第21話 ゲーム
「疲れた~」
葵が荷物を脇に置いてリビングに転がる。
僕らは初詣の後、食材などを買ってきていた。
「葵はそんなに持ってなかったんだから、そこまで疲れないだろ」
「えぇ、お兄ちゃんが持っててって言うから頑張ったのに。
本来私は、お箸より重いものは、お菓子しか持てない、か弱い女の子なのに」
僕と竜胆さんは苦笑いをしながら思っていた。
(か弱いか?)
(か弱いのかな?)
「何? 2人して言いたげだね」
寝転がっていたから、こっちは見てないと思ってたら窓ガラス越しに目が合った。
「いや、なんでもないよ。 ほら葵、早く手洗いうがいしたら、ホットココア入れてあげるよ」
葵は鋭い目つきがホットココアという単語を聞き、途端に目を輝かせ上体を素早く起こした。
葵が勢いよく洗面所に移動したので、僕は竜胆さんに台所を借りてホットココアを作る。
「お兄ちゃん、出来てる?」
葵は素早く事を済ませて来た。
もう少し待っててと伝えると、わかったと笑顔で言いソファーに座った。
葵の付けたテレビとお湯を沸かす音が響く。
「いつも、こんな感じなんですね」
「うん? 何が?」
竜胆さんが僕と葵を優しい目で見ていた。
「仲がいいんですね、お互いのことを理解し信頼している。 私も松葉君みたいなお兄さんがいたらよかったのに……」
不意に溢した竜胆さんの言葉に「駄目!」と、葵がソファーから乗り出して反応した。
「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなの。 竜胆先輩にはあげません」
「例え話じゃないか、そんなに目くじら立てたら可愛い顔が台無しだよ、葵。 はい、ココアおまたせ」
ホットココアを葵に渡し、頭を撫でてなだめた。
縄張りに入ってた侵入者に威嚇する猫みたいになっていた。
「ご、ごめんなさい、別に松葉君をお兄さんにしようとは思ってませんから。 誤解させて、ごめんなさい」
葵に近づき竜胆さんは続けた
「2人を見ていると、兄妹って良いなと、羨ましく思ってしまったんです」
竜胆さんの言葉を聞いて「ふん」と言って、ソファーに座りココアをちびちび飲み始めた。
「大丈夫だからな、葵。 僕はずっと葵のお兄ちゃんだぞ」
頭を撫でながらそう伝えると、一度離れ僕と竜胆さんのホットココアを取りに戻った。
「……本当に羨ましいな」
その呟きは誰の耳に入るわけでもなく、テレビの音に掻き消されていった。
*
「お兄ちゃん、暇」
ソファーに転がり葵はテレビのリモコンを弄りながら呟いた。
正月の特番を見飽きたようだった。 かく言う僕も特にやることがなく、時間を持て余していた。
「なら、ゲームでもしますか?」
正月の定番のボードゲーム、『一生ゲーム』を持ち促してくる竜胆さんの声に葵は反応して「やる!」と言い上体を起こした。
『一生ゲーム』とは、その名の通り、人が産まれてから死ぬまでをボードゲーム化したもの。 手番毎にサイコロを振り一生を終えたときのポイントを争う盤上遊戯。
時に他者を助け、時に他者を貶める……リアルを追求しすぎて、「ゲームを終える時に、友情が終わる」とさえ言われている、国民的ゲーム。
(なんてものを持ってきたんだ竜胆さん……。
葵は負けず嫌いだから心配だな)
葵が気になりながらも、ソファーに座り、皆でテーブルを囲う。 サイコロを振り、出目の数の大きい順にゲームを進行していく。
サイコロを振った結果、竜胆さん、葵、僕の順に決まった。
最初のサイコロには手番ともう1つ、能力の設定がある。 6を出した竜胆さんは【無能力】、5を出した葵は【石化の魔眼】、2を出した僕は【韋駄天足】となった。
「始めは無能力者ですが、『後天的能力』のマスに止まって能力を手に入れます!
