背中に虎
『異世界召喚っていうのは、突然起こるものらしい。特に現実に退屈している奴、何か面白いことないかなぁと思ってる奴、何かは呼び出されやすいみたいだな。』
『まぁ、お前さんは運がいいぜ。なんせ俺を着ているときに呼び出されたんだからな。』
なんだ、こりゃ?
脱ぎ捨てて地面に放り投げたスカジャンの刺繍の虎が俺に向かって話しかけている。
え?スカジャンってそういうもんだっけ?
そういうビックリ機能付いてたっけ?
ふぅ、まて、ここは冷静に考えよう。
このスカジャンは、十年前にアメ横で2万位で買った物だ。
背中の虎がかっこよくて、15の時にちょっと背伸びをして買ったんだ。
まぁ、気に入っている。
その頃から頻繁に着ていたんだ。相棒と呼べないことはない。
しかし、十年間一度も俺に喋りかけてくることはなかった。
一度もだ。
それが、こんな流暢に日本語を喋りよるとは…。
照れ屋さんだった虎も、ついに俺に心を開いてくれたということか…。
なるほどなるほど…。
………。
「って、んなわけあるかーいい!!!」
「てめえ、何で喋ってんだよ!どういうこっちゃ!えらいこっちゃ!俺の言葉わかんのか?」
『ああ、わかるぜ。』
『まっ、俺が喋れるようになったのは、ついさっきなんだけどな』
『相棒、知ってるか?異世界に召喚されたモノは、特別な力を得ることができるんだぜ?相棒も何か凄い能力が身についてるんじゃねえか?』
なんだこいつ。何言ってやがる。
凄い能力だ?
異世界召喚ってそう言うものなのか?
今のところ特に身体に変化は…、馬鹿野郎、大ありだ!
顔が馬になってる。
「凄い能力ってなんだよ!顔が馬になったことか?あとは何も変わってないぜ?」
『まぁまぁ、落ち着きなって。』
『ああそうだ。相棒を呼び出したのは、俺じゃないぜ。こっちに来る直前、なんか変な声が聞こえてきただろ?きっとあいつだ。』
「やっぱり、お前も聞こえてきたのか?」
『ああ、どこのだれかはわかんないけどな。まぁ、生きていればいずれ巡り合うだろ。来ちまったもんは仕方ないんだ。思い切って楽しもうぜ!』
スカジャンの虎はガハハと笑っている。
こいつ…、中々大物だな。
はぁ、疲れた…。
何か驚きアンド怒り疲れた。
そして、疲れたら、腹も減ってきた。
されど、ここには何にもない。
草原がどこまでも続いていて、人っ子一人いねえ。
街もねえ。
コンビニもねえ。
コンビニも無ければ、おにぎりも買えねえ。
っていうか金もねえ。
ないないばっかできりがない。
はぁ…。どうしたもんかねぇ。
いや、待てよ。
俺は今馬になっているということは…。
この草も食えるんじゃないのか?
ほら、この草なんかちょっとうまそうじゃね?
先端部分カールしてるし、何かこんな山菜昔見たことあるし。
いやいやまてまて。
まてまて俺。
陸城 海、25歳。
今これをそのまま生でむしゃむしゃ食うような真似をしてみろ。
俺はもう人間には戻れなくなるんじゃないか?
色んな意味で。
『……。』
ほらみろよ。
虎もなんか言いたげにこっち見てるし。
だめよ。
【グゥゥゥゥ……。】
だめよ、ダメダメ。
【グゥゥゥゥゥゥゥ……。】
いや俺、人間だし、馬じゃねえし!
【グゥゥゥゥゥ…、キュルルル……。】
【ムシャリ!】
うわっ、ウマッ!
草ウマッ!
ったく、知らねえよ。
誇りも尊厳も知ったことか!
今は草が旨い。それでいいじゃねえか。
『………。』
なんだよ、みんなよ虎。
【俺も肉が食いたいぜ…。】
なんだ。
こいつも腹が減ってたのか。
見下してたのかと思ったぜ。
しかし肉はないのだ。
虎に産まれたことを嘆くがいい。
フハハ!
フハハハハ!
アハハハハハ。
ハハハ。
ハハ…。
はぁ、サヨナラ人間…。