地下牢獄での戦い
各所に仕掛けた爆弾が轟音を響かせている中、私たち地下牢獄救出組は爆発で穴が開いたある一か所の場所から侵入していく。
「こちらです。さあ、急いで!」
アデルが私たちに声をかけながら、キャリーと一緒に先頭を走る。
地下牢獄までの道のりと城内の兵士が巡回するルートを知るアデルと異常な聴力で周囲の音を聞き取れるキャリーがいれば戦闘を避けて進むことができる。
おかげで、誰とも会わずに地下牢獄の入り口までたどり着いた。
「・・・。見張りがいませんね。誘導は上手くいっているようです。 今の内に行きましょう。地下牢獄の管轄は奴隷商人やその傭兵なので帝国の兵士はいません。もし、見つかったら倒してしまってかまいません」
綺麗な内装と外装が施されている一階とは違い、地下の内部は床も壁も全て無骨な石造りで薄暗くジメジメとして、等間隔に配置されている蝋燭の火がゆらゆらと揺れていた。
地下牢獄の入り口は城の地下一階にあり、牢獄はここよりさらに地下深くに存在しているらしい。
石造りの階段を私たちはひたすら下っていく。
しばらくすると開けた場所にたどり着いた。錆ついた鉄格子が両壁に埋め込まれ、その中に人影らしきものがうっすらと見えた。牢の中は真っ暗で中の様子がよく見えない。おそらく私たちと同じ亜人が囚われているのだろか・・・。
一刻も早く解放しなきゃ
「エリ、何をしておる。こっちじゃ」
牢の前に突っ立っている私をルドワが注意する。ルドワを含め他のみんなは既に奥まで進んでいた。両壁に牢が埋め込まれた開けた場所はしばらく続き、やがてドームのような円形の大広間に着いた。
無骨な檻がそこらかしこに無造作に置かれており、いかにも野蛮な恰好をした人間たちがあちらこちらにいた。
「どうやら戦闘は避けられそうにないですね」
アデルは腰に佩いている剣を抜き、身構える。他の同伴者もそれぞれの武器の抜き始める。
同胞を助け出すには戦闘は避けられない。覚悟を決めて私も弓を構える。
一拍後
「よし、突撃!」
アデルの号令とともに武器を持ったアデルの仲間達が奇襲をかける。
「なんだこいつら!? 応戦しろ!」
「敵襲! 敵襲!」
「ちっ! 数は少ねえが強え! 応援を呼べ!!」
奇襲には成功したものの、地下牢獄は蜂の巣をつついたかのような慌ただしさと喧騒に包まれた。
「私たちはさらに奥へ向かいます! ここにも何人か残しますがあなた方はどうしますか?」
「エリ! お主はアデルについていけ!もしかしたら、奥にも捕まっておる者がいるかもしれん。 儂とキャリーはここに残って退路を確保しておく!」
「分かったわルドワ! 二人とも無理しないでね!」
「応っ! ここは任せておけぃ!」
ルドワの快活な声が響きわたる。
私はその声を背にしてアデル達とさらに奥へ向かった。
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「勝手にここに残ることを決めてしまったがお主はよかったのかキャリーよ」
「うん大丈夫。ルドワを一人にした方が危なそうだし、それにここの方が動きやすい」
「うむ、では背中は任したぞキャリーよ!」
敵に囲まれている状況、ルドワとキャリーはお互いの背を合わせる。そして、二人が同時に動きだそうとしたその瞬間
「おやおやぁ? そこにいるのはダンタ族とシルフ族ですかぁ? これはまた珍しいですねぇ」
城から地下牢獄へつなぐ通路とは別の通路からその集団は現れた。いかにも傭兵団のようなそれぞれ身につける武具も武器も違う者達が取り囲んでいた敵の一部を押しのける。
「団長! あの老いぼれのダンタ族はともかく、シルフ族の小娘の方は高く売れますぜ!」
「あーはいはい分かってるよぉ、ケニー君。シルフ族は滅多に人前には姿を現しませんからねぇ。これは絶対捕まえましょうねぇ」
こちらを商品としか見ていないかのような言い方、実に腹立たしい。
「おい、童。 お主ら何者じゃ、答えろ!」
「んんんーー? そうですねえ・・・ま、どうせ奴隷にするから喋ってもいいでしょう。 私たちはとある傭兵団でしたが今はこの国の大貴族であるブタン家の私兵に雇われていましてねー。主に奴隷の調達と管理を任されてますよお」
ブタン家、同族や仲間たちを捕まえて奴隷にしていると有名なあの忌々しい貴族のやつらか。
「今日は奴隷どもを他国へ出荷する予定だったのですがー・・・なにやらネズミどもが悪さをしているようですねえ。ああめんどくさい、めんどくさい・・・・・・・お前たち、やっておしまいなさい! あのシルフの小娘だけは必ず生かすのよ!」
「ヒャッハー! 久しぶりの戦闘だ殺しまくるぜえ!」
「奴隷どもの護送ばっかで飽き飽きしてんだよぉ 楽しませてくれよなあ!」
リーダーと思わしき男の号令とともに、血気盛んな蛮族どもが襲い掛かってきた。
言動からするとこちらを一方的に殺すそうだ。
まったく・・・なめられたものだな。
かつてダンタ族は戦闘民族として世にその名を轟かせていた時期があったのだが・・・今はどうじゃ?
