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一月十二日 火曜日

織村由梨はガバッと起き上がった。


「はぁっ、はぁっ……!」


心臓がバクバクし、呼吸も荒い。まるで悪夢にうなされて目が覚めたかのようだった。


「なに……今の……?」


見たことも無いようなリアルな夢に、彼女の頭は混乱していた。


「私は…………」


『フフフ……』


「ッーーー?!」


突如聞こえた不気味な笑いに織村由梨は、静かになりかけていた心臓が跳ね上がった気がした。


しんと静まり返る自室。


「だ、誰かいるの……?」


織村由梨は暗闇に向かって恐る恐る訊ねた。


『フフフ……』


「ッ!?」


眠っていた自分の部屋の中に〝誰か〟がいるという事に恐怖し、金縛りにあったように動けなくなった。


『そう怖がることはありませんよ』


その声は不思議な程優しく、織村由梨の耳にすぅっと心地よく入ってくるようだった。




朝になって、慧太郎は考え事をしたかったので、いつもより早い時間に家を出て学園への道を歩いていた。


「ふぅ……」


ふと漏らした白い溜め息が冬の空に溶けていく。


考え事というのは方便で、昨晩の出来事がまだ整理しきれていなかった為だった。


「龍を身に宿す、か……」




凛の黒い髪が根元から白く、いや星明かりに映える金と銀が混ざったような美しい色に変わっていく。そして髪の先まで染まり終わると再び目を開いた。


その瞳はいつもの赤みがかった茶色ではなく、青くというより紺碧あおく変わっていた。


「お久しぶりですね」


しょうじょはそう慧太郎に微笑みかけた。


しかし慧太郎はと言うと、人間の髪と瞳の色が変わるという不思議な現象を目の当たりにして思考がフリーズしていた。


「……と言っても覚えている筈は無いのですが」


それに気づかないしょうじょが今度は苦笑いを浮かべる。


「…………………………………………」


いくら経っても何も返って来ない事で慧太郎が半ば放心状態であるのにしょうじょはようやく気づいた。


「あの〜……」


しょうじょは彼の目の前でひらひらと手を振ってみた。


「ハッ?!」


すると慧太郎は唐突に戻ってきた。


「こんばんは」


しょうじょは改めて慧太郎の目を見て挨拶を交わす。


「えっと……、凛?」


「たしかに私は凛ですが、同時に凛ではありません」


「凛だけど凛じゃない……?」


見た目は確かに凛なのだが、髪や瞳の色だけでなく、その身に纏う雰囲気までも、慧太郎にはまったくの別人に見えた。


そもそも自分の髪や瞳の色を変えられる人間など彼は聞いたことが無かった。


「……私の名はレイン。レイン・アンネリーゼ・エーベルヴァイン」


〝凛〟と違い、落ち着いた口調で自らの名前を告げる。


「レイン……?」


まったく覚えの無さそうな慧太郎の声に、レインと名乗ったしょうじょは少し寂しそうな顔をした。


実際、彼にはまったく覚えが無い。


「今の……」


「え?」


躊躇うようにして彼女は言葉を紡ぐ。


今の・・お名前はたしか、薄雲慧太郎さんと仰いましたね」


「そうですけど、あなたは……いったい?」


「私は〝凛〟と身体を共にする者。そして……」


風が彼女の長い髪を揺らす。

やがて少しの沈黙の後、こう告げた。


「そして、この身に龍を宿す者……」




「きっとああいうのを〝2Pカラー〟って言うんだろうな」


対戦格闘ゲーム等を二人でプレイした時に、二人とも同じキャラクターを選ぶと片方が色違いになる。これを通称〝2Pカラー〟と呼ぶ。


「まあ、冗談はさておき、まるで龍神伝説に出てくる陰陽師みたいだな」


