トルトン村
「どう、コウキ? 私たちの実力は。少しは見直してくれたかしら?」
ふふんっと言いながら、エリは得意気に胸を反らす。
「ああ、見事だったよ。見直した。エリたちはすげえよ。いやほんとすげーすげー」
俺は、半分本音で半分胡麻擂る感覚でエリを褒める。
「そうでしょ、そうでしょ? もっと褒めてもいいのよ?」
俺が褒めたことに満足したのか、得意満面そうな顔になり、さらに体を後ろに反らす。
え、なにこいつ超かわいいんですけど。
エリのなかには、おそらく胡麻擂りとか媚びるなどの単語がないのだろう。俺の褒め言葉を邪推せず、そのまんま受けとったのだろう。ほんと純心すぎる。
「ほっほ。久しぶりにいい汗かいたわい」
「あらルドワ、キャリー、お疲れ様! 前衛と敵の引きつけ、ありがとね」
ルドワとキャリーが馬車のところまで戻ってきた。
二人とも特に疲れている様子はなく、汗も見たところかいていない。おそらく三人はこういった魔物の襲撃には慣れているのだろう。
「お疲れ。すごい気迫だったな、ルドワさん」
「わしが闘うときはいつもこうじゃよコウキよ。それとわしのこともキャリーのこともエリと同じく呼び捨てで構わんぞ。さんをつけられるとなんだかこそばゆいでな」
「・・・ああ分かった・・・お疲れ、ルドワ、キャリー」
改めて言い直すとルドワは満足そうにウムといい、キャリーは返事はしてくれないものの、コクリとうなづいてくれた。
人の名前を呼ぶとき、相手によって呼び方がどうしても変わってしまう。それは至極当然のことかもしれない。でも、俺は同じ相手でも呼び方が定まらないことが多々ある。だから、本当に親しい人以外の者には全て敬語を使うようにしてきた。気を抜くとすぐぶれてしまうが・・・。
呼び方なんてその人と時間をかけて交流していく中で定着していくから、ルドワやエリのような呼び捨てでいいと言ってくれる人は珍しい。だが、俺にとっては非常に助かる。
「みなさん、お怪我はありませんでしたか?」
アデルが御者台から降りて、こちらに駆け寄ってきた。
「問題ないわ。それよりも先を急ぎましょう。日が暮れたら、魔獣が群がってくるわよ。ここでの野営は危険だわ」
エリが辺りを見渡しながら言う。
木や隠れる場所がない、だだっ広い草原のなかに線を引くようにようにあるこの一本道。こんなとこで寝るのは危険だというくらい俺でもわかる。
「そうですね。幸い、トルトン村までもうすぐなので、今からでも行けば日が落ちる前にはなんとかつくと思います。荷台に乗ってください、すぐここを発ちます」
アデルからそういわれると俺たちは荷台に乗り、すみやかにその場から離れた。
さっきまで聞こえていた戦闘の音など聞こえるわけがなく、今は何事もなかったかのように風によって草原の草が揺れる音しか聞こえなかった。
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日が沈み、辺りが暗くなってきた頃ようやく今夜泊まる場所のトルトン村が見えてきた。
傍からみると村周辺の畑の面積は大きいが、人工物の規模は小さく家屋が数えられるほど。おそらく100人も住んでいないのだろう。
俺たちの馬車は村の正門までたどり着くと、見張り役であろう若い青年が近づいてきた。
よそ者はかなり警戒されるだろうと思っていたが、アデルが青年と数分会話したのち、あっさりと村に入らしてもらった。
「ここには宿屋はないですが、聞いたところ、旅人用に空き家があるそうです。村長の所有なので料金を渡すついでに挨拶をしにいきましょう」
村長宅はちょうど村の中心部にあった。
ドアをたたくと、髭を長く蓄えた白髪の翁が姿を現した。
「・・・旅の者、よくぞ参られた。歓迎する。わしの名はドレイク。この村には何用で?」
「はい、ドレイク村長。私はアデルと申します。旅の途中故、夜が明けるまでここで一泊させていただけないでしょうか?宿賃もしっかりお支払いします」
アデルが代表として村長と話す。こういった社交辞令に慣れているのか、話し方も自然で流暢だ。
