第20話 願い
「ん? はぁ~、ここどこ?」
目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。
上体を起こして、冷静に周りを見渡すと、どうやらここは女の子の部屋で、僕はベッドの上にいるようだ。
隣を見ると葵が眠っていた。
(何があったんだっけ?)
目を瞑り記憶を遡る。
最後に覚えているのは、竜胆さんと葵と神社から少し離れた椅子に座って、焼きそばを食べながら、甘酒を飲んでいたところまで。
(寝ちゃったのかな? 外で? でもその後のことは何にも覚えていないんだよね)
ベットの上で1人、見知らぬ天井を見ていると葵が目を覚ました。
「あ、おにいちゃん。 おはよう」
目を擦りながら上体を起こした葵は、僕に意味ありげな視線を向ける。
「おはよう、葵。 どうかしたの?」
「やっぱり覚えてないよね。 バカ」
何の事かわらず、頭を傾けると、頬を引っ張られた。
「いひゃいよ、あほい」
「誰が、あほいよ。 アホお兄ちゃん」
葵に昨日、何があったか聞こうとしたときに、部屋の扉がノックされた。
「は、はい」
「お、おはようございます。 朝食が出来ましたのでリビングに来てください」
部屋の扉が開き、竜胆さんがおずおずと顔を出した。
(ん? 竜胆さん?)
「う、うん、わかった」
僕は状況が掴めず困惑している中、手短に返事をすると竜胆さんは扉を閉めて戻っていった。
「ねえ、葵。 ここって竜胆さんの家? 昨日のカウトダウンの途中から記憶がないんだけど」
「でしょうね、お兄ちゃん、甘酒に酔って寝てたんだよ」
「え? 嘘だ、僕ウィスキーボンボン食べても全然平気なの知ってるでしょ? 葵は。 甘酒で酔うはずないよ」
以前父が同僚にもらったウィスキーボンボンをリビングに置きっぱなしにして間違えて食べてしまったことがあるけど、全然平気だったのだ。 その事を思い出した葵は「あ、確かに」と言って頭を抱えていた。
「2人とも? 朝ごはん冷めちゃいますよ?」
またも扉から顔を覗かせて声をかけてきた竜胆さんを見て、僕らは顔を見合わせ、取りあえず葵に洗面所まで案内してもらった。
口を濯いで顔を素早く洗ってから、竜胆さんが作ってくれた朝ごはんを食べに行く。
扉を開けるとリビングには美味しそうな香りが漂っていた。 艶のある白米に、香ばしい匂いの焼き鮭、湯気が立つ味噌汁。
僕と葵は「早く食わせろと!」言わんばかりに鳴る腹に手を当てた。 美味しそうな朝食に思わずお腹で反応してしまったのだ。
葵が頬を染めながら早足で椅子に腰掛けたのを見て、僕も椅子を引き席についた。
「「いただきます」」
2人で手を合わせて、お箸を持ち、竜胆さんが作ってくれた食欲そそる朝食を食べ始める。
「どうぞ」
(……美味しい!)
葵と僕は黙々と朝食を食べていった。
「「ごちそうさまでした」」
「おそまつさまです」
「とっても美味しかったよ竜胆さん! ありがとう」
「ふん、まあ、悪くないわね」
「2人のお口にあってよかった」
お茶を持ってきてくれた竜胆さんは、料理の感想を聞きほんのり頬を染め、葵の隣に座って嬉しそうに微笑んでいた。
「竜胆さん、昨晩はごめんね、途中で寝て迷惑かけちゃって」
僕は竜胆さんに頭を下げた。 竜胆さんは慌てて両手を左右に振った。
「いえ、いえ、大丈夫です! 最近私が避けていて迷惑をかけていたので、あの程度全然迷惑の内に入りませんよ」
「そうだよ、お兄ちゃん。 あれくらいで返せる借りだとでも? 人が折角声をかけているのに、無視して、逃げて、まったく……」
あんなに幸せそうにご飯を食べていたのに、年末のことを思い出したようで腹立っているのが表に出てきている。
(ああ、葵も可愛い顔が台無しだよ)
「そうですよね……ごめんなさい。 松葉君も妹さんも私に声をかけに、家に着てくれたり、チャットで連絡くれてたのに、無視をしてしまって。
本当にごめんなさい」
竜胆さんは席を立ち上がり、年末のことで僕たちに深々と頭を下げた。
(あれ? おかしいな、さっき僕が昨日のことを謝っていたのに、何故だか竜胆さんが謝って来ている)
そう思いはしたが、僕は葵とアイコンタクトを取り、年末の竜胆さんの行いを許してあげることにした。
(まあ、いいか。 年末のこと僕はそんなに気にしてなかったんだけどね。 ちょっと寂しかったけど)
「うん、いいよ」
「ふん」
葵はまだ不服のようだけど、葵も何も知らない子どもじゃないし、今回のことに関しては僕よりも詳しいはずだ。 その葵が不服そうにだが返事をしている。 許しを得たも同義だ。
「はい、もうこの話はおしまい。 昨日お兄ちゃんが寝ていけなかった初詣、今から行こうよ」
