ。

 昨日から自分の人生がおかしな方向に進んでいるのではないかと少し危惧したが、だからと言って、今さらどうすることもできないし、どうこうするつもりもない。

 自分の中で結論と呼べるか分からない結論を出す。

 基本的に日和見主義だ。現在の状況にある程度、身を任せることにした。

 そんなとりとめもないことも考えながら、お腹が虫がくうと鳴った。


 何か作るか。

 テレビをつけっぱなしのまま、ソファから腰を上げる。

 何があったかと冷蔵庫を開いて、今日の朝飯だか、昼飯だか分からないご飯の献立を考える。材料の残り具合を見て、チャーハンと野菜炒めに決める。

 一人暮らしなので、普段から料理はする。本当に面倒なときは出来合いのものを買うが、基本的には作るタイプだった。  

 さすがに2年も1人暮らしを続けているので、料理もそれなりに覚えた。

 俺は卵を割り、かき混ぜる。

野菜はすでにカットしたものを何種類かミックスにして保存している。こうすればお肉を入れて炒めるだけで野菜炒めになるし、他の料理を作るときも楽だ。買った日に小分けしたり、カットしたりしておくと翌日以降の調理は簡単。

どうせ作るなら美味しく楽な方がいい。

 熱したフライパンに卵を入れながら、そういえば一応、お客がいたことを思い出す。

 招かれざる客ではあったが、一人分つくるのも、二人分作るのも、大して変わらない。

 材料をプラスして、手早く炒める。味の好みが分からないから個人で調整できるよう薄味にしておく。

 一通り料理ができたので、ドアを開けて、自分の部屋にいる不法侵入者に呼びかける。自分の部屋をノックする必要などない。


「おい、飯できたぞ」


 勝手に部屋のベットに、猫のように丸くなり、心地良さそうに眠っていた。

 その顔は安心しきった幼子のようだった。かすかに寝息が聞こえる。

 いったい、どういう神経をしているのか。

 彼女の頭の近くには一冊のノートとボールペンが転がっていた。

 再度、大きめの声で呼びかけるも起きないので、近づいて少し揺することにする。

 ノートを見ると、丸い可愛らしい文字で、詩のようなものが書かれていた。行動が不可解な彼女は、どうもメルヘンな趣味をお持ちのようだった。

 軽く、揺すると、うーと少し唸りながら、手を叩かれた。寝返りをうちながら、あと5分と聞いてもいないテンプレートを返してくる。


「おい、起きろ」


 ちょっと強めに彼女のデコピンをお見舞いする。


「あいひゃ」


 よく分からない奇声をあげながら、額をこする彼女。

 目が合う。彼女は上体を起こし、ベットの上に座り直す。少しの間、見つめ合う。


「どうやら殺されたいみたいね」

「俺にそんな危ない性癖はない」

「もっと優しい起こし方があると思うんだけど」

「先にちゃんと声はかけた」

「他になんか変なことしてないでしょうね」

「するか」


 彼女は警戒心の強い猫のような目付きで聞いてくる。今にも飛びかかってきそうな雰囲気を醸していた。


「何もしてない。飯ができたから呼んだだけだ」

「ご飯?」


 きょとんとした表情になり、目を丸くし、不思議そうな顔をする。目まぐるしく移り変わる表情。


「食べるならリビング来い」


 そう言って、俺は部屋を出る。

 お腹空いてないかもしれないし、勝手に作ったのはこちらなので伝えるだけ伝えて判断は任せる。

 一応、二人分の料理をテーブルに並べ終わる頃、いぶかしげな表情を浮かべた彼女がやってくる。


「嫌いなものとかないか?」


 味の好き嫌いなど全く知らないが、もし仮に彼女の言うことが本当であればしばらく一緒に住むということになる。

 一応、参考に聞いておこうと思った。


「だいじょうぶ」


 未だに状況がつかめていない様子で落ち着かない様子を見せる。

 俺は、いただきますと手を合わせて、ご飯を食べる。

 遅れて小さな声でいただきますと彼女が続いた。恐る恐るといたゆっくりとした動作で箸を動かしている。


「毒入り?」

「勝手に俺を殺人犯に仕立て上げるな」

「どういうつもり?」


 彼女は今さら警戒した声で訪ねてくる。一方的に押し掛けてきたから嫌われているとでも思っているのか。

 普通のやつならそうかもしれない。だが、今さらジタバタしたところでどうにもならないし、現状を大きく変えられないなら、今の現状に合わせていくのが、一番ストレスが少ない。

 これは俺個人の考えなので、もちろん周りにそれを要求することはない。


「別に嫌なら食べなくていい」

「食べるわよ」


 やや不満な顔を残しながらも、彼女がそれ以上追求することはなかった。

 性格のわりには、というのは失礼かもしれないが、本当に綺麗な所作で食事をしていた。

 箸の持ち方もそうだし、なんとなく絵になる感じがする。


「これ、あなたが作ったの?」

「そうだけど、口に合わなかったか?」

「すっごく美味しいわ。悔しいけど」

「そりゃ良かった」


 どうやらお口に召したようだ。

 怒って、笑って、騒ぐだけかの人間かと思っていたが、素直に人を褒めることのできる少女らしい。

 彼女はその後もペースを落とすことなく、残さず綺麗に食べ終わった。


「ご馳走様でした。料理上手なのね。すごいわ」

 

 彼女は屈託のない笑顔を浮かべながらまた称賛してくれた。食器を片付けながら、どうもとぶっきらぼうに返す。ちょっと照れ臭かった。

 皿をキッチンに持っていき、洗ってから水切りの入れ物に並べていく。

 キッチン越しからリビングを見る。

 彼女はテレビを見て、お昼の長寿番組を見て、けらけらと笑っていた。本当に騒がしい。

 ただ、その騒がしさも案外悪くないと思う自分も確かに存在していた。


 しかし、その後に起こる出来事によって俺はその考えを改めることになる。

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