その仕事、ちょっと待った
借金100万Gの返済は容易ではない。
パン1つで100G、エール1杯で350Gといった物価。
憲兵の1月の給料が20~30万G程度である。
「うーん……短期で稼げる美味しい仕事は無いですかね?」
掲示板を眺めながらイブリースがぼやき、ルークが答える。
「そんな都合の良い仕事なんてあるかよ」
「そーですよねぇ」
「エロいのならともかく」
「なっ、何を言いやがりますかっ!?」
イブリースは顔を真っ赤にする。
「わ、私は確かに悪魔的美少女ですけど、忘れたんですか!? 悪魔は契約にうるさいので純愛しかしません!」
「あ、あー……悪かった。いやいや、俺とした事がついうっかり」
「う、うっかりで私を売ろうとしたんですか!? この変態――!」
ルークは憐れむような目をして、イブリースの肩を叩いた。
「――その手もあったな」
「ぶっ殺していいですか?」
「冗談はさておき、高額賞金のかかったモンスターを狩るしかなさそうだ。今、アイリスに探して貰っている」
「それは好都合です。タップリとぶっ殺します」
引きつった笑みを浮かべるイブリース。
これに対し、ルークはやれやれといった様子で首を振る。
「あのな、お前の顔は確かに可愛いよ。悪魔的美少女っていう触れ込みも、まんざら嘘ではないと思う」
「おぉ、やっと認めましたか!」
「ただ、お前は自分でも言うように”少女”だ。18禁ってあるだろ? お前が売春したら憲兵が飛んで来る事案になる」
「わ、私を何歳だと思っているんですか!?」
「12歳くらい?」
「む、胸を見て言いましたね!? 私は18歳です!」
今一度、ルークは憐れむような目をして、イブリースの肩を叩いた。
「俺は信じない」
「やっぱりぶっ殺してもいいですか?」
「あ、あの――っ!」
これを見ていたプルートは、2人の間に割って入る。
「も、儲かるクエストを探すんだよね!? それでどうして殺す、殺さないの話になるの!? 話を戻そうよ、ね、ね?」
「退きなさい、プル。さもないともぎ取りますよ?」
「な、何をっ!?」
聞きながら、咄嗟に胸を庇うプルート。
イブリースは鬼の形相を浮かべる。
「そういえば、プルは幹部でしたね? 多少の賞金はかかっているんじゃないですか?」
「え、あ、うん。確か1200万Gくらいは――はっ!?」
ゆらりと影がゆらめき、次の瞬間、イブリースは駆け出した。
プルートに馬乗りになって胸を握る。
「選んで下さい。この胸で100万Gか、首で1200万Gか。どっち!?」
「い、痛い痛いっ! 潰れる、潰れるからっ! お願いだからやめてっ!」
「身売りは美少女の宿命ですよ? 男どもの情欲のはけ口になることを義務付けられているのですよ!?」
「やめろ、イブ――」
「――ギャッ!?」
ルークのチョップが脳天に炸裂。
イブリースは頭を押さえて転げ回る。
「あ、あた、頭がぁ……頭ぁ……っ!」
「仲間を売るな、まったく」
「うぅ……そ、その手があったか! とか言わないんですか!? 差別です!」
「じゃあ言わせて貰うよ。あそこでオズマ……だったか? 面接に来た男が見ているけど、1時間1万Gでお前を貸し出しても――」
「――慎んで遠慮します」
「選り好むな! まぁ、そういう訳だ。ちゃんとモンスターを狩ろう。幸い、このパーティーはなぜか強い。大抵のクエストはこなせるはずだ」
その時だった。
ボロボロの羊皮紙を一枚握り締めたアイリスが意気揚々と戻って来る。
「待たせたな、旦那様! とっておきを見付けて来たぞ!」
「……とっておき?」
ルークが頼んだのは合計で100万Gになるクエスト。
しかし、アイリスは単体で満たせる物をゲットしたらしい。
「あぁ、未解決クエストだ!」
未解決クエスト。
余りの高難易度ゆえに掲示板から剥がされ、名だたるギルドを転々としてもなお残っているクエストの事だ。
全く趣旨とは違うが、ルークはとりあえず内容を見て、
「これは――!?」
驚愕した。
内容は以下の通りである。
緊急クエスト
冒険者が魔王軍幹部と接触しているという目撃情報が入った。
その冒険者を捕え、憲兵に引き渡して欲しい。
性別は男、職業は魔法士とのこと。
場所:王都近郊
報酬:100万G
読み終えたルークは息を思い切り吸い込むと、
「俺の事じゃねぇかぁあぁぁぁっ!?」
叫んだ。
ほぼ同時にイブリースが飛び付く。
「確保です――!」
「――落ち着け、イブリース」
否、アイリスが立ちはだかり、顔面を鷲掴みにして止める。
「これは未解決クエストだ。随分前に発行されているから、旦那様とは無関係だぞ?」
「あ、あの、アイリス? それよりも美少女の顔に傷が付いたら大変なので離して貰えたら嬉しいかなーって――」
掴む手に力が篭り、ミシリと音がする。
「――そんな事だと? 旦那様を売ろうなど、言語道断!」
「へ、変形する! というか死ぬ! マジで死ぬから! お花畑がこんにちはしているからっ! だ、だから――うひゃーーーっ!?」
「アイリス! もういい、もういいからっ!」
「旦那様がそう言うのなら」
ドサリと落ちたイブリースは、頭を抱えてうずくまる。
その肩を、珍しく本気で心配するルークが抱いた。
「大丈夫か、イブ? 割とマジで」
「お花畑は見えました……割とマジで」
とにもかくにも、何者かを探すクエストを受けたのだった。