微妙な雰囲気に耐えかね、勢い良く席を立ちながら葵が言った。
確かに僕らは昨日初詣をしに神社に行ったのに、僕が眠ってしまったせいでおじゃんになってしまった。
「そうですね」
「僕が洗い物しておくから、2人は準備しておいで」
「いえ、申し訳ないですよ。 私がやりますから」
「ねぇ、竜胆さん。 そういえばさ最近また畏まった言葉が増えてきてない?」
事実を突きつけられた竜胆さんは慌てた。
「え、えっと。 そんなこと、ないよ?」
ぎこちない笑顔で、これまたぎこちなく言ってくる竜胆さんに思わず僕は笑ってしまった。
「わ、笑うことないじゃないですか」
薄ら紅に染めた頬を膨らましている。
「いいですから、ここはお兄ちゃんに任せて着替えてたり、準備しますよ、先輩」
「い、ひゃい~、ひっぱらなで~」
葵に紅色の膨らみをつままれて、部屋に消えていった。 最初は姿を見て怖がっていたのに、今では一緒にお風呂に入ったりする仲になっているのだから、不思議なものだなと思いつつ、洗いものをさっと済ませた。
*
2人の準備が終え、3人で神社へと向かった。
特に寄り道はせずに行ったため早く着いた。
元旦の昼前まだまだ人は多い。 そんな中、僕らは静かに拝礼をする。
お賽銭を入れ、姿勢を正し、深いお辞儀を2回行う。
両手を胸の高さで合わせ、右手を少し手前に引き、肩幅程度に両手を開いて拍手を2回打つ。
両手をきちんと合わせながら心を込めて、1年の感謝を伝え、祈る。
(1年間、ありがとうございました。 今年もよろしくお願いいたします。 願わくば、みんなとずっと一緒にいられますように)
(お守りいただき、ありがとうございました。 今年もよろしいくお願いいたします。 2人ともっと仲良くなれますように)
(1年間、ありがとうございました。 本年もよろしくお願いいたします。 兄とずっと一緒にいられますように。 兄とずっと一緒にいられますように。 兄とずっと一緒にいられますように。 どうか、お願いいたします)
両手を下ろし、最後にもう1度深いお辞儀をして、僕らは神社を後にした。
竜胆家への帰り、僕らは横並びで歩いた。
「みんなは何をお願いしたんだ?」
「「秘密」」
「お兄ちゃん知らないの? お願い事って言っちゃダメなんだよ~」
「あ、妹さん、それは少し違うらしいですよ。 厳密に言うと、話した相手によるそうです。 相手が願い事に対して負のイメージを口にすると邪念が混じり叶いにくくなるそうです」
「へぇ~そうなんだ。 じゃあ、相手がいいイメージを口にすれば叶いやすくなるってこと?」
竜胆さんの指摘に、興味がわいた葵が質問をする。
「はい、そうですね、いいイメージ。 応援してくれれば叶いやすくなるそうですね」
「「そうなんだ」」
僕と葵が声をハモらせて感心する。
竜胆さんは博識だな、と内心思っていると、同じく関心していた葵が口角を上げた。
「じゃあ、お兄ちゃんは何てお願いしたの?」
「え、僕は……いや、やっぱり言わないでおこう。 さっきは変なこと聞いちゃってごめんね、2人とも」
「ええ~、お兄ちゃんは私がお兄ちゃんの願い事を悪く言うって思ってるの?」
頬を膨らませた葵が僕に顔を近づけて言ってくる。
「いや、そうじゃないけどさ。 何だか秘密にしておきたくなったんだ。 もし叶ったら教えるよ」
葵の頭を撫でながら答えた。 まだ少し納得の行っていない面持ちの葵は、右手の小指を前に出してきた。
「じゃあ、本当に叶ったら教えてね。 お兄ちゃん」
「うん、約束」
葵と小指を絡めて約束をしていると、竜胆さんがこちらをみていた。
「それにしても、竜胆さんは博識なんだね。 どこでそんなこと知ったの?」
「え、あ、以前に「何で願い事は人に伝えると叶わなくなるんだろう」って思って調べたことがあるんです。 それで、覚えてました」
「そっか、教えてくれてありがとう。
この後どうする、このまま戻る?」
竜胆さんは少し考えた後、商店街の方を指差した。
「少し、食材が足りないから、お買い物を、して行ってもいい、かな?」
いきなり、2人も家に泊まることになったのだ、そうなるのも仕方ないことなのに、歯切れ悪く伺ってきた。
「うん、もちろん。 美味しいご飯作ってもらったし、食材費は僕が出すから。 葵も荷物持ちしてね」
「ええぇ~。 まぁお兄ちゃんがいうなら」
「あ、ありがとう、2人とも」
微笑んでから、何故か竜胆さんは俯いて少し早足気味になった。
僕と葵は後ろに続き、3人で買い物をしに行った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
確認はしているのですが、誤字脱字がありましたら教えていただけると嬉しいです。
次回予告!
『ゲーム』




