第8話 儀式
外に魔法使いがいるなんてことは知らず、陽喜に触れる雫は本人の知らず知らずのうちに、恋する乙女の顔になっていた。
「……雫ちゃん?」
雫がいないことに気がついた華が、目を擦りながら上体を起こした。
姉の言葉にドキッとした、雫は陽喜を撫ででいた手を咄嗟に引っ込めた。 それを見逃さなかった、華は訝しがめな眼差しを向ける。
「――何を隠したの? 雫ちゃん?」
「か、隠してないよ」
「嘘だよ、私には見えてるよ? 私達の間に隠し事なんてしないで」
華は雫に躙り寄る。 雫は少し恥ずかしそうにしながら「ただ、お兄さんの顔を触ってただけだよ」と口を開いた。
「そっか、そうだったんだ。 隠さなくていいのに」
華はそう言うと、雫の手をそっと握った。
「雫ちゃんは、お兄さんのことが“好き”になっちゃったんだね」
まだ自覚していなかった、気持ちを真正面から言われた雫は「すき……す、すき」と小さく口を開き、ぼっん!と頭から煙が見えると思えるほど、一気に顔を紅く染めた。
「やっぱり私達、姉妹だね」
「え、お姉ちゃんも、なの?」
「うん、ごめんね」
「ううん、謝ること無いよ。 私も姉妹だって思ったし、凄く嬉しい」
「そっか、よかった」
姉妹は軽く互いを引き寄せる。 肌のぬくもりを感じ、おでこを合わせる。
「ねぇ、雫ちゃん」
「なに? お姉ちゃん」
姉妹は目を合わせた。 姉の眼は酷く歪んだ、優しい色をしている。
「お兄さんはきっと私達の王子様なんだよ。 ピンチの私達の前に、現れた優しくて素敵な人。 ずっと一緒に居たいよね、私達と一緒に」
「うん」
雫が肯定したのを聞いて、華はポケットに忍ばせていた、ガラス片を取り出した。
「眼はもう変えられないし、どこが良いかな?」
「私お兄さんの声好き」
「そっか、なら声帯? けど、声帯って1つしかないし、上手に割れるかな?」
雫は顔を横に振り、華の言葉を否定する。
「お兄さんの声が好きなだけで、一緒になりたいわけじゃないの、ずっとこの声を聞いていたいって思うの」
そうかと口にする華は、少し考え後、ならと声をあげる。
「耳は?」
「いいかも、私達の耳をお兄さんにあげて、お兄さんの耳を私達が貰うの」
雫が恍惚とした声を出す。
雫を見てた華は、流れるようにガラス片を陽喜の耳に当てる。
「それじゃあ、交換しようか。 お兄さんは痛いだろうけど、私が治してあげるからきっと大丈夫」
砂糖の様に甘く耳元で囁き、氷のように冷たくなったガラスを、陽喜の耳の付け根に降ろす。
雫は今か、今かと興奮を隠せず、息を荒くしていた。 大好きな人と1つになれる。 大好きな人をいつでも感じていられる。 大好きな人がいつでも私と一緒にいてくれる。 そう思うと呼吸は荒くなり、綿飴のようにしっとりと絡みつく吐息が漏れる。
「そこまで」
双子の昂った気持ちに、落ちる冷たく鋭い声。 葵が放った一言だった。
「……なんですか? 止めないでください。 私達は今から1つになるんです。 3人で1つを共有して、ずっと一緒にいるんです」
葵はため息を付き、能力を発動させて、その紅く輝く瞳で双子を射抜く。
双子は蛇に睨まれた蛙様に冷や汗を流し、動きを止める。 双子の本能が「今動いたら殺される」と大音量で訴えかけている。
「私の兄になをしているの?」
煌々と輝く光輪、突き刺すような紅眼、場を掌握する様に拡がる銀翼。 葵から放たれる絶対なる強者の圧力。 一度動けば狩られる感覚。 双子は今、葵の言葉に反発しようにも、指が、体が、声帯さえも震えない。
「何を、しようとしているの?」
葵の問に答えなければいけないのは、わかっているが、喉から声が出てこない。
「何か言ったらどうなの?」
最初に声を出したのは、妹の雫だった。
その声は蚊も殺せない程、弱々しかった。
「わ、私達は、お兄さんと一緒になり、たいんです」
変な所で途切れるその声に、眉をピクリと動かす葵。 火を見るよりも明らかに、怒っている。
「私のお兄ちゃんと一緒になりたい? さっきからずっと聞いていたけど、貴女達は何を言っているの?」
葵は最愛の兄を護るべく、一睡もせず、ただ息を殺し、目を瞑っていた。 この何処か歪な双子の正体を暴くために。
「やっぱり寝ないでよかった。 もし寝てしまっていたら、私の兄がキメラにされていたかもしれないなんて。 そんな事が起きたら死んでも死にきれない」
葵の本気の怒りを目の当たりにする双子。 両親とは違う怖れを感じていた。 両親は只々存在が恐怖だった。 葵は恐怖の他にも神々しさ、格の違い、そういったモノ含み、畏怖していた。 怖いだけしか無かった双子に、新たに産まれた感覚。 双子は葵の事を心底怖がっていたが、同時に“憧れ”ていた。 しかし、その気持ちには今はまだ気が付いてない。 自然と目が離せないのは怖いからだと思っている。
葵と双子は目合わせ動かない。 葵は葵で双子を十分な危険として認識していた。 警戒しているが故に動けない、双子は怖くて動けない、両者、膠着状態。
1人動く者がいた。
「ん〜……」
松葉陽喜、話題に中心にありながら、呑気に寝返りをしている。
陽喜の寝返りに気を取られた3人でだったが、かわいいと皆思いトリップ状態になっている。
双子の方が速くトリップ状態から抜け出した。 双子は葵の様子見て、洞穴の外へ一目散に逃げていった。
「……へ、は!?」
葵が正常な状態に戻った時には、双子の姿は跡形も無くなっていた。
「チッ、逃げられた」
悔しそうに舌を打つ葵は「まぁ、いいか」と能力を解きながら口にして、兄の頬をつんつんと人差し指でいじった。
「かぁいい♪」
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次回予告!
『愛の鞭』




