プロローグ そして双子は狂い始める
第2章 スタートです!
双子は怯えていた。
「どこだ!!? 早く出てこないと、ぶっ殺すぞ!!!」
――ガシャン!!
双子の父親は声を荒らげて、酒瓶をテーブルに叩きつけて割る。
「そうよ、早くしないとただじゃおかないわよ!!」
母親も同じように家にいる自分たちの子供を探し回る。
近くに迫る足音を遮るように耳を塞いで、お互いをかばうように体を重ねて身を潜める双子。 出ていかないと殺されると思っていても、恐怖で足がすくみ、息苦しくなる。
震えている双子は、程なくして見つかってしまい、叩く殴る蹴るを繰り返されるのでった。
やめてと言う声も虚しく、怒号と暴力の中に沈んでいった。
*
この双子は、あらゆる虐待を受けている。
育児放棄、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待のすべてを日頃から受けていた。 食事は一日一回、それも両親の食べ残しや腐りかけている物ばかり。 布団はなく部屋の隅で二人で抱き合い温めながら眠る日々。
朝起きて「顔がムカつく」「息が臭い」「目障り」「なんで生まれてきたの」「あんた達さえいなければ」「早く死ね」などの暴言と共に殴る蹴る、髪を引っ張るなどの暴力の嵐。
最悪なことに、母親は【治癒】系統の能力を有していた。 父親は母親がいない時には、学校や周囲に虐待が露見しないように、見えるところの暴力は控え、最低限のものを買い与えていた。 しかし、必要なものがあっても、土下座をして洗っていない汚れて異臭を放つ足の指を舐めることをしないと、筆記用具や下着なども買ってもらえなかったのだ。 指を舐めているときに歯を立てようものならそのまま蹴られることもあった。 そのため、古着の回収日の朝早くに、人目につかないように着られる服を集め、修繕して着ることが多かった。
自宅では毎日のように両親が体を重ね、隠すことなく双子がいようとお構いなしだった。 幸か不幸か、日頃の少ない食事のお陰で、娘たちは発育が良くなく、父親の性欲の対処になることはなかったが、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、欲にまみれ、痛みを与え、愛撫し、大声で喘ぎ、獣のように身体を重ねる醜い交尾を見せられていた。
そんな生活を送っている、14歳の冬、変化が起きた。 起きてしまった。
少しづつ年齢を重ねていく娘を見て、父親が欲情したのである。
「おい、おまえ、こっちにこい!!」
父親は突然、双子の姉の腕を引っ張り、寝室へ連れて行った。
「や、いや、やめてっ!!!」
両親が普段使っている、薄く、汗や男女の体液が染み付き、異臭を放つ布団に押し倒され、何年も使い古したボロボロの部屋着は、父親の手によっていともたやすく引き千切られた。
「や、いやっ、やめて! やめてよ!!!」
命の危機を感じ必死の抵抗をするも、普段からあまり栄養のあるものを食べていない姉の力など、父親の前では児戯に等しい抵抗だった。 その、必死の抵抗が、恐怖を孕む声音が、より一層父親の加虐心と劣情を煽る。
「うは、ははははっあ!! 嫌なら力づくで止めてみろよ!!! そんな力があればだけどな!! はっはっはは!!!」
下卑た笑い声を上げている父親の手は動きを止めず、姉は今にも犯されそうになっていた。
――かちゃ、かちゃ!……カチャ
性欲に支配されたままに、自身のベルトを早く下げようとする父の背後から―――双子の妹がキッチンにあった包丁で背中を刺した。
「ぐっ!!?? 何しやがっ―――
包丁で肉を突き刺す、押し拡げるようなぬるりとした感覚、引き抜いた時に傷口から溢れ出す血液、空を舞い体を汚す血飛沫、妹は声にならない悲鳴を上げながらも、再び背中に全身の体重を掛けながら、包丁を深々と突き刺す。
っ!!?? が!! や、やべねーが!!!?」
手で振り払おうとするも、妹に気がついた姉が父親の手を抑えていた。 痛みと出血で力が出ない父親には、いくら非力とはいえ、二人を相手にすることが出来ない。
一突き、また一突き、今までの恨みを晴らすように、何度も何度も背中に包丁を刺す妹。 姉を救いたい気持ち、もしこれで殺しきれなかったら、今度は自分達が殺されるという恐怖から父親が絶命したその後も、幾度となく体中に包丁を刺した。
包丁を刺した父親が動きを止めてからしばらくしたあと。
