帝都へ
「・・・きてください・・・・起きてくださいヒカルさん、朝ですよ」
深い微睡の中にいた俺を何者かの声によって呼び起こされる。
俺を起こしたのはアデルだった。ここはエリかキャリーに起こしてもらって朝チュンなるものを経験してみたかったのだが・・・まあ現実はそううまくいかないものだった。
「アデルさんか・・・。 おはようございます」
「はい、おはようございます。 他の皆さんはもう起きて出発の準備を進めていますよ。 コウキさんの準備が整い次第、ここを発ちます」
昨夜、一番早く寝たのにもかかわらず、起きるのが一番遅かったようだ。
久々に体の調整を普通に戻し、人間らしい睡眠をとった。普通に戻したのは宇宙空間での最後の休憩以来か。昨日は反省することばかりあり気分がブルーだっため、不貞寝して調子を戻そうという試みだったのだが、いまだ本調子ではないようだ。
気分が晴れない、体が怠い。重い体を引きずりながら外へ出る。
早朝、霧が薄っすらとかかり遠くの様子は窺えなかったが、朝焼けが霧に当たることで辺りは赤く照らされていた。貸家のすぐそばには荷馬車が停められており、そこでエリ、ルドワ、そしてキャリーが出発する準備をしていた。
「あら、コウキ起きたのね。 おはよう」
昨夜まるで何もなかったようにエリは俺に気さくに声をかける。
「ほっほ、今日は寝坊助さんだのうコウキよ。 昨日はお疲れだったのじゃな?」
ルドワもいつも通り、茶化しぎみで話しかける。
旅をともにする仲、お互いがギクシャクしないように取り計ってくれてるだろうか普通に接してくれてくれている。気をつかわしてしまってると思うと少しばかり心苦しい。
「み、みんなおはよう。 昨日は・・そ、その・・・迷惑かけた。 ごめん」
「はいはい、謝っている暇あったら――――はい、これ。 貸家の鍵、村長さんに返してきてくれる?」
「いや・・・その・・・・。 あ、はい。行ってきます」
どもりながらの俺の渾身の謝罪を軽くいなし、エリは俺におつかいを命じた。
どうやら本当に昨日の事はなかったことにしてくれるらしい。非常にありがたかったので素直に従う。
気分が少し晴れ、体の調子が戻った俺は早足で村長宅に向かう。
村長宅に着き、扉をノックしようとしたが中から話し声が聞こえたので、扉の近くに身を潜め、気配を殺し聞き耳を立てる。
どうやら、中にいるのは昨日酒場にいた二人組の兵士のようだ。
「ドレイク村長、世話になったな! 今度は大勢でやってくると思うけど、その時はまたよろしくな!」
「なっ!? そ、それはどういうことですか!? 兵士様!」
「なあに。俺たちは帝都からの伝令を預かっててな。これから第四師団を呼び戻さなきゃいけねんだわ。 帝都に戻る際、ここをまた通るからそん時は食料の徴集すっからそこんところヨロシク! あ、あとあの亜人の女もよこせ。ありゃいい玩具になりそうだ」
「ああ、そうだな。帰りの退屈しのぎになるなあれは。ぬへへへへ」
下卑た笑い声と糞みたいな会話が聞き取れた。せっかく、気分が晴れてきたのに・・・。
・・・まあ、いいか。
おまえらのおかげで色々と覚悟ができたんだ。昨夜、じっくり考えこんで自分の目的も明確になった。
「そ、そんな。あの悪名高い第四師団がここに・・・。 お、おまちください兵士様! 食料の徴集はお受けします。 ですが、ティアは・・・亜人の女は見過ごしていただけないでしょうか? 亜人でもこの村の仲間ですから」
「仲間ぁ? おいおいこのおいぼれ、ついに亜人を擁護しやがったよ」
「あーあ、やっちまったな爺さん。これは重罪っすわ。またここ通るとき、この村なくなると思うから覚悟しとけよ。ぎゃはははは!!」
扉が強く蹴破られ、二人組の兵士が笑いながら外に出てきた。
笑い声が遠くなり、やがて聞こえなくなったので身を潜めるのを止め村長宅に入る。
村長は地べたに座り込み、力なく項垂れていた。
「・・・誰じゃ」
「すみません。昨日貸家に泊まった旅の者です。貸家の鍵を返却しに参りました」
「鍵・・・か。 そんなもの、もう返しに来なくてよいのに。 どうせこの村は焼き払われるのじゃから・・・。 跡形もなく、全て!」
「ドレイク村長、心配いりませんよ。 彼らはもうここには来ませんよ」
「出鱈目な嘘をつくな! もうなにもかも、すべてお終いじゃ! たかが、亜人の少女一人を庇ったばかりに!」
「村長、気持ちはわかりますが自分の言ったことに後悔しないでください。あなたは立派なことをしました!」