森で平穏に過ごすと決めた後は、数だけは多い人族に虐げられ、その名は失墜し、挙句同胞は奴隷にされる始末。
嘆かわしい・・・嘆かわしい・・・。
「何ぼうっとしてんだよクソジジイ! そんなに早く天国に逝きたいなら逝かせてやるよ! おらぁ!!」
愚かな蛮族の一人がこちらに向かってくる。
儂は愛用のハルバードを横に振る。
ドシャッ
向かってきた蛮族の身体は横真っ二つに分かれ地面におちた。
「見せてやるぞ人間ども、ダンタの力を!誇りを! 筋力、倍加ぁ!!!」
儂らダンタ族は一つしか魔法が使えん。じゃが、そのたった一つの魔法がダンタの名を一度世に轟かせたのじゃ。
筋力倍加
己の筋力を増加させる単純な魔法。他の種族が使用しても筋力にたいした変化はもたせられない。しかし、我らダンタ族はその魔法を極めれば極めるほど、その効果は比例して倍加し続ける。
儂はダンタ族の戦士長。
その意味を今ここで分からせてやる!
「な、なんだこいつ・・・体がどんどん大きく・・・」
「おい!シルフの小娘は後だ! このダンタのジジイを先にやるぞ!!」
もう遅いわい。
丁度この広場で戦えるぐらいの倍加はもう終わった。
後はお主らを鏖殺するだけぞ。
片手で握れるようなったハルバードを軽く何回も振るう。
それだけで近くにいた数人の人間が細切れと化した。
「ど、毒だ・・・毒を使え! こいつに近づいたらやられるぞ! はやくもってこい!」
どうやら近接戦闘では勝てないと理解したのか、矢毒で儂を殺そうと毒壺をもってきてる。
じゃが・・・忘れておらんか小童ども・・・儂には頼りになる仲間がいるのだぞ?
「させないっ!」
いつの間にか姿を消していたキャリーが毒壺を持った人間の影から突如現れ、逆手に持ったダガーで敵の喉元を掻っ切った。
喉を切られた男はそのまま地面に崩れ落ち、矢毒が入った壺は割れた。
「くそ! よくもやってくれたなこのアマあ!!」
近くにいた1人の人間が、キャリーの首目がけ大剣を振りかざす。
「潜影」
キャリーは近くにあったタルの影に溶け込むかのように沈んでいき、大剣は空を斬り、甲高い音と共に床を浅く穿った。
シルフ族は影魔法の使い手、潜入や工作、諜報に長けた種族なのじゃ。もちろん、暗殺もな。
「ど、どこへいきやがった!」
いまだ激高している男はキャリーを殺すため、ひたすら辺りを見回している。そこへ――
”影たちよ、敵を貫け!”
突如男たちの周りの影が先が尖るようにうねり始め、男たち目がけ伸び、身体を貫いた。
影たちによって串刺しになった男たちは、やがて影の杭が抜かれるといたるところから鮮血を吹き出し、そのまま倒れていった。
そして、いつの間にかキャリーは儂の左肩に腰を下ろしていた。
「助かったぞ、キャリーよ」
「ううん、気にしないで・・・ルドワが無事でよかった」
「どうやらここの制圧はできそうじゃな・・・ん? そういえば、あの傭兵団のリーダーらしき奴が見あたらんの」
「あの人間なら真っ先に倒した。 あいつから臆病者の臭いがしたから・・・たぶん、劣勢になるとすぐ逃げると思って・・・ほら、あそこに」
キャリーが指さす先にはリーダーらしき男が血だまりの床でうつぶせに倒れていた。死因は背後から心臓へ一刺し。見事な暗殺じゃった。
「お手柄じゃな、キャリーよ。よし、儂はここの残党狩りをする。キャリー、お主は牢に捕らわれておる者たちを解放してやってくれまいか? もちろん、種族分け隔てなくじゃ」
「分かった。ルドワ、気を付けてね」
そう言うと、キャリーは儂の肩から降り牢の方へ駆け出して行った。
まったく・・・儂よりもはるかに若く、小さい体躯なのに、働き者で仲間思いで歳に似合わぬ心配性なんじゃから。
これでは儂ももっと頑張らなければと思ってしまうじゃないか。
儂はいまだ倍加し続けいている己の身体を維持した状態で、床に刺してあった愛用のハルバードを引き抜く。
さて・・・もう一仕事!