だが慧太郎は彼女レインを見る限りとても陰陽師には見えなかった。どちらかと言えば魔術師と言った方がしっくりきた。


「そう言えば凛もそんなような〝力〟を使ったな」


凛と出会った翌日、彼女が風を発生させたのを慧太郎は思い出した。


「どっちにしろ、俺には区別なんて出来ないんだけど


「おはよ~、慧ちゃん」


髪を後ろで括ってポニーテールにしたもう一人の幼馴染である『辻川つじかわ 麻衣まい』が慧太郎の前方で手を振っている。


「お、今日は来たか麻衣。おばさんもう大丈夫なのか?」


先日凛と共に訪れた彼女の実家【食事処つじかわ】で、彼女の母親が『龍神祭』の時にギックリ腰を発症したのを聞いた。


「うん。心配かけてごめんね。まだお店には立てないみたいだけど」


辻川麻衣は昔から母親想いで、女手一つで育ててくれた母親に常に感謝しているような少女だ。


世話好きな性分もあってか、今回母親がギックリ腰になった為に身の回りの世話をする為に昨日一日ではあるが学園を休んでいた。


「そう言えば聞いたよ。水薙のお嬢様が霧浜学園うちに通ってるんだって?」


「ああ。なんでもいいトコのお嬢様の護衛とかで暫くこっちにいるらしい」


「なにそれ? お嬢様の護衛をお嬢様がやるなんて聞いたことないわよ」


「そんなこと俺が知るかよ」


「そうよね。それにしてもいいトコのお嬢様か〜」


麻衣がニヤニヤしながら慧太郎の顔を覗いた。


「なんだよ?」


「聞いてるよ〜。そのいいトコのお嬢様に言い寄られてんだって?」


「恭香に聞いたのか」


「まあね」


麻衣は隠そうともせずに即答した。


「それで?」


麻衣の目が興味シンシンといった風に輝いてみえた。


「あれは言い寄られてるって言うのかなぁ?」


「すごくいい子だって聞いてるよ。嬉しくないの?」


戸惑う様子の慧太郎に麻衣は訊ねた。


「正直嬉しいと思うよ。たしかに可愛くて良い子だし、その上いいトコのお嬢様だっていうんだから。でも何で俺なんだろうって」


「う〜ん。一目惚れとか」


正直なところ慧太郎にその覚えが無いことはない。『龍神祭』でぶつかって転んでしまった彼女に手を差し伸べたことだ。


慧太郎にとってはたったそれだけのことだった。


「一目惚れねぇ。実際にそんなことあるのかね」


「理屈じゃないっていうよ、あれは」


その時黒塗りの高級車が二人の横を通り過ぎたと思ったら、数メートル行った所で停まった。


「ん? あの車は」


後部座席のドアが開くとまず目立つ他校の制服を着た赤い髪の少女が車から降りた。


「お? 噂をすればってやつ?」


赤い髪の少女は慧太郎の方を向くと軽く頭を下げた。


「慧ちゃん、お嬢様と知り合いだったっけ?」


「最近話すことが増えたけど、元々面識はほとんど無い。どちらかと言うと母さん繋がりだな」


「ああ、なるほど」


麻衣やその母親に特別な〝力〟は無い。

だが超が付く程有名な慧太郎の母親は地元でもよく知られていて、水薙家が所属する【異能研】に所属していることは周知の事実であった。


二人がそんな風に話をしている間に、件のお嬢様が車から降りてきた。


「おお……!」


その可憐な姿に麻衣が声を上げた。


「おはようございます、に……薄雲先輩」


木ノ花は麻衣の姿を見て言い直した。


「おはよう、木ノ花」


「初めてお目にかかる方ですよね? 先日一年二組に転入してきました木ノ花風花と申します。よろしくお願いし致します」


木ノ花は麻衣に向かって頭を下げた。


「ご、ご丁寧にどうも。辻川麻衣です。慧ちゃんの幼馴染やってます。話は恭ちゃんに少し聞いてるよ。よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


