出発前夜
長老宅での会議にアデルが加わると滞っていた話がスムーズに進んだ。
問題であった帝都大門前の検問も解決した。どうやら門番にも穏健派の仲間が紛れ込んでいるらしく、その彼らが担当する時間帯にいけば顔パスで通過でき、あの正体を見破れる魔術師たちも何とかしてくれるらしい。
その他諸々の問題も全て解決し、話がまとまったおかげで帝都への主発は急遽明日となった。
ちなみに、アデルについて信用できるかどうかエリに尋ねてみたら 「大丈夫よ!」と一言だけ返ってきた。それを聞いていたルドワが
「ほっほ。 エリの勘はなかなか当たるからのう。安心せえコウキよ」
と、保障してくれた。
仲間からお墨付きを貰えるくらいエリの勘は、なかなか当たるらしい。
話し合いが終わった後、ツリーハウスから出ると外はもう夕暮れ時であった。
夕焼けの茜色の光が木々の間から差し込み、昼の風景とはまた違った趣がでていた。
夜になると今度はどうなるのだろうと期待に胸を膨らませる。
もうすでに略奪の痕跡は里から消え、大樹から下を見下ろすと、広場に人が集まっていた。
これはなんだ?とリーフに尋ねてみたら、どうやら里の、里にいる自分達の、そして帝都に向かう俺達の無事を、祝って宴を開くらしい。これはその準備をしている最中なのだと言っていた。
「本当に仲間意識の高い人たちだなあ」
独り言を言う。正直、こうやって支えあって生きていくのはいいなと思ってしまった。あっちの世界では、なかなか見られなくなってしまった光景。今現代、こうやってご近所づきあいなどを大切にしているような人たちが、どれくらいいるのだろうか。
大樹の大きな枝を少し歩いたら、蔓や蔦などで造られた橋があった。
橋の中ほどまで渡ると、手すりに腰掛け、考え事をする。
なんとなくノリと流れで協力するような雰囲気を醸し出してしまったが、果たしてこれで良かったのだろうか?‥‥いや、やっぱり見捨てられないな。
確かに、俺が帝国に楯突く必要は全くない。せいぜいムかついたから帝国兵を殺すぐらいしかない。しかし、もし俺がこの里を救わなかったらどうなっていたのだろうか?第四師団は間違いなくこの森での略奪や虐殺を続けていただろう。そうなればこのような光景は見られなかったに違いない。それにルルやエリ、リーフ達が奴隷にされ、不当に扱われるのは耐えられない。正当な理由がなく奴隷にされた者達を見るのはラノベや薄い本だけでいい。現実世界で見るもんじゃあない。
帝国はまたこの森に兵を送り込むはずだ。エルムの人々も今度はただでは済まないだろう。そんな結末がいやなのであれば、やはり元を叩く必要がある。つまり、
「現皇帝を潰すことが早期解決か‥‥」
その方が何も考えずに済む。
いちいち相手の都合とか、事情とか考えるのは面倒くさい。
俺は彼らを守ると決めたのだ。
自分の理念を貫き通す。
自分で決めた道を進むのは少し不安だが、他人に流されるのだけは嫌だ。
なら、悩む必要はない。このまま自分のやりたいように進もう。
日が完全に沈み、辺りは薄暗くなり遠くの物がほとんど見えなくなった。
俺もそろそろ地面に降りようかと動こうとしたそのとき
「あれ? そこにいるのはコウキ?」
聞き取りやすい澄んだ声が聞こえた。
「エリ、さん・・・ですか?」
「エリでいいわよ。 あなた、こんなところで何しているの?」
「・・・・・・・・一人っきりで考え事してたんですよ。 この場所は誰も来なくてうってつけだった。エリこそなんでここへ?」
「私は見廻りも兼ねて里に壊された結界を張り直しているところ。敵の侵入を防ぐためにね。もう帝国には好き勝手させないわ!」
そう言いながら右手に掴んである杖のような物を掲げ、俺に見せる。
一見、木の棒にしか見えないが何かの力を感じる。若干光っているのか?見ているだけで何とも言えない不思議な感覚を味わった。
「これは自分で作ったのか?」
「そうよ。 私、弓も得意だけど本職は魔術師なのよ。これくらいの物を作るなんて朝飯前よ!」
エリは大樹の幹にある窪みに杖を差し込んだ後、得意げに胸をそらす。
俺は彼女が魔術師であることに驚いた。
「よし! これで結界も万全っと。 そろそろ私たちも広場に行きましょ」
エリは俺の腕を掴み、歩かせようと強引に引っ張り、俺を急かす。
「俺も行くのか?」
