『遠藤屋敷に居候?』
『遠藤屋敷に居候?』
書院に呼ばれ、昨日のお武家さんと面会する。
長政くんとは、軽く打ち合わせをした。
本当は、もっと話を煮詰めたかったのに、あの酔っぱらいの寝坊助め。
昨日のお武家さんが、上座に端座している。
凛としたお姿だ。
この時代女性の地位は低い、私が前に出るわけにはいかないわ。
少し緊張するなぁ。(長政くん大丈夫かな?)
「小谷です、昨日は歓待していただきありがとうございまする」
練習の甲斐あって、多少ぎこちないながらも、挨拶できたわね。えらいわ。
「うむ、儂も所用ゆえ、息子に任せ座を外してしまった。許されよ」
「いいえ、孫作殿とは楽しく語らえました」
「そうかそうか、それは良かった。して、そち達はこのあと如何いたすつもりじゃ?」
「その事なのですが、私どもこの地に不慣れでしかも手持ちがございません。この姿でご城下を歩いてはまた騒動が御座いましょう」
「そうさのう、そちの云うとおりじゃな」
騒動と聞いてか、渋面を浮かべてる。
「そういうわけで、ご迷惑でしょうがしばらくご厄介に成れませんでしょうか?」
「ふうむ、確かに神隠しに遭った者を放置するわけにもいかんか」
顎に手を当て思案をする、遠藤様。
「では……」
「とはいえ、当家もそれほど余裕があるわけでもない。他の者の手前、なにがしか仕事を申し付けるやもしれん。それでも良いか?」
確認するように、私たちを見回す。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「それでは、屋敷内にある長屋に案内させよう」
(やったー、長政君やったね!)
「これ、誰ぞ坂口を呼んで参れ」
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
坂口さんが来るまでの間に、私は気になってたことをうかがった。
「すみません、遠藤様、お名前の方をまだうかがっておりませぬよろしければ……」
「そうじゃったかの? 儂は遠藤喜右衛門尉直経じゃ」
「……やはり」
ねねの方はというと、祖父や父の面影がある直経にどこか親しさを覚えていた。
いうなれば、父と祖父を足して、そのまま厳格にしたような感じである。
(あえて2で割らない所に、アクの強さがある)
恐ろしく威厳はあるが、愚直さの中にどことなく心根の優しさがにじみ出ているように思われる。
長政のほうも半年以上前の遠藤家訪問の時の出来事を、走馬灯のように思い出していた。
「「遠藤直経の子孫だと云うのは、本当だったのね(か)?」」
私たち二人は、驚愕の真実に驚いた。
そうしているうちに、坂口様という方が現れた。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
坂口三郎兵衛さん。
無骨なおじさんという感じの方が、慌ててやってきた。
「お呼びでございましょうか?」
「坂口よ、二人のことを頼んだぞ」
「御意」
坂口さんは、実直を絵に描いたように頭を下げて承知してくださった。
突撃せよ! といわれても、たぶん同じように答えるんだろうなあと思った。
遠藤様の方は、坂口さんにそう言い置いて、さっさと奥に入られてしまったわ。忙しいのね。
私たちは、坂口様の案内で長屋の方に向かった。
玄関でくつを履き、それから外へ向かう。
この状況で、ショートブーツなのはなんだか恥ずかしい。
皆が先に出てしまう。(チョット待ってよ長政くん。)
急いでブーツを履き、慌ててついて行く。
坂口さまが呼んだのだろうかしら?
玄関脇で控えていた若い衆がふたり、そのままついて来ている。
そのうちのひとりに
「えれぇ、別嬪さんだ~。こりゃついてるぜ。よろしくな」
と、おちゃらけた軽い感じで、声をかけられた。
一瞬、現代人にナンパをされたのかと思ったわ。
(いきなり、エライ事を言われた気がする。大丈夫かしら?)
「これ、右左衛門!」
顔を赤くして怒鳴る坂口様。
(そうそう、懲らしめてやってください!!)
「大丈夫ですよ、三郎兵衛さま。うざは口だけですから」
「そういう問題ではない」
あれま、諦めちゃったみたい。いつものことなのかな?
