これからの予定
あの場が平和に収まった後、俺は手渡された植物で織られた布で血やら土やらで汚れた顔を拭きながらリーフと呼ばれた長老にある場所へ案内された。血や土で汚れた服は捨て、今は手渡された服を身に着けている。案内されたところは里の中でも一番高いところに建てられたツリーハウス:長老宅の一部屋だった。
外では復興やら後片付けやらしているらしく、木槌の音やら里の者の声やらが室内にも響く。
この部屋にいるのは、長老、俺、エリ、ルドワ、そしてキャリーだけであった。
ルルは両親の元に帰した。ルルの両親は泣きながらルルと抱き合い、再会を喜び、最後に俺に何度も礼を述べた。
やはり家族の仲がいいのは喜ばしいことだなあと思う。
「まずは自己紹介からしましょうか。私はこの里の長を務めていますリーフと申します。この度は里を救ってくださり、本当にありがとうございます」
リーフ長老が話を仕切る。
長老、と言ってもどう見ても外見は40~50代くらいの初老の男性にしかみえない。 長老と呼ばれている割にはすごく若く見えるんだが・・・とにかく、礼の返事をしないと。
「コウキです。 気にしないでください。 自分がやりたかっただけだから。・・・・・それで、そちらの御三方は?」
名前は聞き覚えていたが、確認のため一応尋ねる。
「私はエリ。 リーフ長老の孫よ。ルルは私の妹。 で、そこにいる二人は――――」
「儂はルドワ。 ダンタ族の戦士長をやっているものじゃ。 よろしくのー」
「・・・・・・・キャリー。 シルフ族」
へー。 あらためてじっくり眺めると、ダンタ族のルドワはドワーフみたいな外見で、キャリーはまんま猫人間だな。猫耳と尻尾が生えているし。
「して、コウキとやら。 お主はどうしてエリの故郷を救ってくれたのじゃ?」
ルドワが口を切る。
「ほとんど成り行きですよ。 たまたま、ルルの悲鳴が聞こえ、たまたま帝国兵が俺の許せない人種だったから殺したまでのこと。 この里を救うのは、ついでだったんですよ。」
「ふむ・・・・成り行きとはいえ里を救ったのは事実。 こうも都合よく偶然が重なるとはな。 これも天のお導きじゃな」
「こっちも聞きたいことがあるんだけど・・・・種族が違う三人がどうして一緒に行動しているのですか?」
俺も気になってたことを聞いてみる。
ルドワはエリとリーフをちらりと一瞥した。
二人ともほぼ同時に無言で頷いた。
「・・・・・・二人の許可もあるし、帝国に敵対したお主だから喋ってもよかろう。 儂らはな、とある重大な目的を果たそうとしているところなのじゃ」
「重大な、目的?」
「うむ。 それはな、帝国に対して反旗を翻すことじゃよ。 今まで、この森に住む我々は強大な帝国に長らく従属してきた。 目に立つ差別はそこまでなく、それまでは特産物を納めることで税を免除されてきた。 しかし、今代の帝国のトップに代わると、一転したのじゃ。 税は特産物だけでなく人も差し出せときたのじゃ。 つまり、奴隷としての。 反対したり抵抗した里はすぐに滅ぼされ、いまだ帝都に連れていかれたもんは帰ってこんのじゃ。 差別も急に激しくなり、昔は帝都との交流もあったのじゃが、今は人族の村に入っただけでも白い目で見られ、石まで投げられる始末じゃ。 帝国は完全なる人族至上主義になってしまったのじゃ。このままじゃわしらは皆奴隷にされるか殺されるかのどちらかになってしまうのかもしれん。」
「それはまた、面倒なことに・・・。 それで、帝国に抗えるほどの戦力は揃いそうですか?」
「それがね、ぜんぜんダメなの。 今帝国と戦おうと私たちに賛同してくれる種族は3つしかない。 エルムとダンタとシルフしか。 協力を求めても、他の種族は帝国の報復を恐れたり、他種族と馴れあうつもりはないって突っぱねるとこばかりなの。 ほんと、大事な時なのに・・・・この森が一丸となって立ち向かわなきゃいけないのに・・・ばっかみたい!」
エリが悔しそうに声を漏らす。
その気持ちはなんとなくではあるが分かる気がする。なんとかして変えていきたい。でも、いろいろな事情があったり、力不足で見ていることだけしかできない。結局、目の前にある事実を奥歯を噛みしめて傍観することしかできない自分の無力さを恨んでしまう。そういうのはあっちで何度も経験した。
「だから、コウキ。 あなたに頼みたいことがあるの。あなたみたいな力強い者を私たちは必要としているの。お願い!!力を貸して!」
エリはそう俺に頭を下げる。他のみんなも彼女の後に続いて倣った。
驚いた。
相当追い詰められているのがわかる。
正直に言って、エリの第一印象は最悪だった。いきなり矢で頭を射貫こうとするし、こちらが何を言っても聞いてくれない、高圧的な雰囲気を纏っていた。
その彼女が頭を下げているのだ。自然と俺の中では彼らの同情心から助けてやりたいという気持ちに移っていた。 でも
「分かった、力を貸すよ。 ただし条件がある。」
この場にいるものが俺の発言を聞き逃さないよう注意して耳を傾ける。
