『戦国生活 始めました』
― WARNING ―
食事しながらの読書は、お行儀が悪いので止めたほうが良いです。
by.ひさまさ
『戦国生活 始めました』
”ガッ、ガラッ”
「ふぁ~。長政くん、おはよう」
『女の子の特権』を駆使して奥の間を専有した私。
囲炉裏の間とを仕切っている、少々立て付けの悪い戸板を開け、朝の挨拶を交わす。
「ふぁ~おはよう、ねね」
長政くんが、珍しく起きている。普段は、あんなに寝起きが悪いのにね。
彼は痒いのか、お尻をポリポリと掻いている。
(男の人は気楽でいいわね。)
私のほうは、精神力を総動員して気力で掻くのを我慢しているわ。
どうも何かに喰われたみたい。嫌だなぁ、蚊かしら?
今の私は、坂口様から頂いた小袖を着ている。(寝る時は襦袢というやつね。)
着付けは、一応できるのだけれども。
念のためにおうめちゃんと小百合ちゃんから、この時代の着こなし方を教わったわ。
長政くんは着流し姿だ。丈が足りなくてつんつるてんで妙に笑えるわ。
ねむたそうに、まだポリポリしながらしきりにあくびをしている。
しかたがないか~。
生活をすれば解る。
戦国時代は、つらい。
現代人には、拷問だわ。
まずは、布団が固い。
布団というか、あれってむしろと古着・上着の組み合わせだと思うんだけど。
「まったく眠った気がしない」
首をコキコキとしながら、肩をもんでる。なんだか、おじさんくさいわよ。
「同感だわ~」
そうなのよ、寝不足なのよ。眠れないわ。
これまでにうんざりしているのが、馬糞と厠のダブルパンチ。
どこからか漂ってきて、臭いことこの上ないの。
まあ、嗅覚は一番鈍感になれるらしいから我慢するしかないとか、長政くんが言っていたわ。
でもね、そろそろ感覚が鈍ってきたか、と思うと余計に切ないじゃない。
必要なのだけれども、”鈍感になろう” 欲しくはないスキルね。
話はそれだけではないのよ。
衛生的に保つのも大変なのよね、まめに洗濯をしてお風呂に入るしかないわ。
と思ったのだけれど……。
まずは、水道がない。重たい木の桶で井戸から汲み上げないといけないの。
もちろん洗濯機なんてない。二層式の旧型すらね。
あるのは洗濯板。
まあ、私が洗濯板でなかってよかったわ。
(無駄なダメージは、ゴメンだもの。)
洗濯するのは重労働だ、すごく力がいる。冬場なんかどうするのよ。
風呂に入るのなんてもっと大変、第一何処にもお風呂がないじゃない。
タライがある? なにそれ、どんな冗談よっ。
おうめちゃんに聞いたんだけれども、下々の者は、ほとんどが行水らしいわ。どうするのよっ!
(お風呂なんて、毎日入るものだと思っていたわ)
極め付けなのが、トイレがポットン便所であるってことね。
ウォシュレットどころか、トイレットペーパーすらないじゃない。
葉っぱや藁が置いてあるのよ。
いや、問題はそれだけでないの。
長屋の軒先、つまり外に在るというわけよ。じょうだんじゃないわ。
しかも、何故か扉が小さいのだ。
はなから覗くものではないため、隠すのも最小限だそうなの。
これはもう、人権侵害だわ。
とか文句を言っても、どうしょうもないのよね。トホホ。
「何とかならないかしら?」
恥ずかしいので、おうめちゃんに聞いた。
「厠の扉をすべて覆ってしまっては、臭気がこもります」
おうめちゃんが言う。
「何を気にするのですか?」
おたけさんという年増の侍女が、不思議そうにわたしに問い返してきた。
「うううっ」
説明しづらいわ。
長政くん経由で、聞いてもらった。
(あなただけが頼りよ)
「周りが見えず、敵に槍で突かれたらどうするのだ」
立ち寄った孫作君が、武士のたしなみを説く。
「用便中が一番危険なのだ、不用心にもほどがある」
坂口さんに叱られた……。
と、レディのささやかな意見は、まるで無視されてしまったのである。
「まあまあ、ねねさんにも何か理由があるのでしょう」
唯一、弓兵衛さんだけが、私の味方をしてくれた。
「それじゃあ仕方が無いので、とりあえず入り口に”すだれ”でもかけましょう」
にこやかに提案してくれた。
「すだれ、すだれですか?」
一応味方よね? 失礼しちゃうわね。
ないよりは断然にいいけれど、不満だわ。
でも、これでも弓兵衛に気を使ってもらったのよね。
わたしは、お礼をいうべきなのかしら?