「お主に何が分かる!? 今までここで暮らしてきた者の気持ちを! 全てを失うことが確定した者たちの心を!! 帰る場所もない放浪者のくせに知ったふうな口をきくな!!!」
「村長・・・聞いてください。 実は――――」
「うるさい!! さっさと消えろ! お主の話など聞きとうないわ! でてけ!!」
「いいから黙って聞け!!このクソ爺!!!」
俺は地べたに座り込んでいる村長の胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。こうでもしないと話聞いてもらえないし、それに村長からの亜人っていう言葉は聞き捨てならなかった。
「第四師団はやってこない。俺が全滅させたからな! だから、この村が焼き払われることもない! 今まで通りの生活ができる!」
「そ、そんなの嘘に決まっておるわい。 信じられるわけないじゃろ! 証拠はあるのか!!」
「ない!! だけどお前がとれる選択肢は俺の言葉を信じていつも通りの生活するしかないないだろう? それとも、ここの村人全員村を捨てて放浪者になるか? できないだろう? あの兵士たちに言われた事は全て忘れろ」
「忘れるわけないじゃろう! 儂が・・・儂自身がこの村を滅びの道に進めてしまったのじゃ・・・。儂の言葉で・・・」
村長は歳に似つかわない半べそをかきながら、力なく俺に反論する。
確かに俺の言葉を信じるほうがおかしい。しかし、第四師団が全滅したのは事実だ。
残念なことに、その事実の確証を得させる証拠はないし、納得してもらう話術など俺にはない。
この手は使いたくなかったが・・・この爺さんや村人がいつも通りに生活するためには、仕方ない。
俺は創造する。
「ドレイク村長。あなたとここの村人は素晴らしいです。皇帝が亜人排斥を勧める中、この村は流されずに亜人との共生をしてきました。自分たちのしてきたことを誇りに思ってください。そして、これからも今まで通りの生活をおくってください」
創ったものを握りしめ、右手を振り上げる。
「何を言われても、もう遅いわい。 儂は・・・儂らはもう・・・。 がっ!?・・・あ・・・え・・・あ・・・」
創ったもの――――。細い光の針を村長の頭頂部に刺した。
「”洗脳”・・・・今日ここであったこと、会話したことを全て忘れろ。帝国の兵士たちは昨晩遅くこの村を出て行き、旅人は早朝鍵を返しに来てすぐにここを去った。何もなかった。だから・・・眠れ・・・起きた時は何事もない、いつもの日常・・・」
以前、ハリット森で悪党にぶっ刺したものとは似て非なるものを村長に刺した。
あの時は刺した瞬間、激痛を伴うようにしたが、今度は痛みがないようにしている。もちろん、爆発することもない。悪人ではない人の頭を弄るのは申し訳なかったが、これしか方法がない・・・・・・これしか思いつかなかった。
針をゆっくりと引き抜く。
村長は糸が切れた人形のように倒れこむが、その前に体を支えて倒れるのを防ぐ。そして、村長の体を抱きかかえると、ベットに寝かせた。
その後俺は扉を閉め、誰にも見つからないように足早にその場を立ち去る。
さよならドレイク村長。おやすみ。良い夢を。
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「遅いわよコウキ!! どこで道草食ってたの!?」
鍵を返すだけなのにずいぶん時間がかかってしまった。おかげでみんなのとこに戻るやいなや、エリにどやされてしまった。
「ごめん、ごめん。 ちょっと村長と世間話してたら遅くなった」
「ふうん。 どんな話をしてたの?」
エリは訝しむように、ジト目で問い詰める。
「え?・・・え、えーと、ほら、昨日食べた肉料理に使われていた獣は何なのか・・・とか?」
「あー、ドリ―ね。ハリット森にも生息しているからよく知っているわ。そんなに気にったのなら今度里に来たらごちそうしてあげるわよ」
「え、まじ!? じゃあ機会があれば食べさせてくれ。あれうますぎんだよ!」
苦し紛れの嘘をついたつもりが、エリの言葉に気持ちが昂り、つい声が大きくなってしまう。
「わ、分かったわ。 高級食材ではない一般の庶民料理なのに、よほど気に入ったのね」
エリは俺の勢いに押され気味でそう返した。そんなに驚くことか? それとも本当にあのうまさが普通なのか・・・。 だったら・・・素晴らしいなこの世界は!