「ふむ・・・泊まるのはやぶさかではないが・・・。今、たてこんでおっての。厄介ごとだけは起こさない事を誓ってくれ」
たてこんでいる? 何かあったのだろうか。
「具体的にはどのような行いがダメなのか教えていただけますか? 村長」
「うぬ、今この村を視察しに帝都の兵士が二人参られている。その兵士の報告によっては、わしらが納める税が多くなる危険性があるのじゃ。こちらとしては穏便にことを済ませたい。であるから村のためと思っておぬしらも協力してほしい」
村長が提示した約束は以下のこと。
一つ、帝国の兵士には絶対逆らわないこと。
二つ、何が起きても見て見ぬふりをすること。
三つ、暴力沙汰は起こさないこと。
だそうだ。まあこちらとしても、今は厄介ごとを起こして目立ちたくはない。俺たちの目的は帝都であること。であれば道中は隠密に徹しないとな。
俺たちは、村長に約束すると伝え、空き家の鍵をもらった。空き家は村の端っこにあり、村長か誰かが定期的に掃除をしてたのか思いのほか綺麗であった。中に入ると家具らしきものは一切なく、あるのは使い古された寝具のみ。本当に寝るだけの空間であった。
「荷物を置いたら夕食を食べに酒場に行きます。この村は小さいので物盗りもおそらくいないと思いますが、一応貴重品だけは持っていきましょう」
アデルがそう言うと、みんなそれぞれ荷物をおろし、装備品は身に着けて酒場へ向かった。
酒場はとても小さかった。十数人くらい入って満席になるくらいで、俺たちより先に入っていた客も5人しかいなかったが、俺たち5人が入ると酒場はほぼ満席となった。
「い、いらっしゃいませお客様。ご注文はお決まりですか?」
そして驚いたのは、給仕として声をかけてきたのは獣人であった。頭に犬耳をつけた栗色の髪のまだ幼い少女。今帝国ではひどい亜人族差別が起こっているのに、この子は大丈夫なのだろうか?
エリ、ルドワ、キャリーは変装魔法を使っているため、エリは耳が変化し、キャリーは猫耳と尻尾がなくなり、ルドワは身長が少し伸びてる。この少女からみたら俺たちは全員人間に見えるはずだ。
彼女は俺たちの注文を受けるとパタパタと厨房の奥へ向かっていった。目立った傷もなかったし、虐げられている様子も見れない・・・。この村では亜人は差別されていないのだろうか?
「どうやらここは大丈夫そうね。あの子、見るからに元気そうだわ」
「これ、エリ。だからといって変装を解くでないぞ。わしらの目的は帝都に向かうこと。どこで誰が見ているか分からん」
「油断禁物」
ルドワとキャリー双方に注意され、エリは「分かっているわよ」と受け流す。そこらへんはしっかりしているようだ。
しばらく、5人で他愛のない話をしているとあの給仕の少女が料理を持って戻ってきた。
「お待たせしました、お客様」
まず、テーブルのど真ん中に置かれた大皿にはなんかの鳥の丸焼きであった。そして野菜の盛り合わせが2皿、人数分の黒パンと野菜スープであった。
アデルがでっかいナイフとフォークで鳥の丸焼きの肉を切り分けてくれた。焼きたてなのか肉汁が垂れている・・・とても美味そうだ。
「では、いただきましょうか」
アデルの一声でそれぞれが食事を始めたが、俺はすぐに違和感を覚え始める。
辺境の小さな村のはずなのに、すごく美味い。偏見ではあるが、こういった小さい村での食事は味気がないと覚悟していた・・・・のはずだが。
「なんだよこれ・・・滅茶苦茶うまいじゃねえか・・・!」
名前の知らない鳥の肉は見た目通り美味しかった。しかし、ドレッシングが少ししか、かかっていない野菜でも噛めば噛むほどうま味にあふれ、野菜スープは様々な味が濃縮されていた。そして、見るからに固そうな黒パンは、確かに硬かったが噛み切ってみると中身は柔らかく甘かった。
エルムでごちそうされた食事もうまかったのはエルムの人たちが料理がうまいと思っていたが、この村の料理も引けを取らない。この世界ではこれは普通なのだろうか・・・?