風花が笑顔で返すと、麻衣は頬が少し熱くなるのを感じた。


「麻衣の家は食堂をやってるんだ。とは言ってもとてもお嬢様の行くような店じゃないけどな」


「あ、慧ちゃん、それちょっとヒドくない?」


「だって本当のことだろ」


「そりゃあ、たしかに立派な店構えじゃないけど味には自信あるよ」


「【つじかわ】ですよね。それならあたし行ったことありますよ」


浅陽が小さく手を挙げて言った。


「ほんと?!」


「そりゃ地元ですし、美味しいですから」


「いやぁ、水薙のお嬢様に言われると嬉しいな〜」


「あの、その〝お嬢様〟ってのやめてもらってもいいですか? 風花は分かりますけど、あたしはそんなガラじゃないんで」


浅陽は苦笑して言った。


「そんなことありません。浅陽ちゃんは立派な水薙家のお嬢様なんですから」


「そりゃたしかにそうだけど。その呼ばれ方があたしには似合ってないっての」


「だからそんなこと……」


風花が何かに気づいたように浅陽から視線を外した。


「ん?」


浅陽も釣られるように同じ方を向いた。


「由梨ちゃん?」


二人の向いた先には、少し青い顔をした織村由梨が歩いていた。


と、その織村由梨が風花の存在に気づいた。するとパァッと表情が明るくなり、風花に駆け寄るとそのまま抱きついた。


「ちょっ、由梨ちゃん?」


「………………か」


織村が風花の耳元で何かを呟いた。

それを聞いた風花は僅かに目を見開いた。


「由梨ちゃん? 今何て……?」


その声には驚きの色があった。


その風花の問い掛けを無視するように織村由梨は風花からパッと身体を離した。


「おはよう、風花」


「あ、うん、おはよう。それで由梨ちゃん、今何て言ったの?」


「え? 私何か言ったっけ?」


そうあっけらかんと応えた。

そして慧太郎達の方を向いた。


「おはようございます、先輩方」


「あ、うん。おはよう」


麻衣が反射的に挨拶を返した。


「おはよう」


慧太郎が挨拶を返したところで織村由梨は顔を上げた。すると、少し熱を帯びたような瞳が慧太郎を捉えた。


「え……?」


織村由梨はドキッとするような笑顔を一瞬浮かべると、風花に向き直った。


「まだ早いとは言え、こんな所で話し込んでたら遅刻しちゃうよ」


そう言って風花の背中を押す。


「う、うん」


「ほら、姉様・・も行きましょう」


そう浅陽に向かって言った。


「え? あたし?」


『…………………………!』


「ほら」


浅陽の手を引っ張るようにして一年生の三人は校門をくぐっていった。


「……ところで今の子は?」


「織村由梨っていう一年生だ。木ノ花と同じクラスで早くも友達になったらしい」


「友達ねえ……。なんかもう親友って感じよね」


「俺もちょっとビックリした」


昨日までは普通の仲に見えた二人だったが、一晩経っただけで一足飛びに仲が進展したように慧太郎は感じた。


「それにしても慧ちゃん」


「ん?」


「風花ちゃんってかわいいよね」


麻衣がニヤニヤしながら慧太郎の顔を覗き込む。


「まあ、そうだな」


「あの由梨ちゃんって子もかわいいじゃない」


「何が言いたいんだよ」


「べっつに〜。モテる男はツライですなぁ〜」


「本当にモテてるんだったら嬉しいんだけどな」


「またこの朴念仁は……」


惚けた様子の慧太郎に麻衣がボソッと呟く。


「何か言ったか?」


「べつに〜」


麻衣はつまらなそうにサッサと歩き出した。


「なんなんだ、麻衣のやつ?」


首を傾げて、どこか納得のいかない様子で後を追うように慧太郎は歩き出した。




その様子を、近くの路地から見ていた者がいた。


「チッ」


ブリーチした金髪をオールバックにした少年は舌打ちすると踵を返して学園から遠ざかる。


「ちょっとドコ行くの、緋野士郎くん?」


「ッ!?」


不意に後ろから掛けられた声に、緋野士郎は素早く振り向いた。


そこには霧浜学園の制服をキチッと着た女子生徒が立っていた。


「なんだ、あんたか」


あんた呼ばわりされた女子生徒は、涼しげな切れ長の目に怒りの色を滲ませた。


「親戚のお姉さんに〝あんた〟は無いんじゃない?」


