プロローグ
「ぬあ・・・?」
朝焼け
ひんやりとした空気が周りを立ち込め、朝日のほのかな温もりが俺の顔にあたり目を覚ます。
ごつごつとした寝床だったが、疲れていたのかそこまで気にはならなかったぐらい熟睡した。
辺りを見渡す。
そこは標高が高い山にあった横穴の入り口付近、見慣れない景色であった。
ズボンについた土埃をはらい、立ち上がりながら大きく伸びをする。
洞窟を出て大きく深呼吸をする。早朝の清涼で独特な空気が肺の中に充満する。
目の前は崖。高い位置から見るその景色は風光明媚な山岳風景であった。標高の高い山々が連なり、木々があり、谷があり、山と山の間に川が流れていた。樹海、もし空が飛べずに地だけを歩いていたのならば確実に迷っていただろう。それほどまでに木々は生い茂り、方向感覚を惑わす。
帝都アメンストリアを飛び立ってから3日が経った。魔法学院があるとされるエルト公国まで飛行船でも5日はかかるとアデルさんは言っていた。帝都に滞在中その姿も確認できた。魔法石の力で浮かぶ飛行船に乗ってみたいと思ったが、残念ながらメルランテ帝国は所持しておらず、しかも運賃は貴族や王族にしか乗れないほどかなり高額らしい。今の帝国の財政状況は知らないが、城の復興とかも考えるとあまり余裕はないだろう。乗りたいなんてさすがに言えなかった。
俺は懐に入れてた1通の手紙を取り出す。
黒色の封筒に金の刺繡が施されたいかにも高価な手紙。裏返すと帝国の紋章が刻まれた赤色の蝋で封をされている。
これは、魔法学院に入るための大切な推薦状だ。マクスウェル陛下直筆の推薦状であり、これ1枚で学院での学費、寮の宿泊費、食費が全てタダになる代物だ。
エルト公国を治める大貴族、アルバート侯爵の現当主とマクスウェル陛下は幼い頃から交流があり、かなり親密な関係だったらしい。今回の魔法学院への推薦入学もアルバート侯爵の計らいがあって実現した。公国に着いたら挨拶しに行かないとな。
手紙を懐に戻し、代わりにある物を取り出す。それはコンパスのような形をした物であり、方向を指す針は紫色に輝く宝石のようだ。これは、エルト公国の都市だけを目指すコンパスである。アデルから手紙と同時に、道に迷わないようにこれもくれた。俺は、エルト公国の方向を確かめ、道を間違えていないか確認を行う。
このままの調子でいけばあと4日くらいかかるだろう。ここら辺の景色はもう十分堪能したし、道草もやめて本気で公国に向かうとしよう。俺が本気を出して飛べばあと一日くらいで着くだろう。
・・・そろそろ行くか
今いるこの標高の高い山に風が吹く。風は少し強く、冷たく、俺の髪を揺らす。
俺はコンパスをポケットにしまい、おもむろに一歩前へ歩を進める。前に足を進めたが本来着くはずの地がない。たちまち体に浮遊感がやってくる。どんどん底へ落ちていく。重力とはひどいものだ。俺たち生物を地に着かせてはくれるが、高いところから落ちればそれはたちまち脅威となり、その力で簡単に潰されて死ぬ。
俺は能力を使って体を浮かし重力を殺す。今まで上の方向へ行こうとしていた臓器が元の正しい位置に戻る感触を味わう。
ある程度上昇すると一気に加速し、エルト公国へ一直線に向かった。
今の俺には自由な翼がある!そう、どこへだって行けるんだ!
