『ようこそ、遠藤屋敷へ』
ようやくお屋敷に着きました。
『ようこそ、遠藤屋敷へ』
門番に馬を預け、颯爽とお屋敷へと入るお武家さん。
馬を乗りこなすのって、カッコイイな。
長政くんもバイクに乗れるんだから、乗馬できるかな?
乗せてもらいたいなぁ。
家人のかたに案内されて、中へとお邪魔する。
質実剛健で、意外と質素な造りだった。
どこか、禅の雰囲気がする。華美ではないけれども、手入れが行き届いている。
ぴしりとした、武家の佇まいが好もしい。
「どことなく自宅の雰囲気に似ているわ」
そういえば、お武家さんのお名前を聞いていなかったわね。
名のある武将なのかな?
もしそうだったらスゴイわ、有名人だったらどうしましょう。
サインをもらわないとね、花押だったかしら。
思わず、手帳の入ったカバンを抱きしめるのであった。
「失礼いたします」
着物を着た少女が声をかけてきた。
「はっ、はい」
「どうぞこちらへ」
案内された部屋には、すでにお膳が用意されていた。
夕食には、少しばかり早い時間だけれども助かったわ。
先程のお武家さんは、いらっしゃらなかった。
思わずあたりを見回したわ。
「なにかお探しで?」
びっくりしたわ。随分と若いお侍が正座していて、私たちに声をかけてきたの。
「い、いえ」
「父は所用ができたそうなので、お二人でゆっくりとお食事をしていただくようにと、申しつかりました。
私は当家の長男の遠藤孫作と申します。お見知りおきを」
えらく時代がかった挨拶に戸惑いながらも、私達も自己紹介をした。
「どうも、小谷長政です」
「私は、ねねと申します」
食膳は質素で、5分つきの玄米と鮎の塩焼きに小鮎の甘露煮と野菜の煮物、それにお漬物。
そして味噌汁だった。デザートに干し柿がついていた
「うまい!」
「おいしい」
戦国時代の食事ということで少しばかり身構えたのだけれども、香り豊かでおいしかったわ。
玄米のご飯も、意外と美味しく食べられたわ。姫飯で良かった。
空腹は最高の調味料ということなのかしら?
長政くんなんて、お替わりしていたわ。
「……小谷殿、酒は嗜まれまするか?」
「多少は……」
孫作さんが、長政くんに色々と話しかけているわ。見た目同い年くらいかしら?
お武家さんとは、随分と雰囲気が違うわね。
「そうですか、そうですか。では用意させましよう」
「いえ、結構ですよ」
「まあそうおっしゃらずに、私めを助けると思ってお付き合いくだされ」
結構くだけた感じで、しつこく誘っているわね。
たまにこちらをチラチラ見ているけれど、私に気を使っているの? 別に長政くんがお酒を飲むくらい良いわよ。
(もしかして、自分が飲みたいだけなのかしら?)
じっと見守るねねをよそに、男ふたりは鮒ずしや、小鮎を肴に飲み始めてしまった。
「やれやれ、どうしましょう」
ひとり取り残される、わたし(ねね)でした。
きれいなお庭ね。
現実を逃避してぼんやりと眺めていると、……。
「よろしいでしょうか?」
着物を着た若い女中さんが、私に声をかけてきた。さっきの子かな?