「……こ、殺しちゃった、この人殺しちゃった!! どうしよう、どうしよう、どうしよう!!」
妹は血塗れの自身の両手や体を見ながら、殺人による自責の念にかられ、涙をボロボロこぼして縮こまっていた。
「大丈夫だよ、雫ちゃん。 大丈夫。 それに、ありがとう、私を、助けてくれて」
例え度し難いゴミのような人間でも、殺せば殺人。 その殺人という大きな物に押しつぶされそうになっている妹を姉はなだめ、励まし、なんとか落ち着かせることが出来た。
「雫ちゃん、逃げよう」
「え?」
「逃げるの、この人達から」
姉の目を見て本気であることは直ぐに伝わり、妹は小さく頷いた。 その後、双子はシャワーを浴びて血を洗い流して比較的新しい服に袖を通し、最低限のものだけを持って自宅を出た。
二人は逃げた、父の影から、実は母親が近くにいて、父親があの状態から復活するんじゃないか、そうした自分たちを殺しに追ってくるんじゃないか、父親の死体を見た母親が自分たちのことを血眼になって探しているんじゃないか、などが頭を巡った。 殺人で捕まることよりも、両親の方が怖かった、恐ろしかったのだ。
二人は走り、走り、走り、逃げた。 誰の手も届かい、二人だけの場所へと。
逃げ込んだのは、古い倉庫だった、その奥へ入った。 そこには汚いが布団があり、逃走して疲れ果てた二人はそれにくるまりお互いを抱き合うような姿のまま、夜を明かした。
二人が寝静まった倉庫からは淡い光が漏れていた。
次の日、姉は悪夢を見て起きた。 姉が見た悪夢とは、妹と離れ離れになるというものだった。 そして目を覚ました姉は自分の体の変化に気がついた。
「いやーーーっ!! え、ゆ、夢、なの? 良かった……ん? あれ? 傷がない?」
昨日逃走中に転んで擦りむいた膝の傷がなくなっていたのだ。
二人はもともと能力者ではなかった。 その事実がまた両親の虐待を加速させた要因だった。 姉の声で目を覚ました妹も自分の体に違和感を感じていた、虐待されて出来た傷の痛みを感じないのだ。 何らかの能力があると気がついた二人は、殺人の現実逃避のため、どういう能力なのかを確かめていった。
手探りで調べていった結果、姉には【傷を癒やす能力】と【痛みを感じなくなる能力】があり、妹に姉と同じく【痛みを感じなくなる能力】と【物を壊す能力】があった。
【痛みを感じなくなる能力】があることがわかった二人は顔見て、今の自分達に必要なことは何かを、互いに理解し頷きあう。
儀式を行った。 一般人からみたら異様な儀式だが、二人にとっては大事なものだった。 その儀式とは――
互いの眼球の交換――である。
常々お互いに思っていたし、娯楽もない自宅で恐怖を紛らわすために見つめ合い、自分とは違う瞳の色を褒めあっていた。 ある時どちらかが言った「目の色も一緒なら良かったのにね」という言葉を思い出したのだ。 双子は日々の痛みを、恐怖を乗り越える為に、『私達は二人で一人、だから絶対に一人にならないし、一人で二人分強くなれる』と考え、なるべく同じ服、髪型にしていた。
今までどうにも出来なかった瞳の色、外では判らにように前髪を伸ばして隠していた。 双子はその違いを無くして、一緒になろうと思った。
【痛みを感じなくなる能力】は常に発動しているようなので、互いの眼球を片方抉り出し、姉の【傷を癒やす能力】で入れ替えた眼球を癒やして定着させた。
「これで、いつでも、一緒だねお姉ちゃん」
「そうだね、雫ちゃん」
布団の上に向き合って座り、手を握り合う二人の片目からは血涙が溢れ、服や布団に染みを作っていく。 初めて使う【傷を癒やす能力】が不完全だったのだ。 しかし、それに気が付かない双子は、これで離れ離れになることはないという安心感から声を上げて笑った。
「ふふふふ」
「あははは」
双子は思っていた、これで一緒だ、私達に違いなく、一緒にいればどんなことでも乗り越えられる。 どんなに離れることになっても、私達が完全に独りになることはない、ずっと二人でいられるんだと―――その体から淡い光を放ちながら。
*
その光景を見ていた、とある【魔法使い】。
「はぁ〜……手遅れだったみたいね」
と窓の外から、どうしたものかと小さくため息を吐くのだった。
読んでいただき、ありがとうございます♪
一年振り更新となりすません。
これからは無理なく、月に1〜2回投稿していく予定ですので、また読んでくれたら嬉しいです。
次回予告!
『春休み』