みんなが食事しているところを盗み見る。
特段、驚いた様子もなく皆黙々と食べている。ああ、これが普通なのだと理解した。うわっ、これからの食事がすげー楽しみになってきた。
一人、ワクワクしながら食事を進める。これからどんな料理に出会えるのかと期待を膨らませながら。
「いよぉ、邪魔するぜえ!」
「なんだよこのクソ小せい酒場は! これだからちんけな村は行きたくねーんだよ」
料理を堪能してる途中、軽装な鎧をまとった男が二人入ってきた。いかにも柄が悪く、雰囲気があの第四師団の奴らに似ていた。
「おい、さっさと酒を持ってこいや! 税を重くされてーのか! あぁ!?」
男二人は酒がすぐ来ないことにいら立ちを覚え、店に脅しをかける。厨房からあの少女が急いだ様子で酒の入った木製ジョッキを持ってやってきた。
「お、おまたせしましたお客様・・・」
「あん? おいおい薄汚ねえ亜人のガキじゃねえか。とっと酒を寄越せってんだよ、おらぁ!」
男の一人がジョッキをひったくると、空いた手で少女に平手打ちをした。
「へ、兵士様! 困ります暴力は止めてください!」
その光景をみた酒場の店主らしき人が止めに入ろうとするが―――――
「あ? てめー、俺たちに逆らうのか? あ?」
「おいおい店主さんよお・・・。 亜人を擁護するのか? それはつまり帝国の意向に背くってことだよな、おい。 罪に問われてもおかしくないぞ? お?」
「う・・・そ、そんなまさか、ははは。 私は店での暴力沙汰は止めてほしいだけで、この亜人を擁護したつもりはございません。 おい! さっさと兵士様たちに謝罪するんだよ!! 何ぼさっとしてやがる! こいつめ! こいつめ!」
助けに入ったかと思ったら、見事な手のひら返しで店主は蹲っている少女を足蹴している。それを見ていた村の連中も「いいぞ、もっとやれ」などと囃し立てる。
どうやら見当違いだったようだ。
・・・気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
どうしてこんな事ができる? こうも人間は悪意が持てるなんて理解不能であった。どこの星に行っても人の形をしたものは悪意を持つのだろうか。
「おい! いつまで遊んでるんだい!? あんたはこの後厨房で皿洗いするんだよ! 亜人が休んでる暇なんてないんだよ! 誰のおかげで今生きていられるんだい! さっさとしな、この役ただず!」
ついにはこの店の女将らしきものまでも姿を現した。どいつもこいつも物凄い醜悪な顔だ・・・やべえ、殺したくなってきた。こいつらも、ここの村人全てを。
そうだよ、全員滅ぼせばいいんだよめんどくせぇ・・・。こんな奴らに生きてる価値なんてねえ。それを黙認してる奴らも同罪だ。
殺してやる
俺は、おもむろに立ち上がろうとした――――が、右手を誰かに掴まれて阻まれてしまった。
掴んだのはエリであった。
「・・・・・・・・・。 これはどういう意味だ? エリ」
「あなたこそ、何をしでかそうとするつもり? ここで騒ぎを起こしたら帝都まで行けなくなるかもしれないわよ?」
「だからなんだ? この光景を見過ごせってか? ふざけんな。 こんな奴ら生かしておけるか、ぶっ殺してやる。 安心しろ、目撃者が出ないようこの村にいる奴ら全員皆殺しにしてやる。そうすればこの後の旅に支障はでないだろ?」
「あなたって人は、ほんとにもう・・・。 いーい? 皆殺しにしたって足はつくの。それにこの村はハリット森に一番近いの。 もし、ここの村人がいきなり全員死んじゃったら真っ先に疑われるのは誰? 罪のない村人が大勢殺されたら、人族の世論は黙っていないわ。あなたは、亜人差別をさらに加速させようとしてるの。そんなこと、あなたにしてほしくないし、私がさせない」
