第7話 慕情
暗い洞穴の中、揺らめく炎が辺りを照らす。
「美味しかった〜」
「ちょっとしたキャンプ気分でいいね」
葵と俺はパンを食べきり、ゆっくりしていた。 夜も深くなり、お腹も満たされて、少し眠くなってくる。 ふと白石姉妹の方を見ると、小動物のように少しずつ味わってパンを食べていた。
「まだパン2つあるから、食べたかかったら言ってね」
もう泣いてはいないようなので声をかけると、2人はビクッと肩で驚き、「「ありがとうございます」」と小さく答えた。
「もう、食べな。 はい、これ2人のね。 足りなかったらまた買ってきてあげるから、沢山食べてね」
こんな1つ150円にも満たないパンをちびちび食べいる2人を見て、おばんちゃん心というか、俺のお節介な一面が出てしまった。
問答無用でパンを渡された2人は、戸惑い、顔を見合わせた後に、2人して俺の方に顔を向けた。
「どうしたの? いらなかった、それともお腹いっぱい?」
元々大飯喰らいの父の為に多めに買っていたパンなので、出し惜しみ無く渡したが、2人は何だか初めて人から物を、貰ったような感じでこちらに顔を向けて、長い前髪からチラチラと覗く綺麗なオッドアイは酷く潤っていた。
「いらないなら、残しても大丈夫だからね」
「い、いえ、そうじゃないんです。 う、嬉しくて、誰かにこんなに優しくされたことなくて、だから、だから、なんて言ったらいいのか、分からなくて。
でも、嬉しくて、前が、見えなくて。 えっと、だから、ありがとう、ございます。 ありがとうございます」
大粒の涙を流しながら言ってくる、姉の華ちゃん。 その横で同じく泣いている雫ちゃん。
2人を見ていたら、胸が苦しくなった、遣る瀬無い気持ちだった。 司を思う気持ちは違う、恋とは違う、胸の苦しさ。 人を見てこんな気持ちになることがあるのか。 そう思うほど苦しかった。 知らない人にパン貰って嬉し涙を流す子、この2人は今までどんな世界で生きてきたのだろう。 それを思うと怒りや、悲しみが胸に渦巻き、溢れてしまった。
「大丈夫、これくらいなんてことないことだよ、これからも沢山ある出来事の一つだ、だから気にしないで。 泣かないでいいんだよ」
俺は2人を抱きしめていた。 子を守る親とはこんな気持ちなんだろうか。 俺の父や母もこの場に居たら、同じようにするのだろうか。 きっと2人ならもっと気の利いた言葉を、この子達に残せたことだろう。 今の俺にはこれくらいしか出来ない。 だけど、伝えたかった。 この世界は地獄でも何でもない事を。
2人は俺のにしがみつき声を上げて泣いた。 こんなことで泣いてしまうこの子達は今までどんな人生を生きてきたんだろう。 それを考えるだけで、苦しくなった。 俺はただ「大丈夫」と小さく口にしながら、2人を強く抱き締めた。
*
「全くお兄ちゃんは、本当に誰にでもいい顔するんだから」
泣き疲れたのか眠ってしまった2人を起こさない程度の声で、俺の横に座っている葵は肘で小突いて言った。
「仕方ないだろ、葵も見た通り、この2人は俺達の知ってる世界とは別の世界で生きてきたんだ。 パン1つ貰って泣いて喜ぶような、そんな世界で」
「……確かにね、どんな生き方したら、こうなっちゃうんだか」
俺等はお互いを庇うように抱き合って寝る2人を見た。
「……」
「…………」
暫く俺達の間に流れる、重い空気。 「可哀想」「大変だったね」そんな在り来りな言葉を口にしたら行けないと思った。 この2人は、そんな言葉で救われるような生易しい人生を送ってはいないだろうことは、今までのやり取り、2人の姿を見て解ってしまった。 口を閉ざした葵が「私達も寝ようか」と言ってくれた。
「そうだね、今日は疲れたからね。 父さんや母さん心配してないかな?」
「一応、お兄ちゃん探しに出てくるとは言ってきたし、此処に逃げ込む前に、お母さんの個人チャットに『帰り遅れそう』とは送ってはおいたけど、帰ったら絶対怒られるだろうね」
「流石だね、いつの間にそんなの送ったの?」
「お兄ちゃんが私を大声で呼んだときに。 これは何か面倒事に巻き込まれたなって思って」
葵の行動の速さにはいつも驚かされる。 連絡送ってくれたのはありがたいけど、帰ったら怒られるな。 そう思うとちょっと憂鬱になる。
「なんか気が重くなったし、ふて寝しよう」
「そうだね」
俺と葵も横になり、寝ることにした。
*
Side:雫
気がついた時はお姉ちゃんの腕の中だった。
いつもの匂いで安心する。 数分間このまま、ゆっくりしてた。 凄く久し振りに、満腹になりとても幸せな気分だった。
名残惜しさはあるけど、お姉ちゃんの腕をゆっくり動かして、起きる。 火はもう消えており、肌寒い。 外はまだ暗い。
「この人は何なんだろう」
もう消えた焚き火の向こう側に、寝ている2人。 どうやらこの2人は兄妹らしい。お兄さんの袖を掴んで寝ている妹さん。 2人の会話を聞いていて、とても仲が良く、慕われているようだった。
このお兄さんは咄嗟にお姉ちゃんが助けを求めた人。 それを疑いなく受け入れ、逃げる手助けをしてくれた。
「なんで、助けてくれたんだろう」
不思議な人。 助けてくれただけじゃなく、ご飯もくれた、優しくしてくれた、心配してくれた。 何なんだろう。 凄く気になる。
少しずつ近付いて、近くで顔を見る。 整った顔付き、きっと母親に似たんだろう。 まつげも長くて綺麗な顔、そっと顔の輪郭を指でなぞる。
「ん……」
顔を触られて声をだす、「かわいい」そう思って声を出してしまう。 名前は確か“まつば ようき”さん、優しい人。 不思議と眺めてしまう。 ずっと見ていたくなる。
「なんでだろう」
*
少女に芽生える、姉に抱くものとは違う、暖かい気持ち。
少女が感じた初めての“恋心”
虐待の日々で、同じ服をよく着て、いつも俯いておりクラスでも浮いていて出会えなかった、異性との関わり。
本来白石姉妹は虐待から男性恐怖症になり、一生、愛だの恋だのとは無縁の人生を送っていてもおかしくない。 少し優しくされた程度では、今までの恐怖は抜けず、恋など起こり得ることは無かった。 しかし、初めて触れた人の優しさ、それが突然現れた男の人からもたらされたことが、いけなかった。
暗く歪んだ姉妹の価値観という水槽の中に一雫の白い絵の具が落とされ、それが広がっている。 周りが暗いので、中央の白がより一層際立つ。 綺麗な白ばかり目に入って、周りの歪んだ色達は見えなくている。これが徐々に人の優しに触れていったなら、少しずつ歪みが無くなっていたと思うが、白馬の王子様の様に登場し、助けてくれた松葉陽喜の色は濃すぎたのだ。 故に歪んだままに、歪みの無い気持ちを抱いてしまった。
「そんな所かね。 はてさて、何にも起こらないといいんだけど」
このまま、双子を連れて行くこともできるが、それを実行した際に2人が暴走しないかを危惧し、木の上で様子を伺う、魔法使い。 今の所、何もなさそうなので気が緩み、魔法使いも眠ってしまったのだった。
最期まで読んで頂き、ありがとうございます!
双子可愛いな〜、そのうち絵が上達したら、立ち絵とか描いて公開したいです♪
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次回予告!
『儀式』