「……親戚っつったって、血が繋がってるか怪しいくらい遠いじゃねえか」


「親戚は親戚よ。それより、ドコに行こうとしてたの?」


「ドコだっていいだろ」


緋野士郎は女子生徒に背を向けて立ち去ろうとした。


「昨日転入してきたあの子」


緋野士郎の足がぴたりと止まった。


「どうやら二年三組の薄雲慧太郎くんにご執心のようね」


「……チッ」


金髪ブリーチの少年の舌打ちは、聞かれたくない事をズバリ言い当てられたモノのように聞こえた。


「彼はあなたの幼馴染のようだけど、ひょっとしたらあの転入生もそうなのかしら?」


「……あんたにゃ関係ないだろ」


「そう……」


少女は寂しそうな表情をしている。

それを余所に少年はそこから立ち去ろうとした。


「待ちなさい」


少年の足は止まらない。


「……これはあまり使いたくないのだけれど」


少女は立ち去る少年の背中に向けて手を翳した。


「止まりなさい、緋野士郎。本家・・の名の下に命じます」


その彼女の言葉には、その家に属する者に対して決して逆らうことが出来ない絶大な効果がある。


それは慣習とか決まり事に留まらず、物理的に命令が下された者に作用する。それが例え遠い親戚であっても。


緋野士郎は立ち止まった。

しかしその瞬間、静電気が発生した時のようにバチッと音がして言葉の効力が掻き消えた。


「え……?」


少女は唖然としていた。


「あんたにゃ俺は止めらんねぇよ、生徒会長。いや、『谷曇やずみ 遼子りょうこ』さんよ」


それだけ言い残して、緋野士郎は姿を消した。


谷曇遼子は予鈴が鳴るまで、その場に立ち尽くしていた。




四時限目終了のチャイムが鳴り、昼休みに突入して慧太郎が学食へ向かおうと教室を出たところ、


「に……薄雲先輩」


その独特な・・・訂正の仕方・・・・・に慧太郎は覚えがある。


「木ノ花……? どうかしたのか?」


慧太郎が振り向くと予想通り木ノ花風花と、従者の如くほぼ傍らにいる水薙浅陽の姿があった。


「えっと……」


木ノ花風花は大きな荷物を持ちながら、少しオロオロとしていた。


「どうしたの風花ちゃん?」


慧太郎の後ろから龍宮恭香が覗き込む。


「大きな荷物ね、風ちゃん」


辻川麻衣もやってきた。


「あのですね……」


「うんうん」


慧太郎の後ろにいる女子二人が興味津々に頷く。


木ノ花風花の手元には麻衣の言う通りイヤでも目立つ大きな荷物がある。


「先輩は学食に向かうのですか?」


「そのつもりだけど……」


「じゃあちょうどよかった」


風花の表情がぱぁっと明るくなった。


「ちょうどよかった? もしかしてそれ……」


「はい。一緒にお昼でもと思いまして」


その瞬間、周りがどよめき始める。


「もしかして風花ちゃんが一人で作ったの?」


「あ、いえ。私はまだ人様に食べてもらえるような物は作れませんので木ノ花家うちの料理人に……」


「本当にあるんだ、お抱えの料理人がいる家なんて」


「まあ、古いだけの水薙家うちよりも木ノ花家は立派なお金持ちですからね」


戸惑い気味の風花に代わって浅陽が口を挟んだ。


「それよりもほら、早く食べないと昼休み終わっちゃいますよ」


「そうだね。じゃあ何処で食べる、麻衣?」


「ウチらの教室でいいんじゃない?」


「それじゃあ、し、失礼します」


真面目な風花は一言断って二年三組の教室に入った。浅陽も「失礼しま〜す」とそれに続いた。


あれよあれよという間に一緒に食べる事に決定してしまい、慧太郎は教室の外にポツンと取り残されていた。


「何してんの、慧太郎。昼休み終わっちゃうよ」


「お、おう」


恭香に声を掛けられ、慧太郎は我に返ったかのように返事をした。


「異論を挟む間も無いってこういうことを言うんだろうな」


苦笑しながら慧太郎は女子連中が机をくっ付けて出来たテーブルに向かう。


「ほら、慧太郎も座って」


「はいはい」


隣の恭香に促され座る慧太郎。

正面には木ノ花風花が座ってジ〜ッと慧太郎を見ていた。


「木ノ花?」


「いえ、ではいただきます」


きちんといただきますをして箸を手に取る木ノ花風花。


「ーーーッ!?」


その姿に何故か慧太郎は目を奪われた。