「当たり前でしょう? 目的はどうあれ、あなたは里を救ったのよ? 主役がいなくてどうする、ほら歩いた歩いた!」
あまり、人に注目されるのは嫌なのだが。せっかく里の住人からもてなされるのだ。無下にしてはいけないな。
一人で歩けると意思表示し、二人並んで歩き始める。
無言になると気まずくなるので何か話題を探す。
「さっきの魔法の話なんだが、例えばどんな魔法を使えるんだ?」
「いろいろできるわよ。私が使う古代魔法は人族が使う現代魔法とは違って魔法の種類はそこまで多くないけど、それでも四素二界全て使えるし、威力も高いのが出せるわ」
後から聞いた話だと、四素二界とはこの世の属性のことを顕しているらしく四素は火、水、風、地で二界とは光と闇だそうだ。
「その魔法とやらは俺にも使えるのか?」
「あなたの中にある魔力量次第ね。生きているものであれば誰でも魔力は持っているの。でも、魔力量が低すぎれば魔法は発動しないし何も起きない。現代魔法はもともと魔力量が低い人族でも魔法が使えるようにしたものね。人族の知恵もなかなか馬鹿にできないわね」
「もし、俺に充分な魔力があったとして魔法を発動させるにはどうしたらいいんだ?」
「魔法発現にもいろいろと方法はあるわよ。術式や紋様を書いて発動させたり、魔力を持った媒体であったり、文字であったり、あるいは祈ったり・・・私が古代魔法を使うときは、言葉で魔法を発現させているわ」
方法はいくらでもあるんだな。てか、魔法を発動させるくらい魔力を持っているならばあっちの世界で無意識に発動させているわな。
ん? まてよ。言葉とか思いで発動するならば、俺の能力も魔法と大差ないのかもしれない。もしかしたら、魔法の親戚だったりしてな。そうなると俺も魔法使いか。うっ。なんか昔の痛い記憶を思い出して頭が痛い。魔法の話はここまでにしよう。
「今度、魔法が使えるかどうか試してみるよ」
「そう、いいんじゃない? 何かあれば協力してあげるわ!」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
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辺りはすでに真っ暗闇に包まれ、目の前にある大きな焚き火からの光が頼りだ。
宴は長老リーフの話から始まり、途中俺の紹介も少しされ、かなり注目された。とても恥ずかしかったです。
リーフの話が終わると数人のエルムの住人が俺のところにやってきて礼を述べた。エルムの人たちには怖がられていると思ったが、そうでもなかったらしい。
その中にエリとルルの両親もいた。
ルルを助けたことにかなり感謝しているらしく。父親とは長らく握手を交わしていた。よほど娘のことが心配だったらしい。父親はこうでなくちゃな。
食事は簡素であったがとてもおいしかった。
豆や根菜みたいなものがたっぷり煮込まれたスープや毒キノコみたいなシルエットの素焼きや川魚の焼き物。メインはウサギみたいなシルエットをした獣の丸焼きだった。どれも程よい塩気がきいていて決して薄味とは感じなかった。
エルムの人々は野菜中心の食事が一般だが、肉も食べる時はあるらしい。ほんと、あっちの世界の知識はあてにならないな。
俺は異星の食事を楽しみながら、焚き火の傍で男女混じって踊っているエルムの若者達をぼんやりと眺めていた。
そこへ見知った顔の人物が近づいてきた。
「おお、コウキ殿。今宵の宴は楽しんでいただけてますかな?」
リーフであった。
「楽しんでいますよ、リーフ長老。ありがとうございます」
「いえいえ、里を救ったあなたにこのような簡素なものしか出せす本当に申し訳ない。少ないですがお酒を用意しました。一杯どうです?」
リーフはヘチマのような形をした植物の容器を俺に向ける。
「あ、いただきます」
リーフから小さな器をもらい、その器に酒が注がれる。
その酒は白く濁っていて、器に注がれるとほんのりと甘い香りを漂わせた。
まずは一口。
「・・・おー」
甘い。甘いのだが決して甘ったるいという悪い意味ではない。甘くておいしいのだ。近い例でいうのなら甘酒から独特の味を取っ払ったお酒かな? 酒精もそこまで強くなく酒が弱い人でも飲みやすいだろう。しかも、この絶妙な甘さが肉の脂や塩っ気でいっぱいになった口の口直しに丁度良かった。デザートに向いているなこれ。
「お味は如何ですかな?」