「まずは帝都に行きたい。で、力を貸すかどうかはそこにいる人達を直接見てから判断したい。」
人民と治める者たち。滅ぼすのは両方を実際に確かめてからでも遅くはないだろう。両方とも腐っていたらそれこそ皆殺しだし、片方、特に統治者だけだったらそっちだけを片付ければいい。
この星の人族が地球人以上に腐っていないことを願うよ。
「ええ、いいわ。お安い御用よ。 あなたが味方になる可能性があるだけでも十分だわ」
「ほっほ。 これで一安心じゃな。人類最強と肩を並べそうなお主相手では太刀打ちできんからのう」
「人類最強? そんなのがいるんだ」
するとルドワとエリが意外そうな顔をこちらに向ける。
「なんじゃ知らんのか? 帝国と隣り合わせになっている王国が抱えている勇者じゃ。 たしか、名前は・・・」
「・・・シルヴィア」
それまで口を一切開かなかったキャリーが答える。
「キャリー、お主、知っているのか?」
「・・・・・・・・」
それ以降キャリーは一言も喋らなくなった。
「ふむ、まあよい。 今はそっちの話題では関係ないからな。 おそらくこの件には王国は絡んでいない。 だから、人類最強と闘うことはなかろう。」
「そうね。 それじゃあ、帝都まで行く方法を考えましょ。 ここから帝都まで馬を使えば1週間ほど、徒歩だと2週間かかるわ。その間にいくつかの町と村を経由しなければならない。でも、安心して! 私は変装魔法が使えるから。 そんじょぞこらの人間には私たちの正体はバレやしないわ。 問題は帝都の大門前。そこには魔法を見破る特殊な奴らが門番と一緒に検問してるの。 そこを突破しないと帝都の中には入れないわ」
「俺一人だけ入ればいいんじゃないか?」
「もちろん、あなた一人だったらそこまで怪しまれずに中に入れるかもしれない。でも、ごめんなさい。 あなただけ一人行かせるのは私たちの誇りが許さない。 ちゃんと当事者となってあなたの考えた行く末を見届けたい。 それにね、帝都の中に入りたい理由はもう一つあるの。 それは、不当に扱われている同胞たちを助けたいの」
「それ、今の段階で俺に話していいのか? まだ、力を貸すかどうか決めてないし・・・・もしかしたら帝国側につくかもしれないよ?」
「私はあなたが味方になってくれることは確信しているわ。 根拠はないけどね。 でも、そんな感じがするの」
エリはためらいなく言って俺の顔をまじまじと見る。 やめてくれ、そんな真剣な目で俺を見つめないでくれ。
思わず顔を背けてしまう。こればっかりはしょうがない。女性にはほぼ耐性がゼロですもの。
それに過度の期待を持つとあとあと裏切られた時のショックはきついぞ、エリ。
俺は心の中でエリに注意する。どうして口にしなかったのだろう? まあいいや。
とにかく、話を戻そうと画策する。
「分かった。 みんなで突破しよう。 それでなんかいい方法はあるのか?」
皆、黙り込む。 おい、誰も考えていなかったのか。 かくいう俺もなんだけど。
ダメだ。隠密に済ませる方法が思いつかん。能力が手に入ってからというものの、力任せの脳筋になってしまったな。もっと頭を使わないと。
しかし、そのまましばらく部屋が静まり返って、誰もいい案が浮かばず、途方に暮れていたのだが
コンコン
扉をたたく音がした。
「失礼します長老。 帝国の物と思われる檻の馬車から一人の拘束された兵士を見つけました。 外装からしておそらく帝国兵だと思われます。」
扉の向こうから若い声が聞こえた。
「何? それは本当か?!」
長老リーフが声を上げる。
まだ帝国兵の生き残りがいたのか。おかしいな、全滅させたはずなんだが・・・。
まさか索敵に引っかからかったから認識できなかったのか・・・?となると、帝国兵だが敵ではない?それに縛られているってことはやはり。
確認するしかない。
「長老。俺はその帝国兵を見に行きたいのだが、いいですか?」
「分かりました。 私も気になります。一緒に行きましょう。エリ達はここに残ってくれ。すぐ戻ってくるかもしれん」
「ええ、もしその帝国兵が私たちに協力的だったらここに連れてきてほしいのだけどいいかしら?」
「もちろん、そのつもりだ」
俺はそう言い残し、リーフと共に案内人の後を追った。
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例の帝国兵がいる馬車檻の近くには十人くらいの人だかりがあった。
「それで、その帝国兵はどこにいる?」
リーフがそこにいたエルムの若者に声をかける
「あ、長老! 今檻から出しているところです。
抵抗するおそれがあるので気をつけてください」
そうして、数人の若者によって檻から引きずりおろされた帝国兵が姿を現した。
年齢はおそらく俺と同じくらい20代。体格はそこまでガッチリしていないが、身長は高く顔の線が細い典型的なイケメンだった。
こいつといい、エルムの男衆といい、今俺の周りにはイケメンしかいないんだけど・・・。え、ナニコレ。新手のいじめ?