「(あれ? 前にもこんな感覚があったような…………)」


目の前に座る木ノ花風花の姿を以前にも見た事があるような妙な懐かしさを覚えた。


「……先輩?」


その木ノ花風花が心配そうに慧太郎の顔を覗き込む。


「どこかお加減でも……?」


「それは大丈夫。ちょっとな……」


「何かございましたか?」


「何だか昔、木ノ花みたいな妹がいたような気がしてな」


「ーーーッ!?」


慧太郎の一言に風花は衝撃を受けたような表情をした。


「なぁに〜慧太郎。風花ちゃんが〝兄様〟なんて呼ぶから影響されちゃったの〜?」


「ん〜、そうかもしれない」


「私まだ〝それ〟聞いてないな〜」


と幼馴染三人で盛り上がっていたところ、


「ちょっと、風花?!」


浅陽の声で三人はハッと風花を見た。


すると木ノ花風花は、両手で鼻と口を覆うようにして涙を流していた。


「こ、木ノ花!?」「風花ちゃん?!」「風ちゃん?!」


予期せぬ事態に狼狽える上級生三人。

と、そこへ……、


「もう。狼狽え過ぎですよ、先輩方」


呆れ顔の織村由梨が現れた。


「でも、織村……」


「デモもストもないですよ。この子は・・・・昔から・・・泣き虫・・・じゃないですか・・・・・・・


「え……?」


いきなり現れてワケの分からない事を言う織村由梨に慧太郎は困惑した。


だが織村由梨はその慧太郎の困惑を他所に木ノ花風花に近寄って、その頭を優しく包み込むようにして抱きしめた。


「由梨、ちゃん? あなたもしかして……」


「相変わらず、貴女は本当にこのお方がお好きなのですね」


それを聞いた風花は涙を拭いて織村由梨を見上げた。


「世界一優しい兄様ですから」


「それでも私の姉様・・には敵わないけどね」


二人はまるで姉妹、いや長年連れ添ってきた親友のような表情を浮かべていた。


『……………………………………っ』


「(ん……?)」


木ノ花風花と織村由梨のやり取りに、自分の中に例の少女の気配がかすかに反応したように浅陽は感じた。


「二人で盛り上がってるとこ悪いんだけど……」


恭香が口を挟む。


「二人は学園で初めて会ったんじゃなくて、昔からの知り合いだったの?」


「まあ、そんなところです」


答えたのは織村由梨だった。


「ご、ごめんなさい。私が思わず泣いてしまったから」


風花が頭を下げる。


「木ノ花が謝ることはない」


慧太郎は静かに立ち上がった。


「よく分からないけど、俺が何か不用意な事を言ったからだよな」


「そんなことはありません! 〝兄様〟は……」


「いや、気まずい空気を作った原因はやっぱり俺にあるからな。今日はやっぱり学食にでも行くよ」


そして教室を出て行こうと背中を向けたその時、


「逃げるのか?」


「え?」


空気がピンと張り詰めたのを感じた慧太郎が振り返ると、睨みつけるような強く鋭い眼差しの水薙浅陽と目が合った。


「お前ともあろう者が、随分と弱くなったものだ」


普段と様子が違うことに、比較的〝彼女あさひ〟をよく知っている恭香と風花は驚いていた。


「ちょ、ちょっと浅陽?」


「〝龍宮の巫女〟は少し黙っていてもらいたい」


「え? は、はい」


言いようのない迫力に恭香は思わず引き下がった。


そしてその視線を受けられている慧太郎は金縛りにでも遭ったかのように身動きが出来なくなっていた。


恭香も感じ取った〝彼女あさひ〟の迫力に気圧されていた。


だが、その感覚には覚えがあった。


「(……祭の晩に会った時みたいだ)」


そして何より一番驚いていたのは浅陽自身・・・・だった。




『ええ〜〜! ちょっと!?』


「(悪いな。思わず・・・出てきて・・・・しまった・・・・)」


『思わずって……』


「(これは私達の問題・・・・・なのでな)」


『あんたたちの問題?』


「(直に分かるさ)」


そして少女の意識は再び外側・・へと向けられた。


慧太郎の瞳は今だに困惑している。


「(本当に変わらないな……)」


少女は心の中で微笑んだ。


弱くなったのは仕方がない。そうなった理由がきちんとある。


しかし変わらない所もあるのが分かって、少女は自然と笑みが浮かんできていた。




「臆病なのは相変わらずだな」