尚更、この星にいたいという気持ちが湧き上がる。なら、この世界ではうまくやっていかなきゃな。
「みなさん、準備はよろしいですか? ここを出ましたら、あとは一気に帝都に向かいます。途中野営を一回挟みますが、食料は今ある量で足りると思います・・・・それでは出発します」
アデルの呼びかけとともに荷馬車が動き出す。荷馬車はゆっくりと進み村の出口へと向かう。
ぼーっとしていたらいつの間にか村の姿が見えなくなるほどにまで進んでいた。
やることがあるので我に返る。いい頃合いだろう。
「あ! やべ、村の貸家に忘れ物してしまった。 取りに行かなきゃ!」
わざとらしく声を上げる。
真っ先に反応したのはエリだった。
「忘れ物? じゃあ今すぐ村に戻らないと・・・」
「いや、村からまだそんなに遠くまで行ってないから一人で戻れるよ。 アデルさん、この道はまだ一本道ですか?」
「はい、しばらくはまだ一本道が続きますよ」
「じゃあ、俺が迷う心配はないな! すぐ行ってすぐ戻ってくるから大丈夫だ。 みんなは先に行っててくれ」
「あ、ちょっと。 すぐ戻るのよ!」
エリ以外の三人にはかなり訝しまれていると思うが、エリだけが本当に忘れ物をしたと思っているのだろう。
俺は心の中で手を合わせ、謝罪する。すまん、エリ。嘘をついて。許してくれ。
どーしてもやっておかなきゃいけないことがあるんだよ。
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俺は荷馬車から降りるとすぐにテレポートを使い、村まで戻る。
村の入り口辺りに移動したら、索敵を開始する。
まだそう遠くには行ってないだろう。
忘れ物はすぐに見つかった。索敵の網にひっかかり、赤い点が二点頭の中に浮かぶ。
場所が分かればあとは簡単。テレポートで一瞬で目的地に到着する。
「なっ!? なんだてめーは! どっから現れた!? 答えろ!!」
「俺たちは、あの有名な第四師団の兵士だぞ! 質問に答えろ! 何者だ!?」
テレポートした場所は朝霧がかかった一本道のど真ん中、そこにはあの帝国の兵士二人組がいた。
俺が突然姿を現したことに狼狽したのか腰にある剣に手をかけながら身構えている。
「あ、驚かしてしまってすみません。 ちょっとやるべきことがあってここに来ました」
「やるべきことだぁ? 怪しい野郎め! 今すぐたたっ斬ってやる!」
「悪く思うなよ? 死ねや!!」
兵士二人は俺が怪しい人物であると判断するやいなや、腰に佩いてた剣を抜き飛び掛かってきた。
まあ、そう来ると思っていたよ。思っていたから―――。
殺す準備はできているよ。
頭の中ですでにイメージしていた剣を一瞬で創り、兵士二人の間を高速ですり抜ける。すり抜けざまに二人の両腕を胴体から切り離しておく。今の俺の動体視力と筋力をもってすれば造作もないことだ。
両腕がなくなった二人組は斬られた腕を見ながらポカンと間抜け面をしている。
驚いているところ悪いけど・・・両足もなくなってもらうよ。
剣にさらなるイメージを加える。
長く、長く、長くと。
剣の刃の長さが二倍近くになったところでイメージするのを止め、足をはらう感覚で横なぎをする。
はい、だるまさんの出来上がり。
「「いぎゃあああああああああああああああ!!!いでぇえええええええええええええええええ!!」」
痛覚が追いついたのか、両手両足を失った男二人は傷口から血を大量に流しながら、地面をのたうちまわる。
男達の叫び声は一本道しかない草原に大きく鳴り響いた。
「う、うう・・・お前、どうしてこんな非道いことしやがるんだ・・・。 俺たちが何したっていうんだ?」
「そ、そうだぞ。 まさかさっきの言葉、マジで捉えたのか? ハハッ、じょ、冗談通じねえなあクソが・・・」
さっきまで殺そうとしてたのに、どの口が言うんだ? まるで俺が悪者みたいに言いやがって・・・・まあ否定はしないが。
てめえらだって悪党じゃねえかよ。
俺は兵士二人の戯れ言を無視して銃を創り出す。そして、銃口を上に向ける。
その銃は以前創ったモノと全く同じで改良などしていない。
つまりは――――。
パアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーン!!!!!