じゃあ始めますね、最初は……6ですか。 出だしから好調です」
幸先悪い【無能力】を引いてしまったが、ノリノリで嬉しそうに竜胆さん。 駒を6つ先に進めていく。
「えっと、『小学校に通うため、ランドセルを購入。 5万円失う』出だしから、散財ですか。 というか何で子どもがランドセル代払うんですかね……」
この『一生ゲーム』は1マスが約1年になっている。寿命は100歳で、その他にも人生における、様々なイベントが盛り込まれている。
「そりゃ! ……3。 まぁ序盤はゆっくり人生を楽しまないとね。 『お年玉で1万円とお土産を1つもらう』金額はしけてるけど、お土産カードは嬉しいね」
葵は1万円とお土産カードを取り、嬉しそうにしていた。
「お兄ちゃんの番だよ〜」
「ああ、そうか。 えい……1。 『人生のスタートライン、これからの幸を願い5万を得る』おお、やった」
「やりましたね、松葉君」
「うん、ありがとう」
「次は私も、もっとお金貰ってお金持ちになるんだから!」
祝福してくれる竜胆さん、次は私もと不敵に微笑む葵。 2人と会話を楽しみながら、サイコロを振り続けた。
*
『一生ゲーム』の“ゴール”とは簡単に言ってしまうと、死ぬこと。 死ぬことと言っても様々で、100歳まで生きて天寿を全うすることや、事故や病気、天災に見舞われることもある。
このゲームはそれらを網羅している。 『九死に一生!?』マスに止まると、出目によってはゴールしてしまう。
参加プレイヤー全員のゴールした時点での取得物をポイント化し、最も高ポイントのプレイヤーの勝利になる。
結論を言うと、天寿を全うししたのは誰もいなかった。
まず葵が『九死に一生!?』に止まってしまい、地震に遭遇し、頭上からガラスが降ってきてゴールした。
次に僕が『九死に一生!?』に止まり、発癌してしまい2ターン後にゴールした。
最後は竜胆さん、ゴール(寿命)間近まで行ったが、最後の『九死に一生!?』に出会ってしまい強盗に刺されてゴールした。
それまでにも、『能力行使』や『協力』マスに止まり、互いに足を引っ張り合う醜い争いを行っていた。
「「「………………」」」
微妙な沈黙が3人の間に流れた。
「……け、結果発表!」
沈黙に耐えられなくなったのは、僕。 僕の声を聞き自分のポイントを計算し始める。
「1位、竜胆さん!
2位、葵!
3位、僕になりました〜」
蚊も殺せないほどのやる気のない拍手が2人から聞こえてきた。
「「…………」」
微妙な面持ちの2人を見て、この空気を何とかしたくて、素直な気持ちを告げる。
「まぁ、結果的に3位になっちゃったけど、僕は2人とゲームで遊べて楽しかったよ」
2人もゲームの結果は散々だったが、ゲームをやったことに関しては特に不快には思っていなかったようで、どこか照れたような顔をしていた。
「ゲームして体が冷えちゃったよね。 待っててね2人とも、また温かいココア淹れてあげるね」
ソファーから立ち上がり3人のコップを持ってキッチンへ移動し、テキパキとホットココアを作っていく。
「お兄ちゃんはもしかしたら、お姉ちゃんなのかも」
「気が利いて、女子力が高い……負けている気がする」
換気扇を回していたので、聞こえなかったが2人はそれぞれ何か言っていた。
「おまたせ、多分熱いと思うから冷まして飲んでね」
僕がココアを淹れている間に2人はゲームの片付けをしてくれていた。
「「……」」
静かにココアを飲む2人を見て少し頬が緩んだ。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「私達何か可笑しなことしたかな?」
「いや、特に何か理由が有る訳ではないんだけど、なんかいいな〜って、思ったんだ」
大切な妹と、大切な友達……そんな2人と一緒にお正月に家でゲームをして、ちょっと仲悪くなったけど、何だかんだ仲が良い。
そんな光景がとても尊く思える。
「ううん、なんでもない」
自分の頬が緩むのを感じ、気恥ずかしさから2人にばれないように顔をそむけ、湯気が出ているココアを飲んだ。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
人生ゲームの能力者世界バージョン『一生ゲーム』を考えるの楽しかったです♪
次回予告!
『伝わる想い』