「大変失礼しました。私は、西之浜 弓兵衛と申します」
もう一人の落ち着いた物腰の侍が、挨拶をしてくれた。
「どうも、ねねです」
「それでもってこいつが、矢野右左衛門です。うざいやつなので、うざっと呼んでやってください」
僚友の肩を引き寄せ、頬に指をさしている。彼の名前を教えてくれているようだ。
「勝手に俺の自己紹介するなよ」
「お前、口だけだろ」
「自己紹介は、口だけでいいんだよ!」
不本意だとばかりに、ほほを膨らませている。矢野様は子供みたいね。
「それもそうか、ははは済まなかったな」
「というか、弓兵衛こそ大丈夫か? お前口下手だろう?」
(こんな饒舌な口べたはいないわよっ!)心の中で思わず突っ込んしまった。
「俺は、口下手ではないぞ。仕事中は無駄口を叩かないだけだ」
「お前がこんなに喋るのを、俺は初めて見たぞ」
「ウザとしゃべるのは、無駄が多いからな」
「てやんでい」
「あ~むだむだ」
なんだか楽しそう。
そう思ったのはここまでだった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「「……」」
私たちは現実を目の当たりにした。
遠藤様は、かなり身分が高いお方だったのだ……。
目の前には、長屋があった。
かなりボロっちい。
いや、多分これでもマシな方なのだろう。
思い出してみると、これよりもボロかった長屋が沢山あった気がする。
先に見た農家の家がさらに貧相だったので、気にならなかったのだ。
良いものを見てしまうと、違いが明確にわかってしまう。
「まだましな方なんだよね」
「まあ、そうなんだろうな」
私たちは、この時代の身分の格差を痛感したわ。
ここは、配下の足軽の中でも特に信頼できる者が、屋敷の御用や警護のために寝泊まりする長屋だそう。
坂口様のお屋敷は、別にあるそうだ。
そして、下っ端の足軽長屋はもっと離れた所にあるんだって。
「こう見えても俺たち、足軽組頭なんだぜ」
矢野右左衛門さんが、調子良く自慢している。
(派遣社員のリーダーといったところなのかな? よくわからないわ。)
「まあ、とりあえず中へ」
そう云われて中に入る。
明るい外から中へ入ると薄暗く感じる。電気がないからねぇ。
随分とくたびれた着物を着ている女の子が、両手で水の入った桶を持ちながら立っていた。
「一応、かるく掃除をしておきました」
「よう、おうめちゃん気ばっているね。ご苦労さん」
「ごくろうさま」
おしゃべりな矢野さんと、口数が少ない?西之浜さん。ふたりは息がぴったりだ。
(由美子が見たら悶えるのかしら?)
「仕事ですから」
あたふたと応える、おうめちゃん。
「あ、ありがとうね」
私達のために掃除してくれたらしいので、私もあわててお礼を言った。
(あぶないあぶない、変な妄想していたわ。)
部屋の間取りは、土間の玄関、板張りの部屋が2部屋、片方は囲炉裏付きだ、食堂といったところね。
そして、土間続きで裏手に台所とお勝手口。あとは、押し入れのような収納スペースね。
天井は低いし、部屋も狭い。
いきなり迷い込んだ人間に与えるとしたら、かなり良い待遇なのだろう。
とはいえ、昨日泊まった隣りにあるお屋敷の建物とは雲泥の差だよね。
「格差社会だな」
「そうね、贅沢に慣れすぎていたのかもしれないわ」
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「いかがであるか?」
「今のところ、まったく問題ありませぬ。昨日も、怪しい動きはなかったようです」
「そうか」
警戒心薄く、無防備な二人である。
間者の線は、まず無さそうだ。
慎重な直経は、侍女小百合を従えた坂口の報告を聞き安堵した。
「とりあえずは、自由にさせておけ」
「はっ」
「ただし、くれぐれも逃がさぬようにな」
「承知いたしました」
直経は、配下の坂口三郎兵衛にさりげなく監視するように命じた。
(三郎兵衛の意を受けた矢野右左衛門、西之浜弓兵衛が、監視と警護に当たった)
ふたりは、遠藤直経に監視をされつつも保護されたようだ。
直経は主君長政に生き写しの小谷を、影武者に仕立てようとしていた。
とはいえ、いましばらくは様子を見るつもりだ。
急いては事を仕損じる。
ふたりを客人として迎えてしまって、それが当然と思われては困るからな。
特におなごの方は、良い家の娘のようじゃ。
「はてさて、あの長屋で我慢できるかのう」
直経も案外と人が悪かった。
主君、浅井長政のためであれば、どんな泥でもかぶる覚悟がある。
彼の生き様の一端を見たようである。
「娘の方を取り込めば、おのずと男のほうが従うだろう」
むしろ進んで従うようにすべきかのう。
物事の先を見通す直経には、この先の青写真がすでに出来上がっていた。
遠藤屋敷(の長屋)に居候でした。