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ルドワたちと別れてから私はアデルとその仲間合計6人で地下牢獄の奥につながる道を走っていた。
敵にも合わず、しばらく走り続けていると
「着きました、ここが重罪人専用独房につながる階段です」
アデルがそう言う。場所は城の地下の奥のさらに奥。絶対に逃がさないという意思を感じた。
「気を付けてください。ここから先は魔封じの結界が施されています。つまり、ここからは如何なる魔法も使うことができません」
ほとんど私に向かって注意を促す。私は黙って首肯すると、アデルはうなずき返す
「それでは・・・行きましょう」
階段を降りると一直線の道があり、その道の右側だけに独房の扉が連なっていた。
しかし、アデル達はその独房の扉についている檻付き窓に一瞥することなく一直線の道を進む。
おそらく、マクスウェルとやらはここにはいないと理解しているのかもしれない。
やがて一直線の道は終わり、やたら開かれた場所にたどり着いた。そこには、
四足歩行の大きな魔獣が3匹おり、その魔獣に引けを取らないくらい太った人間が1人、だだっ広く開かれた広間の中央にポツンと存在する直方型の独房を守っていた。
掃除なんてしていないのだろう。ひどい腐敗臭と魔物特有の気持ち悪い臭いがこの広間に充満していた。
鼻がおかしくなってしまう。
入口で身を潜めている私たちに気づいていないのか、それとも広間に踏み込んだ者だけを攻撃するのか、こちらには全く反応を見せていない。
ここでは魔法が使えない。下手に動くと私たちが不利になってしまうおそれがある。私はこの後どう動くか分からなくなってしまい、アデルに指示を促そうとする・・・が、しかし
「こ、このぉ・・・よくも・・・・よくも・・・」
アデルはワナワナと身を震わせながら何か呟いている。
「ちょっと、アデル? 大丈夫な――」
アデルの様子がおかしいと感じた私は声をかけようとした次の瞬間
「貴様らぁ!!! 我が主に対して何たる仕打ちをしてくれてんだああああああああ!!!!!」
憤怒からほど遠い、いつも穏やかな雰囲気であったアデルが突如激高し、腰に佩いてた剣を勢いよく抜き、大声で叫びながら広間へと足を踏み入れた。もちろん魔獣たちはアデルの方へと向き臨戦態勢に入った。
まずい! ここでは魔法が使えない。魔法や飛び道具なしであんな大きな魔獣に挑むなんて自殺行為だ。
「大変、早く援護しないと・・・」
私は背中に身に着けている矢筒から矢を取り出そうとする。しかし、アデルの仲間である騎士の一人に手で制止されてされてしまった。すかさず、抗議の声を上げようとしたが
「大丈夫です、エルムの方よ。 ああなってしまったアデル殿は周りが見えなくなってしまいますが・・・絶対に負けません」
そんなこと・・・第四師団の連中には捕まっていたのに? 捕まってたことは知ってるので、その言葉には説得力があまりない。
「マクスウェル陛下がこんな汚い牢屋に入れられ、かなり雑に扱われたことに憤慨しておられるのだろう・・・。 なんたって陛下とアデル殿は主と騎士の関係を超えて――おっと、ゲフンゲフン」
仲間の騎士は続けて何かを言っていたが最後の言葉を濁していたためよく聞き取れなかった。
そして、そっちに気を取られてしまっている内にアデルは魔獣と接敵する。
魔獣の身体は筋骨隆々であり、血管なのか太い管が幾重にも前足や体中に走っていた。
鱗などはなさそうだが、その隆々なる筋肉を人間の力で断つことは難しそうだ。
魔獣がアデルに向けて前足を振り上げる。前足に付いているあの鋭そうな爪を人間が受けたのなら、容易に裂かれてしまうだろう。
私は援護しようと再度矢筒にある矢を抜き、魔獣の目を狙って弓矢を構える。が、今度は自分の意志で行動を中止する。
アデルが一瞬ブレた後、魔獣が動かなくなったのだ。そして、ゆっくりと魔獣の太い首が落ちた。
ありえないわ。あんな細腕で斬れるもんではない。一体どんな鍛錬をしたらできるのかしら・・・。
目の前で絶技を見せられ、私は冷や汗をかく。
そうこうしている内にアデルは魔獣に近づき、次々と首を落としていく。
最後に人とは思えない大きく横に広い、布袋をかぶった人間がアデルの前に立ちふさがる。
上半身は裸で汗なのか油なのか体中から噴き出て、人の頭を簡単に打ち砕けるぐらい大きな槌を構えている。