「ああ。 これはとても美味いお酒ですね。ありがとうございます」
「はは。お口に合ってなによりですな」
リーフは俺の器に酒を注ぐと、俺の隣に腰掛けた。そして、自分の杯にも酒を注いだ後一気に呷り、一息ついてから話し始めた。
「実はですな・・・コウキ殿にお願いがありましてこうして参上しました」
「急に改まってどうしたんですか? そんなに畏まれてしまうとちょっと怖いですよ。何かあったんですか?」
酒のせいか顔は赤みを帯びているが、酔っているとは思えないくらい真剣な眼差しでこちらを見つめていた。其れは間違いなく大事な話であると推測できる。そんなことされてしまうと、こちらまで変に身構えてしまう
「エリのことなんですが、あの子のことを守ってやってほしいのです。見ての通り、我が強く無鉄砲な所がありまして・・・祖父としては心配で心配でたまりませんのです。」
「心配? ハハハッご冗談を。 同族を数百人血祭りにあげた化け物相手でも物怖じせす矢を向けた女性ですよ?それだけの度胸があるなら多少危険な面に出くわしても一人で勝手に切り抜けられるのでは? それに人族の国に行くだけですし、化け物と戦うわけではないと思うので大丈夫だと思いますよ」
俺は少し茶化し気味な口調で喋る。しかし、リーフは顔色一つ変えずに、なお真剣な眼差しでこう応えた。
「コウキ殿‥‥。貴方が思っているほどあの子の心は強くないのですよ。幼い頃、両親を事故で失ってからあの子は気丈に振る舞うようになりました。決して人前では涙を流さず、明るく元気に・・・。そして、夜な夜な一人になると枕を濡らして泣いているのを私は知っているのですよ。それから、里を者が傷つくのを忌み嫌うようになり、長い年月をかけ必死で努力して魔術の腕も弓の腕も上げました。周りの者は、あの子が強くなったと勘違いしているのですが、強くなったのは肉体の方であって、精神の方はまだまだ弱いと私は思っているのです。しかし、その事実を知った上であの子より強いのは私を含めて里にはございません。里一強くなったあの子を守れるのは、あの子より強いあなたしかいないのです。ですからどうか・・・どうかあの子のことをよろしくお願いします」
リーフは俺に向かって深々と頭を下げる。まいったな。たしかに俺は化物みたいな力を持っているのだが。100%、誰かを守り切る自信なんてない。いままで平和な国でのんべんだらりと過ごしてきた俺に戦闘経験などあるはずがない。先ほど300人ほどの帝国兵士を殺したのだが、それは周りのことなど全く気にせず、手に入れた能力でごり押したに過ぎない。戦闘経験などない素人が強力な能力だけ持っていても護衛なんてしたらきっとミスをするに違いない――――。
ん? ちょっとまてよ
「エリは幼いころ、両親を失ったのですか? でも、俺はさっき会ってお礼を言われましたよ」
リーフは一瞬、俺が言っていることがよく分からなかったようだが、察したのか「ああ・・・」と呟いた。
「コウキ殿がお会いになったのは、おそらくルルの両親でしょう。当時、あの子がずっと一人でいることにいたたまれなくなった一組の若い夫婦があの子を引き取りたいとの申し出があったのです。私は、長老としての仕事がある故帰りが遅くなることもしばしば・・・あの子を一人にしてしまう時間が多いと常々思っていたところでした。ルルの両親、マキナとシーファスは今でも心優しい仲のいい夫婦です。ですから、安心してエリを預けました」
そんな、過去があったのか。
あいつは俺よりもずっと前に両親を亡くしていたのか。
正直、同情はあまりしない。エリの過去を知ったとしても、エリだけを特別扱いしようとは思わない。
しかし、同じ境遇だったからこそ、彼女を守ってやろうという気持ちが湧いてきた。
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
「できるだけのことはします。ですが、期待はしないでください」
「その言葉だけでも十分です。ありがとうございます、コウキ殿」
焚火の周りではいまだ若いエルムの人たちがお踊り続け、祭りが終わる気配がない。
明日はきっと遅い出発になるだろうと思い、俺は杯に残った酒を全て飲み干した。
口の中にはすこし甘ったるいと感じさせる甘さが広がった。
ちょくちょく、いたるところを修正してます。悪しからずに。