銃声がバカでかいままってことだ。
「「ヒッ!?」」
さっきまで俺のこと好き勝手言ってたり、呻き声をあげていた男達もあまりにも大きな音聞かされて怯んだのか、一時黙りこむ。
「て、てめえ・・・。今の音はなんだ・・・?」
しばらくして兵士二人の内一人が我に返り、恐る恐る俺の行為の真意を尋ねる。
「んー? ああ、ここら辺でバカでかい音出せばあのワンワンオ共がやってくるんじゃないかって思ったんだ」
「な、にを・・・言ってやがる・・・」
「おお、もう集まってきた。 やっぱ魔物を集めるに関してはこの銃は優秀なのかな?」
索敵をしていたら、赤い点が数十と、俺と兵士二人を囲むように集まってきた。赤い点が何を表しているのか百パーセント確信はもてないが、それがあの魔獣、ウルフェンであることはなんとなく分かる。
あとはあのワンコ共が後始末してくれるだろう。俺はそろそろ戻らないとまたエリにどやされてしまう。
「じゃあ、俺行くから後はウルフェンに早く殺してもらえるように祈ってな」
「は!? ま、待ってくれ! まさかこのまま俺たちを残して去るのか!? ふ、ふざけんな!!この人でなしがっ!!」
今もなお、両手両足から血を吹き出しながらよう喋れるよ。この星の人間はかなりしぶといようだな。
頭の片隅あたりにでも入れておこう。
「最初から、お前らをぶっ殺すためにここまでやって来たんだからお前らをここに置いていくのは当たり前だろうが。 それにさあ・・・」
俺は一拍おいて、にやけ面でさらに言ってやる。
「あんなことを聞かされて、お前らを見過ごす理由なんてどこにもねええぇんだよおおおぉ! アッヒャヒャヒャヒャー!!
なあぁんで、お前らみたいな人間の屑を生かしておかなきゃならねえぇんだよ!!お前らみたいなゴミは生きたまま魔獣に喰われるのがいい末路だよ!ぶぁあああああぁか!!!」
体の中に溜まりに溜まった鬱憤を言葉で吐き出す。
ひどく興奮した口調で言っちまったが、内心は意外と冷静であった。
こいつらが屑だってことは分かっていたし、言いたいことは事前に準備していた。
それに、もう屑どもを見過ぎてしまったのかもしれない。この星でもそうだが、前に住んでいた星ではもっとだ。
だから、見慣れてはいるが、今まで手が出せなかった分だけ痛めつけているのかもしれない。
・・・やっぱ冷静じゃないや俺、興奮してるわ。
「そ、そんな・・・」
兵士の一人がひどく青ざめた顔様子でこちらを縋るように見ている。そんな顔されても助けるわけねーだろ。
俺はトルトン村まで転移する。
その後、魔獣の群れの中に取り残された兵士二人の末路は言うまでもない。
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「おーい! ちょっと・・・待ってくれ! おーい!待ってくれ」
いまだ霧が立ちこめる中、トルトン村から帝都方面への一本道をひたすら走っていたら、見覚えのある荷馬車がゆっくりと走っているのがかろうじて見えた。
「あ、コウキ!! こっちこっちー!」
俺の存在を知らせるため呼んでいたら、エリが荷台から顔を出し、手を振っている。
馬車が止まり、ようやく追いついた。
荷台に入りやすくできるように、エリが俺に手を差し伸べる。
「・・・行ったかと思ったよ」
「とんでもない、待っていたのよ」
そんなやりとりをしつつ、エリの手を借り俺も荷台に乗り込む。
俺が荷台に乗り込むと同時に馬車は再び動きだす。さっきまでよりスピードは速めだ。
「で、いったい何を忘れたの?」
俺の忘れ物が気になるのかエリが問い詰めてくる。
「とても、大切な物だ・・・・・・・それよりもエリ、それにみんなにも聞いてほしいことがあるんだ」
少し強引に話の内容をそらし、俺はみんなの注目を集める。
みんなと目が合ったところで口を開き始める。
「俺・・・・」
ゆっくりと話し始める。自分が今から言う事に対して後悔はないか、確かめながら。
でもまあ、悩む必要もないし、もう決めたことだ。このまま言い切ってしまおう。
一度深呼吸したあと、続く言葉を口に出す。
「帝国を滅ぼすよ」
最近やっとルビのふり方や傍点の仕方が分かりました。もしかしなくても取り入れると思います。