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「も~いや、こんな生活」
私がカバンに入れておいたポケットティッシュは、すぐに底をついた。
「藁……、今日から、わらなのね。 (笑)」
かなり精神にダメージが来たわよ。
「ご不満であれば、ヘラという手段もありますよ」
と云われたが、速やかに却下したわ。ありえないわよ。勘弁してよっ。
戦国時代はストレスとの戦いだわ。
いい加減、食事にも飽きた。
ご飯と、たくあん、味噌汁。献立が単調すぎるわ。
使用人の食事を分けてもらっている分際なのだけれど……。
「肉が食いたい」
長政くんが叫ぶ、魂がこもっているわ。
「イタリアンが食べたいよ~」
わたしも、負けじと言い返すの。
改めて戦国時代に来たのだと実感した二人であった。
戦国時代に飛ばされて、まだ数日しかたっていない。
しかし、帰るあてもないのがつらいわ。
1ヶ月だけとかいうのであれば、まだ持ちこたえられるかも知れないけれど……。
「あのお社に拝むしかないのかな?」
長政くんは、一縷の可能性を”あのお社”に見い出している様子だ。
「それ、なんとなく無理っぽいと思う」
(なんとなくだけれども、ダメな気がするのよね~)
歴女の私は、戦国転生モノを少しばかりかじっているわ。
どちらかというと正統派の私は、荒唐無稽な話にそんなに興味はなかったのだけど。
ある日、『長浜』の検索ワードで、とあるネット小説を読んで以来興味を持つようになったの。
まあ、早い話が 『長政はつらいよっ!! シリーズ』 なのよね。
物語に占める、『長浜愛』 と 『真面目な考察』
それに加え、決して 『ユーモア』 をわすれない 『サービス精神』 に感動して、以来、むさぼるように読みふけったものよ。
そこから得られた教訓は、
『女神様は、助けてはくれない』 である。
「とはいえ、ここまでむごい状況の描写はなかったと思うわ」
ひさまさ氏も、まだまだね。
(いや、必要なかったんだよ)
とりあえず、ねね達がやることは3つだ。
一つ、帰る方法を探すこと。
二つ、この世界で生きていく道を模索すること。
三つ、なるべく快適に過ごせるように工夫すること。である。
「そうね。まずは、ポットン便所を改良したいわ、どうすればいいのかしら?」
さすが女の子であった。
肥料なんかこの際後回しよ、みんな普通に畑で金肥を使っているもの。
とはいえ水洗トイレを作ることもできないし……。
頭を抱える、ねねだった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
とある日、くみ取りされたばかりの厠に入ったねねは、悲鳴を上げた。
「きゃあ~ぁ、いや~ぁ~」
すだれに隠された厠から、絹を裂くような悲鳴が上がった。
ゴキブリ? ネズミ?
「どうした、ねね」
大声に驚いて、皆が駆けつけた。
一体何が起こったのだろうかと、心配して一様に問い詰める。
「なんでもない、なんでもない、なんでもない」
ねねは、何が起こったのか頑なに黙秘した。
(信じられな~い。)
ねねは半泣きだった。
何があったかは知らないが、あんなに大きな悲鳴を上げるなんて、ねねも大げさだなと思った長政だったが、
”ひぇっ!”
同じ目に遭い、軽い悲鳴を漏らしたあと苦笑した。
(そうです、おつりが返ってきたのです。)
尻に跳ねっ返りが飛んできたのだ。
「うわっ、こればかりはどうもな」
二人とも平成うまれである。初めての経験だった。
「「トイレとお風呂は、早急に何とかしよう」」
固く決意をするのであった。
まんま、現代人思考の二人であった。
おいおい、チートは何処へいった。
お食事中の方は、スミマセンでした。