第7話~夕焼けと君のフォトグラフ
遊園地からの帰り道。
俺は、理沙と少し長い橋の上を歩いていた。夕焼けが川に映っている。彼女は、ギターを背負っている。目の前には、2人分とギターの影がのびていた。
「大丈夫なの?」
彼女は、覗きこむようにして、心配そうな顔を浮かべた。
「ああ……いや、ちょっと大丈夫じゃないかもな」
「ちょっとじゃないでしょ?」
「…………」
「よく頑張ったわね。えらいえらい」
幼稚園児をあやすような言葉。だけど、今の俺にはそれが効果抜群で、ふつうに泣きそうになる。でも涙を見られたくなくて必死にこらえた。
「悠太は、優しいから。応援したくなるのよ」
彼女は優しい笑顔を浮かべた。夕焼け空とその笑顔のセットは、一枚の風景写真のようだった。その幻想的な雰囲気に少しだけ見とれた。
「どうしたの?」
きょとんとした顔まで意識を吸い込まれそうになる。
俺は慌てて、なんでもないと手をふり、顔をそむける。心臓がバクバクしていた。少し深い呼吸をする。
冷静になると同時に先ほどケンカしたばかりの彼の顔が浮かんだ。
今回のことは、全く予想できない結果になった。つらくないと言えば当然、嘘になる。
「悠太、あのね、今日のことなんだけど……」
彼女は、気まずそうに口を開いた。気を使って、慰めてくれようとしてるのかもしれない。
「おまえが気にすることじゃない。巻き込んで悪かった」
「そうじゃないの! そうじゃなくて!」
「ん? もしかして樹に惚れたのか?」
俺は、あえて話をそらした。彼女には笑ってほしいと思うし、これ以上迷惑はかけたくない。
「ち、ちがうわよ! なんで、そうなるのよ!」
予想通り動揺した彼女は、腕をピンと伸ばし、手をグーにして抗議してくる。
「違うのか。まぁ、お前が樹と仲良くしてるのを見るのはモヤモヤするからな。勘違いで良かった」
「へ? な、何言い出すのよ!急に」
彼女は顔を赤らめて、クネクネしていた。クネクネとしか表現しようがない動きだから、クネクネだ。
「なんだよその動き。めちゃくちゃ気持ち悪いな」
彼女の顔が途端に真顔になる。そしてすぐさま怒りの表情に変わった。本当に変幻自在だ。
なんだか、不思議とからかいたくなるのだ。それが彼女の魅力かもしれない。
「前言撤回。もう少し早く登場しなさいよ、危なかったんだから」
「悪い。ちょっとトラブってた」
「女の子?」
「は?」
「女の子でしょ」
「……よく分かったな。具合悪そうだったから、ベンチまで運んで、彼氏が来るまで付き添いしてた」
「ふーん」
「なんだよ」
「可愛かった?」
「は?まぁ可愛い子だったな」
彼女はグーパンチを俺の腰にしてきた。けっこうみぞおちに食い込んできて、普通に痛い。少しからかいすぎたかもしれない。
「普通に痛いんだが」
「うるさいわね。だっこしなさい」
「は?」
全く話のつながりが分からない。彼女は、いたって真剣な表情だ。
「だっこだっこだっこだっこ」
手をバタバタと太ももに当てて、わがままモードになる。こうなるとなかなか言うことを聞かない。
「子どもかよ」
「子供扱いすんな!いいから黙っておんぶしなさい!やりたいことリストなの」
「今作っただろ絶対」
「ぐちぐちうるさいわね」
「足くじいたの、早くしなさい」
「一瞬でバレる嘘つくなよ………はいはい、仰せのままに、お嬢様」
「ふふん」
俺は敗けを認め、身体をかがめる。
機嫌を取り戻した彼女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
人通りが少ないとは言え、恥ずかしいことには変わりがない。
「うおっ」
理沙が飛び乗ってきた。軽い。こんな小さな身体のどこに、溢れるようなエネルギーが隠されているんだろうか。
華奢ではあるが、背中のあたりに確かな質量を感じた。顔色はもちろん変えない。
「えっち」
「別に何も考えてねぇよ」
「それ白状してるのと一緒よ? 悠太はバカね」
「…………」
少し失敗した。
「少しかっこよかったから、サービスだと思いなさい。さぁ! 悠太号発進よ! 全速前進!」
「勘弁してくれ。疲れてる」
やりたいことリストに、悠太号。彼女は、相変わらずのレベル0のネーミングセンスだ。
文句を言いつつも、俺はできる限りの速度で走った。後ろから、やっほーとか、さいこーとか、いけいけーとか、楽しそうな声が聞こえてきた。
理沙は彼女じゃない。でも俺を救ってくれた大切な恩人だ。彼女の声を聞いていると、色んなモヤモヤが少しだけ消えていった気がした。
***
俺は帰りの飛行機で樹のことを考えていた。
彼の本音を聞くのは始めてだった。
あのときは勢いで、やり直したいと言った。でも、本当にそれが可能なのだろうか。そう思えるほどに俺たちの作った溝は大きい。
あいつは何を悩んで、苦しんで、あんな行動をとったのかは深い部分までは分からない。
でも、やっぱり悩んでいるなら助けてやりたいと思う。
少しだけ時間がかかるかもしれない。
それでもまた、一緒に笑って話せる日が来るといい。
──君は漫画を描ければ満足なの? 漫画家になりたいの?
樹の言葉が何度も脳内で繰り返された。
俺が漫画家になる。正直、想像がつかない。本当になれるんだろうか?
──僕は仕事としてやってる。当然プレッシャーだってある。
彼はもう実際に働いている。
それに比べて俺は、高3の夏休みだと言うのに、進学も就職も決めてない。漫画家どうこうの前に、1人の人間として、社会でやっていけるんだろうか?
進学するなら、今から猛勉強しなければならないだろうし、働くにしても考えなければならないことは山ほどある。仮に漫画のアシスタントをできることになっても、それだけでは食いつなげないだろう。
どんどん深い沼にはまっていくような感覚になる。
「ゆうた……だいじょうぶらよ」
驚いて横を見ると、理沙はスヤスヤと寝息を立てていた。こうやってみると本当に子どもだと思う。
以前、買ってやったギターをぎゅーっと抱きしめている。
寝言かよ。一体、どんな夢を見ているのだろうか。
夢の中まで応援してくれてのかと思うと、単純にうれしかった。そして彼女は、すごいやつだと思った。
俺はわがままなのかもしれない。
俺は欲張りなのかもしれない。
理沙の隣にいたい。
樹ともまた友達に戻りたい。
でもそれ以上に2人には幸せになって欲しい。
樹とは結局、相容れないカタチになってしまったけれど、またいつか友達になれたらいいと思う。
隣の少女の寝顔を見ていると、それがなんだができそうな気がするから不思議だった。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。作者都合で一旦、執筆を休止させていただくこととなりました。早ければ4月からまた連載をスタートします。勝手な都合で申し訳ありません。ではまた、作品を通して再会できることを願っています。ありがとうございました