当たったらひとたまりもないだろうが、先ほどのアデルの身の動きを見ていれば勝敗は既に決したと私は察した。
おそらく、あの脂肪も汗や油を身に纏うのも相まって、強力な防御を誇っていたのだろう。しかし、あの魔獣の首を容易く斬り落とせるならば・・・。
案の定、勝敗はすぐに決した。アデルは大ぶりの攻撃をかわすと槌の柄を斬り、同時に相手の両腕も斬り落とす。その後、首に一突き、抜いて肩から袈裟斬りで大男は倒れた。
「陛下ぁ!!! 陛下ああああああ!!! マクスウェル様あああああああああああ!!!!」
大男を倒した瞬間、乱心のアデルは一目散に独房へ突っ走る。
アデルの仲間も後に続き、独房の扉を破壊しようする。
私が、独房にたどり着いたと同時に、独房の扉が開き、アデルが我一番と中へ入る。最後に私が独房へ入る。
そこにいたのは――。
「アデル、そして私の忠実なる騎士たちよ・・・。よくぞ私を助けてくれました。ありがとう・・・ありがとう・・・」
そこにいた人物は、手も足も頬までも痩せこけ、髪はボサボサ、目には濃い隈ができていてとても偉い人とは思えなかった。髪色は私と同じ金色だったのだろうか、今はくすんでいてよくわからない。
しかし、身なりもボロボロ、体の状態も最悪なのにどこか気品のようなものを私は感じた。
「マクスウェル様ぁ・・・御身をこのような場所に長くおいてしまい大変申し訳ございません。我ら貴方様の騎士だというのに早く助けられず、我らの不甲斐なさをどうかお許しください」
アデルとその他の騎士一同、マクスウェルと思わしき人物の前で跪き、悔恨の念を述べる。
マクスウェルは跪いているアデルたちの下へ寄り、優しく頭を撫でた。
「よいのですよ。貴方たちは今私を助けに来てくれました。それだけで私は嬉しいのです」
「「「「「マ、マクスウェル様ぁ~~~~~」」」」」
男たち同士で抱き合っている場面を私は遠くから見守る。明らかにこの場においていかれてる気分を実感した。
「あ、あの! そろそろ動かないと・・・」
その場に気圧されていたが、勇気を振り絞ってアデル達に声をかける。再会を邪魔されたと思って睨んでこないわよね?
「おっと、そうでした。すみません、エリ殿。 マクスウェル様、こちらがハリット大森林から来られたエルム族のエリ殿です」
「初めまして、エリ殿。私はメルランテ帝国、元第一継承権のマクスウェル・デラ・メルランテと申します。遠路はるばるまでアデルにご協力なさっていたとみられる。ご助力、大変感謝いたします」
「気にしなくていいわ。あなたには今の現状を変えてもらう必要があるもの・・・。あなたがこの国の王様になればハリットの森に住む私たちとその他の地に住む同胞たちへの迫害を止めてくれるのよね?」
言葉を濁すことなく、はっきりと言ってやった。みんなの今後の人生を背負っているんだ。変に解釈されてしまわれると困る。
「もちろんです、エリ殿。 私もこの国の方針は間違っていると判断し、父上に直談判を試みたのですが・・・反逆者として囚われていました。 この国に住む全ての人たちが種族関係なく等しく幸せになる権利があるのだと私は思います。ですので、共に新しい国を私と築いていきましょう!」
言い終えると、マクスウェルは私に向かって手を出す。私はそれに応え、マクスウェルと握手を交わす。
これが、お互いの未来が良い方向へ繋がる第一歩目になると信じて。
「そろそろ、行動しましょう。もたもたしていると帝国の兵士や騎士団の連中がやってくるかもしれません。ここで不当に捕らわれている方たちを救出した後、急いで脱出しましょう」
アデルが切り出す。私もルドワとキャリーがどうなっているのか心配だ。早く確認したい。それに・・・ここは臭いしさっさと出たい。
「アデル、帝国騎士団を倒さずここに来たのですか? 私が入れられてたこの独房は扉が壊されると騎士団に通知される仕組みになっています。普通ならもうすでに騎士団の誰かがここに来てもいいはずなのですが・・・かなりの数で騎士団をくい止めているのですか?」
「いいえ、マクスウェル様。 たった一人で帝国騎士団をくい止めている者がいます」
「なんと! あの騎士団を・・・たった一人で・・・?」
あまりの驚きにマクスウェルは絶句する。帝国騎士団を一人でくい止めることはそれ程までにありえないことなのだろう。
この地下牢獄より激戦区になっている上に向かって呟く。
「コウキ・・・無事でいて・・・」