何も言い返せなかった。いやしかし、だからといってこれを見過ごすのか? 冗談じゃない。これじゃ、元の世界にいたときと同じじゃないか。何のために俺はここまで逃げてきたんだ? 何にも縛られずに生きていきたかったんだろう? 己の心情に嘘をつかずに。
確かに、エリの言っていることは正しい。しかし、ここで言う通りにしたら、俺の意に反する。悪いが俺のやりたいようにさせてもらう。
俺は掴まれている右手を振り払おうとするがエリが発した次の言葉で行動を止めてしまう。
「それにね、あれ演技だわ。 間違いないわよ」
「は? 嘘つけ、あれが・・・演技だと?」
少女の給仕服には足跡がくっきり残るくらい踏みつけられていた。今でも、罵詈雑言が彼女に浴びさせられている。
「そんなの・・・どこに根拠がある?」
「勘よ」
たった三文字の返答。しかし、妙な説得力がそこにはあった。
またしても何も言い返せなかった。俺は周りの皆を見る。
ルドワもキャリーもアデルさんさえも、ただただ無言で真剣な眼差しでこちらを見ていた。皆、エリを言うことを信用してしているようだった。
「ああ、もう。 わかったよ」
俺は観念して、目の前にある自分の料理にがっつく。
食べ終わると席を立ち、店の外へ足を向ける。
「あ、ちょっとコウキ?」
「安心しろよ、エリ。 わかってる。 騒ぎは起こさない。 先に貸家に戻って寝てるよ」
それだけを言い残し、俺はさっさと酒場から出る。
外はすでに日が沈み。辺りは真っ暗であった。明かりがあるとすれば家屋から漏れ出るロウソクの光だけで、それさえも弱々しく頼りなかった。
俺はすぐに貸家の方へ歩き始める。こんなに胸くそ悪いのは久しぶりだ。こんな時はさっさと寝た方がいい。
俺は酒場をあとにする。しかし、酒場の裏から何やら話し声が聞こえた気がした。
気になり、こっそりと近づき様子をうかがう。そこにはあの獣人の少女と酒場の女将がいた。
女将が白い布で少女の顔を拭いているようだった。
「ごめんねぇ、ティアちゃん。あんな酷いことして・・・・」
「ううん。平気だよ、おばさん。 これが仕方ないことくらい私分かってる。 それにねおじさんやおばさん、村のみんなのこと大好きだよ。殺されそうだった私とお母さんを匿ってくれて、みんな優しくしてくれて嬉しかった。お母さんは病気で死んじゃったけど、私・・・寂しくないよ?」
そんなやりとりを聞き、俺は話し声が消える前にそっと離れる。
エリの言うとおりだった。すべては演技で、帝国の兵士からやり過ごすための致し方ない行為だったのだ。
そして、俺はいったい何をしようとしてたんだ?
村人達を皆殺し?あの人達を?馬鹿か俺は!?
自分が考えていたことに怖気を感じる。
気にくわない奴、邪魔をする奴は殺す・・・そしたら嫌な気持ちにならない、非常にシンプルで分かりやすい。しかし、誰かを殺すということは取り返しのつかない行為だ。
そんなことも気づかなかったのか俺は・・・。いや、気づこうとすらしなかった。
もし、村人を皆殺しにしていたら?獣人の少女はきっと悲しむだろう。もしかしたら彼女のこれからの未来も奪ってしまってたかもしれない。自分が自分の忌み嫌うことをしでかそうとしてたのだ。
この考え方は変えないといけないな・・・。
正しいと思っていた考え方に危険性があることを知った。であれば考え直さなければならない。
取り返しのつかないことする前に。後悔だけはしたくない。
闇夜に混じって歩き続ける。
夜空には曇天なのか星が見えず、頼りとなる明かりがほとんどなかった。
それでも歩き続ける。俺には道が見える。迷いはしなかった。