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海を越え、山を越え・・・また海を越え・・・
いくつもの村や街を通り過ぎ、ただひたすらに、目的地に向かった。
褐色と白色の煉瓦のみで構成された港町なんかもあったが、気になるところを全て見て回るのはさすがにキリがない。
若干後ろ髪を引かれながらも我慢した。そしてついに・・・
「ここがエルト公国かな?」
事前に聞かされていた特徴に類似した大きな都市が目の前にある。
エルト公国の都市は一つの大きな山を削ってできた都市だ。よって山の斜面に家が建てられているので遠目から見ても街道の傾斜がありそうだ。というか坂道しかない。また、都市を囲むような城壁のようなものはない。さすがに入り口らしき所には検問所のようなものはあるが。おそらく、自然を利用しているのだろう。都市周辺は山々で囲まれ、攻め込まれにくい一番標高が高いこの山に都市を建設したのだろう。
都市の特徴も独特だが、それよりもはっきりとエルト公国であると断言できる理由がそこにはあった。
「・・・めっちゃ飛んでるな・・・」
何が飛んでいるって?
人だよ。ヒ・ト。
俺以外にも空を飛んでいる人が都市上空を行き交っていた。箒に跨っていたり、絨毯に座ってたり、ドラゴン・・・いやワイバーン?に騎乗してたり、挙句馬車が空を飛んでいた。すげえ、馬が宙を駆けてるよ・・・。そして一番目立つのは飛行船。独特な形をした船が大なり小なり悠然と空を泳いでいる。
空を飛べる人間なんてこの世ではほとんどいないはずなのに、誰もが気にすることなく行き交う。ここでは空を飛ぶことなんて日常茶飯事なのだろう。
そう、ここは魔法都市タールターニャ。
世界中の魔法使い、魔術師、魔を極めようとするものが集まる場所。魔法の神髄がここにあるとされている。
思わず鳥肌が立つ。すごくワクワクする!今まで見たことがないものが見れるかもしれない。楽しみだ!
俺は期待を胸に、エルト公国の魔法都市に足を踏み入れた。
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「いやあ、お客さんなんて久々だよあんちゃん」
検問所の兵士のおじさんに開口一番そう言われた。
どうやら、魔法都市を囲む山の標高が高くて、山を登ってまで地上からやって来る者は少ないらしい。来るとしたらよっぽどの酔狂な者か金がなくて空路を通れなかった者だそうだ。いや、俺も空から来たんだけどな。ちょっとここの”空の”交通規則が分かんなくて入り口前で降りて歩いて来ただけだが・・・。
「い、一応俺も空飛べますよ。今日初めてこの都市にやってきたので、検問所通らなきゃいけないかなーと思いまして・・・」
「なんだあんちゃん飛べるのか。それなら心配ないぞ。ここの空は特に決まった交通ルールはない。自由だ。だからあんちゃんも自由に飛んで入って来ていいんだぜ」
え、マジかよ。大丈夫なのかよこの都市の守りは。こんなにオープンにしていて。
「大丈夫なのですか? その・・・都市の守りとか・・・」
「うん? ああ、大丈夫だぜ。空には一応俺らの仲間もいるし、都市を覆う危険物感知の結界もあるし、何よりも空を飛べる奴が問題起こせばある程度すぐに特定されるしな。ここではこの景色が当た前なんだが、外では異常なんだよ。あんちゃん、ここ以外で空飛んでた人間見たことあったか?」
ない。ないからかなり驚いているのだ。まさか俺以外にもこんなにも空を飛べる人がいるとは・・・。
あっちの世界では空を飛べることができたのは俺だけであった。帝都でも飛んでいる人間なんていなかったから、てっきりこっちの世界でも飛べる人間はいたとしてもかなり少ないと思っていた。
まさか、これほどとは・・・。
「・・・ないです」
「はは! そうだろう? なに、気にすることはねえさ。ここが異常なだけなんだからな。まあ、というわけで空なんか飛べる奴は少ないし、飛べたとしたらそいつはかなり上の人間なんだ。王族とか貴族とか、な。自然と身元がはっきりしてくるわけだから検問とかする必要がねえ。検問が必要なのはそう、山を越えてきた身元不明の怪しい者だけだな」
そう言うと兵士のおじさんは俺に目を向ける。そっか言葉では飛べるとは言ったが、実際に飛んでいるところをこの人たちに見せていない。そりゃ飛べるかどうか疑うわな。
俺は能力を使い、体を少し浮かせた。
「あー疑ってすまねえなあんちゃん。話が早くて助かるよ。あとわりいが何か身元が分かるものは身に着けていねえか? 今飛んでいる奴らだと家紋がはいったブローチやネックレス、盾なんかをちらつかせてるんだが・・・」
身元がはっきりする物か・・・マクスウェル陛下の手紙を見せたらいけるだろうか・・・。いや、手紙でなくてもこれならどうだ?