俺がそんな下らないこと考えているとはつゆ知らずにリーフはその帝国兵に声をかける。
「お前には聞きたいことが山ほどある。 我々に協力的であるならば生かしといてやるが、敵とみなせば躊躇せず殺す。いいな?」
帝国兵は首を縦に振った。表情からしてかなり落ち着いているようだ。
長老が近くにいる若者に合図すると、帝国兵の口を縛っていた布を外した。
「ふー、やっと喋ることができますね。まずは私をすぐ殺さないでいただいてありがとうございます。いやはや、貴方方は本当に優しく、思慮があり――」
「お世辞はいい。お前はどうして帝国兵なのに奴隷が入る馬車檻の中に転がされていたんだ?」
聞いてもいないことを延々と話しそうだったから、俺が話に割り込む。
「・・・はい、帝国も一枚岩ではないということです。現皇帝が直々に編成した暗躍部隊、第四師団。師団としては少数であるが主に汚れ仕事を請け負う荒れくれ集団としては大人数でありました。しかし、内情は関係者にしかわかっておらずどのようなことをしているのか確認するには潜入捜査しかありませんでした・・・。そこで見た平然と行われる非人道的な行為に堪えきれず、反発してしまい結果このざまです」
「なるほどなー。あなたがここにいることは分かったよ。で、あんたは誰の部下なんだ? どうして第四師団を調べる必要があった?」
「これは帝国にとって外に漏れてはいけない情報なのですが・・・ここで死ぬわけにもいきませんし、やむを得ません。今、帝国は二つの派閥に分かれています。多種族と共存共栄を図る穏健派と人族がこの世の種族の頂点にいるべきだと考える、多種族排斥派の二派です。私は穏健派の代表である皇位継承権第二位である次男、マクスウェル・デラ・メルランテ様に仕える者、名はアデルと申します」
おっと、こいつはかなり大物の側近のようだ。というか、これはひょっとして大チャンスではなかろうか。
上手くこいつを引き込んで、その皇帝の次男も味方につけたらこの森の情勢も一気によくなるんじゃないか?
だとすればその穏健派とやらと仲良くする他ない。
「それは本当なんだろうな?」
リーフが念を押す。
「はい。我が主、マクスウェル様の名において誓います。 私たち穏健派は貴方達の味方です」
アデルの顔を見る。
どうやら嘘はついていないようだ。周りもずっと黙ったままでリーフをちらりと一瞥すると、彼もアデルのことを信じるようだった。
「ではアデルとやら、ついて参れ。 仲間とともにこれからの話がしたい。 お前にも協力してもらうぞ」
そう言いながら、リーフはアデルの腕を縛っていた縄を短剣で解く。
「分かりました。お任せください、必ず貴方方が望む方向へ導いてみせましょう」
その返事に満足したのか、リーフは黙って歩き始めた。
アデルと俺はリーフ長老の後に続く。
俺はアデルに聞きたいことがあったので口を開く。
「なあ、アデルさん。 あんた敵の内部に潜入捜査してたんだよな? どうして反発みたいな目立つ行動をしたんだ?」
それを聞いたアデルは苦笑いをしてこう答えた。
「それはですね・・・・第四師団の残忍さを見てしまったのもありますが、我が主であるマクスウェル様が皇帝自ら、自分の子でありながら反逆罪として牢に閉じ込めたという一報を小耳に挟んでしまったのです。私は途方に暮れ、自暴自棄になってしまい、醜態を晒す羽目になってしまいました。主がどうなれ、与えられた使命を全うするこそ従者の誇り・・・・ふふっ、私もまだまだですね」
自嘲気味に話すアデル。
端整な顔立ちでしかも帝国の側近中の側近である彼を完璧超人だと思い込んでいたが、実際のところ感情的になる時もあると知って、彼も俺と同じ人間なのだと感じた。
(やはり人間って見た目じゃわからないな・・・)
そう感慨にふけっていると
「ああ・・・ああ、愛しのマクスウェル様ぁ。 私は必ずこの窮地を脱し、御身の元へ参りますぅ。どうか今しばらくお待ちを・・・・・」
俺の異常な聴覚がアデルの呟きを捉えた。
うん・・・・・・・・・・・うん? ま、まあ、彼は主思いの従者の鏡みたいな奴なんだなあと結論づける。深くは考えないことにした。
ダメだなぁ、俺はかなりあっちの知識に毒されているようだ。
不純な考えをしてはいけない。彼は立派な従者。それでいいじゃないか。
己の失礼極まりない考えを改める。
そんなことを考えていたら、いつの間にかリーフのツリーハウスに着いてしまった。