道中
「それじゃあ、行ってくるね長老」
エリが里の方へ振り返りリーフに挨拶をする。
昨日は夜遅くまで起きていたのだが、出発は日が昇る寸前の早朝であった。
能力を得る前の俺だったら到底起きることはできなかったのだが、今はもう体をいじっているため、眠気などない。なんなら、一時間寝ただけでも大丈夫な体にだってすることができる。
他の出発メンバーも顔には出していないのかどうか知らないが眠そうな者はいなかった。
「気をつけてなエリ・・・。無茶だけはするんじゃないぞ・・・」
リーフ長老だけが出送りに来てくれた。他の者は昨日の祭りの疲れでまだ眠っているのだろう。
リーフがエリに近づく。
エリも察したのかリーフに近づき、厚い抱擁を交わす。まるで今生の別れの挨拶みたいに。
ふと、抱擁しているリーフと目が合う。何かの意思がある眼差しだ。
俺は分かっているということを伝えるため軽く頷く。約束は守るよ。
それを見たリーフは、安心したように一度瞼を閉じ、エリからそっと離れる。
「今度こそ・・・行ってきます、おじいちゃん」
「ああ・・・行ってらっしゃい」
エリがこちらに向き直り、戻ってくる。
「挨拶はもういいのか?」
俺は尋ねる。
「ええ、もう大丈夫よ。ずっと続けているとなんだかこっぱずかしいわ。あれくらいで十分よ!」
照れ隠しなのかこちらを見ないでぶっきらぼうに応える。クールな見た目には似付かわしくない行動をとるのでかわいいと思ってしまい、思わずにやける。
「・・・な、なによその顔。ニヤニヤしてて気持ち悪いわね! ほら!さっさと行くわよ!!」
グヘッ!!
気持ち悪いって言われた・・・。
中学、高校で自分の顔がコンプレックスになるまで言われ続けた、陰口の一つである。あの時はあまりにも自分という存在を否定されたため、今思い出すとあの時は精神が狂いに狂っていたことがわかる。意味もなく夜中にカッターを持って徘徊したり、不意に笑いが込み上げて面白くもないのに笑ったり・・・もう忘れよう、この記憶は。
でも、久々に聞いた耳が痛い言葉でさえこんなに精神的ダメージを受けているということは俺の豆腐メンタルは健在ってことかー。 ・・・・・・はぁ、人と関わるのってほんと辛い。今ここにいるほとんどは人間ではないけど。
トボトボとみんなが乗っている馬車に向かう。それを見ていたルドワが俺の心内を見透かしたように
「ほっほ。最強であるお主でも心に対する攻撃には弱いようじゃな」
「からかわないでくれ、ルドワさん。俺にだって弱点の一つや二つくらいありますよ」
そうだ、どんなに肉体を改造しようが、最強の能力を得ようが無敵ではないと思う。この能力で無敵になったつもりでも弱点はあるはず。自覚していないうちにどこかがほころび、やらかしてしまうのが俺だ。慎重に行動しなければ守りたいものも守れないかもしれない。
気を抜くな。常に警戒し、考え続けるんだ。
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エルムの里を出発してハリット大森林を抜けたころには太陽?はすでに昇りきっていた。森を抜け、さらにしばらく行くと整備された道が現れた。
ハリット大森林はジャングルのように木々が生い茂っている。道を知らないと何日も迷ってしまうそうだ。
ここには土地勘のあるエリ、ルドワ、キャリーがいるため一日もかけずに森を抜けることができた。
「この街道は一本道です。ここから一番近い村には夕刻ほどで着きますね。今日はそこで宿を取ろうと思います。」
御者台に座って馬車を操っていた従者アデルが荷台に振り向いてそう言った。
能力を使えば一瞬でたどり着ける距離だが、今はやめておこう。こういうのも悪くない。
だが、荷馬車での長距離移動はとても時間がかかる。他のみんなは当然のような顔をしているので、これがいつものことなのだろう。
荷台で揺られながら、俺は手持ち無沙汰にしている右手を見つめ、創造する。
創ったのは西洋風の光る片手剣だ。それは以前、帝国兵を串刺しにした光の槍の剣バージョンで白い輝きを放っている。
「それがあなたの能力?」
エリが興味を示し、近寄ってくる。てか近い近い近い近い!!!