「ええ、どうぞ」
「小百合と申します。御用の節は、何なりとお申し付けくださいませ」
きれいなお辞儀で、ていねいな挨拶をされたわ。
まるで高級旅館に来たみたいね。
「わかったわ。ありがとう、さゆりちゃん。 私は『ねね』よ、よろしくね」
「うっ……、はい。よろしくお願いいたします」
「でもあんなにお酒を呑んでしまって、これからどうしよう?」
あのお武家さんに宿をお願いしょうと思っていたのに、アテが外れてしまったわ。
一縷の望みを駆けて、小百合ちゃんに聞いてみた。
「本日はお泊りいただくようにと、申しつかっております」
「よかったわ、ありがとう。お邪魔しますね」
(ナイスね、お武家さんありがとう。ポイント高いわ。)
「はい、客間はこちらでございます」
ご厚意に甘えて、そのままお屋敷に宿することとなった。
疲れていたのだろう、私は床に横になるとすぐに眠りの中に落ちていった……。
― 朝 ―
初夏のさわやかな朝の風が、庭の木々を柔らかくそっとつつみこむように揺らす。
小谷の山の麓。清水谷にあるお屋敷にも、早めの朝が訪れた。
私は、美少女に促され微睡みからゆっくりと目覚めていく。
「起きてくださいませ、ねねさま」
「おはよう小百合ちゃん」
まだ眠い目をこすりながら、朝の挨拶をする。
私を起こしてくれたのは、小百合ちゃん。今年14歳だって。
日本だったら、中学生よね。 あ、ここも日本か。
昔の人は、若いうちから働いていたのね。感心するわ。
私よりも随分小柄で、可愛いわね。妹にほしいくらいよ。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「起きてください」
少しばかり舌っ足らずな甘い声で、優しく揺すられる。
優しくおこしてくれる女の子がいるというのは、まさに人生の勝ち組。
おとこの、永遠の憧れであると思うのだ。
俺は今、その憧れの世界にいるのだ……。
「むにゃ、あと5分」
「小谷様、起きてくださいませ」
小さな手が、ゆさゆさと……、きもちいい。
「小百合ちゃんダメよ、もっと強く揺すって」
「は、はい。こうで御座いましょうか、ねねさま」
”ゆっさぁゆっさぁ”と激しく揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「ここ何処? 君はだれ?」
おだやかな暖かさを纏った日差しが、庭の木々の隙間から縁側を照らしている……。
「寝坊した!!」
長政は、朝ごはんを食べ損ねた。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「……長政くん、今後のこと何か考えている?」
ねねが怒るのも無理はない。
タイムスリップという非常事態にあるにも関わらず、酒を飲み、あまつさえ寝坊したのだ。
『女の子を守る』という、男として最低限の義務すら果たせていない。
「まったくのノープランです、はい」
うなだれ、ねねの怒りが通り過ぎるのをじっと待つ長政。
教授にレポートの不出来をしかられる、学生のようだ。
「それでよくお気楽に寝ていられたわね」
口をとがらせ、文句を言う姿はとてもかわいいのだが……。
「ううっ、すまん」
「とりあえず、遠藤某とかいうお武家さんに事情を説明して、しばらく置いてもらおうと思うの」
門番が遠藤さまと言っていたような気がするし、息子さんが遠藤孫作なのだから間違いないだろう。
「やっぱり、それしかないかな」
「ええ、一文無しで身なりもこれよ。また、尋問されるのがオチだと思うわ」
昨日のままの服装のままだが、着替えなんて持って来ていないし仕方がない。
「意外と頼りになりそうだしな。もし何なら、孫作に口添えをしてもらおう」
「それは良いかもね、あなたもたまには頼りになるわね。孫作さんは、気が良さそうだし。いいアイデアだと思う」
ねねは、”感激したというポーズ”をおざなりにした。
そうしないと、長政はすぐに凹むし、かといって甘やかすとすぐにつけあがるのだ。
さじ加減が難しい。
「たまには余計だよ」
頭を掻いてごまかす、長政。
長政も、本当はこういう非常事態に対して男が主導すべきだとは思うのだが。
そう都合良くは、いかないものなのだなと思っている。
(小説の主人公は、カッコよく女の子をリードしてすぐに惚れられるのになぁ。)
現実はきびしいと思う、長政である。
来月、10月1日と2日に『アートイン・長浜』が、開催されます。
30年続くイベントです。
ねねたちが歩いた旧市街地の通りに、芸術家たちが集います。
道の真ん中に、ズラリと芸術版楽市楽座(自主制作品のフリ-マーケット)が展開します。
歩くだけでも楽しいこと間違いありません。
オススメです、ぜひ観光にお越しください。
ひさまさも楽しみにしております。