俺は外套の内ポケットにしまってあった物を取り出す。それを見た兵士は・・・
「おお、これは帝国の紋章が刻まれている・・・メルランテ帝国の要人だったのかあんちゃん! 遠路はるばるよく来たなあ! あんちゃんもかなり特別な人なんだな。いいぜ、通りな!」
アデルからもらった腕章を見せたら、すんなりと通してくれた。どうやら正解だったようだな。
「よかった・・・。ところで、もし俺がここを通らずに空からそのまま都市に入ったらどうしてたんですか?」
「もしそうだったら空を飛んでいる俺たちの仲間が声をかけていたさ。あ、そうそう、この都市を飛んでいる際はその腕章を着けていることを忘れずにな、そうすればたぶん声はかけられはしねえ。あと、都市内ではスピードの出しすぎは厳禁だ。もし破ったら罰金だから気をつけろよ」
「分かりました。あともう一つ・・・この国を治めているアルバート侯爵の家はどこだか教えていただけませんか?」
「なんだ侯爵様に用事があるのか。それなら、この大通りの坂をずっと上っていくとこの都市の中央に行ける。侯爵様は中央にある邸宅にいるはずだ。邸宅の特徴は真っ黒な屋根に大きな時計がはめ込められている大きな屋敷だ。もし、分かんなくなったら近くにいる奴に聞きな。ここにいる人間なら侯爵様の家がどこなのか皆知っているはずだからな」
俺は検問所を抜けた先にある、目の前の大きな道を見る。帝都に引けを取らない大きな街道だ。傾斜もかなりある。これを足で登るにはきつそうだ。
俺は能力を使って空を飛ぶ。
「ありがとうございました。それでは行きます」
去り際に、検問所に向かってお礼の挨拶をする。
「おう、良い一日を!あんちゃん!」
おじさんの快活な返事が返って来た。確かに良い一日になりそうな元気な声であった。
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「はえ~これはまたすっごいなあ」
大通りの坂道を飛びながら周囲を見渡す。
かなり傾斜のある坂道だが、建物は、坂の面を無視して直立している。つまり、1階部分が斜めに削られているようになっている。
建物の中には店もあるが、それもまた変わっている。通常店というものは出入りがしやすいように建物の1階に出されているのだが、ここでの店のほとんどが2階以上でやっている。なぜならお客さんは空を飛んでいるのがほとんどだからだ。例えば、今目の前にある精肉を売っている店なんかは、空を飛んでいる人が飛びながらでも商品が買えるよう2階の窓を通常の3倍以上に大きくしている。まるでドライブスルーみたいだ。もちろん、飛んでいる人全てがお客さんじゃない。普通に坂を歩いて移動している一般人もいる。その人たちにもちゃんと配慮していて表に2階に直接行ける外階段が設けられていた。店側もそこはしっかりと考えているらしい。
この都市ならではの生活様式の一片が見れて大変興味深い。まだまだ、新しいものがここで見れそうだ。俺は目新しい景色を楽しみながら坂を上る。
しばらく坂を上った後、坂が途切れ、開けた場所にたどり着いた。どうやら、山を削って平地にした所だろう。まだ、山の頂上ではないのだが、どうやらここが都市の中心部らしい。大きな建物が並び、地を歩いている人や空を飛んでいる人が多い。ここに侯爵の屋敷があるはずだ。
俺は辺りをキョロキョロしながら屋根が黒い、大きな時計がある屋敷を探す。
5分もしないうちにそれは見つかった。
屋根が黒く、建物の上部中心に大きな時計が埋め込まれた大きな屋敷。緑が生い茂るがちゃんと手入れが行き届いた庭。そして、美しい屋敷と庭にふさわしい飾りのついた瀟洒な門。