「あ、ああ。そうだ。一部だけど俺の能力だ」
俺は何とかして顔が歪むのを抑え、平然を装い、応える。
「へえー。とても綺麗ね。ねえ、他には何が作れるの?」
「槍とか斧とか形が想像できれば何でもできるはず。だから、今他に創れるモノを増やそうと思う」
右手に持っていた剣を消し、新たに想像し創り出す。
そして、右手にできたその物体はというと
「これ、なに?」
手のひらにのっていたものは黒い物体――銃であった。
「これは銃っていう武器だ。矢みたいに高速で物体を飛ばす飛び道具と考えてくれ」
「ジュウ? 面白い名前ね。どうやって使うの?」
「ちょっと待ってくれ・・・。アデルさん! かなり大きな音出すけど馬は驚かないですか?」
こちらに背を向けて手綱を握っていたアデルが振り向き
「ええ。大丈夫ですよ。帝国の兵士が使う馬は全て訓練されていますからね。敵の攻撃にも驚かないようにちゃんと躾られていますよ」
「じゃあ大丈夫かな。みんな、耳を軽く塞いでくれ」
俺がそう言うと、御者台にいるアデル以外全員耳に手を当てた。
そして銃の引き金を引く。
パァァァァァァン!!!!
乾いた音が街道に大きく鳴り響いた。
「・・・・・びっくりした。かなり大きな音ね」
エリは目を真ん丸にして驚き
「ほ、ほっほ。ワシも心の臓が飛び出るかと思ったわい」
ルドワは胸に手をやり、少し恨めしそうにこちらを見て
「・・・・・・・・・・痛い」
キャリーは頭にある猫耳を抑え、若干涙目になりながらも上目遣いでキッとにらめつけてきた。
(少し驚かせすぎちゃったかな)
普通のハンドガンだとこんなに音がでないはずなんだが・・・まあ自分で想像しただけのモノだし。改良しなければな。
銃って代物は内部の機構が非常に複雑で、専門家ぐらいでないと中を弄ることができず、素人だと壊してしまう。だけど、俺が創ったコレは中身がどうなっていようが関係なく”引き金を引けば弾が出る”とハンドガンの形を連想するだけで銃という機能をもった代物ができてしまう。改良も全く問題ない。
いつか機関銃、戦艦の主砲みたいなものをたくさん創って範囲攻撃ができるようになりたい。そうすれば大多数の敵に対して時間かけずに殲滅できるかもしれないから。もう素手でやるのはこりごりだ。
そう思いながら、今度はライフルを創ってみようと思い、創造しようとしたその時
「・・・・! ・・・・・なにか、来る!!」
俯いていたキャリーが突然顔を上げ、声をだした。
「距離はどれくらい?」
この事態に慣れているのかエリは冷静に尋ねる。
「・・・・・・およそ1000。 数は12。 これは・・・・・・魔獣?」
淡々と敵の情報を述べてくキャリー。すごいな・・・・全く気づけなかった。俺も索敵をしようと思えば何㎞圏内でもできるが、そんなことをすればすぐ頭が痛くなってしまう。それに距離を抑えても索敵を常時発動することもできない。仮に1㎞圏内と設定したら、もって一時間くらいが限界だろう。彼女のみている世界はいったいどうなっているのだろうか・・・。俺には想像できなかった。
「キャリーの種族、シルフ族はのぅ、皆目、耳、鼻がとても優れておるんじゃよ。じゃから隠密と偵察はお手の物じゃ。じゃが、周りの情報がいっきに入りすぎてのー。知りたくもないことも知ってしまうらしいのじゃ。それ故、多種族との交流はあまりないのじゃ」
また、ルドワに考えていることを読まれてしまった。読心術でも心得ているのかこいつは。
「魔獣が見えてきました! こちらに向かってきます!!」
アデルが叫ぶ。馬車の進行方向斜め右の平原から狼みたいな動物が群れを成して真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。てかどうみてもこれって俺が出した騒音のせいでやってきたはず・・・。みんなに迷惑がかかっているよな・・・。じゃあ、やることは一つだ
「ウルフェンね、大きな個体が多いわ」