「相変わらず……? 俺はお前とはそんなに……」


「知っているさ。お前のことはよくな」


その浅陽(?)の顔は少なくとも嘘を言っている様子は無い。


その様子を見た風花が何かに気づいたように浅陽を見上げた。


「もしかして貴女は……」


浅陽(?)は風花に向けてパチンとウインクした。


「えっと……」


慧太郎は混乱していた。


「いいから座れ」


「でも……!」


「仮にお前が出て行けば、例え悪くなくともこの子が責任を感じてしまうことくらい想像出来るだろう?」


そう言って浅陽(?)は風花の頭にポンと手を置いた。


織村が同意するように頷く。


そして慧太郎もそうなるだろうことに、この時初めて気づいて座った。


「それでいい」


続いて浅陽(?)も座った。


「もしお前が仕出かした不用意な発言を謝りたいと言うのなら、ここに留まり共に昼を過ごす方がこの子の為にもなるだろう。なぁ?」


浅陽(?)がそう風花に振った。


「私は、に……先輩が悪いとは思っておりません。先輩にも・・・・きちんと・・・・理由が・・・あるのを・・・・理解して・・・・おりますから・・・・・・


風花はあくまで慧太郎を立てる姿勢を崩さない。


「私は先輩と一緒にお昼を食べたくてこのお弁当を作ってもらいました。本当なら私が作りたかったのですが、料理長に止められてしまって……」


残念そうに俯いたかと思うと、また顔を上げて慧太郎を見た。


「だから、その、一緒に食べてもらえると嬉しいです」


そうハッキリと言った。


正直、慧太郎にとっては一連の流れは不可解な物でしかない。


しかし目の前の後輩にここまで言われて無碍に断ってしまうことは憚られた。


そして長く息を吐くと、どこか諦めの境地に辿り着いたような笑みを慧太郎は浮かべた。


「……本当、敵わないな」


「「「っ!」」」


そんなポロっと出たような慧太郎のセリフに浅陽(?)と風花、そして織村由梨の何かの・・・事情を・・・知っている・・・・・ような素振りの三人が一瞬驚いたような表情を見せた。


「ふっ」「くすっ」「もう」


そして三者三様の反応を見せた。


「え〜っと、一件落着……でいいのかな?」


一人・・困惑しっ放しだった恭香が、ホッとしたように漏らした。


「すまんな。二人とも・・・・


『(二人?)』


数が合わないことに首を傾げる浅陽。


周りの様子を見ると困惑しているような顔をしているのは二人だけだった。


その時、その場を支配していた張り詰めた空気が一気に弛緩した。

どうやら少女が奥に引っ込んだようだった。


『すまないな』


「(後でいろいろ聞かせてもらうから)」


少女は返事はせず、それ以降だんまりを決め込んでいた。


「さてと、それじゃあ時間もあまり残ってませんし、食べてしまうことにしましょうか」


と、どういうわけか途中参加の筈の織村由梨が場を仕切って昼食が再開された。


「もう、浅陽がいきなりキレるからビックリしたよ」


「キレ……ッ?!」


恭香の中ではそのように落ち着いたようだった。


「……何ていうかその、見るに見兼ねたみたいなんで。すみません」


納得のいかない浅陽だが、弁明のしようが無いので渋々と頭を下げた。


仮に説明したところで信じてもらえないこともないだろうが、浅陽自身あの少女の事をまだよく知らないのでとりあえずこの場は隠しておくことにした。


そんな浅陽を見てクスクスと風花は笑っていた。


「(みたい?)」


浅陽のその表現が慧太郎には引っかかった。


「ん? どうしたの、麻衣?」


視線が辻川麻衣に集まる。

麻衣は何やら何かを思い出そうとしているかのようにウンウン唸っている。


「……なんだろ。前にもこんなやりとりを見たような気がするんだよね〜」


既視感デジャヴってやつ?」


「そうそう。そんな感じ」


「あるある。私もたまに、これ昔夢か何かで見たことあるかもって思うことあるもん」


そんな何気無い会話をしつつ通常営業へと戻った昼休みは続く。


慧太郎の胸のモヤモヤもいつしか無くなっていた。


いつの間にか受け入れていることに彼は気づいていなかった。



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