間違いない。絶対にここだ。初めてきた俺でもここで暮らす者は相当上の人間なのだろうと分かる。
門の横には石造りの守衛室のようなものがある。とりあえず、あそこへ行ってちょっと聞いてみよう。
俺は空から地へ降り、屋敷の門へと向かった。
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「それではコウキ様。 こちらのお部屋でお待ちください」
門のところにいた守衛の人にマクスウェル陛下の手紙を見せたら、すんなりと屋敷に入れてくれた。
屋敷に招かれた後、メイドさんに案内され、待合室にきた。
アルバート侯爵はかなり多忙な毎日を送っているらしく、会うのに時間がかかるらしい。もしかしたら今日会えないかもしれないとメイドさんに言われた。まあ、アポなしでいきなりやってきた身としては、次の日でも全然構わないのだが・・・。会えるかどうか分かるまでここでくつろいで待ってくれと言われたので、遠慮なくくつろぐとしよう。
待合室に飾られている調度品や絵画を嘗め回す様に見る。上等なものらしいが、芸術を嗜む心は俺にはあまりない。それもしばらくすれば飽きてしまう。
仕方なく俺はふかふかのソファに身を沈めながら、目の前にあるマカロンみたいな形の菓子を頬張る。甘みが口いっぱいに広がり幸せな気分になる。さすが侯爵の屋敷だ。出される菓子もかなり上等な物だろう。とってもおいしい。外はサクサク。中にはしっとりとしたチョコレートの味がするクリームが入っていた。
気づけば、スタンドにあった菓子を全て平らげてしまった。
口の中も手持ち無沙汰になり、とうとうやる事がなくなってしまった。だから眠ることにした。
窓から射し込む穏やかな光に当てられ、ゆっくりと眠気を待つ。
・・・。・・・。・・・。
「・・・・キ様・・・・・・・・・・コウキ様・・・・・・・・・」
「ぬあー?」
微睡の中、誰かに優しい手つきで体を揺らされ、声をかけられている。揺すられる手がなんだか心地よい。
瞼を開けると、目の前に白い給仕の帽子をかぶった美しい女性がいた。
この屋敷のメイドさんだ。
目を覚ましたら、いきなり美しい女性の顔が近くあったので、思わず絶句する。
「お休みのところ申し訳ございません。 御当主様が少しだけ時間が空けられそうなので、応接室に通すようにと申し付かりました。 応接室にご案内したいのですが、よろしいでしょうか?」
流暢で綺麗な声が俺の耳奥まで響く。思わず、目をそらしてしまう。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。案内してください」
さ、さすが侯爵家に仕えるメイドさんだ。おそらく、家柄も作法も何もかも一流なのだろう。
立ち振る舞いも言葉遣いにも、なんか隙がない。まるで、武を極めた達人のオーラのようなものを放っている。しかも美人でスタイルも抜群。肌をあまり露出しないメイド服の上からでも分かる。俺含め世の男たちなら結婚したいような女性だ。こんな完璧超人、世界にはいるんだなあ。
「あの、どうかなさいましたか?コウキ様」
「ヴェあ!? なんでもありません! 行きましょう!」
まったく・・・ほんと俺って見境ないな・・・
美しい女性を前にすると、どうも調子が狂う。こういうのを何というか・・・惚れ安いというんだな。
この世界には美形の人が多すぎる。だから、心があっちにフラフラこっちにフラフラ・・・すぐに邪念を持ってしまう。気をしっかり持たないと・・・いくら顔が不細工だからって心もどす黒く汚れてはいけない。
両手で頬を叩き、気合を入れる。
その姿を瀟洒なメイドさんは怪訝な顔で見ていた。