「お、俺が始末しよう。俺が呼び出したものだ、みんなは手を出さないでくれ」
俺が荷馬車の席から立ち上がろうとしたする。
「まって。あなたのそのジュウじゃ音が大きすぎるわ。下手したら別の魔獣をさらに呼び寄せるかもしれない」
エリに呼び止められる。確かにその可能性もある。
だけど、銃が使えなくても殺す方法はいくらでもある。肉弾戦に持ち込んでもよいし剣とか槍を創って投げてもいい。
「ここは私たちに任せて! 足手まといではないことを証明して見せるわ!」
エリが得意げに言う。確かに、この3人が戦っているところはまだ見ていない。見てみたい気持ちもあるが、今は罪悪感でいっぱいだ。自分で引き起こした問題は自分で終わらせなきゃいけないと思う。
「い、いや、さすがにそれは申し訳ないよ。俺が引き起こしたもんだし・・・やっぱ俺が――――」
「見てなさい、私たちの実力を! キャリー、ルドワ! いくわよ!」
俺が言い切る前にエリが荷馬車から飛び出してしまった。ちょっとエリさーん。話はまだ終わってないんですけれども―。
「ほっほ、まあそういうことじゃ。お主はそこで見ておれい」
街道のど真ん中で馬車が止まると、ルドワが続いて荷台から勢い良く平原へ飛び出す。
最後にキャリーがこちらに一瞥した後、無言で荷台から飛び降りた。
「ルドワ! 前衛は任せたわよ。 キャリー!抜けてきた魔獣の足止めをお願い! 後は私が仕留める!」
エリが矢筒から矢を取り出しながら大声で指示を飛ばす。それを聞いたキャリーは軽く頷いた後、何かを呟き始めた。そして、ルドワは2人より前に出て魔獣と接敵する。
「ではいくぞおおおおおおお犬っころどもおおおおおお!! 筋力倍加ああっ!!」
筋骨隆々だったルドワの体がひとまわりさらに大きくなった。そして、得物のバカでかい斧、おそらくあれがハルバードというものだろう。それをルドワは大きく振りかぶり横なぎをする。
それだけでルドワに飛び掛かろうとしていた数体の魔獣が血しぶきをあげて横に真っ二つになった。
「せいや‶ああああああああ!! どんどんいくぞぉおおおおおおおおおお!!」
ルドワは動きを止めず、ハルバードを縦に、横にと続けざまに振り回す。ルドワに近づいた魔獣はたちまち物言わぬ屍と化す。
その鬼神めいた気迫に圧されたのか、残りの魔獣たちはルドワに勝てないと判断したらしい。飛び込むのを止め今度は弱そうだと考えたキャリーやエリを標的にし、ルドワから距離を空けるように回り込みながらこちらに突っ込んできた。
「くるわよ! キャリー、お願い!」
「―――――――――――――st・・・・・・“影縫い“」
何かを呟き終えたキャリーが最後にそう唱えた。
直後、魔獣たちの進路上に黒い水たまりの様なものがいくつも出現した。
魔獣がその黒い場所に前足を踏み入れた瞬間、前足と地面がまるで接着剤でくっつけたようにうごかなくなった。
かなりの速度でこちらに接近してきた魔獣たちが急に停止できるわけがない。その黒い影に足を入れた魔獣は何かが折れる不快な音と共に、派手に転倒していった。
そこへすかさずエリが矢を放つ。放たれた矢は寸分違わずに魔獣の頭部に命中していき、絶命した。
運よく影に足を踏み入れなかった魔獣は降参とばかりに尻尾を巻いて逃げ出した。
正に一瞬の出来事。気づけば魔獣のいない元の静かな平原に戻っていた。
(・・・・・・見事だな)
俺は心の中でつぶやく。
今の一連の戦闘には全く無駄がなかった。それは、経験がなせる業であり、一長一短ではまず無理であろう。
俺が能力に頼りきりで圧倒的な力でゴリ押す戦い方に対して、彼女らは仲間との連携と自分の得意な面を最大限活かして戦っていた。
力量の差は歴然。
たとえ俺の方が圧倒的に力が強くても、敵わない部分が確かに存在するかもしれない。いや、実戦では明らかに3人に後れを取っている。
(この経験の差、何とかしれなければな・・・・)
そう思わずにはいられなかった。